「セイさん!起きてください!野盗です!」
聞きなれない言葉を脳が咀嚼する為に、意識が急速に覚醒していく。
「野盗!?どこだ!?」
俺は壁に固定して掛けておいたハードケースからライフルを取り出し、ミランへと聞き返した。
「前方に5人、確認出来ます!」
つまり後方は不明と。
『魔力視』
『魔力波』
俺は即座に使い慣れてきた複合魔法を唱え、確認した。
「全部で少なくとも10人はいるぞ!」
今のところ、魔力が感知できないほど魔力の少ない又は魔力がない人には出会っていないが、何があるかわからないので、少なくともと付け足す。
「ミラン!もし殺した場合、罪に問われるか?」
「賊であれば問題ないです。そもそも目撃者でもいない限りわかりません」
そうだな。地球じゃないんだったな。
「セイくん!私も戦うよ!」
仕方ないか…俺が全員倒せたらいいけど、魔法や魔道具と言った未知の攻撃手段がこの世界にはあるからな……
「頼む。その前に確認だけさせてくれ」
馬車は完全に停止してしまった。正面に大木が倒れているせいだ。
その手前にいる5人の男達がこちらを向いて、ニヤニヤと嫌らしく下品な笑みを浮かべていた。
それだけなら立ち往生しているようにも見えるが、男達の手には武器が握りしめられている。
その中の一人がこちらへと声をかけてきた。
「おい!抵抗しなけりゃ命まではとらねぇ!出てこい!」
野盗達も命懸けだからか、下車を指示してきた。
確かに馬車の中で暴れられたら、折角のお宝と自分達の身が危ないからな。
「聖奈。ミラン。完全武装で降りるぞ。後方からも来ているが、距離はまだ50mは離れている。飛び道具に注意して、馬車を背に降りるんだ」
命を取らないと言われたから『はい、そうですか』とはならない。
いくら平和ボケした国民性で育った俺でも、男である俺は間違いなく殺されることはわかっている。
俺は先に馬車を降りて危険がないか確認したら、二人が降りてくるのを待った。
「よしよし。それじゃあ一人ずつこっちにくるんだ!まずは背の高い女からだ!」
もちろん従うはずがない。
スチャッ
俺達は武器を構えた。
「一人も逃すなよ。後ろの連中が逃げられない距離に来たら撃つ。そしたら2人は前方の奴らを頼む」
「りょーかい!ノソノソと勝手に近付いてくる分、ゴブリンより楽勝だね!」
「わかりました。倒し次第、加勢します」
二人の返事を聞いた俺は、後ろを振り返り少し進む。
「おい!何してやがる!そこで止まらないと殺すぞ!」
後ろから恫喝が聞こえるが気にしない。
魔力波で感知した気配は正しかったようだ。後ろには5人の男達が武器を手に、馬車へと近づいてきていた。前方の男達も俺が変な行動をすると思い、近づいてきた。
距離は15mを切った。もう逃げられんぞ!
「撃てぇ!!」
掛け声は要らなかったが、人を殺すのには勢いが必要だった。
バァンッバァンッバァンッバァンッバァンッ
バンッバンッパラララッ
俺は、五発全てを命中させた。
頭を狙う余裕もなく、一発づつ胴体に当てたが、それが今の精一杯だ。
初めて人を撃ったからか息が詰まるが、聖奈さん達も気になる。
俺は敵が動けないのを確認した後、前方へと向かった。
「大丈夫か!?」
俺の焦った問いかけに、二人は冷静に応えてくれた。
「うん。そっちは?」
「俺の方は全員動けないか死んでいる」
「私達の方は、この人以外は死んでいます」
そう。聖奈さん達は一人を生捕にしていた。
「いてぇよぉ…助けてくれぇ…」
足を撃ち抜かれた男は命乞いをしていた。
「あなた達は私達を殺そうとしたでしょ?殺されても仕方ないんじゃない?」
…聖奈さん?慣れてらっしゃる?
「た、頼む…」
男は足を押さえたまま頭を下げた。
「他には?」
「ほ、他にはいねぇ」
「じゃあ何人だったの?」
「…」
「答えれないってことは、全員じゃないってことじゃない?」
こいつが仲間の人数を忘れるくらいバカかもしれないぞっ!?
「喋らないなら……さようなら」カチャ
無慈悲……
「言います!全部で12人です!二人は見張りで近くにいません!」
「どこにいるの?」
男が震えながら指し示したのは、前方と後方だった。
「セイくんわかる?」
「ここから見える範囲にはいないな」
「嘘なの?」
「う、嘘じゃありません!目撃者が現れないように、離れた位置で森の中から、こことは反対側を見張っているんです!」
嘘をついているようには見えないが、そろそろ……
「わかった。じゃあ質問を変えるね?」
「聖奈。もう死んでいる」
男は出血多量で死んでいた。
「はぁ。仕方ないか」
「ん?他に何か聞きたかったのか?」
「うん。もし他にも被害者がいるのなら、この手の奴らなら女性を攫っていると思ったの」
「アジトの位置か…」
しまったな。そういえば、ラノベでもお決まりの展開だったのに、初めての対人戦で気が張りすぎてしまっていたか……
「では、残りの二人に聞いては?」
ミラン…それは難しいんじゃ?
俺達戦闘は銃しか出来ないから殺してしまうよ?
「そうだね!そうしよう!」
「やるのは構わないけど、尋問の前に結局殺してしまうんじゃ?」
「何言ってるの?殺さずに捕らえればいいよね?」
いや、それが俺たちには……
「そうですよ。セイさんなら簡単じゃないですか」
いや、俺はアベ◯ジャーズじゃないですよ……
「じゃあ決まりね!」
「えっ?俺には…」
そうか!魔法か!
「ん?どしたの?」
「いや、なんでもない。どっちから行くのかと思ってな」
よし!バレていないな!
「私達が来た道の方からにしましょう」
「わかった」
「私が援護に向かいますね」
「じゃあ、私はここを見張っておくね」
聖奈さんをその場に残し、ミランと二人で来た道を戻ることになった。
300m程進んだところで、魔力波に反応がある。
意外に近くだが、対象の魔力が小さすぎて馬車の位置からはわからなかったようだ。
聖奈さんの位置はここからでも反応を示しているから、やはり対象の魔力が小さかったせいだな。
「ミラン。ここから森に入るぞ。後200m程で、街道近くの森に潜んでいる人のところへ着く」
「わかりました。そんな人は賊しか考えられませんね」
やはりか。もしかしたら、う◯こをしているだけの可能性は?
ないですよね……
俺達は物音を立てないように細心の注意を払って、潜んでいる人物に近寄った。
「よし、ここから狙う」
「はい。周りは私が見ておきます」
明らかに怪しい動きをしている男を賊と断定した俺は、50mくらい離れたところにいるその男を狙い、魔法を発動させた。
『アイスバーン』
周りの木々には申し訳ないが、男を中心に凍りついてもらった。
「街道には影響ないな」
街道を凍らせたら溶かさないといけないからな。
「私は別方向から近寄りますね」
「わかった」
俺達は二手に分かれ、もがいている人物に近づいていく。
「くそっ!何なんだこれは!」
「よお。どうした?」
男の横から声を掛けた。
「だ、誰だ!?」
「誰だっていいだろ?生憎と、賊に名乗る名は持ち合わせていなくてな」
よし!一度は言ってみたいセリフシリーズ2個目だ!
「ぞ、賊?な、何のことだ?」
今日日、そんなにわかりやすい動揺はテレビでも見たことがないな。
「お仲間は全員死んだぞ?お前のことを吐いた後にな」
「そ、そんなぁ…」
どうやらこいつは雑用要員みたいだな。
さっきまでの奴らなら、生き汚く嘘や言い訳を並べてチャンスを窺いそうだったからな。
だから見張り役か。
「抵抗しなければ痛い思いはしないぞ?
抵抗したら…わかるな?」
男は項垂れた。
俺は腰のロープは使わずに、ポケットに入れておいた結束バンドを使い、後ろ手に男の親指同士を縛った。
その後に、腰にロープを回したところで、ミランが姿を現す。
「私が持っていますね」
ミランは小柄だが大丈夫だろう。いざとなれば殺せばいい。
急に現れたミランに、男は驚きはしたが、無言だった。
「これから魔法で氷を溶かすから、動くなよ」
返事はないが構っていられないので、生活魔法の着火で溶かしていった。
「着火は火力が弱いから面倒だったな」
男はビクともしなかった。
「動いてみろ。氷は溶けたはずだ」
「こ、殺さないで…」
「動かなければ殺すぞ?」
火傷してもびびらすだけだから、膝や足首はそこまで溶かせていない。が、動けるだろう。
男はおっかなびっくりしながらも動いた。
「俺についてこい。一応言っておくが、逃げようとしたり暴れたら即座に殺すからな。
後ろの女の子も魔法が使えるし、お前の仲間達も殺している」
生活魔法しか使えないが嘘はついていない!
「わかった…」
顔が青白くなっているが…よくそんなんで野盗になったな……
いや、こんな世界だ。色々な事情もあるか。
もちろん情けはかけないがな。
聖奈さんのところに戻った俺達は、聖奈さんに男を任せ、次の標的に向かった。
「次は殺すだけですよね?」
やめて!お兄さんはあなたからそんな言葉は聞きたくないっ!
「そうだな…」
「どうかされましたか?」
「いや…なんか自分勝手な思いを抱いたから、自己嫌悪しているところだ」
ミランは家族思いで良い子だ。
ミランの中で、命の重さが軽い訳じゃない。
むしろ、俺なんかより遥かに命を大切にしている。
敵と味方で対応がはっきりしているのは、この世界で生きていくには必要なことだよな。
「そうですか?」
何故か腑に落ちない表情をしているが、お兄さんだって偶には悩むんだぞ?
「それよりも、もう少しだ」
反応があった。
俺達は同じように森に入り姿を隠して近寄る。
「いましたね」
「ああ。ここから狙う」
標的は60メートル程離れているが、大丈夫だろう。
目視だと俺にはわからなかったが、やはり魔力波は優秀だ。
「大丈夫ですか?」
それはお前の腕で当てられるのか?という事ですか?
泣いちゃうよ?
「いえ、悩みがありそうでしたので…」
「大丈夫だ。悩みはない。外した時はフォローを頼むな」
「はい。わかりました」
俺はライフルを構えて、スコープを覗いた。
やはり賊だな。明らかに街道から姿を隠すようにしている。
う◯こじゃなくて良かった。危うく丸見えだぞ……
ゼロインはしていないが、標的が胴体ならこの距離からだと問題ないだろう。
俺は引き金を引く。
バァンッ
先程よりも引き金が軽く感じたのは、気のせいなのだろうか。
「じゃあアジトはないのか?」
賊を始末した俺達は、聖奈さんと合流していた。
「そうみたい。どうもこの近くの村の人達だったみたいで、時々こういうことをしていたみたい」
なんじゃそりゃ?
「村の人達も知ってるみたいだよ。攫った女性たちはそのまま村で子供を産んで育ててるって」
ますますなんじゃそりゃ……
「どうする?」
「どうするって…俺達は正義の使者じゃないからな…」
村の殲滅や女性の解放なんてしても、もしかしたらもはや大きなお世話かもしれんし……
「うん。村は放っておくよ?」
ん?ああ。この男の事か。それは一択だ。
「俺が解放してくるから、待っててくれ」
騒がれても面倒だ。
「わかったよ。じゃあ男達を纏めとくね」
俺は項垂れている男を連れて、すぐ横の森に入る。
バァンッ
男を殺した俺は、男を引き摺り、賊達が纏められている所に男を寄せる。
『ファイアウォール』
男達を灰に変えた後、倒木は転移魔法で除去した。
「じゃあ行きますか!」
少し沈んだ気持ちを変えるために、わざと元気よく言ったが……
「セイくん?何でテンション高いの?」
「セーナさん。多分野盗との戦闘で興奮しているのでは?」
「ああっ!!そう言えば男の人って、戦後に興奮してって…」
やめろ!変態を見る目でこっちを見るな!
旅の再開の前に誤解を解く必要がありそうだな……
誤解を解くのに時間を要したが、何とか変な疑惑は晴れ、次の街を目指して馬車を進めた。
次は人以外で頼みます……
俺の切なる想いは、異世界の夏の空に吸い込まれていった。
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