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萩原なちち
「おはよー!!おふたりさーん!!朝ですよー!!」
昨日あんなに泥酔していたはずのいっちゃんが、妙に元気な声を張り上げている。
「なんだ、ちゃんと服着てんじゃん」というだいきのガッカリしたような声が聞こえた気がするが、きっと空耳だろうと思いたい。
「あれ、いっちゃんシャワー浴びたの? 髪濡れてるけど」
「そう。昨日いつの間にか寝ちゃってたんで、さっき浴びてきました。俺、また深酒しちゃったなぁ……いつきくんに、また迷惑かけなかったっすか?」
「うん、全然。かけてなかったよな、りゅうせい?」
「うん。ぐっすり寝てくれてありがとう、いっちゃん」
りゅうせいは何の脈絡もなく、真っ直ぐな感謝を伝えているんだろうけど、俺の方は昨夜の光景がフラッシュバックして心臓が跳ねた。いっちゃんが寝ている真横で、上司が部下に告白して襲いかけていたなんて……。本当に、ぐっすり寝てくれてありがとう。いっちゃん、愛してるよ、その安眠。
「……いっちゃんってさ、髪濡れてるとよりセクシーだよね?」
「ん? そうっすか?」
だいきがいっちゃんの顔を覗き込みながら、ニヤニヤと危ない笑みを浮かべている。やばい、いっちゃん。早急に逃げてくれ。
「いっちゃん! ちゃんとシャワー室の鍵かけた?! 裸見られてない?!」
「え? いや、だいきくんしか起きてなかったんで、そのまま出てきちゃいましたけど」
「いっちゃあん……一番見られたらヤバい奴に、一番見られたらヤバい場所見せたかも」
「え?!」
いっちゃんはだいきを見つめたまま、文字通り目を丸くしている。人間ってあんなに見事に「漫画みたい」に目が丸くなるもんなんだな。
「すっげぇ。いっちゃんの目、猫ちゃんみたいでめっちゃ綺麗」
「いっちゃん逃げて! 捕まるぞ!」
「にゃあ」って、なんでだいきが猫の真似してんだよ。とか思っていたら、いっちゃんにがっつり返り討ちにあっていた。鮮やかなプロレス技をかけられて悶絶している。
「……ほんと二人ともバカだなぁ。ほら、朝ご飯食べて早く帰れ」
「え、いつきくん作ってくれるんすか?」
「味噌汁と卵かけご飯でいいだろ? それならすぐ作れるから」
「……ほんと、いい男だなぁ、いつきくんは」
「ふふっ」
りゅうせいに褒められて、思わず照れて俯いた瞬間。不意にそのまま顔を寄せてきて、あわやキスされそうになった。……流石に! 二人の前じゃ! マズいだろ!
「うわ……。なんか、もしかして、そういう感じっすか?」
いっちゃんが技を解きながら、信じられないものを見るような目で俺たちを見ている。
「そうなんだよいっちゃん。びっくりするだろ?」
だいきがどこか得意げに言う。
「何がだよ」
俺は心臓のバクバクを隠すように、ニヤニヤ笑いながらキッチンに向かった。「俺も手伝う~」と、りゅうせいが子犬みたいに後ろをついてくる。
「え、でもいつきくん、前にめっちゃ泣いてましたよね? りゅうせいに振られたって」
「「……え?」」
俺とりゅうせいの声が重なった。
「は?!バカ! それ言ったら殺すって言っただろ?! それになんで俺が振られたことになってんだよ!」
手に持っていた包丁を、危うくいっちゃんの方へ投げつけそうになった。
「え? 俺がフったの? いついつ~? 詳しく教えてよ、いっちゃん!」
「いいの! りゅうせいは気にしなくていいから!」
身を乗り出すりゅうせいを制しながら、腹立ちまぎれにキッチンにあったコーヒー豆を数粒、いっちゃんに向けて放り投げた。本当に包丁じゃなかったことをありがたく思えよ、この口軽男。
ドタバタと朝食を済ませ、粘ろうとする二人を無理やり玄関の外へ追いやる。マジでこいつら、油断するともう一泊しそうで怖いからな。早めに対処しておくのが正解だ。
「……やっと、帰ったぁ。やっと二人っきりだね、いつきくん」
んふんふと鼻歌混じりに甘えながら、俺の顔を覗き込んでくるりゅうせい。……やばい。急に喉が渇いて、妙に緊張し出してきた。
昨日は酒の勢いでいい感じのムードになったけれど、今はもうすっかり素面だ。そもそも、セックスが久しぶりすぎて、どういう手順でコトを運べばいいのか分からない。その前に「コンビニにゴムを買いに行く」という気まずすぎるミッションをどう遂行すべきか……。
「あ、そうだ。さっき、だいきくんにこれ貰ったんだ。パンツのお礼だって」
四角い小箱をカタカタと振ってみせるりゅうせい。……待て。その見覚えのあるサイズ感と音は。
「……なんであいつ、そんなもん持ち歩いてんだよ」
「コンドームを持ち歩くのは大人の常識、らしいです」
「ほんっと、あいつはそれしか頭にないのかよ」
「ね。でも助かりました。これなら、すぐいつきくんとセックスできます」
ニコッと完璧な可愛さで笑いながら、なんでお前はそんなに緊張してないんだよ。というか、急な敬語は何? もしかして、りゅうせい逆に緊張してんのか。
「……あのさ。りゅうせいは、俺と付き合う気持ちはあるの?」
流石に、このまま中途半端な関係で最後までいくのは違うと思う。社内恋愛だし、年齢差もある。気持ちだけじゃ乗り越えられない現実的な問題だってあるはずだ。
「え……俺、もう付き合ってると思ってた。……俺、また一人で暴走しちゃってました?」
ダメだ。また目がうるうるし始めてる。朝っぱらから早々に泣かせてしまった。
「ほら、昨日も言ったけど。今、俺たちは浮気してる状態だろ? 酔ってもいないのにこのまま流されるのは、彼女に失礼だし、俺も嫌なんだ。そんな気持ちのままじゃ、できないかなって」
「……俺、浮気なんてしてないですぅ。ずっといつきくんしか見てないですぅ……」
えーん、と子供みたいに泣きそうになりながら、りゅうせいが俺の胸に飛び込んできた。……え? 浮気してない? ということは、彼女はいないってことか? 昨日のあの意味深な会話は一体なんだったんだ。
「本当……? じゃあ、俺のこと好き?」
「うん。大好き。世界で一番好き」
うわ、やばい。今、俺、世界で一番だらしない顔をしてる自信がある。
嬉しすぎて、心臓が跳ねすぎて、もう収拾がつかない。なんなんだよこれ。俺、これからどうなっちゃうんだ。
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