連日のきらきら

※去りきらのセルフ二次創作的番外編

※前上げたノベルをチャットノベル化しました

デートなんかしようものなら

最後は山に捨てられると思っていた

輪ノちくわ、23歳

彼女は今

人生の佳境に立っている

──の、だろうか

光のバイト代が貯まったから

何となく二人で出かけようという話になったのが

一週間前のLIME

それから高揚と動揺のあまり

眠れない夜を過ごし

当日の日曜日になっても

ちくわは寝不足でふらついていた

と思ったが

光は普通に心配してくれた

空元気に腕を上げて電車に乗り込む

揺れがいつもより気持ち悪かったが

ドアに寄り掛かって何てことないふりをした

時折ちらちら光が見てきたが

景色を眺め気付かないふりをした

行き先は特に決まっておらず

とりあえず駅前の商業施設で降りた

ただでさえ普段外に出ない上に

体調も悪いので

台風に飲まれるかのように目眩がする

人とぶつかってよろめきかけた時

光にすっと腕を引かれた

気まずさからすぐに腕を引き抜いたのだが

心配しつつも

光がどこか名残惜しそうに

腕を持て余していることを察して

ちくわは自分から腕を絡ませた

密着度が高かったようで

光は逆に気まずそうに身をよじらせ

普通に手を繋ぐ形となった

と思ったが

手が触れ合っているだけで思いの外緊張が高まり

全身が熱くなってくる

そのまま歩いていると

まるで自分たちが台風の“目”になったかのように

不思議と周りのことも気にならない

ちくわは全体像を理解した気になり

この時点でかなり満足してしまった

おかげで特に入りたい店もなく

人の流れに沿って1階の端まで到着した

折り返しても仕方ないのでエスカレーターで2階に昇る

それと同時に自然と手も離れる

一段上で前を向きながら

光がおもむろに尋ねてくる

ちくわは一段下で適当に返事をしながら

そういえば今日も相変わらず

朝食を食べていなかったことを思い出した

時刻は午後1時　

昼食時なのでフードコートも混んでいる

沢山の家族連れで騒がしい光景を見て

光は今更立ち止まる

彼自身が嫌なのではなく

これもちくわを気遣ってのことだろう

特に楽しそうな家族という点において

ちくわがジェラシーに苛まれると思ったのかもしれない

ちくわも気を遣って

咄嗟に目についたクレープ屋を指差し

特に食べたいわけでもないが早足で向かった

ちくわが苺クレープと

二人分の紙コップの水を持って

席に着くのと同じ頃

光はたこ焼き6個セットを持って戻ってきた

残念がると

呆れながらも

リュックのサイドポケットから

一瞬だけ財布を見せてくれた

ちくわは拗ねてみせつつも

外見だけで百均の商品だと特定したので

後でこっそり買ってお揃いにしようと企んだ

それにしても、空腹な割には

二人共食事量が少ない

一日一食の生活に慣れているちくわは

正直夜まで食べなくても平気なのだが

光もそんな具合なのかもしれない

にもかかわらず

光は人の心配ばかりしてくる

というか、心配を口実に突っ掛かってくる

適当にあしらおうとすると

と強引にでも食べさせようとしてくる

仕方ないのでたこ焼きを1個貰うことにした

爪楊枝で口に放り込む

飲み込み、少し考えた後

唐突に身を乗り出して

光の目の前にクレープを差し出してみる

迷わずかぶりつけばいいものを

いちいち戸惑って尋ねてくるのが焦れったい

逃げられないように

鼻にクリームがつきそうなほど近付けていく

それでも椅子を引こうとするので

ヤケクソの意味で

クレープを口に押し付けた

──はずだったが

誤って眼鏡に衝突してしまった

動揺したちくわは退けたクレープを

たこ焼きのトレーの上に置いた

光はクリームまみれの眼鏡で放心した後

真顔で静かに言った

結局その台詞で怒られてしまった

クリームで目が見えなくとも

鋭い視線が突き刺さってくるようだ

ちくわは流石に態度を萎縮させながら

いそいそとポケットティッシュを出した

光の横に回り、中腰でそっと眼鏡に近付く

光は動こうとしないので

拭いた方がいいのだと解釈し

次は目に激突しないように丁寧に拭く

それでもベタつきが取れないので

まだ飲んでいない水にティッシュの先端を浸けて拭き取った

綺麗になるまで掛かった時間は約3分

静かになるまでそれほど掛かれば

校長先生はキレるだろう

光はというと

前を向いたまま静止している為

ちくわはどんどん不安になり

手も若干震えていた

敬語で恐る恐る確認すると

光はようやくたこ焼きに目線を下ろした

ちくわは一旦ほっとして席に戻り

先端が削れたクレープを

何事もなかったかのように食べ始めようとした

その時、いきなり唇にたこ焼きが

飛んでくるように押し付けられた

と言おうとして口を開けば

そのまま口いっぱいに押し込まれる

時間が経って丁度いい熱さになっていたのが幸いだ

喋れないので急いで噛んで飲み込むと

わんこそばのごとくもう一個押し込まれる

反抗の声を出すと

光は透き通った眼鏡の奥で目を細め

愉しそうに笑っていた

──一目惚れしたあの時の

初めて目線を交わした時のような笑顔だった

ちくわはまだ噛めていないタコを思わず飲み込んだ

そんな安直なことを思いながら

とも思った

じっと見入っていると

睨まれたと勘違いしたらしく

光は焦ったように笑うのをやめた

名残惜しさを感じつつ

ちくわも微笑んでみせる

あの時の心地良さは健在で──

加えて、周りの喧騒に混じって

あの時よりも純粋な楽しさがあった

光の淡白めいた返しに

冗談めかして嘆きつつ

気付けば後ろ向きな発言ばかりする自分を

としっかり嫌悪する

食べ終わった後はどちらからともなく

ゲームセンターに向かっていた

可愛いくまのぬいぐるみのUFOキャッチャーを見つけた途端

ちくわはテンションを持ち直すようにはしゃいだ

それでも子供のようにぴょんぴょん跳ねて騒ぐのが止まらない

可笑しそうに百円を投入する光を見て

と間延びした声で喜んでみせる

ちくわは内心冷めた目で自分を見下ろす

子供の時からこのように

どこか演技じみているというか

純粋さに欠ける節があった

嫌な罵倒がちらつき

気を紛らわそうと目の前の光景に集中する

光は真剣な眼差しで位置を定めると

意を決したようにレバーを動かした

いけそうな雰囲気があり目を見張ったのだが

やはりアームは弱く

ぬいぐるみを一度持ち上げた後

同じ場所に降ろしただけとなった

何も惜しくないのに惜しさを感じさせ

金を搾り取るゲームだということを分かった上で

ちくわはそれに見合った反応をする

だが光は諦めたように台から身体を離した

たかが百円を無駄にしただけで不機嫌そうだし

このゲームがそもそも好きじゃなかったらしい

より不機嫌そうに顔をしかめる光に

言い訳するように人差し指を立てる

自分で説明しながら

とちくわは思った

相槌を打ちつつ、千円を百円玉に両替する

○ッキーBIGサイズの箱が積まれた台に駆け寄る

今にも落ちそうな位置に設置してあり

アームでつつくだけで楽勝そうに見えるが

これも決してそう上手くはいかないのだろう

そう踏まえた上で百円を投入した

1回目、失敗

2回目、失敗

3回目、失敗

4回目──

だが光の懸念通り10回目も失敗

すると引くに引けなくなり

すぐさまもう千円を両替した

ちくわは結局苛ついていた

そんな具合に熱のこもった手でレバーを握り締め

一心不乱に動かし続ける

しかし集中するほど変な位置にずれていく

思わず感情を顕にすると

痺れを切らした光にレバーを奪われた

不満げな声を上げつつも

実はちくわはこの時を待っていた

光は何でも「だるい」と面倒がりがちな性格だから

今回くらいは積極的に動いてほしかったのだ

光は黙ってレバーを動かす

心なしか先程より真剣に見える

横から煽ると

と豪語する

ちくわがつつきまくって移動させたおかげか

箱は容易く落ちた

まるで全てが自分の成果であるように

片手で鷲掴みにした箱を見せてくる

ちくわはいち恋人らしく

純粋なふりをして受け取った

箱を抱え弾んだ足取りで歩くちくわを

光は呆れつつも

明らかに嬉しそうに横目で眺める

ちくわは満足感からついそう口にした

すると光は立ち止まり

じっと目を合わせてきた

不意に鼓動が早くなる

色々と見透かされている気がして

目を逸らしたくなる

ちくわにしては珍しく誤魔化しが効かず

頷けもせず戸惑っていると

光は黙って歩き出した

人は追い詰められると本性が出るというが

光の場合は周囲に攻撃的になり

ちくわのことも容赦なく傷付ける

後ろをひょこひょこついていきながら

期待と不安でドキドキしていると

光は出口から外に出てしまった

自分で「もういいかも」と言ったくせに

物寂しさを覚える

だが光は商業施設に隣接する古めのビルに入った

そこでちくわは何となく行き先を察した

二人は共通して

意外と歌うのが好きだ

一緒に生活していた時

ちくわと同じように

光が風呂場で度々

歌を口ずさんでいるのが聞こえてきていた

本当はもっと歌いたいだろうに

恐らく近所迷惑を気にして声を潜めていた

ちくわももし金があり

部屋を防音仕様にするか

カラオケに高頻度で通えれば

歌配信をメインにしたかもしれない

いつか誰かと一緒に歌えれば

楽しいに違いないと思っていた

カラオケの看板を目にする度に

そのいつかは一生訪れないものだと思っていた

その日は案外呆気なく訪れた

カラオケ屋の一室に入ると

光るは黙ったまま奥の席に座った

そしてタッチパネルもそのままに

紙のメニュー表を見始めた

ちくわが立ち尽くしていると

『お前が歌え』と言わんばかりに

メニュー表に目線を落としたまま

タッチパネルの画面を向けてくる

少々ムカついたちくわは

と思い好きなだけ歌うことにした

曲は無難なヒットソングを選んだ

音程やテンポは外れないが

高いところは小さい裏声になり

声も間延びしている

光は何か頼むのかと思いきや

メニュー表とモニターで

視線を行ったり来たりさせている

構わず歌い続けていると

と拍手が返ってきた

歌が聴きたかったかどうかは定かではない

光が声を発したので

ちくわはお辞儀をしながら隣に座ると

もう一つのマイクを渡した

クレープの時同様

顔につきそうなほどマイクを近付けると

自分で来たにもかかわらずだるそうに立ち上がる

光の歌も可もなく不可もなくといった感じだった

だが歌声を聞くのが新鮮で

ちくわは高揚して手を合わせた

甘い声でいかにもわざとらしいが

これは本心だ

すると光は続けてもう一曲歌ってくれた

そう思い立ち、ちくわも一緒に歌い始めた

光は一瞬戸惑ったようにちくわを見たが

少し声を大きくして歌い続けてくれた

ちくわも負けじと声を張った

普段歌わない為もう掠れてきたが

懸命に喉に力を込めた

歌い終わると、疲労より

もっと歌いたい気持ちの方が勝った

時間が無駄にならないよう

素早くタッチパネルを引き寄せ

と次も一緒に歌う前提で尋ねる

と言いつつ、光も画面を覗き込む

適当にスクロールしていると

お気に入りの曲が目に止まった

暗めの歌詞と、それに反した明るい曲調で

何をしても何も感じず

好きな曲にも苛つくような

どうしようもない時でもよく聴いてきた

差そうとした指が

光の指と触れた

顔を上げると目が合った

気が付くとかなり近い距離にあった

多分同じく近さに動揺しつつ、光が聞いてくる

身体を離そうかと思ったが

マイナーな曲にもかかわらず知っていたことが嬉しくて

ちくわは目を合わせたまま頷く

ちくわが見つめ続けるせいか

目を泳がせつつも逸らせないまま

誤魔化すように光が言う

誤魔化しようもなくそう返しながら

ちくわは自然と腰を浮かせて近付いていた

瞬時に応えるように光も身体を前に傾けた

唇が重なり

2秒ほど遅れて

今キスをしているのだと脳が認識した

さっきのたこ焼きの感触と比べそうになり

と思い留まる

しようと思ってするはずが

気付いたらしている感じだった

こんな時でも最低の喩えがよぎる

今はこのおかしい思考も

快楽の一部となって

脳からどこかへとろけていく

離れる時も無意識的だった

突然ドアが開いた音で我に返り

びくりと肩を揺らしたが

その時にはもうそれぞれ前を向いていた

店員の手にはいつの間にか光が頼んだ

ドリンクとポテトがあった

ちゃんとお礼を言いつつも

声が尻すぼみになるちくわ

ドアが閉まり、数秒の沈黙が流れた後

ちくわは口元を緩め

感心した口ぶりで言った

普段あまり使わない言葉でぼそりと賛同しながら

何事もなかったように

光はタッチパネルの操作に戻った

そして二人が好きな曲が流れ出した

少し迷いながらちくわはマイクを持った

Aメロに入り、歌い始めながら

ちらりと横目で光を見る

一瞬目が合うが、すぐに逸れる

──確かにちくわも本当は

ずっと、もっと

こうしたかったのかもしれなかった

絶望したとて

わがままで、強欲で

「もういいかも」などと言ってみても

何だかんだいつまでも

こうしていられるのかもしれなかった

もしデートで山に捨てられたら

そいつを呪い殺して

道連れにするに違いなかった

サビに入り、一番気に入っている部分が流れた

『クライマックスはまだ先みたい』という歌詞

その分、歌い終わるのはあっという間だった

曲を締め、ちくわが椅子に腰を落とすと

光もマイクを持ったままぱちぱちと拍手する

椅子にぐたりと寄り掛かり

ポテトを啄みながらちくわが聞くと

と答えて光はオレンジジュースを啜った

ここでも頼むくらいオレンジジュースが好きらしい

とちくわは笑ってみせたが

好きなものに忠実だとすれば

適当に答えているようには見えない

ちくわは無謀な妄想を捗らせた

その後は喉が終わりそうだったので

延長せず一時間で出た

他愛ない会話をしながら

ゆっくりエスカレーターで降りていく

光は下の階の薬局で買い物があると言うので

ちくわはそこで別れることにした

念の為「楽しかった？」と確認したかったが

わざわざ口にすることじゃないと思いやめておいた

手を振りながら背を向ける

一人で下の階に降りながら

“また”という言葉を心の中で反芻する

もうまたなんて要らないほど

デートというものを満喫できたと思った

──はずだったのに。

未だ慣れないホームの

黄色い線ギリギリでぼうっと立ち尽くし

一人を実感した途端

ちくわは無性に寂しさに襲われた

いつものように普通に

もうすぐ来る電車に轢かれたいとも思った

俯き、伸びた影を見つめる

邪魔だから消したいという衝動に駆られる

などと訳の分からない後悔をする

負のループから脱しようと

楽しいことについて思いを巡らせようとするが

上手く頭が回らない

今まで無理やり忘れていた眠気も

強く押し寄せてきている

足元がふらつき

いかにも線路に飛び込もうとしている人みたいになる

そう結論付け

ちくわは無事電車に乗ることを選んだ

揺れは気持ち悪いが

窓から丁度差し込む夕日は

眩しいというよりあたたかい

夕日があたたかいということを

久々に実感できたことで

少し気分が良くなる

固くしていた身体を緩め

眠気に任せて目を閉じる

意識が揺らぎ

嫌いなはずの電車と

一体化したような気持ちになる

微睡みの中

ちくわはふと、そう思った

心中デートとかではなく

些細な日常を過ごせれば

それに越したことはなかった

どうやらクライマックスは

まだ先みたいだった。