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ダイキリは息を詰めるようにして、耳を伏せるように俯いた。
彼女の視線は、毛布の上で小刻みに震え続けるアルベルトの指先から、どうしても逸らせずにいた。
「……ですが、こんな記録を何度聞いたところで、私は私が誰なのか分かりません。前の家族のことも、住んでいた場所も、自分の本当の名前も」
ぽつりと落ちた言葉は、相変わらず平坦で、だからこそ救いようのない虚無を孕んでいた。
「なら、アルベルトさんの故郷に行ってみるのはどうですか?」
その言葉は、凍りついた空気を強引に突き破って飛び込んできた。
ダイキリがぴょこんと、まるで何かを思い出した小動物のように満面の笑みを浮かべていた。
難解なパズルの最後のピースを見つけた子供のように、その目はキラキラと輝いている。
「……は?」
思わず呆気に取られて、私は顔を上げた。
この底なしの絶望の中、彼女が投げ込んできたのが
こんなにも能天気で、突拍子もない解決策だとは思わなかった。
「だって! アルベルトさんがどこのスラム出身なのか分かれば、何か見つかるんじゃないですか? 記憶のかけらとか! 昔のご家族とか!」
興奮気味に両手を広げる彼女を、アルベルトは冷めた目で見つめ、即座に否定した。
「見つかるわけないでしょう。そんな、簡単に」
至極真っ当な理屈だ。記憶もなく、名前すら奪われ
ただ「スラム」という漠然とした情報の海から、二十年近く前の痕跡を探し出すなど。
「故郷、帰ってみたくありません?」
ダイキリはさらに身を乗り出し、横に座るアルベルトを真っ直ぐに見つめた。
彼は突然の提案に対し、処理落ちした機械のようにわずかに首を傾けた。
いつも通りの動作のはずなのに、ほんの一瞬
その瞳が微かな期待か、あるいは恐怖で揺らいだ気がした。
「故郷、ですか」
呟くような低い声。
そこに明確な感情は読み取れないが、少なくとも
これまでの彼なら即答したであろう「無意味です」という拒絶はなかった。
「……無駄足になったらどうするおつもりです?」
「そのときはそのとき、善は急げです!早速明日出発しましょうよ!」
「ちょっと、決断が早すぎるわよ。それにスラムなんて行ったことないし、アルベルトの家が具体的にどこにあるのかだって……」
「それなら大丈夫です! 私、スラム行ったことありますし! 案内できますよ!」
「え、本当ですか……?」
アルベルトの問いに、ダイキリは元気よく胸を張って頷いた。