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桜咲かな
142
#学園
人間🫧🪄/👤💚
488
長屋門を潜ると、敷地内の空気はさらに一段と冷え込んだ。まるで、ここだけ季節が冬に逆戻りしたかのような刺すような冷気だ。足元の砂利を踏みしめる音が、やけに大きく暗闇に響く。
「……うわ、なんですかこの空気。鳥肌が止まりませんよ……」
懐中電灯(ライト)の光を前に向けながら、佐藤が身震いした。
屋敷の奧——鬱蒼とした竹林の手前に、半壊しかかった古めかしい土蔵がぽつんと佇んでいた。警察の黄色い規制線テープが風に揺れている。
「あそこだな」
俺は渚の様子を盗み見た。
渚はブレザーの胸元をぎゅっと握りしめ、青ざめた顔で蔵の入口を見つめていた。その瞳には、すでに「普通の人間には見えないもの」が映っているようだった。
「……渚。何か視えるか?」
「……うん。蔵の周りだけ……黒い靄(もや)みたいなのが、とぐろを巻いてる。……すごく苦しくて、悲しい……何百年も閉じ込められていた『恨み』の匂いがする」
渚の声がかすかに震える。あの子の五感は、現場に近づくだけでその異物感を敏感に察知してしまうのだ。
「……無理はすんなって言ったろ。ここで待ってても——」
「ううん、行く」
渚は自分の頬を両手で**パンッ**と強く叩くと、力強い目で俺を見返した。
「大丈夫。峯岸さんと佐藤さんがついててくれるから。……あの『箱』に触れて、記憶を奪われた人たちの声を拾わなきゃ」
「……たく、ホント頑固だな」
俺は苦笑交じりに溜息をつくと、拳銃のホルスターに手を置いたまま、先頭に立って規制線テープをくぐった。
「佐藤、入口を照らせ。俺と渚が中に入る」
「はいっ! 気をつけてください!」
重いギシギシという音を立てて、木製の扉を開ける。
懐中電灯の光が差し込んだ蔵の中は、埃とカビ、そして……ツンと鼻を突く「焦げ臭い匂い」と酸っぱい異臭が充満していた。
蔵の中央、古びた作業台の上に、一際異彩を放つ「桐の箱」がぽつんと置かれていた。
大きさは三十センチ四方ほど。表面にはびっしりと不気味なお札の剥がし跡があり、蓋は半開きになったままだ。
「これか……作業員と当主が倒れた原因の箱は」
俺が近づこうとした瞬間、渚が「待って、峯岸さん!」と制した。
「箱の周り……見えない針みたいな『怨念』が大量に飛び交ってる。不用意に近づくと、峯岸さんたちまで意識を飛ばされる……!」
「……チッ、近寄るだけで記憶を吹き飛ばす毒気ってわけか。タチが悪いな」
渚は息を整えると、ポケットから九条から渡されたハーブの香りがするハンカチを取り出し、口元に当てた。そして、震える足を一歩ずつ前へ踏み出し、作業台へと近づいていく。
「渚……ッ」
「……大丈夫。やるよ」
渚は作業台の前で立ち止まると、ゆっくりと手を伸ばした。
触れるのは、箱そのものではなく——箱の横に落ちていた、作業員が残していったと思われる『軍手』だった。
(直接箱に触れたら、渚の命に関わる……! 軍手の残留思念だけで十分だ……!)
俺はいつでも渚を引っ張り戻せるよう、あの子の肩のすぐ後ろで全身の筋肉を緊張させた。
渚の指先が、軍手に触れた。
その瞬間——。
**「あ……カはっ……!?」**
渚の身体が激しく硬直した。
蔵の中の気温が急激に下がり、懐中電灯の光が**パチパチッ**と不気味に明滅し始める。
「渚ッ!?」
渚の口から、激しい過呼吸の音と、あの子自身の声ではない「低く重い複数の人間の呻き声」が漏れ出した。
『……見……るな……見……るな……っ!』
『……俺の……名前を……返せ……っ!』
「が……ッ……ハぁっ……!」
胸をかきむしり、瞳の焦点を完全に失って倒れそうになる渚。その額からは大量の冷や汗が噴き出していた。
「渚ッ!!」
俺は迷わず抱きつき、その華奢な身体を強く腕の中に受け止めた。
冷たい! まるで氷塊を抱きしめているかのような、恐ろしい冷気が渚の身体から伝わってくる。
「渚! 俺だ! 峯岸だ! 戻ってこいッ!!」
俺の叫び声に、渚の指先がピクリと跳ねた。
あの子は激しい頭痛と恐怖に顔を歪ませながらも、俺のスーツの襟元をぎゅっと掴み返し、血の出そうなほど唇を噛み締めながら叫んだ。
「……峯岸……さん……ッ! これ……呪いなんかじゃない……っ!」
「なに……!?」
「この箱……『人間』が入ってるんじゃない……! 昔のこの家が……罪を隠すために……生贄(生きた人間)の『記憶』と『名前』を閉じ込めた……『記憶の牢獄』なんだよ……ッ!!」
渚の瞳から、一筋の血のような涙が頬を伝ってこぼれ落ちた。
蔵の奥から、黒い靄が狂ったように膨れ上がり、俺たちに向かって襲いかかろうとしていた。
「記憶の牢獄……だと!?」
俺は渚を片腕で抱きかかえ、もう片方の手で拳銃を引き抜くと、目の前の黒い狂気に向かって怒号を叩きつけた。
「てめぇらが何百年前の死者だろうが知るかッ! 今を生きるこの子に……渚に手ぇ出そうってんなら、俺が叩き潰してやる!!」
黒い暗闇と、俺たちの死闘。
神代家に眠る数百年越しの因縁と恐ろしい惨劇の幕が、今まさに切って落とされた。
コメント
1件
いやもう第15話やばすぎた……!!😭💦 蔵の中の異様な冷気と焦げ臭い感じ、臨場感マジでヤバい。渚ちゃんが軍手触って激しく反応するところ、読んでるこっちまで息止まったよ……。そして峯岸さんの「今を生きるこの子に手ぇ出そうってんならぶっ潰す」宣言、硬派すぎでしょ…かっこよ…惚れるわ。笑 箱の正体が「記憶の牢獄」ってのがまた不気味すぎるし、早く続きが気になって仕方ない…!📦👻🔥