たぶん今日も、のぞみさんからラインが来てる。
内容は見なくてもわかる。 だから見ない。
きっと見たら、歯止めが聞かなくなる。
___僕がお姉さんとの交流を絶ってから1週間。
ひどく長く感じたし、ひどく無意味に感じた。
機械的に学校に行って勉強して落書きを消して…
吉田
教室後方まで届く大声に思わず肩を震わせてしまった。
僕の反応に気を留める人は誰もいない。 続いて穏やかな声。
西谷春翔
吉田
再び大声。その声の主は、しわくちゃになった雑巾を見るような目で 僕に視線を向けた。
吉田
柚月
教室のあちこちから忍び笑いが発生した。
俯いて机の下で両手を握りしめる。
いつものこと。いつものことだ。
これが僕の本来の生活なんだと教えてくれた、いや突き付けたのは
あっという間に人気者になったあの穏やかな声の新任教師だった。
_1週間前_
西谷春翔
根は真面目な先生は、僕に対しても真面目に接している。
僕は会釈だけ返してすぐに自分の席についた。
西谷春翔
やり取りはこれで終了だと思ってたのに先生は話を広げて来た。
それも僕のプライベートに関わる話題だ。
__僕に他愛もない話をしてくる間、時々見せる探るような目
「お人好しの教師」以外の顔
西谷春翔
今日はそれが一段と強く、鋭いナイフのようだった。
先生___のぞみさんの元彼は口だけで笑みを作った。 全身をさっと視線が通過するのを感じた。
西谷春翔
西谷春翔
実は早い段階で、先生が元彼だと確信していた。 いずれこんな日が来るだろうとは思っていた。
僕は真面目な先生から視線を外した。
柚月
柚月
西谷春翔
西谷春翔
西谷春翔
西谷春翔
西谷春翔
柚月
僕に対しても真面目な先生は いつも
西谷春翔
僕の作った壁を破壊する。
柚月
思わず先生の顔を見た。
そこに「真面目な先生」はいなかった。
浮気したくせにまだ未練を引きずる男は、もう笑みを作っていない。僕から片時も目を離さない。
西谷春翔
西谷春翔
西谷春翔
西谷春翔
西谷春翔
お母さんがしていることは誉められたことじゃない。
実際近所でも孤立している。その波は学校にも届く。
「汚らわしい」と言うのは簡単だ。誰もが眉をひそめた。
のぞみさんだけが僕に居場所を与えてくれた。僕をお母さんと1括りにしなかった。
だから好きになった。 ずっと一緒にいたいと思った。
だから「その言葉」は傷を深く抉(えぐ)った
バイ菌扱いされた時より、教科書をトイレに捨てられた時より傷ついた。
「その言葉」は、今まで向けられた刃物の中で
最も鋭利な刃物だった。
だから現在に至るまで、僕はのぞみさんと交流を絶っている。
どれだけ泣き事を言っても大人のアソビに興じる親がいる事実は変えられない。
「親の背中を見て育つ」なんてことになってないとは言いきれない。
ずっと一緒にいるのなら、いずれ来るかもしれないスキンシップの延長線、交流の最上級で
僕が「親の背中を見て育」ってたら………… …………………………………考えたくもない。
のぞみさんを傷つけたくない。僕はのぞみさんが好きだから
だから終わらせる。
__移動教室の為 教科書類を抱えて廊下に出た。
廊下の窓に寄りかかって吉田達がゲームの話で盛り上がっていた。 駅前のデパートのゲームセンターが どうとか そんな話をしながら
前を通った僕の足を引っかけて来た。
吉田
自分で転ばしたくせに、「ヤリマン菌がついた」と大袈裟に騒いで教科書を踏みつける。 いつものことだ。
柚月
本来の、 のぞみさんのいない日常に戻るだけ。
戻るだけ………
__なんて割り切れない。のぞみさんと出会う前の日常なんてどこにもない。
のぞみさんから貰ったビーズの猫を未だに筆箱に入れて大切にしてる時点で違う。
教科書を拾い集めて、筆箱に納めているビーズの猫の無事を確認していると
吉田
騒いでいた吉田が目ざとくそれを見つけた。
あ、と思った時にはもう猫は吉田の手中にあった。
すかさず取り巻きが「それも菌がついてんぞ」と横槍を入れる。
吉田
吉田は薄笑いを浮かべると猫を廊下に叩きつけた。
そして
吉田
わざとらしい悲鳴と共に吉田が猫を踏みつけた。
ビキッと音がした。 ビーズが飛び散った。
柚月
猿のような笑い声が廊下に響く。
僕のささやかな幸せの象徴は 首のあたりで真っ二つに両断されていた。
何かが切れた。
先にちょっかいを出したのは吉田だったので、軽いお咎めで済んだ。
と言っても放課後まで針のムシロだったし、家に帰ってもお母さんからネチネチと小言を言われた。
途中でお父さんが帰って来たので、空気を読んで退場する。 行くあては無いけど。
昔の僕だったら私物を破壊されたくらいで同級生に掴みかかるなんて絶対にしなかった。
恐らくもう限界なんだ。何が。 言うまでもない。
行くあてなんかないくせに、足は見知ったルートを辿る。見慣れた家の前で止まる。
駄目だ。泣きそう。
ここに居たら歯止めがきかなくなる。わかってるのに足が動かない。
動かない______…
山川のぞみ
そのままの姿勢でどれくらい経っただろう。あるいは そんなに経っていないのか。 弾かれたように振り向いた。
会いたいけど遠ざけた人がいた。 友達だろうか、隣に関西弁の女性もいる。
のぞみさんが一歩踏み出した。二人の距離が縮まる。
視界が霞んだ。
もう限界だ、と内側から大音量で何かが主張する。
僕はこんなにものぞみさんが好きなんだ だから少し、少しだけ……………
吉田
柚月
踏み出しかけた足が寸前で止まった。
10メートルほど向こうに吉田と取り巻き数人が立っていた。 …………駅前のデパートのゲームセンターがどうとか
そう言えばそんなことを話していたではないか……
侮蔑と好奇に満ちた視線が僕とのぞみさんを捉えるのを感じた。
柚月
山川のぞみ
僕の声は涙に濡れた、迷子の子供のような瞳で立ち消えた。心臓が跳ねた。
山川のぞみ
山川のぞみ
山川のぞみ
柚月
「なんで女の人と一緒なんだ」 「ナグサめて貰うんだよ。蛙の子は蛙だろ」 聞こえよがしの悪口。嘲笑。
恐らくのぞみさんにも聞こえているのだろうけど、意識して聞こえないフリをしているのが分かる。
僕だからいらぬ気を遣わせる。先生のあの言葉を否定できない。
柚月
涙がこぼれた。
柚月
のぞみさんが口をつぐんだ。その隙にのぞみさんの横を通り抜けた。
山川のぞみ
背中にのぞみさんの声がぶつかったけど、足を止めなかった。目元を擦りながらひたすら足を動かした。
のぞみさんなら「気にしない」と言うと思う。僕もその言葉を求めている。
あの状況で逃げるのは間違っていると分かっている。
でも大人のアソビに興じる親を持つ僕だから、のぞみさんまで好奇の目に晒されて 「あの言葉」を否定できなくて
僕は迷惑をかけてしまう。僕がいる限りずっと。
だから僕は日陰に帰る____
女性
柚月
関西訛りの静止が飛んだ。
振り返ると、のぞみさんと鉢合わせた時隣にいた関西弁の女性が立っていた。
女性
女性
女性は気の強そうな笑みを浮かべた。
女性
女性
女性
コメント
6件
柚月くん…😭 周りの人クズばかりで、読んでいるこっちも辛くなります… のぞみさんの友達は何と言ってくれるのか、今から続きを読んで来ます!✨
なんか、なんかもう居場所をどんどん奪われていく柚月くんをみてると辛いです…
シリアス街道をひた走っているので、少し箸休めを。。 読み返して気づいたんですが、元彼君の「君ももう中学生だ」というセリフ。「君も もう中学生 だ」→「もう中学生」…そんな、名前の、芸人さんが、いましたね… ・関西弁の女性は5話で初登場した彼女です