教壇から聞こえる機械的な説明
教科書を読む声は どうも気怠げに聞こえる
しかし 黒板に書き付けるチョークの音は 少し心地いい
それが妙にアンマッチだと思う
辺りから聞こえる機械的な筆写
教科書を読む姿は どうもつまらなそうに見える
しかし ノートに書きつけるシャーペンの音は 少し心地いい
それが妙にアンマッチだと思う
カッカッカッカッ
サラサラサラサラ
カチカチカチカチ
「……であるからにして、この数列の一般項は……」
いつも思うことがある
不眠で苦しむ人は 授業を眠る前に観ればいいんだと
今では「ユーチューV」という 動画配信アプリケーションまである
授業や講義くらい いつでもどこでも観られる
これほどの眠気を誘引するんだから 何かしらの睡眠療法に使えそうだ
それとも 生で体験するから効果的なんだろうか
シャーペンを放り出して ポケットに両手を突っ込む
手に何かが触れた
そこで眠気も無為な考えも すっかり消えてしまった
くだらない考えを跳ね除けたのは 昨日の事を思い出したからだった
名も知らぬまま 電話番号を知ってしまった
あの、魅力的な女性
あの、蠱惑的な女性
彼女は俺のことを……?
俺はもう一度 ポケットのなかを手で探る
小さく折りたたんだ紙が カサカサと手の内で小躍りする
昨日、家に帰ったあと そわそわして落ち着かなかった
紙を何度も取り出して 何度も読み込んで
一度、引き出しの奥にしまった
だが
ここからが馬鹿みたいだった
子供染みているが 紙を置いていくのはどうも寂しい
あの時の喜びを 常に感じていたかった
持っているだけで 彼女が一緒に居てくれるような気がした
それで
それで……
……持ってきて どうなるものでもないのに……
神崎隼也
静かにため息をつく
何となく窓に目をやった
体育の授業だろう
グラウンドには これからへばるであろう生徒たちがいた
体育と言えば 昨日のバスケットボールは本当に疲れた
未だに ふくらはぎが痛んでいる
少し、休むべきか……
そんな事を考えていたら 教壇の声がこちらを指して
「おい、ぼさっとすんな」
髪の薄くなった数学教師が 不機嫌そうに注意した
仕方なく謝る
神崎隼也
神崎隼也
「はは、何もの思いにふけってんだよ」
「もしかして神崎、好きな人でもできたのかー?」
お調子者がこちらを向いて言った
普段なら笑ってるところだが 思わず、どぎまぎする
「おいおい、マジかよ」
「え、神崎本当に好きな人できたのかよー」
止めておけばいいものを 友人たちが囃し立てた
神崎隼也
「こら、授業に集中しろ」
その場は教師の一声で収まったが この一日はクラス内で散々に追及された
俺は顔が赤くなってしまった
……
まったく
酷い目にあった
学校もようやく終わり がやがやとした廊下を歩く
こんな日こそ 例の場所でゆっくりとしたいが アルバイトがあったので止めておいた
しょうがないから 友人と話しながら帰る
その時
「神崎、ちょっと来てくれ」
神崎隼也
前の方から 数学教師がやって来た
先ほどの授業を担当していた教師で 彼は俺の担任でもあった
怖い顔をしている
神崎隼也
隣の友人に嫌な顔をして見せ 友人はニヤニヤ顔を返してくれた
「じゃあな、死ぬなよー」
友人は ふざけた口調で手を振って帰っていく
俺は内心面倒に思いながら 「来い」という合図をする担任の後ろに着いていった
……そんな悪いこと、したか?
心当たりがあるとすれば 今日のぼうっとしていたことくらいだ
だが、呼び出しを受けてまで 説教されるほどのことではないと思う
授業の問題は解いていたんだし……
俺は不審に思って聞いてみた
神崎隼也
「………」
神崎隼也
神崎隼也
「い、いや違うんだ」
神崎隼也
神崎隼也
「いいか。落ち着いて聞け」
「いま、病院から君の親御さんが危篤状態にあると連絡を受けた」
「神崎、携帯は持ってるよな?」
神崎隼也
「校則で使用を禁止されているから気が付かなかったんだろう。君の方にも一度、連絡はしたみたいなんだが繋がらなかったみたいで……」
「…………神崎?」
神崎隼也
俺は先生の言葉が聞こえなかった
父さんが危険だ
でも何故だ
末期癌とはいえ かなり元気で自由に体も動かせた
食欲旺盛
呼吸器に異常なし
身体的疾患も目立った点はなし
お医者さんも 末期癌の回復の可能性を期待していた
兆候は一切見られなかった
確かに 入院した時のように急変はありえる ことではある
それでも
なんで
なんで、父さんが!!
俺は走り出した
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
青色の硬いソファに座り込む
ひんやりと冷たかった
しかし それ以上に肝を冷やしていた
まさか本当に 家族を失ってしまうのか?
そんなのは嫌だ
頼む
神崎隼也
学校を飛び出して 俺は急いで病院へと向かった
幸い あまり混みあってはいなかった
一直線に受付に走っていき 猛然と経緯を話す
そして はやる気持ちで問い詰めた
しかし 当然の如く病状など知る由もない
受付員は剣幕に圧倒されていた
そのせいか しどろもどろになってしまっていたので それが余計にもどかしい限りであった
仕方なく イライラする気持ちを抑えて現在に至る
混んでいないとは言っても 流石に県内最大規模は伊達ではなく ざわざわと落ち着きがないのは健在だ
同調するように 心も騒がしく落ち着かなかった
もう 時計と睨めっこする他ない
秒針が1秒を刻むのに 5秒はかかっている気がする
針が進む速度って こんなに遅かったのか
時計、壊れてるんじゃないか
早くしてくれ
早く、早く、早く
時が過ぎるのをひたすら願った
だが 妙に冷静な自分もいた
ああ、アルバイト間に合わないな
今日はお客さんが多いはずだし 連絡入れるべきだった
それすらも考え付かなかった
相当、動揺してたんだな
今からでも 病院出て連絡するべきか
いや、その間に呼ばれてたら また長引くかも
それに今は 一刻でも早く父さんの元に行きたい
途中で抜け出すのも気持ち悪いし
止めておこう
……
受付の人に悪いことしちゃったな
気を悪くしていないだろうか
怖いなんて思わせていたとしたら 本当に申し訳ないな
あんなに 怒鳴るように言わなくてよかった
いくら気が動転していても 柔らかい物言いはできるはずだ
自分はできると思っていたが いざとなると制御できなかった
反省しよう
……
先生、心配してないだろうか
本当に急に走り出してしまったし 放っておくと不安になるかもしれない
いつも無愛想な人だが それだけに言いにくそうに焦った顔は 気を遣ってくれていることが伝わった
だから余計に 心配をかけたこと自体が心配になった
でも、不可抗力だった
反射的に 走るという運動を行っていたんだ
その時には、もう先生の声が 途中から完全に聞こえなくなっていた
どうしようもなかった
……
……
……
…………まだか?
目はずっと時計の方を見ていたが 霧がかったようにぼんやりと曇っていた
瞼を閉じて持ち上げる
意識が再び時計を見た
確認してから 3分30秒が経過していた
長い
長すぎる
俺はソファの背にもたれかかる
固いソファは、まだ冷たかった
……
神崎隼也
長い待ち時間のあと 病室に駆け込んだ俺を出迎えたのは 生気のなくなった父さん
それに ベッドの傍に立つ医者と看護師だった
俺をみる顔は暗かった
その一瞬で全てを悟った
理解したくはなかったが 何より父さんの顔が如実に表していた
絶望に打ちひしがれている
泣きそうな顔
それでいて
感情を失ったような顔
事態は想像以上に深刻だ
医者が口を開いた
「本当は、安静を第一に考えて話すことも控えたほうがいいです」
「しかし、大変言いにくいことですが佐久間さんの容態は危険な状態にあり、ご本人も死期を悟っています」
「ちょっと、先生……」
看護師が医師を諫める
しかし、医師は続けた
「本人の望みにより、どうしても貴方に伝えたいことがあるそうで、本日はご足労いただきました」
「二人だけの、秘密だそうで……」
医師は悲しげに父さんを見た
俺も視線に釣られるように また、父さんの顔を見る
ぜぇぜぇと苦しそうに息をし 苦悶の色を浮かべている
ただ 尋常ならざる目つきをしていた
確かに 何かを伝えたいようだった
「というわけで、私どもは失礼します」
それだけ言うと 医師と看護師は隣を通り過ぎる
静かに病室のドアが閉まる音がした
俺は何だか とてつもない胸騒ぎを覚えていた
ゆっくりと父さんの隣に立つ
同じように ゆっくりと父さんは俺の顔を見据えた
一気に20歳は老け込んだように見える
老人は息も絶え絶えで話を切り出した
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
突然、母の名を知らされた
神崎冬子
ずっと謎に包まれた母の像
その一部が今知れた
でも、なぜ?
あれだけ口をつぐんで教えなかった 母のことをなぜ……
思案は父さんの言葉によって 断ち切られた
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
感情の整理が追いつかない
とにかく 橘真という人間を俺は知らない
誰だ?
そこで父さんは息を吹き返したように 怒りをあらわにした
もう、言葉も途切れなかった
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
病室はビリビリと震えた
残響が耳に残る
俺は驚いて父さんをみる
父さんも自分に驚いていた
目をシーツに落とし ぼそぼそと話し始める
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
父さんは歯を食いしばった
絶望していた表情は もうどこにも見られない
憎悪に燃える顔だった
憎悪は人を若くしていた
狂気とも言えるほどに その目は怒り、恨み、見開かれ……
絶叫した
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
父さんが俺の肩を掴む
その手は肩を潰すように握られ とても病人の力とは思えなかった
皮膚に指が食い込む
目が完全に血走っており 唇の端には唾液の泡が溜まっている
鼻息が顔に生暖く吹き荒れ 猛獣のように唸る声が鼓膜を震わせる
殺意が感覚として伝わる
このままでは 裂かれてしまいそうな勢いだった
俺は怖くなり突き飛ばす
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
常軌を逸した語りが
正気を無くして始まった
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