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「なんだかすごく……静かね」
部屋に入ってすぐ、リリアンナはそう呟いた。
王都の喧騒をそのまま引きずるような騒がしさを想像していたのだが、厚い扉を閉めてしまえば、外の音はほとんど遮断される。
「あら、リリアンナお嬢様。お忘れになられたんですか? 行きの車内も同様にとっても静かでしたわ」
ナディエルがそう答えながら、窓際に置かれた小さなテーブルの上を整える。
王都エスパハレのグランセール駅と、北の辺境の地にあるエルダン駅とでは駅自体の喧騒が違う。乗り込んだ駅の騒がしさの差が、客室内に乗り込んでからの印象も変えてしまっているらしい。
ナディエルの言葉を聞きながら、リリアンナはホゥっと吐息を落とした。
リリアンナの吐息で、窓ガラスが丸く曇る。
ほどなく、汽笛が低く鳴った。
微かな振動とともに、床がゆっくりと動き出す感覚が伝わってくる。
――汽車は、王都エスパハレを離れた。
リリアンナは窓の外を流れ始めた景色を眺めながら、胸の奥で小さく息を吐く。
これで、帰れる。
ニンルシーラへ。
出立の時には実りはまだだったミチュポムの木は、若く青い小さな実りの兆しを付けている頃だろうか?
遠ざかっていく王都の街並みを眺めながら、リリアンナはそんなことを思った。
***
汽車が走り出してから、丸一日が過ぎた。
夕刻には、朱に染まり始めた山肌を車窓に眺めながら、皆でビュッフェ車両で晩餐を楽しんだ。
相変わらず、リリアンナには料理の味はほとんど分からない。
それでも、同じ卓を囲み、他愛のない話をしながら食事をする時間は、不思議と心が満たされていった。
ナディエルが冗談めかして笑い、クラリーチェが穏やかに相槌を打つ。
同じ食卓にはランディリックとセレンもいて、それぞれが言葉少なに、その和やかな空気を共有していた。
そんな光景を眺めながら、リリアンナは――こんな時間が、このままずっと続けばいいのに、と希ってしまう。
その夜は、それぞれの客室へ戻り、列車とは思えないほど柔らかな寝台で身体を休めた。
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む淡い光に、リリアンナがゆっくりと目を覚ますと、すでに身支度を整えたナディエルが、いつものように微笑んでいた。
「おはようございます、リリアンナお嬢様」
ナディエルに手伝ってもらってリリアンナも支度を終えた頃、控えめなノック音が扉を鳴らす。
「朝食へ行こう」
扉の向こうには、ランディリックとセレンが並んで立っていた。
朝のビュッフェ車両は、昨夜よりも人が少なく、どこか静けさが勝っていた。
温かい飲み物の湯気が立ちのぼり、窓の外には、遠くの山々に、うっすらと白を帯びた景色が流れている。
リリアンナは、手を伸ばしたカップを両手で包み込みながら、その光景をぼんやりと眺めていた。
会話は昨夜よりも少なく、誰かが話せば、誰かが応じる――それだけだったけれど、それで十分だった。
やがて食事を終え、再び一等客室のある車両へ戻る。
厚い扉を閉めると、外の気配はすっと遠ざかり、列車の規則正しい揺れだけが残った。
リリアンナは窓辺に腰掛けて、改めて外を見やる。
車窓の外に流れる景色は、ところどころ白を帯びた配色が目立つようになってきていた。
北の地とはいえ、春の盛りを過ぎた時期のこと。平野部は雪解けが進んでいるから、白いものは高い山肌にまだらに残る程度。けれど、そんな光景自体、王都に近い場所ではなかったことだった。
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