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数日すると、風邪はすっかり良くなった。
聡一朗さんは、その間も私を気にかけてくれた。
安静にして大学を休んでいる間は山本さんに私の看病を依頼してくれたり、聡一朗さんが早めに帰ってきてお世話してくれた。
その後も、忙しい合間を縫って連絡をくれたりして、体調を気遣ってくれた。
聡一朗さんの細やかな心配りが嬉しかった。
けど、愚かだと自分を叱っても、それだけに寂しいと思ってしまった。
聡一朗さんは、私に無理な契約結婚してをさせた罪の意識で優しくしてくれているに過ぎないのだと、どうしてもそう思ってしまった。
愛してくれなくてもいいと決めたのに、優しくされると心が緩んでしまって、かえって辛くなってしまうなんて、私はなんてわがままなんだろう……。
『今夜は本当に大丈夫かい?』
『大丈夫です』
何度目かの同じ問いに、元気なスタンプを付けて返す。
『体調は万全ですし、それに今夜のためにもう準備は整っているんです』
とガッツポーズの絵文字を付けたし、
『お帰りの時にはもう準備を終わらせておきますね』
なかば一方的に、別れのスタンプを送信した。
ほう、と息を吐き、私は大きなスタンドミラーの前で「よし」と気合を入れた。
今はお昼の十二時。
今日は大学を休んだ。
ランチは早めに軽く済ませて、顔のパックも今終わったところ。
これから気合を入れて、お化粧を始める。
ヘアサロンは十五時に予約したから、その前にメイクを終わらせて着替えて――。
早くしなくては。今日が本番だ。
※
夕方。
玄関から物音が聞こえた。
聡一朗さんが帰ってきた。
ちょっと予定より遅い時間だ。
足早に聞こえる足音。
ドキドキする。
「すまない、仕事が少し長引いてしまって。もう準備は終わったのかい」
聡一朗さんの声と共に、コンコンというノック音がした。
「はい、どうぞ」
息を吐いて振り返った途端、聡一朗さんと目が合った。
聡一朗さんは動きを止め、目を見開いていた。
ドレス姿の私に驚いている。
予想していた反応。でもそれが好印象なのかその逆なのかは判らない。
「君か……?」
「あ、はい。おかえりなさい」
私はうなずいて、笑顔を作った。
「あの……似合い、ますか……?」
おずおずと訊く私に、聡一朗さんはゆっくりと近付いてくる。
「一瞬誰か分からなかった。……とても、綺麗だ」
ドキンと胸が跳ねる。
嬉しいのはもちろん、そう静かに言ってくれた聡一朗さんの低い声は、どこか魅惑的だったから。
今夜、私と聡一朗さんは例の祝賀会に参加することになっていた。
聡一朗さん出版した本が賞を受けることになり、授賞式が明日執り行われることになっていて、今夜の祝賀会は、その前祝いとして大学が開いたパーティだった。
もちろん、そこに聡一朗さんが主役として出るのは当たり前なのだけれど、今回はその妻である私も招待を受けていた。
私にとって、これが聡一朗さんの妻として出る初めての公の場。
契約結婚の条件に挙げられていた妻としての役割を、遅ればせながらやっと担う時が来た。
課題はたくさんあるけれども、まずは外見からクリアしていかないと。