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きっかけは、本当に些細なことだった。
先輩の家で、コーヒーを淹れてもらっていた朝。
眠気が残ったまま、ソファに座っていた僕は、何気なく口を開いた。
「……こったろさん」
呼んだ瞬間、自分で驚いた。
今までずっと「先輩」だったのに、
名前が、自然に出た。
一瞬、空気が止まる。
「……今、なんて?」
振り向いた先輩の表情は、少し驚いていて、
でも、どこか嬉しそうだった。
「……嫌でしたか」
慌ててそう聞くと、
先輩はゆっくり首を振った。
「嫌なわけない」
カップを置いて、近づいてくる。
「むしろ……」
少し低い声。
「やっと、ここまで来た気がする」
胸が、きゅっとなる。
「……名前で呼びたいって、ずっと思ってて」
そう言うと、
先輩――こったろさんは、優しく笑った。
「じゃあ、これからはそうして」
頭を撫でられる。
「恋人なんだから」
その日から、
二人きりのときは、名前で呼ぶようになった。
最初は恥ずかしくて、
呼ぶたびに心臓が跳ねたけど。
「こったろさん」
そう呼ぶたびに、
守られるだけじゃない、
隣に並んでいる感覚が、少しずつ増えていった。
仕事でも、変わりたいと思った。
守られているだけじゃ、だめだ。
こったろさんの隣に立つなら、
ちゃんと、自分の足で立ちたかった。
それから僕は、
ミスを減らすために、誰よりも確認した。
分からないことは、早めに聞いた。
同じミスは、二度としないようにメモを残した。
最初は、周りも半信半疑だったと思う。
でも、少しずつ。
「この資料、分かりやすくなったね」
「最近、安定してるよね」
そんな言葉が、増えていった。
ある日、課長に呼ばれた。
嫌な予感じゃなかった。
それだけで、前とは違うと分かった。
「次の案件、君に任せてみようと思う」
その言葉に、息を呑んだ。
「サポートはこったろ君がつく。
でも、主担当は君だ」
会議室を出たあと、
僕は思わず立ち止まった。
「……僕で、いいんでしょうか」
小さく呟くと、
こったろさんは、すぐ隣で答えた。
「君だから、だよ」
まっすぐな声。
「ちゃんと見てる。
努力も、成長も」
胸の奥が、熱くなる。
案件は、簡単じゃなかった。
でも、投げ出したくなるほど怖くはなかった。
以前の僕なら、
失敗したら嫌われる、
そう思って、動けなかった。
今は違う。
失敗しても、
立て直せる自信が、少しだけあった。
結果は、成功だった。
「よくやったね」
課長のその一言で、
胸がいっぱいになる。
デスクに戻ると、
こったろさんが、小さくガッツポーズをした。
「おめでとう」
誰にも聞こえない声で。
「……ありがとうございます」
自然に、名前を呼んだ。
「こったろさん」
その呼び方に、
こったろさんは、少しだけ目を細めた。
「頼もしくなったな」
「……先輩のおかげです」
「違う」
はっきり言われる。
「こえ君自身の力」
その言葉が、
今までで一番、嬉しかった。
帰り道、並んで歩きながら、
僕はそっと手を伸ばした。
こったろさんは、何も言わずに、
その手を握り返す。
「……前より、怖くなくなりました」
そう言うと、
こったろさんは少し驚いた顔をしてから、笑った。
「それなら」
握る手に、少し力が入る。
「今度は、俺が頼っていい?」
胸が、あたたかくなる。
「……はい」
名前で呼んで、
仕事で認められて。
守られるだけの後輩じゃない。
隣に立つ恋人として。
僕は、
ちゃんと前に進めていた。
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