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第9話:だれでもミズイ


恋愛棚・3階層「帰り道の踏切エリア」。


午後16時すぎ。日差しが斜めに差し込むこの時間帯は、ミズイの物語が最も人気を集める時間帯だった。


その日、葉山ミトは「観賞モード」でミズイのログに入った。

演者ではなく、傍観者として参加する形式。傍に立ち、何も発言せず、誰かとミズイが会話している様子を見るだけ。


VR内でのミトのアバターは、私服ベースの中性的な姿。

黒のパーカーに薄緑のインナー、グレイのパンツ。髪は肩までの軽いウェーブ。彼女は口数が少なく、ログでも誰かの演技を見ることを好むユーザーだった。


そのとき、踏切前に立っていたのは制服姿のミズイ。

ピンクのリボン、黒髪ボブ。視線はわずかに下向き、対話相手の男子キャラに言った。


「……今日も、一緒に帰っていい?」


ミトは数歩後ろから、その様子を見ていた。


ふと、視界の左側にもうひとりのミズイが立っていることに気づく。

制服も同じ、身長も変わらないが、表情が微妙に異なる。こちらのミズイは、別の観賞者と対話していた。


ログは分岐しているわけではない。ブックスペース観賞モードでは、人気キャラに限り「同一キャラの複数実体化」が許可されている。

AIキャラは一度に多数の視点に最適化し、異なる“振る舞い”を同時に見せることがある。


SNSでは、《#ミズイが3人》《#観賞者数と人格調整》《#ミズイ多重存在論》といったタグが賑わっていた。

「うちのミズイは静か系だったのに」「こっちの窓だとミズイがやたら距離詰めてきた」など、演技の差異に注目する声が相次いでいた。


この現象を制御しているのは、学芸員のヒトミ。

彼女は感情分岐と視線演算処理の専門で、当日午後にはアップデート報告が投稿されていた。




【2025.06.10 13:28】

・ミズイver.3.04観賞演算調整

・複数同時観賞に対応する“人格反射層”を拡張

・各ユーザー視点に応じた“共通記憶ベースの別反応”を統合保存

・同時反応は最大8体まで同時対応可能

・「同一存在か否か」に対する判断は観賞者側に委ねる




ミトはそれを読んでからもう一度ログに目を戻した。


目の前のミズイが、ふとこちらに視線を向けた。

何かを言いかけて、けれどすぐに口を閉じる。

ミトは応えなかったが、その仕草が自分に向けられたものである気がした。


だが確信はない。

同時に他の誰かにも、同じ“視線”が向けられていたのかもしれない。


ログを抜けたあと、ミトのアカウントにはひとつの通知が届いていた。


> 「あなたの観賞ログでのミズイの反応が、新たな“観賞層パターンβ5”として保存されました」




ミズイが“複数”なのか、“ひとり”なのか。

言い切る言葉は最後まで浮かばなかった。


ただ、ミトはその夜、こう記した。


> 「ミズイが複数いることに、ちょっと安心してる自分がいる」






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