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「久々に王都来たけど、やっぱいつ見てもすごいな。」
カイルの声が、真上から降り注ぐ陽光の中にふっと溶けていく。目の前には、世界でも指折りの大国である、グラトリス王国の王都が広がっていた。
石畳の通りに、色とりどりの布を張った露店がずらりと並ぶ。商人たちの張りのある声があちこちから飛び交い、活気に満ちたざわめきが風に乗って流れてくる。肉が焼ける香ばしい匂い、スパイスの刺激、ほんのり甘い菓子の匂い――鼻先をくすぐる香りに、思わず腹の底が鳴った。
ポケットへ指先を滑らせる。けれど、探していた硬貨の感触はどこにもない。ぴたりと手が止まり、肩が沈む。息を小さく吐いて、視線を落としたまま歩き出した。
にわかに周囲のざわめきが大きくなる。何気なく顔を上げたカイルの目に、ひときわ巨大な建物が飛び込んできた。
「カイルさん。ここが、冒険者ギルドですよ。」
エリーゼが、まっすぐ正面を指す。
「大きすぎるだろ!!俺が掃除してた所とは全く違うじゃん!!」
白い石造りの外壁が優美な曲線を描き、その表面にはめ込まれた金属装飾が、陽の光を繊細に跳ね返していた。重厚な扉の上には、剣と組剣の紋章。威厳と誇りを感じさせるそれは、見る者に自然と背筋を伸ばさせる。
呆気に取られて立ち尽くすカイルの背を、エリーゼが軽く押した。
「中はもっとすごいですよ!」
受付カウンターには制服を着た職員たちが並び、次々に訪れる者たちと応対している。 その前には、無骨な戦士、フードを目深にかぶった魔術師、そして人ならざる姿を持つ獣人族や竜人族まで。
鋭い爪を持つ獣人の格闘家が拳を鳴らし、長い尾を揺らす竜人の槍使いが静かに順番を待つ。 黒いフードをかぶったシーフが、素早く掲示板の依頼を確認し、短剣を弄びながら談笑している。
その傍らでは、巨大な盾を背負ったタンカーが腕を組み、依頼者と交渉している。
「盗作か……誰かは分かってるのか?」
「はい。杉本っていう人です!!」
さらに、ローブの裾を引きずる召喚士が魔法陣を描きながら依頼書を睨み、 弓を背負ったレンジャーが遠くから広間を見渡し、適切なパーティを探していた。
笑い声、怒号、武器を調整する音、依頼の交渉が飛び交い、広間はまるで戦場のような熱気に包まれている。 それぞれの目的を持ち、異なる技を操る者たちが、ギルドの広間を埋め尽くしていた。
カイルが立ち尽くしていると、ゼルフィアが無造作にその腕を引いた。
「ちょっと、今感動してたんですけど!!俺、せっかちな子は嫌いですよ!」
「知るか。」
眉間をぴくりと動かしながら、彼女は容赦なく引きずっていく。
くそう、なんなんだよ、この女は!!可愛いからって調子に乗りやがって!!…..強くなったら絶対、仕返ししてやる。
後方から、エリーゼの明るい声が響く。
「カイルさん!私たちは魔物を売りに行くので、ここでまた会いましょうね!!」
「お待ちしておりました。ゼルフィア様ですね。用件は聞いておりますので、最上階に案内いたします。」
「あぁ。頼む。」
「今から誰と会うんですか?」
カイルの問いに応えたのは、受付にいた少女だった。ボブカットの金髪がきらきらと光り、その瞳も同じ色をしている。制服の清潔さが、彼女の芯の強さを際立たせていた。
「今からここのマスターと会いに行きますよ。」
だが、その説明はカイルの耳の中を素通りしていった。
また可愛い子かよ。早い段階のハーレムは読み物で見て、飽き飽きしてたんだけどね。でも、自分がその経験をするとは..….悪くないねぇ!!
「最高です。好きです。お名前はなんて言うんですか?」
「え?」
「気にしないでいい。元からコイツは女好きの屑だからな。」
「なんてことを言うんですか!!俺はね、一途な恋する20歳なんですよ!!」
受付の少女は困ったように目元を細めると、微笑みながら軽くお辞儀した。
「名前はリーズと申します。これから長い間、関わると思います。困ったことがあったら、聞いてくださいね。」
「俺はカイル・アトラスっていいます!さっき、狼と戦ってきたんですよ!」
「お前は何もしていないだろう。」
「したでしょ!俺、フードかぶった男の妨害したでしょ!」
「私の炎を見て、叫んでいただけだろう。」
「違う!違うからねリーズちゃん。この女が嘘ついてるだけだよ。」
ゼルフィアの指が、無言のままカイルの耳を摘んだ。力がじわじわと増していく。
「お前は、すぐに調子に乗るんだな。王国の件が終わったら、うちの組織に入れるよう手配する。覚悟しとけよ。」
「ごめんなさい。それだけは勘弁してください。」
リーズは2人のやりとりに、どこか呆れながらも微笑みを崩せなかった。
カイルさんって変な人…….
「到着しました。私はこれで失礼します。」
背筋を正し、丁寧に一礼したあと、リーズはすっとその場を後にした。
あの子の住所、聞けば良かったな……
名残惜しそうに振り返るカイルの背中を、ゼルフィアが躊躇なく押し込んだ。部屋の中には、シュバルツと、白髪の老人が待っていた。
白のローブをまとい、先端に赤い宝石をあしらった杖を手にしている。長い髭が胸元にまで垂れ、背筋をすっと伸ばした姿には、威厳があった。
「初めまして、カイル・アトラス君。わしの名はローン・グリウェルじゃ。」
「よろしく、グリウェル。俺のことはもう知ってるようだな。」
気軽に差し出されたカイルの手を、横からシュバルツが容赦なくはたいた。
「痛ってえ!!なにすんのよ!」
「貴様、元10の剣になんて口の利き方をするんだ!!」
ゼルフィアはこめかみに手を当てて首を横に振る。呆れた表情で、小さく吐息をこぼした。
「お前、本当に頭おかしいんじゃないのか。」
「フォフォフォ。気にしなくても良いのにのう。」
グリウェルは静かに笑いながら、長い白髭を撫でる。その仕草すら、どこか柔らかさと品を漂わせていた。
シュバルツとゼルフィアが改まって頭を下げ、椅子に腰掛けると、グリウェルも杖をそっと床に置き、話を本筋へと進める。
「それじゃあ、話を始めようかのう。」
「話ってなんですか?俺いきなりシュバルツさんに誘拐されて来たんですよ。なので、何も知らないんですよね。」
「フォフォフォ。シュバルツや。お主、何も言わずに連れてきたのは流石にだめじゃろう。」
カイルが勢いよく腕を振り上げる。
「そうだそうだ!せめてゼルフィアさんに誘拐されたかったよ!」
「お前はもう喋るな。」
ゼルフィアの手がカイルの口元に覆いかぶさり、そのまま彼の頭を容赦なく自分の太ももへと押しつけた。触れた頬がわずかに熱を帯び、カイルは目を丸くしたまま固まる。
この子、香水つけてるんだ。…..以外だな。
柔らかく甘い香りが鼻をかすめ、目を閉じると、何となく落ち着いてきた。思考を中断され、口を封じられたまま、カイルはされるがままになるしかない。
彼が静かになったのを確認すると、ゼルフィアはようやく表情を真面目なものへと戻す。グリウェルが話し始めた。
「さっき起こった狼の件について話すとするかのう。」
表情を引き締めたまま、ゼルフィアが静かに口を開いた。
「私が向かったときは、10人くらいのフードをかぶった者達がいました。何かを復活させると言っていましたね。」
「フードをかぶった男は捕まえられなかったのかのう?」
「一人、生き残りがいたんですが、転移魔法が付与された石で移動されて。私の力不足です。」
わずかに顔を伏せるゼルフィアに、グリウェルは首を横に振り、ゆるやかに笑みを浮かべた。
「そういうこともあるじゃろう。まぁ死者が出なくて、良かったわい。」
ほんの少し、張り詰めていた空気が緩んだ。
「ほかに異変はあったかのう?」
「気にするほどのことではないと思うのですが、エリーゼが特殊なゴブリンを見たと。赤いマフラーを巻いた、拳法を使えるゴブリンだとか。」
その言葉に、グリウェルの眉がわずかにぴくりと動いた。
「それは珍しいのう。じゃが、それよりも今はフードの者達についての情報を集めなければな。」
「はい。私たちで、解決することが出来れば良いんですが…..」
ゼルフィアの声に、一瞬だけ迷いがにじむ。グリウェルは、その揺れを見逃さないまま、ゆっくりと目を細めた。
「予言がそれを否定しておるからのう。」
沈黙を挟んで、シュバルツが低い声で尋ねた。
「厄災とは何なのでしょうか。グリウェル様は何か知らないですか?」
「わしは何も知らんよ。ここに、引きこもってばっかりじゃからな。」
「貴方の目は、どこでも見通せるではないですか。」
「そうは言ってものう。分からんもんは、分からないのじゃ。」
どこか苦笑交じりの返答に、シュバルツは小さく肩をすくめた。
「そうですか…..では、この話はこれで終わりましょう。」
シュバルツは視線をカイルの方へ向ける。太ももに頭を預けたままスヤスヤと眠る彼に目を細めながら話を続けた。
「次にカイルの件ですが、早速Eランク昇格という形でお願いします。」
「それは、もちろんじゃ。早く強くなってもらわねばな。」
ゼルフィアが容赦なくカイルの耳をつまみ上げた。彼は目を覚まし、目をこすりながら、起き上がった。
「明日からこいつにはダンジョンに行かせる予定です。」
「フォフォフォ。それは酷じゃのう。まあ、それほど大変でもなかろう。モンスターも少ないしな。」
「それでは、私たちは戻ります。お前は早く私から離れろ。」
「ん?もう終わったの?」
本音を言えば、もう少し太ももの上にいたかった。……まぁ、気持ち良すぎたから、今までのことは水に流してやろう。
何とも言えない満足げな顔を浮かべ、カイルも扉の方へ向かう。
「カイル殿、頑張ってのう。」
「任せてくれ!!」
振り返ることなく、腕を高く掲げた。が、直後にゼルフィアの拳がその頭を捉えた。
「痛いって!!せっかく、今までのことを許してあげようと思ってたのに!!」
シュバルツが頭を下げ、無言で扉を開けた。
部屋の中に、静寂が戻る。
グリウェルは部屋が静寂に包まれると、椅子から立ち上がり、そっと窓際へ歩を進めた。外に広がる王都の喧騒を遠目に見つめながら、指先で顎の髭をゆっくりとなでる。
「赤いマフラーか.……..まぁ、気楽に待つとするかのう。」
「カイルさん待ってましたよ!」
明るい声が、石造りの空間に軽やかに響いた。振り返ると、エリーゼが軽やかな足取りで駆け寄ってくる。胸元で揺れる金色のペンダントが陽光を反射していた。
無邪気に手を振るその姿に、カイルの頬がわずかに緩む。
「ゼルフィアさんはどこへ?」
「どっか行ったね。エリーゼにうちに来いって言っとけって言われたわ。」
「そうですか…..まあ、とりあえず付いてきてください!」
手短なやり取りを終えると、彼女はすぐに背を向けて歩き出す。カイルは小走りでその後を追った。
彼女がギルドの奥にある扉を開けると、まばゆい光が差し込む。目が慣れると同時に、巨大な建物がその全貌を現した。鉄と石を組み合わせた、まるで要塞のような構造。内側に一歩踏み込むと、空気の匂いが変わる。
天井は高く、鉄骨が剥き出しになった天井の梁には、大小さまざまな魔物の骨や頭蓋が吊り下げられている。その数だけ冒険の軌跡がここに刻まれていた。
壁際には、用途ごとに分けられた器具や武具。解体用の包丁、肉を削ぐための鉤爪、そして骨を断つための鈍器。すべてが磨かれ、手入れが行き届いている。
「すいません。もう解体は終わりましたか?」
エリーゼの問いかけに、血のついた前掛けをした中年の男が顔を上げた。彼の額には汗が光り、手にはまだ動物の血が乾いていないナイフが握られていた。
「あぁ。向こうにいる冒険者達が待っていたよ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
深々と頭を下げ、エリーゼはその奥へと歩を進める。カイルもそのあとをついていき、二人は人の集まる一角へ辿り着いた。
そこには、数人の冒険者たちが集まっており、その中央に立っていたのはゼリアだった。
「これが報酬の金額です。」
ゼリアが差し出した袋には、金属の擦れる鈍い音と共に、ずしりとした重みが込められていた。エリーゼがそれを受け取った瞬間、思わず目を見開き、声が漏れる。
「こんなにもらっても良いんですか!?」
袋の重さが、今までの戦いを肯定してくれているかのようだった。
「ええ。私たちは何もやってないような者ですから。それが報酬の全部です。」
「本当に全部もらってもいいんでしょうか….。」
袋を抱きかかえたまま、不安そうに顔を上げるエリーゼに、ゼリアは穏やかな笑みを向けた。
「あなたがいなければ、今頃私たちはいなくなっていたでしょう。命を救ってもらったのに、自分も報酬をもらうのはおかしいですからね。」
その言葉に、エリーゼはもう一度深く頭を下げた。瞳の奥に、ほのかに滲んだ光がある。
「そうですか…..ありがとうございます!」
その場の空気が穏やかに流れた次の瞬間、場違いな声が響いた。
「じゃあ、エリーゼ。半分で分け合おうぜ!!」
ニコニコしながら胸を張るカイル。その脳裏には、すでに菓子の山と酒の川が広がっていた。
にゃんパフの特別号も買っちゃおうかな。
だが、その声に、ゼリアたちの視線がぴたりと一点に集中する。
「え?俺なんか変なこと言った?」
急に冷え込んだ空気に、カイルが困惑した様子で冒険者たちを見る。
ゼリアの瞳は凍るように冷たく、言葉を発する前から、場の空気を引き締めていた。
「お前は、何もしていないだろう。さっき聞いたんだが、お前、私たちが戦ってる間に狼の毛皮を剥ごうとしたらしいな。」
「いやいやいや、それはね、理由があったんだよ。」
否定の言葉を連ねるが、声の速さが焦りを物語っていた。
「理由って?」
「赤髪の女がいたでしょ?その子と会うために、あえて戦わなかったんだよ。」
カイルの口から放たれた苦し紛れの一言に、場の空気が止まる。
エリーゼが首を傾げながらぽつりとこぼした。
「でも、ゼルフィアさんがいきなり来たって言ってたような….」
「聞き間違いじゃないかな。じゃあ、早くここから出て行こっか。」
そろそろ逃げないとやばいぞ、これ。
会話を強引に切り上げるように、くるりと背を向けて出口へと足早に向かうカイル。その肩を、ゼリアが無言で掴んだ。
「私もついて行くぞ。エリーゼさんと話したいことがあるからな。」
「それは明日でも良いじゃないの。」
俺はエリーゼとゆっくりしたいんだけど!
「だめだ。今日じゃないとな。」
ゼリアの声には、一切の揺らぎがなかった。その一言に、カイルの頬が引きつる。
乾いた笑みを浮かべたまま、小さくうなずくしかなかった。