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私はその言葉を耳にして目を丸くして驚いた。それと同時に、実は当てずっぽうで口にしているだけで、私を騙してお金を取ろうとしているんじゃないのか、とも勘ぐった。
「……どうして、そう思われたんですか?」
一応警戒しながら訊ねると、アリスさんは少し困ったように眉根を寄せつつ、
「なんというか、その……あなたの身体から、そんなニオイがしたもので……」
「ニオイ?」
思わず私は右腕を上げ、鼻を近づけスンスンとにおいを嗅いでみる。けれど、いつもと何も変わらない。と、思う。或いは自分が気づいていないだけなのかもしれないけれど……
「たぶん、犬か何か――もしかしたら、狐、或いは狸でしょうか。そんなニオイです」
アリスさんは言って、目を閉じて小さく息を吐いた。
「……そうですね。たぶん、狐です」
それから至極まじめな顔つきで、私の目を見つめながら、
「こんなことを言うと、私のことを怪しく思うかもしれません。こんな朝早くからお声がけして、他所とは変わったおうちにまで連れ込んで、変な話をしてしまって……きっと不安に思っていらっしゃることでしょう」
「あ、いえ、そんな――」
答えつつも、実際、怪しいと思ってしまっても仕方のないことだろう。
まぁ、思いながらも、こうしてのこのこここまで着いてきた私が思うのも変な話だけれども……
それに対して、アリスさんは首を横に振り、
「対価は一切、頂きません。これは、私が個人的に気になったから、声をおかけしただけです」
「……はい」
とはいえ、やはり警戒を緩めないようにはした方がいいだろう。
アリスさんは小さく頷き、
「もし何も心当たりがないのであれば、このままお帰り頂いてもかまいません。私の勝手で、本当にごめんなさい」
軽く頭を下げたその姿に、私は慌てて首を横に振る。
「あ、いえ、そんなことは」
それから少しばかり逡巡し、小さくため息を吐いてから、
「実は、昨日から気になっていることがあって――」
と、意を決して、例の件を相談してみることにした。
アリスさんの言動はとても誠実そうだったし、その目を見る限りは信用してもよさそうだと思った。何より、ダメで元々、もし本当に解決するのであれば、それに越したことはない、そう判断したのだ。
アリスさんは小さく頷き、
「詳しく聞かせて頂いてよろしいですか?」
居住まいを正しながら、そう言った。
私はそんなアリスさんに、昨日の昼間に神社に行ったこと、そこで二人の怪しげな狐面の親子に出会ったこと、その神社の裏にあった小さな祠に繋いであった鈴を落としてしまったこと、そして、その後に現れた狐面のお母さんや弟について、ひと通り正直に話してみた。
話しながら、本当にそんなことがあったのか、少しばかり不安を覚えた。すべては私の夢だったのではないか、夏の暑さにやられた妄想の産物に過ぎなかったのではないか。そんな疑念がふつふつと湧いてきた。
アリスさんはその間、至ってまじめな表情で私の話を聞いてくれていた。
馬鹿にするように笑うでもなく、茶化すことなく、優し気な微笑みを浮かべたままで。
全てを話し終えたあと、アリスさんは「なるほど」と小さく呟き、
「その狐面を最後に見たのは、昨夜ですか? 今日は?」
「今日は、まだ」
と私は首を横に振った。
「その狐面は、あなたに直接、何か悪さをしたわけではないのですよね?」
「そう、ですね……」
私は少しばかり思い出すように考えてから、
「――はい。そう言われてみれば、特に何も」
「そうですか……」
言ってアリスさんはすっと目を閉じ、わずかに首を傾げると、
「近くの神社、とのことでしたが、それはもしかして、稲尾神社のことですか?」
「あ、はい。そうです」
私は頷きながら答えて、
「――だから、かも知れませんね」
「と、いうと?」
「稲尾、というと宇迦之御魂神を祀った神社のことでしょう? つまりはお稲荷さん。お稲荷さんといえば狐じゃないですか。きっとそのイメージのせいで、あんな幻なんて見てしまったんですよ。きっと狐面の親子も、母親も、弟も、この暑さのせいで――」
「たぶん、違うと思います」
首を横に振るアリスさんに、私は「えっ?」と首を傾げた。
するとアリスさんは慌てたように両手を振って、
「あ、すみません」
と頭を下げて謝ってから、
「狐面の親子は見間違いではないと思います。お母様や弟さんの姿で現れたというその狐にも、もしかしたら心当たりがあるかもしれません」
「心当たりが、ある……?」
それはいったい、どういうことだろう。いったいアリスさんは、あの狐面の何を知っているというのだろうか。
アリスさんは「そうですね」と口元に指をあてながら、
「私もどう説明すれば良いのか、わかりやすい言葉が思い浮かびません。こういうのは、たぶん、実際にその目でご覧になった方が良いと思います」
「え、実際に?」
思わず目を見張る私に、アリスさんはひとつ頷く。
「はい、実際に」
「それって、いったい」
戸惑う私に、アリスさんはにっこりとほほ笑むと、
「これから、その神社に行ってみましょう。たぶん“彼”は今、そこにいると思います」