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休日の朝。カーテン越しの光が、部屋をやわらかく照らしていた。
若井はコーヒーを片手に、ソファの涼ちゃんを見る。
「……今日さ」
少し迷ってから、言った。
「外、出てみる?」
涼ちゃんは一瞬きょとんとして、
それから、ほんの少し口角を上げた。
「……いいよ」
無理してない笑顔。
でも、安心した色のある笑顔。
二人は車に乗って、
特に行き先も決めずに走った。
音楽は小さめ。
会話も少なめ。
海が見える場所で、車を止める。
窓を開けると、潮の匂いが入り込んできた。
涼ちゃんは黙って海を眺めていた。
風で髪が揺れる。
「……きれい」
小さな声。
「な」
若井も、同じ方向を見る。
しばらく、何も言わない時間。
それが、心地よかった。
帰り道。
空が少しオレンジに染まり始めた頃。
若井は、ハンドルを握ったまま、
意を決したように口を開く。
「……俺さ」
「そろそろ戻んないと」
一拍。
「さすがに、元貴一人にはできない」
涼ちゃんの表情が、止まる。
「……え……」
声が、思ったより小さかった。
若井は、前を見たまま続ける。
「すぐ、じゃないけど」
「ちゃんと調整してからだけど」
言い訳みたいな言葉が、続く。
涼ちゃんは、窓の外に視線を戻す。
さっきまで穏やかだった海が、
少し遠く感じた。
「……そっか」
たったそれだけ。
でも、その一言に、
何かが沈んだ。
若井は、横目で涼ちゃんを見る。
顔は平静。
でも、指先がぎゅっとズボンを掴んでいる。
「置いていくわけじゃない」
「毎日、連絡も——」
「分かってる」
涼ちゃんは、かぶせるように言った。
「……若井が悪いわけじゃない」
その言い方が、
一番、若井の胸に刺さった。
車内に、再び沈黙が落ちる。
ラジオから、意味のない音だけが流れる。
信号で止まった瞬間、
涼ちゃんがぽつりと言った。
「……楽しかった」
若井は、ハンドルを握る手に力を込める。
「……俺も」
その答えが、
慰めなのか、別れの前触れなのか、
どちらなのか分からないまま。
車は、静かに走り続けた。