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ゆゆゆゆ
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#doublefedora
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「……こっちだ」
チャンスが短く言う。
路地を抜けて、古びたアパートの前で止まる。
「ここ?」
「文句あるか」
「別に」
エリオットは肩をすくめる。
バイクを止めて、降りる。
腕の傷がじわっと痛む。
「……ほら」
チャンスが先に階段を上がる。
振り返らない。
「鍵」
短く言って、ドアを開ける。
中は、思ったよりも生活感がない。
最低限。
ソファとテーブル。
あとは、少しの荷物。
「座れ」
「はいはい」
エリオットはソファに腰を下ろす。
その瞬間、少しだけ力が抜ける。
(……疲れた)
今さら、実感がくる。
***
「腕」
チャンスが戻ってくる。
救急箱を持って。
「大げさだって」
「いいから出せ」
有無を言わせない声。
「……はいはい」
ジャケットを脱ぐ。
シャツの袖を捲る。
血は止まりかけてる。
でも、まだ赤い。
「……っ」
チャンスの指が触れる。
消毒。
「しみるぞ」
「もうしみてる」
「黙れ」
少しだけ強く押さえられる。
「いっ……」
思わず顔をしかめる。
「だから言っただろ」
「言ってないし」
「言った」
「言ってない」
小さな言い合い。
でも。
その温度が、やけに心地いい。
「……」
包帯を巻く。
無駄のない動き。
でも。
さっきより、少しだけ乱れてる。
「……っ」
指が触れるたび、エリオットの呼吸がわずかに変わる。
「痛いか」
「……ちょっと」
嘘じゃない。
でも、それだけじゃない。
「……」
チャンスは何も言わない。
ただ、手を動かす。
その沈黙が、妙に重い。
「……なあ」
エリオットが、もう一度口を開く。
「さっきの」
「……」
「誰とでも寝るやつ、ってやつ」
チャンスの手が、また止まる。
今度は、はっきりと。
「……あれは」
言いかけて、やめる。
言葉を選んでるみたいに。
「……悪かった」
ぽつりと落ちる。
予想外の言葉。
「……え?」
エリオットが、少しだけ目を見開く。
「別に謝るとこじゃない」
「……そうかもな」
チャンスは視線を落としたまま。
「でも、言い過ぎた」
静かに言う。
「……」
エリオットは、少しだけ黙る。
それから。
「……別に」
軽く笑う。
「間違ってないし」
わざと、軽く。
「この前も、知らないやつと――」
「やめろ」
即座に、遮る。
低く。
鋭く。
「……」
空気が止まる。
チャンスの手が、エリオットの腕を強く掴んでいる。
さっきよりも。
はっきりと。
「……言うな」
声が、少しだけ掠れている。
「……」
エリオットは、その顔を見て。
ほんの少しだけ、目を細める。
「……なんで」
静かに聞く。
逃げ場のない距離。
「お前が終わりにしたんだろ」
その言葉。
チャンスが、息を詰める。
「……っ」
答えない。
答えられない。
「……なのに」
エリオットが、少しだけ近づく。
「なんでそんな顔するんだよ」
視線が絡む。
さっきの戦闘とは違う意味で。
逃げられない。
「……」
チャンスが、ゆっくり顔を上げる。
何か言いかけて――
言えない。
代わりに。
「……くそ」
低く吐いて。
そのまま――
エリオットを引き寄せる。
さっきより、ずっと静かに。
でも。
逃がさないみたいに。
距離が、消える。
触れる寸前で止まる。
「……帰れなくなるぞ」
かすれた声。
警告みたいに。
でも。
願いみたいにも聞こえる。
「……もう無理だろ」
エリオットが、小さく笑う。
「今さら」
その一言で。
最後の一線が、消える。