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大学時代の師匠は、とにかく音楽とトランペットに関しては厳しい人だった。
瑠衣もレッスン中に心を抉るような言葉を投げられ、自分がまともに演奏ができなくて、何度悔しくて泣きそうになったのか分からない。
師匠がオーストリアに渡ると知った日のレッスンは、父親から院への進学を諦めてくれ、と言われた数日後だった。
苦労して合格した院進学への切符を、父親にグシャグシャに丸められたようなもの。
何もかも終わった——
そんな思いを抱えながら、暗い表情を先生に気づかれないようにレッスン室に入った。
けど、師匠は瑠衣の表情を見逃さなかったようだった。
『…………お前の今の状態だと、レッスンにならんな。ひとまず座れ』
その時のレッスンは、四年間の瑠衣とのレッスンを振り返るような話が多かったように思う。
瑠衣の人生に大きな影響を与えていた事で、何としてでも彼女をトランペット奏者にさせなければ、いう責任感。
そんな思いを抱えながら先生が瑠衣に対してレッスンをしていたなんて、当時は思いもしなかったが、厳しくも温かい言葉だった。
その後、師匠が彼女に託してくれた楽器。
『この楽器は、俺が大学時代に使っていたトランペットだ。生産終了モデルだが、購入当時は一応V.B社のモデルでも一番グレードの高かった楽器だ。この楽器を、大学院へ進学するお前に託す』
言いながら楽器を渡してくれた恩師は、今まで見た事もないくらい、優しげな表情を浮かべていたように思う。
もしかしたら、瑠衣の勘違いなのかもしれないが、そんな感じに見えた。
レッスンが終了し、最後の挨拶を終えて、レッスン室から退出しようとした時、先生が
『九條』
と呼び止め、言葉を繋げた。
『自分の演奏を追求する事、それは生涯勉強だ——』
この言葉を思い出した時、楽器に触れていた瑠衣の手が止まり、ハッとした瞬間、雷に打たれたような衝撃が迸った。