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ごめんなさい。
ごめんなさい。
全て、
僕のせいなんです…。
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ルテ子爵
柱時計に目をやると同時に、
呼び鈴が鳴らされる。
定刻通り。
足取り軽く玄関まで行き、
重い扉を開ければ、
そこには一人の青年が立っていた。
ベゼ
伏し目がちに挨拶をする。
ルテ子爵
ルテ子爵
そう言って大きく扉を開けると、
数秒、
彼は躊躇したのち
ゆっくりとした歩みで家に入る。
ルテ子爵
指差した先には、
ひとり掛けのソファーがあった。
彼は小さく頷いて、
ソファーに座って
膝を抱える。
ルテ子爵
それだけ言って、
奥の部屋に入る。
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
そんなことを考えながら、
立てかけていた大きなキャンバスを布で包んでいく。
絵を取りに来る日にちも時間もわかっているのだから、
包んでおけばいいのだが、
毎回のように彼が来てからのんびりと梱包していた。
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
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ベゼが初めてルテの家に来たのは、
三年ほど前のこと。
アルバゼル侯爵
画家であるルテのパトロンの一人、
アルバゼル侯爵はそう言ってベゼを紹介した。
ボサボサの髪、
薄汚れた肌、
生きる気力の無い瞳、
あちこちにできた痣や傷跡。
ルテ子爵
ルテは心の中でため息をこぼした。
奴隷を買うこと自体は、
この国では禁止されていない。
禁止されていないから、
売りに来るし、
彼らは雑な扱いを受ける。
死んだところで、
彼らの代えはたくさんいるのだから。
ベゼの前は、顔に大きな傷を負った女性だった。
彼女ももちろん身分は奴隷で、
いつも怯えた目をしていた。
覚えているのはそれだけだ。
どんな声だったのか、
どんな性格だったのか、
深く知る前にベゼに変わってしまった。
彼女がどうなったのか、
ルテは侯爵に聞かなかったし、
聞いたところで教えてはくれないのは
わかりきったことだった。
ただ、
もう二度と会うことは無いのだと思うだけにとどめた。
ルテ子爵
ベゼ
言葉を交わすことも無く、
目線を合わせることなく、
言われたことを淡々とこなすだけの存在。
それ以上も
それ以下もしない。
それが彼ら奴隷だった。
ただ、
それがルテにはもどかしかった。
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
真っ白なキャンバスを前にして、
独り呟く。
相手は奴隷で、
自分は子爵。
身分が違い過ぎるのだ。
軽い気持ちで話しかけただけで、
相手の命を奪いかねない。
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼのことが気になるという気持ちを、
誤魔化すことが出来なかった。
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ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
最初は、
家の中にさえ入ってくれなかった。
ルテ子爵
ある雨の日、
そんなことを言って家に入ってもらった。
濡れたままでは困ると言って、
暖炉の側で濡れた服を乾かすこと、
冷えた体をスープで暖めること。
そうしてようやっと、
ルテ子爵にはベゼに危害を加えるつもりが無い、
ということが伝わったような気がした。
その日を境に、
ベゼはルテの言葉を拒絶することが無くなった。
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
そう言えば素直に家に入り、
一人用のソファーに膝を抱えて座り、
ルテが絵を持ってくるのを大人しく待っていてくれた。
ルテ子爵
絵具を選びながら尋ねる。
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
そう言ってパレットに作った色を見せる。
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
そうやって少しずつでも
会話が出来るのが嬉しかった。
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ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
大きなキャンバスを持って現れると、
ベゼはソファーから立ち上がって駆け寄ってきた。
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
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また、別の日。
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
小さく頷いて、
いつも通りソファーの上で膝を抱える彼。
その姿が面白くて、
何度見ても笑みがこぼれてしまう。
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
小さな手のひらサイズのキャンバスを渡す。
そこには、
綺麗な青い海と青い空、
真っ白な壁に
色鮮やかな屋根の家が並ぶ風景画が描かれていた。
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
今年に入ってすぐ、
描きたい物が思いつかないルテが
ベゼに見たい景色は何かと聞いたことがあった。
そのとき、
ベゼは”海の見える町ランローリアが見たい”と答えた。
自分の故郷だから、と。
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ルテ子爵
その言葉が嬉しかったのに、
その絵の存在が侯爵にバレて、
ベゼは酷く怒られた。
怒られるだけならよかった。
・
ルテ子爵
次に会ったとき、
ベゼは顔に包帯を巻いていて、
右目の周りの皮膚も赤黒く変色していて、
見るからに痛々しかった。
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
そう言って向けられた目は、
全てを拒絶していた。
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ルテ子爵
今まで積み上げた物が、
一瞬で壊れてしまった。
ベゼはそれから二度と
ルテと会話をすることなく。
親しくなる前のように、
淡々と仕事をこなすだけになってしまった。
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ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
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ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
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それは、
ベゼがルテを拒む少し前のこと。
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテはベゼの言葉を遮って言う。
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
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ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
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悪魔が頭の中で
殺せ殺せと囁いている。
誰でもいいから殺せと、
耳障りな声で
いつものように囁く。
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼはルテを押し退けて
倒れている侯爵を抱き起こす。
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ベゼ
アルバゼル侯爵
ベゼ
ベゼ
ベゼ
しかし、立ち上がろうとしたベゼの腕を
侯爵は震える手で掴んで止めた。
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ああ、
耳障りな声がする。
ベゼ
どうして、
その目が
その気持ちが
自分に向けられないのだろう。
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ベゼ
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
ルテ子爵
・
・
・
僕は
何を
望んだのだろう。
・
・
アルバゼル侯爵が殺されたという話しは、
瞬く間に町中に広がった。
敵対している貴族に殺された。
裏組織の人間に殺された。
使用人に殺された。
あらゆる噂が流れたが、
誰一人として真実に辿り着ける者はいなかった。
・
・
ルテのパトロンの一人、
ケイニス伯爵は
ルテから絵が完成した旨の手紙を受け取り、
彼の自宅を訪れた。
アトリエの扉を開いてすぐ目に飛び込んできたのは、
一枚の絵。
その絵を見た瞬間、
ケイニス伯爵は泣き崩れたという。
奇しくも、
ルテの人生で
一番高い評価を受けたその絵は、
彼の遺作となった───。
・
・
─END─