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#mmab
七瀬⛄️
1,700
三文小説
5,520
915
自宅近くのコンビニまで、目黒くんと並び歩いていく。
話せることは、話したいことは、まだ見つかりそうにない。
居心地の悪さ、気まずさを感じてしまっているのは、俺だけだろうか。
目黒くんは、どこか、楽しそう。
どこか、切なそう。
そんな風に思うのは、自惚れが過ぎるだろうか。
柔らかく下がる目尻の、その中を盗み見てみる。
夕焼けを写す瞳は、小惑星の群れを切り取ったガラス玉のよう。
彼のことをほとんど知らない。
だから、掛けてあげられる言葉も、渡してあげられる問い掛けも、何も、無い。
だとしても、それじゃあ冷たい。
(…俺から誘ったんだから何か話さなきゃ…)
うだうだと、あれこれ考えて。
嵌まらない、主語と動詞と、接続詞。
凹と凹のブロック二つを無理に繋ぎ合わせようとするみたいに、力づくで組み立てみるけれど。
てん、てん。てん . . … . ..だめみたい。
この子といると、頭が全然働かない。
コンビニは、もう、すぐそこまで。
:
レジカウンターの前で目黒くんに味の希望を聞くと、「チョコにしようかな」との回答が返ってきた。
店員さんへ「チョコとバニラ、一つずつお願いします」と伝え、二つ分のソフトクリームの代金をコイントレーへ並べた。
「え、いいよ。俺が阿部くんのも買う」
「だめ。これっぽっちしかできないけど、昨日のお礼させて」
「いや、でも…」
「お願い…っ…! ね…?」
「っ…、ぅん、ありがとう…」
少しだけ体を詰め寄らせながら手を合わせて無理に頼み込むと、目黒くんは目を逸らしてから小さな声でお礼を言ってくれた。
店外へ出て、すぐそばにある車止め用の横長のポールに二人で腰掛け、それぞれ口を付けた。
「ぁ、ぉいし…」
「機械から出るやつって、余計に美味しく感じるよね」
「初めて、食べた、」
「えっ!阿部くんソフトクリーム食べたことないの!?」
「あ、ううん、そうじゃなくて」
「ん?」
「…誰かと学校帰りに寄り道するの、何か食べるの、目黒くんが初めて」
「っ…ずる…」
「ん?なに?」
「ぁ、ぃや、なんでもない」
「そう?ぁははっ、流石にソフトクリームくらい食べたことあるよ」
冷たくて甘くて、とても美味しいけれど、思ったよりも溶けるのが早かった。ゆっくりと話をしながら食べている暇はなさそうだ。
チョイスを間違えたかもしれないが、後悔していても仕方がない。早めに食べ切って、聞きたいことを聞いてしまおうと思い直した。
液体と化したバニラが、コーンカップの縁から溢れて手の甲に垂れる。
慌てて舐め取り、最後にそこへ吸い付いたとき、刺すような視線がこちらを向いた気がした。こんな時のために「穴が開きそう」という比喩表現があるのかもしれない。
──行儀悪かったかな…、恥ずかしい…。
羞恥心を振り払いたいがために、当初の予定を早めて今すぐに口火を切ることにした。
ソフトクリームはまだ、半分残っている。
「あの、さ、目黒くん」
「うん?」
「昨日さ、俺が何してたとか、知ってる…?」
「………いや、すぐ…帰った、から…知らない…かな…」
「…そっか」
──沈黙なっが。嘘吐くの下手くそすぎない?
心なしか、声も硬く聞こえる。
昨日、何かがあったことは間違いがなさそうだ。
「知りたい」という欲求が膨れ上がっていく。
頭の中に分からないことがあるのは嫌なのだ。
「あとさ、目黒くん、家にワイシャツ忘れてない…?」
「………いや、着て帰った…け、ど…」
──これも嘘だな。わかりやす…。目黒くん、今顔向けてる方向、車さえ止まってないよ?なんにも無いよ?
どうして誤魔化すのだろう。
俺も関係しているはずなのに、何も教えてくれないことがひどくもどかしい。
知りたくてたまらない。
“こうなったら阿部ちゃん納得するまで離してくんねぇかんなぁ”
昼間にふっかが言っていた言葉が蘇ってくる。
ふっと自嘲的な笑い声が漏れた。
「お姫様」でもなんでも構わない。
モヤモヤしたままより、そう呼ばれる方が全然マシだ。
「目黒くん、ほんとのこと言って…?」
「ぇっ……」
「ごめん。何があったのか、本当に覚えてないの。だから教えてほしい。昨日、何があったの?」
「…そ、それは…」
「隠されたくない。お願い」
じっとその目を見つめた。
目黒くんは、少ししてから寂しそうに笑った。
「ホントに、なんにも無かったよ。阿部くん、あの後またすぐ寝ちゃってたから」
「そんなわけ…っ、」
昨日、確かに俺は目黒くんのシャツの裾を掴んで引き留めた。
それは絶対に「現実にあったこと」で間違いがないはずだった。
そして、額に触れた温度に夢の中でデジャヴを感じたのは、きっと現実で何かが起きていたからに違いないわけで──、
──「ごめん、阿部くん。中途半端な奴になりたくないんだ」
その言葉に、少し反応が遅れる。
「もう聞かないで」と、目黒くんが必死に訴えかけているように見えた。
これ以上は、踏み込むべきではないのかもしれない。
目黒くんには、昨日の出来事を言いたくない理由や事情があるのかもしれない。
でも、そんなの知らない。
「中途半端ってところがよく分かんないけど、それも全部ひっくるめてとにかく話して」
「えっ!?ここまで言ってもだめ!?」
「知らないことがあるのは嫌なの。全部受け入れるから。ねぇ、お願い」
「えぇ…、でも、阿部くん絶対後悔すると思うよ…?」
「それでも良い。サブを気にして何もしないのも、殻に閉じ籠るのも、もうやめるって決めたの。背中を押してくれたのは目黒くんでしょ?」
「? 俺、なんかしたっけ…?」
「ぅ、、〜っ、とにかくっ!全部受け止めるから教えて!」
「うーん…でも…」
「じゃあ、もう月曜日から会わない」
軽い冗談のつもりだったが、最後の発言は目黒くんにはかなり酷い脅し文句になってしまったようだった。
健康的な顔色が、とてつもないスピードで土気色に変わっていくほどに。
「ぁ…、ごめんなさい、冗談のつもりでした…。そこまではしないけど、それぐらい俺も内緒にされるのは嫌なの。だから、お願いします」
ソフトクリームを片手に、頭を下げる。
「ぁ…ぇ、…ぅ、ぅぅん…」と戸惑うような、渋るような吐息が聞こえてきた後、「びっくりするかもしれないけど…」と前置きしてから、目黒くんはポツポツと話し始めた。
:
:
:
「…聞かなきゃよかった……」
昨日のあらまし全てを聞き終えたあと、開口一番、ヒョロヒョロと口から漏れ出たのはこの言葉だった。
「そう言うかなって思って秘密にするつもりだったんだ…、ごめんね…」
「いや、目黒くんが謝るところなんにも無いし…、俺が教えてって言ったし…、ほんとにごめん…」
「ううん、全然」
「しかも母さん知ってたんじゃん…、なんで教えてくれなかったの…」
コンビニの前、ポールに腰掛け項垂れるは、二つのまんまるい頭。
俯瞰してみると、なんだか可笑しかった。
“あの言葉”を、あの瞬間の俺は、きっとまだ完全には理解できていなかった。
今になってやっと、ほんの少しだけわかったような気がしているのだから。
理屈じゃない。
そんなものをいつまでも探していたところで、到底解決なんてしないのだろう。
佐久間が、幸せそうに瞳の奥にいるであろう「あの子」を見つめていたのも。
目黒くんが、今すぐにでも穴の中に入りたくなるほどの醜態を晒していた「昨日の」俺を受け止めてくれていたのも、それを秘密にしようとしてくれていたのも、何もかも。
単純で、短絡的で、理論なんてちっとも無い。
でも、それだけで十分に説明が付いてしまうらしい。
それ一つだけが、他の何よりも一番大きな理由として成立してしまうらしい。
“大好きだから”
ただ、それだけ。
──怖いなぁ、やっぱり。
自嘲的ではありつつも、気持ちの良い笑い声が込み上げた。
「…ふふふっ、ぁははっ、」
「阿部くん…?」
「しちゃったことはもう取り消せないよなぁって。最後にもう一回だけ謝らせて。目黒くん、本当にごめんね、困らせて」
「ううん。俺も大事なこと知れたし気付けたんだ。俺の方こそ、なんにも知らないで自分の気持ち伝えてばっかでごめんね」
「それは、うん、まぁ、まだ慣れないけど。これでちょっとはおあいこになれたかな…?」
「全然いいのに、阿部くんはやっぱり真面目だね」
「どう考えても俺が悪いでしょ」
「そうかな?本音言うと、俺は超幸せだったから」
「…っ、もうこの話おしまい…っ!」
「ふははっ、ぁ、そういえば、阿部くんって意外と意思固いんだね」
「そう?」
「聞くまで絶対帰らない、って顔してたよ」
「疑問を疑問のままで終わらせるのが嫌ってだけなんだけどな」
「それはちょっとわかるかも。気になったことは全部知りたいよね」
「うん、それだけなんだけどね。よく佐久間たちからそのことで揶揄われる」
「佐久間くん……」
「ん?どうかした?」
「ぁっ、ううん、なんでもない」
「そっか。ぁ、ワイシャツ返さなきゃ。洗濯して、来週返すね」
「いいよ。阿部くんが持ってて」
「いや、なんで」
「阿部くんが持ってた方がいいんじゃないかなって思うんだ、それに、阿部くんに持っててほしい」
「うん?…ん?…なんで?」
「阿部くん、俺の匂い好きなんでしょ?」
「な”…ッ…!」
バカにしているような問い掛け方ではなかった。
事実をありのままに受け取り、最善の方法を提示しただけ、というような「さも当然」の如き清々しさを持って、目黒くんはそう言い放った。
──はぁ…、うん、もう降参。
初めて出会った時からわかっていたではないか。
ムキになって、対して知らないのに、触れてもいないのに頑なに逃げようとしていただけで、自分の心はとっくのとうに気付いていた。知っていた。
──でも、悔しいからまだ気付いてあげない。
少しずつ、この子を知っていきたい。
少しずつ、この子を“特別”にしたい。
少しずつ、この子の“特別”になってみたい。
目黒くんと、そんな日進月歩を楽しみたい。
晴々。
とっくのとうにソフトクリームは食べ切っていた。ここに座っている用事も理由ももう無いが、それでもまだ、不思議と立ち上がる気にはならなかった。
濃紺に覆われ始めた夕焼け空を眺めていると、不意に目黒くんの頭が再びガクッと下がるのが目の端に映った。
「はぁぁぁ…」
「どうしたの?」
「やっぱり俺、阿部くんの中で中途半端な男になっちゃったよね…?」
「? どういうこと?」
「今の話を“あった事”にしちゃったらさ、なんか、俺完全に阿部くんの「何」にもなってない奴になっちゃうよなって…、それもあって言いたくなかったとこもあって…。今日から、友達から始めようって思ってたから…」
「もう十分中途半端だよ」
「ぇ…」
その顔が、サァァ…と青くなっていく。
──しょうがないなぁ。
なんて、思う。
呆れたような笑みが、ふっと鼻から漏れた。
「でも、その方がいい」
「えっ…?」
「俺も、ちゃんと目黒くんに向き合うよ。今まで、本当にごめんね」
「ぁ、ぇ…」
「いつも通りの方が、俺は好き。無理に自分を変えようとしないで」
「でも、いいの…?鬱陶しくない…?」
「今更何言ってんの。俺のこと、好きにさせてくれるんでしょ?」
「っ! うん…!」
「なら、目黒くんの全部で、俺を変えてみせてよ」
攫われる。
強いのに、優しくて。
どこまでも、あったかい。
忘れられない、離れない、その、香り。
いつだって、気付いた時にはこの腕の中に捕まっている気がする。
拒む気持ちは、日毎薄れていて。
そんな自分を変だと思う。
でも、変でも良い、なんて思ってしまう。
胸が、焦がれた。
星が、燃えるように。
:
:
「アイス、ごちそうさまでした」
「コンビニまででよかったのに。今日も送ってくれてありがとう」
「ううん、俺が最後まで阿部くんと一緒にいたかったから」
「っ、そ、そう…、じゃあ、またね」
「うん、またね」
ひとしきり話し終えたところでポールから腰を離し、自宅を目指して歩き出した。
すっかりいつもの調子を取り戻した目黒くんと一緒に。
玄関先で別れの挨拶を交わすが、目黒くんは少し離れたその場で手を振ったまま動く気配がない。
「…」
「…」
時間にしておよそ体感三十秒。
耐えきれなくなり、つい尋ねた。
「…帰らないの?」
「阿部くんが中入ったら帰る」
「あ!?そッそういうこと…っ!? ごめんね…!」
「ううん、可愛かった」
「あんまりそういうの言わないで…、恥ずかしいな、もう…」
「そうやって困ったみたいに笑うとこも可愛い。大好き」
「はいはい。もう中入るからね?」
「うん、またね」
ドアを開け、一歩前へ進む。
扉が閉まる直前、最後にもう一度だけ手を振った方が無愛想ではないような気がして振り返ってみると、それよりも前からずっと、目黒くんは手を振り続けてくれていた。
驚いてしまって、掌の振れる幅は小さくなるばかりだった。
隔たりの、端と端。
でも、とても近くに感じる。
一人じゃないと思えるような気がした。
ドアに背中を凭れ、呟いた。
「…ふふ、変な子」
To be continue…
コメント
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あおいです🌷 第10話、拝読しました。もう、冒頭の「てん、てん。てん . . … . ..だめみたい」に一気に引き込まれました。阿部くんの頭の中がぐちゃぐちゃになってうまく言葉にならない感じ、すごく伝わってきました。そして「聞かなきゃよかった」からの流れ、あの「大好きだから」という着地点に胸が熱くなりました。目黒くんの不器用な優しさも、阿部くんが「俺を変えてみせてよ」と言えるようになった成長も、全部愛おしいです。次回も楽しみにしていますね!