テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「水道もガスも電気も止めたし、解約の手続きもできてる、、荷物も全部入れ終わったし…一旦、大丈夫…かな……あれ、鍵の返却ってどうするんだっけ…ぁ、そっか…」
今夜の亮平は、ずっとせかせかしてる。
独り言を言いながら、部屋中をちょこちょこと歩き回っている。
かわいい。
「何か手伝おうか?」と聞いてみたけど、亮平は「ううん!大丈夫だよ。今日もお仕事忙しかったでしょ?ゆっくり休んでて?」と、それだけ言って冷蔵庫に貼り付けた【やることリスト】を見に行ってしまった。
それが、つい三十分前のこと。
亮平が、家中をあちこち歩き回るたびに、ぺたぺたと鳴る足音にすら愛おしさが込み上げてきて、心が疼く。
そんな亮平の姿を、俺はずっと見守っていた。
亮平がこんなに慌ただしく動いているのも無理はない。
明日は、待ちに待った、俺たちの引っ越しの日だから。
前日は、亮平の家に泊まって、明日の朝から二人ですぐに引っ越し作業ができるようにって話し合って、俺たちは今一緒に過ごしている。
俺も、昨日やっと荷物を詰め終わって、今日の昼間、業者さんに全ての荷物を預かってもらったところだった。
しばらくの間住んでいた部屋だったけど、不在にすることが多かったから、愛着みたいなものも特には無くて、そこまで寂しさみたいなものも感じなかったと思う。
でも、最後に挨拶だけはしておこうと、空っぽになった自分の家に「お世話になりました」と小さくお辞儀をしてからドアを開けて、最後の施錠をした。
その後は、普通に仕事をして、車で亮平の家まで来た。
俺が家に着くと、亮平はいつもの如く残業していて、家にいないようだった。
少し前にもらった合鍵で、中に入らせてもらって、亮平の帰りを待った。
帰ってきてからの亮平の作業が、少しでも楽になったらいいなと、あたりに転がっている荷物を、大体の種類にまとめて分けて、床の上に整えて置いた。
それでも時間は余ったから、俺は、夜ご飯を買いにコンビニへ向かった。
きっと、今日は夜ご飯についてゆっくり考えていられるようなゆとりはない気がしたから。
亮平の食べたいもの聞いて、返事をもらってから出かけた。
人もまばらな19時のコンビニで、亮平と初めて食べたご飯のことを思い出す。
深夜のコンビニで、俺たちはお互いの食べたいものを選んだっけ。
あの頃は、差し入れやケータリングでお腹を満たしていた毎日だった。もちろん美味しいし、ありがたかったけど、なにか物足りなかった。
亮平と食べた、久しぶりのコンビニのサンドイッチは、最近食べたものの中で一番美味しかったような気がしたんだ。
あれはきっと、久々だったからってだけじゃない。
亮平とだったから。
二人で一緒に食べたから。
亮平と過ごしたこの家には、いつの間にか、たくさんの大切な思い出が溢れていた。
新しい毎日が明日から始まる。
たくさんの湧き上がる気持ちと、少しの名残惜しい気持ちとを込めて、亮平の家のフローリングをひとり撫でていた。
亮平が、身の回りの荷物を全部段ボールに詰め終わって、手に持っていたガムテープをテーブルに置いたところを俺の腕の中に捕まえて、二人でソファーにダイブする。
「ぅわッ!?もう、蓮くんっ!!」
「ぁははっ!お疲れ様」
「びっくりしたぁ、、でも、ありがとう」
「いよいよ明日だね」
「うん、あっという間だったね」
二人で「ここがいい」って決めた家を内見してから、契約をして、そうこうしてるうちに、もうカレンダーのページは9月をめくった頃になっていた。
俺の仕事が二ヶ月先まで埋まっているというありがたい状況に、今回ばかりは頭をもたげた。
俺としては、一日でも早く亮平と住みたかったのだけれど、なかなかそうもいかなかった。
7月に家を決めて、引っ越しのために丸一日を使えそうな日が9月まで無いというのは、かなりこたえた。
それでも、指折り数えて日々を過ごすたび、ちゃんと、すぐそこまで近付いてきてくれている幸せを思っては心を踊らせていた。
「明日は、早起きしないとね」
「そうだね、でも、もうちょっと亮平とくっついてたい」
「ふふ、寝坊しちゃうよ?」
「亮平がキスしてくれたらすぐ起きられる」
「あははっ、責任重大だけど、俺がするのは確定なの…?」
「してくれたら嬉しい」
「ぅ……がんばるね…もう…」
二人でぎゅっとくっついて、寝転がったソファーの上で、なんでもない事ばかり話していると、亮平は急にするっと俺の腕の中から抜け出した。
「亮平…?」
ソファーのそばで立ち上がって、亮平はふわっと笑って俺に手を差し出す。
「続きはベッドでしよう?」
………え。
え、いいの!?
えっ、だって、明日早起きだって今言ってたよね?!
「いいの!?!」と聞くと、亮平は「うん、早く行こう?」と言った。
初めての亮平からのお誘いに、俺の心はバクバクと緊張し始めて、忙しく早鐘を打つ。
先にベッドに入った亮平は、そのまま自分の胸元まで秋口の気温にちょうど良さそうな薄手の毛布を掛けて……
「どうしたの?ベッドでごろごろしながらお話しの続きしよう?」
と俺に言ったのだった…。
うん。だよね……。
邪なことを考えた自分を心の中で嗜める。
俺の心の中は、どこまでも純粋な亮平に安心しつつも、こういう勘違いさせるようなこと俺以外に言ってないよな?と心配でもあって、少し複雑な色をしていた。
翌朝、ある程度の身支度と朝ごはんを済ませてから、今日から住む家に蓮くんと向かった。
引っ越し業者さんとの約束の時間は、朝の9時。家の前まで来てくれたトラックに、次々と段ボールや家具が積み込まれていった。
先に出発して、少し時間を空けてから向かうと言っていた業者さんを見送って、俺たちも家を出た。
少しだけ黄金に色づきつつも、まだ青々とした銀杏並木を、蓮くんと手を繋いで歩く。
楽しみな気持ちが、自然と足を速くさせて、あっという間に到着する。
「着いたね。先に入って、中でトラック待ってようか」
「そうだね。俺、オートロックのお家って初めてなの。鍵の開け方教えて?」
「うん、行こっか」
そんな話をしながら、マンションのエントランスを潜ろうとすると、後ろから声を掛けられた。
「阿部、おはよう」
「へっ…?ぁ、ぇ!?オーナー!?」
「ふふ、びっくりした?」
「どうしたんですか!?こんな朝早くに、こんなところで…」
「今日がお引っ越しの日って聞いてたから、もし迷惑じゃなかったら、お手伝いしたいなーと思って、来てみたんだ」
「そんな…!悪いですよ、、」
「今日はクローズの日で、特に何もすることなかったし、二人より四人の方が早く終わるから、よかったら手伝わせて?」
「四人…ですか…?」
「……ぉはよ、あべちゃ…ふぁぁ…」
オーナーの後ろで、渡辺さんが大きなあくびをしていた。
「渡辺さんまで!?おはようございます!」
「しょっぴー!おはようございます!」
「阿部ちゃんはいいけど、休みの日までお前と顔合わせんの、なんか嫌だわ」
「ひどい」
「翔太もお手伝いしたいって言ってくれたの」
「は!?言ってないし!!」
「え?だって、昨日俺が阿部を手伝いに行くって伝えたら、「俺も行く」って言ってたじゃない」
「それは!明日俺たち二人とも休みなのに、涼太と一緒にいられないのが嫌だったからで…って、ぁ”ぁぁぁっ!もう、なんも言わずに手伝わせろ!!!」
「ありがとうございます!お言葉に甘えさせていただきます!」
朝から真っ赤な顔で元気な渡辺さんと、いつも気に掛けてくれる優しいオーナーと、うきうきしてニコニコの蓮くんと、俺の四人で引っ越し作業が始まった。
引っ越しなんて、新卒ぶりで勝手を大分忘れていた。
家の前まで来てくれたトラックを出迎えて、段ボールを受け取ろうとしたら、作業員さんは「僕たちで全て運ぶので大丈夫ですよ」とにっこり笑って、軽々と中に入っている家財全てを運んでくれた。
俺が依頼した引っ越し屋さんが帰っていくと、今度は蓮くんの荷物を乗せたトラックが到着した。
蓮くんの持ち物はとても少なくて、驚いた。
お家で過ごすことが殆ど無いから、家に置いておくような私物もあまり無いのだそうだ。
内見した時にもらった物件資料の間取り図に書き込んだ通りに、大きな家具を配置していく。
昨日まで蓮くんと何度も相談して、どちらのものを残すのか、手放すのかを決めた。
家電は蓮くんのもの。
家具は俺のを。
蓮くんの家電は、ほとんど使われてなくて最新だから。
俺の家具は、「亮平がたくさん染み込んでるから」とかなんとか、そう言う理由で蓮くんに押し通されて、そう決まった。
流石にベッドは買い替えたいなぁと伝えると、蓮くんは余程ベッドの話がしたかったのか、
「俺ね!絶対セミダブルがいい!!」と、
何度も体を上下に跳ねさせながら興奮していた。
荷下ろしと、大まかな家具と家電の配置も落ち着いて、今は蓮くんの希望通りのベッドを買いに家具屋さんに来ている。だが、少し困ったことになった。
…セミダブルって意外と狭い…!!
シングルサイズ以外で寝たことがなかったし、いまいち大きさの想像ができていなくて、深く考えないまま蓮くんに、「いいよ」って答えてしまったことを、少し後悔している。
今までは一ヶ月に一回、ぎゅっとくっついて寝るだけでも、内心バクバクだったのに、これからは毎日そのドキドキが続いていくなんて…。
耐えられるかな…。
恥ずかしいけど、こんなに嬉しそうに「どれがいいかな?」ってたくさんある中から一つ選ぼうとしてる蓮くんを見ていたら、今更サイズを大きくしようなんて言えそうにもなくて。
決して、嫌なわけじゃない。
ちょっと、ちょっとだけ、恥ずかしいの。
でも、蓮くんが喜んでくれるなら、俺も嬉しいから。
甘く、くすぐったくなっていきそうなこれからを予感しながら、「これはどう?」と蓮くんに尋ねた。
蓮くんは「それいいね、それにしよう!」と眩しいくらいの笑顔を俺に見せてくれた。
足りない家具や食器、雑貨なども見て、やっと買い物も終わった。
大きな家具は配達を頼んで、持ち帰れるものは蓮くんと渡辺さんの車に乗せて、俺たちはそれぞれの車で新居に戻った。
必要なものを全部持って帰れるかな?なんて考えずに、気兼ねなく買い物ができるようにと、渡辺さんが車を出してくれた。
お礼を言うと、
「俺たちも引っ越しの時、買い物大変だったから」と、ぶっきらぼうに渡辺さんは応えた。
蓮くんの車に揺られながら、後部座席に乗り切らなかった食器の入った袋を膝に抱える。
「順調に進んでそうだね」
「そうだね、蓮くんがちゃんと起きられてよかった」
「亮平がかわいくキスしてくれたおかげ」
「っ…それは、言わないで…」
案の定、蓮くんは今日、なかなか起きてくれなかった。
恥ずかしくて、必死に忘れようとしていた朝の出来事が蘇ってきた。
「蓮くん、起きて?」
「んん…」
「もう…引っ越し屋さん来ちゃうから」
「りょへ…まだねむい…」
「そうだね、眠いね。でも、起きて?お引っ越しできなくなっちゃう」
「それはやだ………め、あかない…ん、、すぅ…」
「ぁぁぁ…寝ないでぇ…っ…」
昨日、この家とのお別れに、感慨深い思いを抱いてくれていたのか、蓮くんは、まだ寝たくなさそうに、ぽつりぽつりと、ずっと言葉を紡ぎ続けていた。
そうしている間に、いつもみたいに寝落ちていたけれど、引っ越し準備とお仕事で疲労が溜まっていたのか、蓮くんの瞼は閉じたままで、なかなかに頑固だった。
どうしようかと考えあぐねていると、ふと、昨日の会話を思い出した。
ーー亮平がキスしてくれたらすぐ起きられる
やるしかないか…。
俺は意を決して、ベッドの上に正座をした。
覆い被さるように、蓮くんの顔の両隣に手を置いて、薄く開かれて優しい吐息が漏れる唇にそっと口付けた。
意図せず、「ちゅ」と鳴ってしまった音が恥ずかしい。
耳元まで近付いて、声を掛ける。
「蓮くん、起きて?」
「ん…」
もう一息だろうかと、俺はもう一度唇に触れて、一度触れることが出来れば、あとはもうヤケクソだと、なけなしの勇気で顔中にキスしていった。
いつも蓮くんが、俺にしてくれるみたいに、
おでこ、目尻、頬、鼻の先に、「ちぅ」と拙い音を残していくと、突然視点が反転した。
「わっ?!なに…?!んん”ぅッ!?」
さっきまで俺が蓮くんを上から見ていたのに、今は俺の上に蓮くんの顔がある。
まだ眠そうにとろんとしているその目は、すごく色っぽくて、朝日が登ったばっかりなのに、俺はとんでもなくどきどきしてしまっていた。
「ん…ふ…ぁっ…れん…く、、んむッ…」
蓮くんは、俺の口の中を舌で一周して、最後に俺の下唇を柔く噛みながら吸い付いて、やっと離れた。
蓮くんは至近距離で、いたずらが成功した子供みたいに笑いながら、自分の唇をぺろっと舐めて言った。
「お姫様からの目覚めのキスもいいね」
「…朝から心臓に悪い…」
「朝から超可愛かったよ」
「からかわないでよ、もう…」
「ぁははっ、ごめんごめん。でも、ほんとに可愛かった。それから、起こしてくれてありがとう」
「ううん、俺の方こそ、朝起きて蓮くんが隣にいてくれるの、すごく幸せだったよ」
「〜っ…かわいい…だいすき…」
家に戻って、買ってきたお皿を洗って、食器棚にしまっていく。
引っ越しのタイミングで買い替えた、ふわふわのバスタオルやフェイスタオルを洗濯かごに入れる。
どこかに行っては、またすぐにカートを押す俺の所に戻ってきた蓮くん。「亮平、亮平っ!」と言いながら、駆け寄ってくる蓮くんが持ってきたお揃いのものをそれぞれの場所に収めていく。
歯ブラシ、お茶碗、マグカップ。
黒と緑だらけ。
とってもうれしい。
思わず「ふふ」と笑みを溢すと、隣で一緒に買ったものの整理をしていたオーナーに笑われてしまった。
「ふふっ、嬉しそうだね」
「ぁ…、ぁぅ………っ…」
煙が出そうなほどに熱くなった顔を、なんとか冷ましたくて、両手に持っていたマグカップで両頬を挟んでみたけど、反対にマグカップが温まってしまった。
「ひと段落ついたかな?」
「はいっ!あとは俺たちだけでどうにかなりそうです!」
「二人とも、ありがとうございました」
今日使いたいものも、あらかた段ボールから出せた。
夕方頃ベッドを届けに来てくれたお店の人に、古いベッドを引き取ってもらって、新しいものに新品のシーツを敷いた。
そこまで終わると、ふっと力が抜けて、俺たちはツルツルのフローリングに四人で寝転んだ。
硬くて冷たい床が、一日中動かしていた体を優しく冷やしてくれた。
「はぁ〜…、つかれた…」
「しょっぴーありがとね」
「ぁ?おう。おつかれ。引っ越しなんか久々だわ」
「懐かしいね、二人で引っ越し作業したの」
「そのお話、ほんとに素敵でした…っ!」
「阿部ちゃん、反応しなくていいって…はずいから…」
だらぁっと、大人四人が大の字で仰向けになっているなんて、ちょっと面白い光景が広がる中で、誰かのお腹がぎゅるるるぅっと鳴った。
しばらくの沈黙のあと、オーナーが少し恥ずかしそうに頬を染めながら、
「これから、みんなでご飯食べない?」と微笑んだ。
オーナーに導かれるまま、俺たちは足を進めるが、辿り着いた先は、俺たちお馴染みのカフェだった。
オーナーは、慣れた手つきで鍵を開けて、ドアをカラコロと押す。
「いらっしゃい」とオーナーは言うけれど、俺は大変に恐縮してしまうばかりだった。
「いやいや!オーナーお疲れなのに、ご飯までご馳走になれないです…!」
「大丈夫大丈夫、翔太と引っ越しした日もご飯作ったから」
「うぅ…何から何まで本当にありがとうございます…お手伝いさせてください…」
「いつもありがとうね」
オーナーは、冷蔵庫からいくつか、下味を漬け込んでおいているような食材を取り出して、台所の前に立った。
「といっても、今日の朝仕込んでおいたから、ほんとに火を通すだけで作り終わっちゃうんだけどね」
そう言いながら、オーナーはフライパンをガスコンロの上に置いて火を付けた。俺は頭が上がらない気持ちでいっぱいになりながら、レタスを千切っていった。
「今日は、本当にありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそ、いつもありがとうね」
「しょっぴー、また明日ね。ありがとう」
「ぉう。羽目外しすぎんなよ。」
「?うん?」
「…伝わってねぇな」
オーナーの美味しいご飯をいただいた後、店先まで出て見送ってくれたオーナーと渡辺さんと、少し言葉を交わしてから俺たちは帰路についた。
エントランスを抜けて、エレベーターに乗る。
急に二人きりの空気になって、少し緊張する。
今から、俺と蓮くんだけの毎日が始まる。
嬉しくて、どきどきして、楽しみだなってわくわくする。
数時間ぶりの俺たちの家は、まだ目に新しくてそわそわする。
蓮くんは明日もお仕事だから、今日は早めに休んだ方がいいだろうと、俺と同じくらい、そわそわしている蓮くんに声を掛けた。
「蓮くん、明日も早いでしょ?先にお風呂どうぞ?」
「…ぇ……」
「ん?どうしたの?」
「一緒に入ってくれないの…?」
「へっ!?」
そうだった…。
一緒に住むようになったらって、自分で言ったんだった…。
どうしよう…蓮くんの目がうるうるしてる…。
俺としては、もう少し慣れたら…と思っていたのだが、どうやらそうもいかなさそうだ…。
「…はいろっか………。」
「っ!!やった!いこ!!今すぐいこ!!」
「わっ、蓮くんっ!ちょっと早いよっ!あははっ!」
広い浴槽の中で、二人で湯船に浸かる。
じんわりと温かくて、今日一日の疲れが全部吹き飛んでいきそうなくらい心地が良い。
しかし、今、俺はそれどころではない。
真後ろで、俺をぎゅっと抱き締めて離れない蓮くんをどうしようかと、そればかりを考えている。
今まで、こんなに明るい場所で、蓮くんの素肌を見たことがなかった。
背中に触れている蓮くんの肌を感じて、心臓が痛いくらいに鳴っている。
蓮くんは、そんな俺の動揺やら緊張やらをよそに、ずっと俺の肩口に頭を擦り付けている。
可愛くて、愛おしくてたまらないんだけど、蓮くん気付いて。
…それ以上触れられたら……俺…心臓出ちゃう…っ!!!
亮平と入る初めてのお風呂。
楽しくて、嬉しくて、幸せ。
俺に背中を向けて、浴槽の中で小さくなる亮平が可愛すぎる。
そういうことをする時は、電気を消してほしいって言われちゃうから、こんなに明るいところで亮平の体を見るのは初めてだった。
無意識に、網膜に焼き付けるような眼差しで凝視してしまう。
下を向く亮平のうなじは、白くて綺麗で、少し濡れた襟足の毛先からは、一つ、また一つと水が滴って背中を伝ってお湯の中に落ちていく。
ぁ…やばいかも。
これは、刺激が強い…。
正直、手を出したくて仕方がなかったけれど、今ここでちょっとでも、そんなことしたらどうなるかと想像してみる。
もしかしたらこの先ずっと、一緒にお風呂に入ってくれないかもしれない…。
それは絶対に嫌だったから、なんとか耐えようと、俺は亮平の背中にへばりついて、肩におでこを擦り付けながら、湧き上がる気持ちをやり過ごした。
お風呂から上がって、亮平の髪を乾かす。
ずっとこうしたかった。
頭も体も全身洗って、髪を拭いてって、そこからしたかったけど、亮平に何度も遠慮されてしまったので、それはまた今度の機会にとっておこうと思う。
ふわふわの髪に触れるたびに、愛おしさが溢れる。
楽しい、全部が楽しい。
もう、明日のことを思って寂しくなることも、次に会える日を恋しく待つことも、ない。
嬉しい。
会えることが当たり前になる。
そうなったとしても、毎日亮平を大事にする。
この生活に慣れ切ってしまった時、それは、新しい愛が生まれる時。
毎日、何度だって、俺は亮平に恋をする。
いつだって、どこにいたって、俺は何度も何度も亮平を好きになる。
ドライヤーのスイッチを切って、亮平に声を掛ける。
「はい、終わったよ」
「ありがとう、蓮くん。すごく気持ち良かった」
「っ…、亮平、ベッドいこ…っ」
「えっ?」
うん、すいません。限界。
お風呂の中でなんとか堪えたけど、やっぱりダメだった。
ただでさえ、やっと一緒に住めるようになって舞い上がってるっていうのに、こんな気を抜いてたら勘違いしてしまうようなこと言われたら、もう止まれない。
まだ段ボールが点々と転がっている寝室のドアを開けて、新品のベッドの上に亮平を組み敷いた。
「蓮くん…?」
暗がりにうっすらと見える、困惑した亮平の顔。
でも、わかるよ。
亮平も、ちょっと期待してるでしょ?
「無理はさせないから」
そう言って、俺は亮平の唇を優しく塞いで、無防備にベッドに転がった亮平の指を絡め取った。
次の日の朝、仕事に出掛ける時間になって玄関まで足を進める。
亮平は、引っ越しが落ち着くまでは有休を取ったそうで、今日は一日中家にいると言っていた。
「今日は、多分21時には帰って来れると思う」
「うん、頑張ってね」
「ありがとう。行ってきます。」
亮平が見送ってくれるなんてと、感動と幸せを噛み締めていると、両頬に柔らかい感触がして、次の瞬間、目の前に亮平の顔があった。
ぎゅっと瞑った亮平の目は震えていて、きっと恥ずかしいんだろうな、なんてどこか冷静な頭で考える。
咄嗟のことに追い付けていない俺の体を置き去りにして、俺の口から亮平の唇が離れていく。
「気を付けてね。行ってらっしゃい!」
頬を染めながら、目一杯の笑顔で見送ってくれた亮平を、俺は苦しくなるくらいの強い力で抱き締めた。
To Be Continue………..
コメント
2件
やっと引越し完了ー!!同棲スタートですね🤭🖤💚
めめあべ最高です😊 続き待ってます!