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すべて聞き終わったあと、私は宮本さんの手紙を読んで涙を流していた。
正直、尊さんが愛していた女性の事だから、あまり宮本さんの事は知りたくなかった。……けど、気になって仕方がなかった。
尊さんが語る宮本さんはあまりに綺麗で、本当はもっと人間らしい、嫌なところもある人だったらいいな、なんて醜い事を思った事もある。
十年前に宮本さんがいなくなったから、私はいま尊さんの隣にいられる。
だから自分の地位を脅かすかもしれない宮本さんに、あまり肩入れしたくないと思っていたけれど、……語られた真実はあまりに残酷だった。
――彼女はどんな想いで伊形社長に犯されたんだろう。
怜香さんの要求を呑めばそんな目に遭わずに済んだのに、宮本さんは尊さんをまっすぐ想い続けた。
そして手紙を出しても一切返事をしなかった尊さんを、もしかしたら恨み、憎んだかもしれない。
手紙にも書かれていない場所で、宮本さんは一人、血を吐くような苦しみと闘い続けた。
地元は広島だし、東京にいるあいだ、友達と連絡は取れても、一緒に飲んで愚痴を吐くなんてできなかったはずだ。
篠宮ホールディングスに入社して知り合った人たちとは一年そこそこの仲だから、経理部部長にそんな目に遭わされたなど言えなかっただろう。
勿論、家族にも言える訳がなく、彼女は二十五歳で東京を去るまで三年間、孤独に戦い続けてきた。
「……凄い人ですね……」
私はこんなに誇り高い人を他に知らない。
自分が同じ目に遭ったとしても、宮本さんのように尊さんに恨まず、潔く立ち去る事ができるか自信がない。
「手紙をくれたと知らなかったとはいえ、あまりに残酷な事をした」
そう言う尊さんの声は、悔恨に満ちている。
涙は流していなかったけれど、尊さんが泣いているように感じたので、私は彼をギュッと抱き締めた。
「……大丈夫ですよ。……きっと、大丈夫。宮本さんは広島で幸せな家庭を築いて、尊さんの事を許してくれているはずです」
トントンと彼の背中を叩くと、尊さんは熱く震える息を吐いた。
私たちはしばらく、そのまま抱き合っていた。
やがて私は体を離し、尊さんの顔を覗き込む。
この一週間、彼は新副社長として精力的に働いてきたけれど、とても張り詰めた雰囲気を発していた。
私は新しい環境になったゆえの緊張と思っていたけれど、今思えば宮本さんの事を一人で抱えていたからだろう。
(……三日後って言ったのは……)
あの日、私は女友達と遊んで帰り、尊さんの苦しみに気付けず、ペラペラと楽しかった事を話していた。
きっと尊さんの事だから、〝楽しかった気持ち〟を守ってくれようとしたんだろう。
その気遣いに感謝しつつも、少し寂しさを覚えた。
(気遣われる側じゃなくて、対等に支え合えるようになりたい)
グッと目の奥に決意を宿した私は、尊さんの手を握って言った。
「手紙に連絡先が書いてありましたよね。今、連絡してみたらどうですか?」
「えっ?」
彼はギョッとして私を見ると、「なに言ってるんだお前」という顔をする。
「私に気を遣って『会わないから安心しろ』って言おうとしてませんでしたか? でも本当は宮本さんにちゃんと謝りたいですよね? 怜香さんがしでかした事についても、あなたに責任はないとはいえ、謝罪したいと思ってる。……違いますか?」
そう言うと、彼は表情を歪めて視線を逸らす。
「私、尊さんが思ってるより大人ですよ。あなたに愛されてる自信がありますし、婚約指輪を買う関係になっているのに、今さら人妻になびかないって事も分かってます」
胸を張って鼻息荒く言うと、尊さんは私を見てクシャリと表情を歪めて笑う。
そして愛しげな表情で私の頬に触れると、コツンと額をつけて鼻を擦り合わせ、チュッとキスをしてきた。
「朱里は俺の人生史上、最高の女だよ」
そう言われ、私は満面の笑みでドヤ顔をする。
「でしょう……。へへん」
本当は「自信満々」とは言い切れない。
彼の愛情は疑ってはいないけれど、宮本さんが素晴らしく魅力的な女性だから、尊さんが彼女に未練を抱いていないか不安だ。
でもここで子供っぽく「会いに行かないで」とか「私を選んで」と言うのは間違えていると分かってる。
そんな事を言えば、優しい尊さんは私を優先するに決まってるし、二度と宮本さんの話題をしなくなるだろう。
私はそんな事を望んでいないし、わだかまりがなくなってスッキリした尊さんと結婚したい。