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ファミレスでのバイトを終えた私は、パンパンになった脚を引きずるようにして歩くと、なんとか家の前まで辿り着いた。
(それにしても、今日は地獄のように混んでたなぁ……。脚は痛いし、お腹も空いたなぁ……)
そんな事を考えながら、目の前の門を開いて家の敷地へと入ると、1階の窓から灯りが漏れている事に気が付いた。もう、夜中の2時だというのに。
(もしかして……。静香さん、まだ起きてるの……?)
カチャリと小さな音を立てて玄関扉を開くと、その気配に気付いた静香さんがリビングから顔を出した。
「おかえり、真紀ちゃん。遅くまでお疲れ様」
「あっ。……た、ただいま、静香さん」
何だかまだ少し慣れなくて、ぎこちない返事を返してしまう。
ここに引っ越してきてから、1週間と少し。静香さんは、毎日こうして私の帰りを出迎えてくれるのだ。
でも、今日は流石にないと思っていた。いくら明日は土曜日でお休みだとはいえ、もう深夜2時をまわっているのだ。
(寝ないで、私の帰りを待ってたのかな……?)
だとしたら、それは凄く申し訳ない。
引っ越し当日、静香さんはシェアハウスの募集経緯を私に話し聞かせてくれた。
念願だった持ち家を3年前に建てたものの、広すぎる家に1人で暮らすのもなんだか寂しい。かといって、男性と暮らすのは抵抗があった為、今回女性限定で募集をかけたと。
たまの休日には一緒に出掛けたり、日々の食事を共にできる……そんな相手が欲しかったのだと。
静香さんは、そう説明してくれたのだ。
「あの……っ。静香さん、もしかして私を待っててくれたんですか?」
「気にしないで。私が勝手に待ってただけだから」
そう言って優しく微笑む静香さん。そんな姿を見て、なんだかとても申し訳なく思う。
「それより、真紀ちゃん。お腹空いてない? 夜食作っておいたから、良かったら食べて」
そっと私の手を取ると、そのままリビングへと誘導する静香さん。
そのまま静香さんに連れられる形でリビングへと入れば、途端にフワリと香る、美味しそうな食事の匂い。空腹だった私のお腹は、その匂いにつられてグゥーッと小さく音を鳴らした。
それを聞いた静香さんは、「やっぱり、作っておいて良かった」とクスリと微笑んだ。
恥ずかしくなった私は、赤くなった顔を俯かせると、「っ……すみません。ありがとうございます」と小さな声でお礼を告げる。
ダイニングへ着くと、そこには夜食とは思えない程のたくさんの料理が用意されていた。
湯気が立っているのを見ると、私が帰宅するのを見計らって作ってくれたのだということがわかる。
ここに引っ越して来てからというもの、静香さんは毎日必ず私の為の夕食を用意してくれている。
引っ越し当日、静香さんが振る舞ってくれた手料理にとても感激した私。
自炊のできない私は、久しぶりに口にする手料理に実家を懐かしみ、静香さんの作ってくれた美味しい料理に感謝し、喜んだ。
そんな私を見た静香さんは、『私、料理が趣味なの。遠慮なく食べてね』と優しく微笑んでくれた。
そんな出来事を、つい昨日の事のように思い出す。
きっと、あの時の私を見て静香さんはこうして毎日作ってくれているのだと思う。
そんな静香さんの優しさに、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「……静香さん。本当に、毎日ありがとうございます」
席に着くと、料理を前に今一度改めてお礼を告げる。
「私ね、真紀ちゃんが美味しそうに食べてる姿を見るのが好きなの。遠慮なく、沢山食べてね」
目の前に座った静香さんは、そう言うと小首を傾げて優しく微笑んだ。
「はい。いただきます」
静香さんが見守る中、1人食事を開始しはじめた私。
そんな私を笑顔で見続ける静香さんの視線が気になり、食べ進める手をピタリと止めると口を開いた。
「あの……。静香さんは、食べないんですか?」
「そうね。……じゃあ、一緒に食べようかな」
そう言って優しく微笑んだ静香さんは、自分の分の食器を出してくると私と一緒に食事を始める。
「このお肉、美味しいですねっ」
「今日のお肉は、チキンよ。明日は豚肉にしようね。……真紀ちゃん、豚肉は好き?」
「はい! 静香さんの作ってくれる料理なら、何でも好きですっ!」
「真紀ちゃんたら……。本当に、可愛いわね」
目の前でクスクスと微笑む静香さんを見て、あのサイトを見てこの物件に出会えた事。そして、静香さんに出会えた事に心から感謝した。
今思えば、当初不安に思っていた自分が馬鹿らしくさえ思えてくる。
(こんなに素敵な人と出会えるなんて……。やっぱり、即決して良かった)
私はチキンの乗ったスプーンを口へと運ぶと、蕩《とろ》けるように柔らかく煮込まれたお肉を、4・5回噛んでから喉の奥へと流し込んだ。