テラーノベル
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その言葉は、先ほどまで瑠衣を失神させるほどに抱いた客の『宿題』と、全く同じだという事に気付いた。
「え…………?」
瑠衣の頭の中が混乱し、鼓動が大きく跳ね上がったかと思うと、心臓が忙しなくバクバクとし始めた。
「あのお客様…………まさか………」
今一度冷静になって、彼女は考え直す。
大学時代の師匠は……あんなに髪が長くはなかった。
J響にも所属していたし、髪も短めで、ぱっと見た感じはクールでカッコいい男性だった。
それに比べて、あの男の客は、緩く癖の掛かったような長めの髪に眼光鋭い目つきで、視線だけで人を殺せるのではないか、と思えるような冷酷な眼差しの持ち主。
しかし、あの男の客が言っていた言葉は、瑠衣が音大時代、レッスン中に恩師から年中言われ続けた言葉だ。
「響野……せんせ……い…………なの……?」
『自分の演奏を追求する事、それは生涯勉強だ。追求する事をやめたら、演奏家として死んだも同然だ。九條。これだけはよく覚えておけ』
瑠衣の脳裏に、恩師から言われた言葉が、鮮やかに浮かぶ。
「…………追求する事をやめたら…………演奏家として死んだも同然だ……」
彼女はポツリと、あの客が去り際に言っていたその先の言葉を零した。
「今の私…………先生が言ってくれた言葉そのまんまだし。あんな宿題出すくらいだから……私の事を知ってても、おかしくないワケじゃん……」
瑠衣の瞳の奥がジワジワと熱を持ち始め、次第に視界が滲んでいく。
気付くと、大きな濃茶の瞳から、止めどなく熱い雫が溢れていた。
「響野…………先生……」
どうして涙が零れるのだろう?
瑠衣には、この涙の意味が、かつての恩師に再会できた嬉しさなのか、娼婦として落ちぶれた自分を見せたくなかったという悲しさなのか分からないまま、静かに泣き続けていた。
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