TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

ごめんなさい。

ごめんなさい。

全て、

僕のせいなんです…。

ルテ子爵

(そろそろ来る頃かな)

柱時計に目をやると同時に、

呼び鈴が鳴らされる。

定刻通り。

足取り軽く玄関まで行き、

重い扉を開ければ、

そこには一人の青年が立っていた。

ベゼ

こんばんは…

伏し目がちに挨拶をする。

ルテ子爵

こんばんは

ルテ子爵

さぁ、入って

そう言って大きく扉を開けると、

数秒、

彼は躊躇したのち

ゆっくりとした歩みで家に入る。

ルテ子爵

いつも通りそこで待ってて

指差した先には、

ひとり掛けのソファーがあった。

彼は小さく頷いて、

ソファーに座って

膝を抱える。

ルテ子爵

そこに置いてあるクッキーも食べていいからね

それだけ言って、

奥の部屋に入る。

ルテ子爵

(今日は手に包帯を巻いてた…)

ルテ子爵

(それも両手……)

ルテ子爵

(酷い怪我じゃないといいけど…)

そんなことを考えながら、

立てかけていた大きなキャンバスを布で包んでいく。

絵を取りに来る日にちも時間もわかっているのだから、

包んでおけばいいのだが、

毎回のように彼が来てからのんびりと梱包していた。

ルテ子爵

(今日はクッキー食べてくれるかな?)

ルテ子爵

(紅茶も用意したけど……)

ルテ子爵

(うーん…)

ルテ子爵

(せめて紅茶ぐらい飲んでほしいなぁ)

ベゼが初めてルテの家に来たのは、

三年ほど前のこと。

アルバゼル侯爵

今度からこいつに絵を取りに行かせる

画家であるルテのパトロンの一人、

アルバゼル侯爵はそう言ってベゼを紹介した。

ボサボサの髪、

薄汚れた肌、

生きる気力の無い瞳、

あちこちにできた痣や傷跡。

ルテ子爵

(また新しい奴隷を買ったのか…)

ルテは心の中でため息をこぼした。

奴隷を買うこと自体は、

この国では禁止されていない。

禁止されていないから、

売りに来るし、

彼らは雑な扱いを受ける。

死んだところで、

彼らの代えはたくさんいるのだから。

ベゼの前は、顔に大きな傷を負った女性だった。

彼女ももちろん身分は奴隷で、

いつも怯えた目をしていた。

覚えているのはそれだけだ。

どんな声だったのか、

どんな性格だったのか、

深く知る前にベゼに変わってしまった。

彼女がどうなったのか、

ルテは侯爵に聞かなかったし、

聞いたところで教えてはくれないのは

わかりきったことだった。

ただ、

もう二度と会うことは無いのだと思うだけにとどめた。

ルテ子爵

よろしく

ベゼ

……

言葉を交わすことも無く、

目線を合わせることなく、

言われたことを淡々とこなすだけの存在。

それ以上も

それ以下もしない。

それが彼ら奴隷だった。

ただ、

それがルテにはもどかしかった。

ルテ子爵

仲良くなりたいって思っても

ルテ子爵

それは余計なこと…

ルテ子爵

なんだよね

真っ白なキャンバスを前にして、

独り呟く。

相手は奴隷で、

自分は子爵。

身分が違い過ぎるのだ。

軽い気持ちで話しかけただけで、

相手の命を奪いかねない。

ルテ子爵

でも……

ルテ子爵

それでも……

ベゼのことが気になるという気持ちを、

誤魔化すことが出来なかった。

ルテ子爵

ベゼ

ルテ子爵

まだ準備が出来ていなくて…

ルテ子爵

中で待っててくれるかい?

最初は、

家の中にさえ入ってくれなかった。

ルテ子爵

濡れた手で絵を持ってほしくないんだ

ある雨の日、

そんなことを言って家に入ってもらった。

濡れたままでは困ると言って、

暖炉の側で濡れた服を乾かすこと、

冷えた体をスープで暖めること。

そうしてようやっと、

ルテ子爵にはベゼに危害を加えるつもりが無い、

ということが伝わったような気がした。

その日を境に、

ベゼはルテの言葉を拒絶することが無くなった。

ルテ子爵

ベゼ、いらっしゃい

ルテ子爵

もう少しで終わるから

ルテ子爵

中で待っていてくれるかい?

そう言えば素直に家に入り、

一人用のソファーに膝を抱えて座り、

ルテが絵を持ってくるのを大人しく待っていてくれた。

ルテ子爵

アルバゼル侯爵は何色がお好きかな?

絵具を選びながら尋ねる。

ルテ子爵

青や紺はお好きだろうか?

ベゼ

……お好きだと、思います

ルテ子爵

そっか

ルテ子爵

よかった

ルテ子爵

ベゼは何色が好き?

ベゼ

……

ルテ子爵

じゃあ

ルテ子爵

暗い赤色と明るい赤色だとどっちがいい?

そう言ってパレットに作った色を見せる。

ベゼ

……暗い、赤色…です

ルテ子爵

なるほど

ルテ子爵

じゃあ、その色も使ってみよう

そうやって少しずつでも

会話が出来るのが嬉しかった。

ルテ子爵

お待たせ

ルテ子爵

ちょっと今回のは大きな作品でさ

ベゼ

だ、大丈夫ですか?

大きなキャンバスを持って現れると、

ベゼはソファーから立ち上がって駆け寄ってきた。

ルテ子爵

重いよ?

ルテ子爵

手、大丈夫?

ベゼ

大丈夫です

ルテ子爵

持って痛くない?

ベゼ

大丈夫です

ルテ子爵

……あ

ルテ子爵

クッキー食べてくれたんだ

ベゼ

え、あ、はい

ルテ子爵

美味しかった?

ベゼ

は、はい……

ルテ子爵

よかった

ルテ子爵

じゃあ、また作るね

ベゼ

え、あれ

ベゼ

子爵様が

ルテ子爵

うん、そうだよ

ルテ子爵

次はもう少し凝った物作るから

ルテ子爵

楽しみにしててね

ベゼ

……

また、別の日。

ルテ子爵

いらっしゃい

ルテ子爵

毎回で悪いけど

ルテ子爵

中で待っててくれるかな?

小さく頷いて、

いつも通りソファーの上で膝を抱える彼。

その姿が面白くて、

何度見ても笑みがこぼれてしまう。

ルテ子爵

これは侯爵様に

ルテ子爵

で、これはベゼに

ベゼ

オレに、ですか?

ルテ子爵

うん

小さな手のひらサイズのキャンバスを渡す。

そこには、

綺麗な青い海と青い空、

真っ白な壁に

色鮮やかな屋根の家が並ぶ風景画が描かれていた。

ベゼ

これは……

ルテ子爵

前にベゼが見たいって言ってた

ルテ子爵

海の見える町ランローリアだよ

ベゼ

……覚えていて下さったんですか

ルテ子爵

もちろん

今年に入ってすぐ、

描きたい物が思いつかないルテが

ベゼに見たい景色は何かと聞いたことがあった。

そのとき、

ベゼは”海の見える町ランローリアが見たい”と答えた。

自分の故郷だから、と。

ルテ子爵

自分でも久々に良い出来だと思うよ

ベゼ

で、でも

ベゼ

いいんですか?もらって…

ルテ子爵

うん

ルテ子爵

僕のサインも入ってる

ルテ子爵

お金に困ったら売ってもいいし

ベゼ

そ、そんな

ベゼ

そんなこと……

ベゼ

しません

ベゼ

絶対に

ルテ子爵

…ありがとう

その言葉が嬉しかったのに、

その絵の存在が侯爵にバレて、

ベゼは酷く怒られた。

怒られるだけならよかった。

ルテ子爵

ベゼ……

次に会ったとき、

ベゼは顔に包帯を巻いていて、

右目の周りの皮膚も赤黒く変色していて、

見るからに痛々しかった。

ルテ子爵

ベゼ……

ルテ子爵

ああ、ごめん

ルテ子爵

僕が軽い気持ちで絵なんかあげたばっかりに

ベゼ

……

ルテ子爵

ベゼ……

ベゼ

子爵様

ベゼ

絵は?

そう言って向けられた目は、

全てを拒絶していた。

ルテ子爵

……

ルテ子爵

よ、用意するから中に

ベゼ

いえ

ベゼ

中には入りません

ルテ子爵

……ベゼ、そんなっ

ルテ子爵

謝るから

ルテ子爵

だから

ベゼ

子爵様

ベゼ

外で待っていますので

ルテ子爵

ベゼ……

今まで積み上げた物が、

一瞬で壊れてしまった。

ベゼはそれから二度と

ルテと会話をすることなく。

親しくなる前のように、

淡々と仕事をこなすだけになってしまった。

ルテ子爵

ごめんなさい

ルテ子爵

ごめんなさい

ルテ子爵

貴方を殺さないと

ルテ子爵

僕は

ルテ子爵

自分の大切な人を

ルテ子爵

殺してしまいそうになる

ルテ子爵

苦しいよね

ルテ子爵

痛いよね

ルテ子爵

辛いよね

ルテ子爵

ああ

ルテ子爵

ごめんなさい

ルテ子爵

ちゃんと

ルテ子爵

ちゃんと

ルテ子爵

殺すから

ルテ子爵

だから

ルテ子爵

そんな目で

ルテ子爵

見ないで……

ルテ子爵

ごめんなさい

ルテ子爵

出来るだけ早く

ルテ子爵

楽にしてあげるから

ルテ子爵

だから……

ルテ子爵

(絵を描いていれば)

ルテ子爵

(お金に困ることはない)

ルテ子爵

(アルバゼル侯爵が高値で買い取ってくれるし)

ルテ子爵

(他にも)

ルテ子爵

(ケイニス伯爵やメイリニア子爵もいる)

ルテ子爵

(みんな、何も知らずに買ってくれる)

ルテ子爵

(この絵に込められた)

ルテ子爵

(僕の想いも何も知らずに……)

ルテ子爵

(気付いてくれたのは)

ルテ子爵

(ベゼだけだ……)

それは、

ベゼがルテを拒む少し前のこと。

ルテ子爵

ベゼ、ごめん

ルテ子爵

ちょっと手伝ってくれる?

ベゼ

はい

ベゼ

何をすれば宜しいのでしょうか?

ルテ子爵

この絵、持っててくれる?

ルテ子爵

包む布の大きさを間違っちゃって

ベゼ

……

ルテ子爵

……

ルテ子爵

…よしっ

ルテ子爵

この大きさなら…

ルテ子爵

ベゼ?どうしたの?

ベゼ

あ、いえ…

ルテ子爵

……じゃあ、この布の上に置いて

ベゼ

はい

ルテ子爵

絵が描いてある方を下にしてね

ベゼ

はい

ルテ子爵

……よかった

ルテ子爵

今度はちょうどピッタリだ

ベゼ

……

ルテ子爵

ベゼ?どうしたの?

ベゼ

あ…いえ…

ルテ子爵

あ!もしかして、僕の絵の感想!?

ルテ子爵

聞きたいなぁ!

ベゼ

い、いや

ルテ子爵

僕、パトロン以外の人から自分の絵の感想って聞いたことないんだ

ベゼ

そ、そんな

ルテ子爵

わかるよ

ルテ子爵

怖いよね

ルテ子爵

自分の気持ちを伝えるって

ルテ子爵

でも、大丈夫だよ

ルテ子爵

僕は、ベゼに何を言われても怒らないから

ルテ子爵

安心して

ルテ子爵

さぁ!感想を言って!

ベゼ

……

ベゼ

子爵様の絵は

ベゼ

とても悲しげで…

ベゼ

強い孤独感を覚えました……

ルテ子爵

!!!

ベゼ

す、すみません!こんな

ルテ子爵

ああ!やっと

ルテはベゼの言葉を遮って言う。

ルテ子爵

やっと絵に込めた想いに気付いてくれる人がいた!

ベゼ

え……

ルテ子爵

不気味な絵

ルテ子爵

薄暗い絵

ルテ子爵

怖い絵

ルテ子爵

呪われた絵

ルテ子爵

そんな感想ばかり耳にしてきた

ルテ子爵

でも、僕はそんなことを表現しているんじゃない

ルテ子爵

ベゼの言う通り

ルテ子爵

僕は

ルテ子爵

これらの絵に…

ルテ子爵

孤独や寂しさからの救済を求めてる…

ルテ子爵

ああ…ようやっと

ルテ子爵

僕の絵を理解してくれる人に出会えた……

ベゼ

…子爵様

ルテ子爵

それがベゼ…

ルテ子爵

君でよかった……

ルテ子爵

(ベゼの傷は日々増えていく)

ルテ子爵

(元より奴隷の扱いが雑な侯爵だし)

ルテ子爵

(身の回りの世話をする身分の低い者たちも)

ルテ子爵

(躾という名目で暴力を振るうことは日常茶飯事で……)

ルテ子爵

(このままだとベゼも……)

ルテ子爵

(これまでの奴隷と同じように)

ルテ子爵

(いつか、手の届かないところに行ってしまうのだろうか…)

ルテ子爵

(それだけは避けたい…)

ルテ子爵

(でも、どうしたらいいのだろう…)

ルテ子爵

(身分は僕の方が下だし)

ルテ子爵

(ベゼを買い取ることも出来ない……)

ルテ子爵

……

ルテ子爵

ベゼ……

ルテ子爵

僕は

ルテ子爵

どうしたら君を守れる?

ルテ子爵

僕は

ルテ子爵

僕にできることと言ったら……

悪魔が頭の中で

殺せ殺せと囁いている。

誰でもいいから殺せと、

耳障りな声で

いつものように囁く。

ルテ子爵

ごめんなさい……

ルテ子爵

僕には

ルテ子爵

この方法しか

ルテ子爵

思いつきませんでした……

ルテ子爵

僕は

ルテ子爵

結局

ルテ子爵

子爵としての地位を使うことも

ルテ子爵

有り余るお金を使うこともせず

ルテ子爵

僕は……

ルテ子爵

貴方を殺すという選択肢しか

ルテ子爵

選べませんでした……

ルテ子爵

悔しいですか?

ルテ子爵

悲しいですか?

ルテ子爵

…ごめんなさい

ルテ子爵

もっといい方法が思いつけばよかったんですけど

ルテ子爵

でも

ルテ子爵

貴方が悪いんです

ルテ子爵

傷付いているベゼに対して知らん顔で

ルテ子爵

奴隷を雑に扱うから……

ルテ子爵

僕は

ルテ子爵

貴方を殺さなきゃいけなくなってしまった

ルテ子爵

そう

ルテ子爵

貴方が悪いんです

ルテ子爵

だから

ルテ子爵

苦しんで

ルテ子爵

死んでください

ルテ子爵

アルバゼル侯爵

ベゼ

侯爵様!!

ルテ子爵

え……

ルテ子爵

ベゼ……?

ベゼ

子爵様……

ベゼ

これは

ベゼ

いや、そこをどいて下さい!

ベゼはルテを押し退けて

倒れている侯爵を抱き起こす。

ベゼ

侯爵様!?

ベゼ

侯爵様!?

ベゼ

オレの声が聞こえますか?

ルテ子爵

ベゼ…?

ベゼ

ああ、血が止まらない

ベゼ

血が……

ベゼ

侯爵様……

アルバゼル侯爵

───

ベゼ

そんな!

ベゼ

助からないなんて!

ベゼ

今すぐ人を

しかし、立ち上がろうとしたベゼの腕を

侯爵は震える手で掴んで止めた。

ベゼ

侯爵様……

ベゼ

ああ…

ベゼ

死なないでください

ベゼ

オレを置いて

ベゼ

逝かないでください

ベゼ

オレ……

ベゼ

また一人になってしまう……

ルテ子爵

……ベゼ

ベゼ

子爵様…

ベゼ

どうして

ベゼ

どうしてこんなことを!?

ベゼ

貴方が人を殺していると知っていながら

ベゼ

その罪を隠蔽し続けた侯爵様に

ベゼ

どうしてこんなことを!!?

ルテ子爵

ベゼ……僕は…

ベゼ

ああ……

ベゼ

侯爵様……

ベゼ

どうしてこんな奴を

ベゼ

信じたのですか……

ああ、

耳障りな声がする。

ベゼ

侯爵様……

どうして、

その目が

その気持ちが

自分に向けられないのだろう。

ベゼ

一人にしないで下さい

ルテ子爵

ベゼ、僕は

ルテ子爵

君を自由にしたかったんだ

ルテ子爵

自由にして君と

ベゼ

オレは

ベゼ

自由なんて望んでいない!

ベゼ

オレは…

ベゼ

侯爵様の側に居られればそれで

ベゼ

それでよかったのに…

ルテ子爵

ああ……

ルテ子爵

……ごめん

ルテ子爵

ごめんなさい

ルテ子爵

ごめんなさい

ルテ子爵

ベゼ……

僕は

何を

望んだのだろう。

アルバゼル侯爵が殺されたという話しは、

瞬く間に町中に広がった。

敵対している貴族に殺された。

裏組織の人間に殺された。

使用人に殺された。

あらゆる噂が流れたが、

誰一人として真実に辿り着ける者はいなかった。

ルテのパトロンの一人、

ケイニス伯爵は

ルテから絵が完成した旨の手紙を受け取り、

彼の自宅を訪れた。

アトリエの扉を開いてすぐ目に飛び込んできたのは、

一枚の絵。

その絵を見た瞬間、

ケイニス伯爵は泣き崩れたという。

奇しくも、

ルテの人生で

一番高い評価を受けたその絵は、

彼の遺作となった───。

─END─

この作品はいかがでしたか?

200

コメント

1

ユーザー
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚