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拘束されて馬車に乗せられたランナとポーラだが、車内では手足を縛られるような物理的な拘束はされなかった。
走り出した馬車はモーメントの街を出ると森を抜けて、やがて人通りの多い賑やかな商店街に入る。どうやら王都に辿り着いたようだ。
そして城下町を直進したところで馬車が止まり、そこで二人は降ろされた。
二人は目の前にそびえ立つ巨大な建造物を見上げて震え上がる。それは感動ではなく畏怖に近い。
「姉さん、これって……お城? すごい、初めて見る……」
「ランナ、大丈夫よ、落ち着きなさい」
「姉さんこそ手が震えてるよ」
気付けば二人は無意識に手を繋いでいた。逮捕だと言われたのに王城に連れて来られたらしい。
正面には鋼鉄の城門。この場所から見上げても城の最上階が見えないほどの高さがある。しかし横幅を見た時に不思議な光景に気付く。
(なんか変な色と形……童話とかのお城とは違う)
この城は大きく分けて三つの建造物が横に並んでいる。左の建物が白、真ん中が金、右が黒という統一感のない配色で違和感がある。
その時、別の馬車から降りてきたアサが二人の前に立った。
「ついてきて下さい。手荒な真似はしませんから大丈夫ですよ」
そうは言っても、逮捕と言われたからには警戒してしまう。このまま地下牢に閉じ込められてしまうのかもしれない。
城門を通ると三色の建物は入り口も別々で、向かう先は向かって左側の白い城。エントランスを通り抜けた先にある客間に入った。
ずっと警戒していたランナだが、何か様子が違う事に気付き始めた。
(あれ? 牢屋でも拷問部屋でもなさそう)
壁も床も天井も真っ白な部屋の中心には、四角いテーブルを挟んで置かれた二台の長椅子のソファ。やはり全てが純白だ。
向こう側のソファには白いドレスを纏った女性が座っている。ストレートの長い銀髪と碧眼という神々しさは純白の部屋に溶け込むように馴染んでいる。
女性は座ったままで正面のランナとポーラに会釈をする。
「初めまして、私はモニカと申します。アサの妃ですわ」
それを聞いた二人は急に背筋を伸ばす。アサの妃という事は王妃だ。アサの時とは違って、なぜかモニカの前では必要以上に緊張する。
「あ、は、初めまして! モーメントの街の薬師ランナ、19歳です!」
「初めまして。同じく薬師のポーラ、20歳です」
二人が長く深いお辞儀をして顔を上げると、正面のソファに座るモニカの隣にはアサが座っていた。国王と王妃は揃って銀髪。見た目の色合いもお似合いだ。
「ふふ、そんなに緊張なさらないで。私は21歳、そんなに歳は変わりませんのよ。ねぇ、アサ様?」
「そうですね。僕は22歳ですから」
ランナが最初に年齢まで言ったので、全員が年齢を言う流れになってしまった。つまりランナが19歳、ポーラが20歳、モニカが21歳、アサが22歳。
モニカは左手を口元に添えて上品に笑っているが、その薬指には白銀の指輪が煌めいている。
ようやく姉妹が手前のソファに座ると、テーブルを挟んだ先に座る国王と王妃に対面する形になる。ポーラよりも度胸のあるランナが口火を切って発言する。
「あの、私たちの罪とか逮捕とか、一体どういう事ですか?」
モニカは何も答えずに隣のアサに視線を向ける。あくまで会話の主導権は国王のアサにある。
「あぁ、申し訳ありません。あれは建前というか口実というか。表向きは少し重めに話を盛りました」
「え……なぜですか?」
「モーメントの役場には連行の許可を得ました。あなたたち姉妹の身柄は僕のものです」
アサは正当な理由と手段で姉妹をここに連れてこようとしたのは分かる。律儀ではあるが犯罪者にされるのは理不尽だ。
その時、部屋に執事らしき中年の男性が入ってきて、テーブルの真ん中にガラスの小瓶を置いた。それを見たランナが身を乗り出して反応する。
「それは、私がヒル様に調合した薬!?」
アサはその小瓶を手に持つと、ランナに見せつけるようにして軽く振る。瓶の中で複雑な色合いの粉薬がサラサラと揺れ動く。
「やはり、そうでしたか。体調が良くないのは、この薬のせいですね」
「アサ様がそれを飲んだのですか? それはヒル様のお体にしか合わない薬……」
そこまで言ってランナは口を噤んだ。その薬の独特な色は、間違いなくヒルの生気の色。ランナが調合してヒルに渡した風邪薬に間違いない。
その魔法薬がここにあるという事は、やはりアサとヒルは兄弟。おそらくヨルもだろう。
「アサ様とヒル様って……」
ランナが言いかけた時にソファの後ろに控えていた執事が動いた。その手には銀色の懐中時計を持っていて、アサの横に移動すると小声で囁く。
「アサ様。もうすぐお時間です」
「……もうそんな時間ですか。残念ですが、僕はこれで失礼します」
何やら時間を気にしている様子なので、ランナが横を向いて壁掛け時計を見ると昼の12時直前であった。
国王ともなればスケジュールも詰まっているのだろう。単純にアサは忙しいのだと思った。
しかしアサは立ち上がろうともせずに隣のモニカと目を合わせる。モニカは察しているようで無言で頷く。
「それではモニカさん、また明日。後は頼みましたよ」
「承知いたしましたわ、アサ様」
壁に掛かっている振り子時計が鐘を鳴らす。ボーンボーンと腹の底にまで響くのは空腹のせいだろう。昼の12時だから当然だ。
ランナが呆然と振り子時計を見つめていると、隣のポーラが肩を揺すってきた。
「ランナ、見て、アサ様の髪が……!」
「え?」
視線を横の壁から正面に戻すと、アサの顔ではなく髪に目がいく。銀色のアサの髪が太陽の光でも浴びたかのように光り輝きながら金色に色付いていく。
驚く間もなく一瞬にしてアサの髪は金髪に変わっていた。その不可思議な現象よりも、改めてアサの姿を見た時にランナは別の驚きに声を上げる。
「……ヒル、様……?」
金髪に赤い瞳。その姿は紛れもなく、ヒル・ヴァクト。ランナが昼に出会った彼であった。目の前で髪の色が変わっただけではない。アサがヒルに変わったのだ。
紳士的な態度のヒルから一変して、ヒルは揃えていた足を豪快に広げる。さらランナに向かって両腕を前に出して広げる。
「やっとオレの時間がきたぁ! あぁ、愛しのランナちゃん、会いたかったよ!」
その弾けるような眩しい笑顔も態度も口調も、穏やかで紳士なアサとは全く別人。完全に陽気なヒルになっている。
ヒルはランナしか眼中にない様子でいるが、この状況は疑問だらけでランナは口すら動かせない。代わりにヒルの隣のモニカが静かに口を開く。
「見ての通り、ヴァクト様は朝と昼と夜、一日に人格が三回変わるのですわ」
ますます状況が分からなくなったランナは、正面のモニカではなく横のポーラに顔を合わせる。
「えっと……それって、どういう事なの? 姉さん、分かる?」
「三重人格って事みたいね……」
ポーラも信じられない様子でいるが、自身の漆黒の指輪を見て確信した。ヨルは夜人格のヴァクトであると。
そんな姉妹の戸惑いを無視して、ヒルは立ち上がるとテーブルを越えてランナの横へと立つ。さらにランナの片腕を強引に掴み上げた。
「ランナ、行くぞ!」
「は、え……? どこへ!?」
「決まってんだろ、オレの部屋だ!」
これは、どう見ても『お誘い』だ。しかしランナはヒルよりも正面のモニカの方を見て困惑する。妻の目の前で他の女性を誘う行為は大胆すぎる。
しかし予想に反してモニカは全く動じないどころか冷えた目線でヒルを見ている。怒りという意味の冷たさではない。全く関心がない冷めた目だ。
12時になったと同時にモニカも人格が変わってしまったのだろうかと、ランナの中で次々と疑問が増えていく。
「あの、モニカさん、いいのですか……?」
「ええ。先ほど申し上げました通り、私は『朝の妻』ですわ」
その淡々とした口調で語られる衝撃の言葉から、状況は見えなくてもモニカの心は伝わる。
モニカは『朝のヴァクト』のみを愛している。文字通り『アサの妻』なのだと。さらにモニカの淑女らしい笑顔に乗せて衝撃の発言は続く。
「ランナさんは、ヒル様がお選びになった『昼の妻』。ポーラさんは、ヨル様がお選びになった『夜の妻』なのですわ」
ヴァクト陛下の三つの人格は、髪の色だけでなく性格も好みも全く違う。それは女性に対しても同じ。
昼に出会ったヒル・ヴァクトに金の指輪を贈られたランナ。
夜に出会ったヨル・ヴァクトに黒の指輪を贈られたポーラ。
二人はすでに王妃として王城に迎えられていた。