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「おい、窓を締めろ」
「かしこまりました」
ティートが部屋を出て行った途端、アニスはしかめっ面でそう言った。
「……ったく、また猿でも登ってきたら困る」
「それはアネモネのことですか?」
窓を締めながら問うたソレールに、アニスは「他に誰がいる?」と逆に問うた。
アニスは、初対面のアネモネをつまみだした後、実は無事に帰ることができたのか心配で、こっそり窓から様子を伺っていた。
アネモネが木登りをして2階に忍び込もうとした時は心底驚き、呆れたし、木から滑り落ちたアネモネをソレールが助けたところまで見届けているので、ソレールの家にいることも知っている。
「おいソレール、頼まれてた菓子はこれで良いのか?」
「……あ、そうです、そうです」
アニスが懐から出した小箱を見て、ソレールは笑みを浮かべる。
反対に、アニスは苦々しい顔をした。
「世界広しと言えど、主をアゴで使う騎士なんぞお前だけだ」
「まさか。私はただ、お願いしただけです。それにこれはもともとアニス様がアネモネに詫びの品は何が言いか聞かれたから──」
「黙れ」
鋭くソレールの言葉を遮ったアニスは、視線だけで扉に目を向ける。
アニスには監視が付いている。四六時中、どこにいても何をしても、アニスの行動は逐一、とある人の元に報告される。プライバシーなどあったものでは無い。
真綿で首を締められるような生活をずっとずっと送っている。ソレールが、一分一秒も気が休まることが無いと思ったのはそういう意味だ。
アニスはアネモネを嫌ってなんかいない。届けたいものが何なのかもう知っているし、わざわざ届けに来てくれたことにも本当は感謝している。ありがとうと言えるものなら言いたい。
しかし、アニスには受け取ってはいけない事情がある。
だからアネモネに対してわざと乱暴な態度を取った。頑なに拒んだ。露骨に嫌う演技までした。そうしなければ、アネモネを自分が抱える厄介事に巻き込んでしまうから。
でもすでに監視は、アネモネの存在を知ってしまった。万が一の危険を考えると、アネモネを故郷に戻すより信頼の置ける護衛騎士に預けた方が安全だ。
「猿を置いておくのはこっちから頼んだことだが、一応アレは女だ。そうは見えないが、一応女だ。だからお前、惚れるなよ」
「……」
「お前なぁ」
忠告を無言で流されたアニスは、呆れた表情になった。すぐさま、ソレールは今度は居心地悪そうに視線を逸らす。
こっちだって、わざと絆されたわけではないと、ソレールは心の中で反論した。
気づけばソレールは、アネモネに特別な想いを抱いてしまっている。亡き妹の姿と重ね合わせているわけではない。アネモネを一人の女性として見ている。
透き通った水色の宝石のような瞳に自分の姿が映ることに得も言われぬ喜びを感じるし、シャンパンゴールドの髪に触れてみたいという欲求を止められない。
アネモネは、仕事の延長で預かっている存在だ。勝手気ままに気持ちを押し付けていい相手ではないし、彼女を騙している身だ。そんな自分が、愛の告白などできる身分では無い。
己の立場を弁えている一方で、想いは日に日に募っていく。けれど、仕事一筋で生きてきたソレールにとって、上手に自分の気持ちを隠して好きな女性を引き留め続ける方法なんて思い浮かばない。
うっかり気持ちが高ぶって「君は、妹より破天荒で、妹より良く食べて、妹より自分の心を振り回してくれる。惚れた」などと言ったら、まだ始まってもいない恋は見事に粉砕するだろう。下手をしたらあの家から出ていってしまうかもしれない。
ソレールはそれだけは避けたかった。手元に置いておきたいという独占欲ではない。自分が彼女のそばにいたいから。