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病院の消灯時間も過ぎ、微かに廊下から人の歩く音や物音しかしなくなった病室。
寝ようにも何だか寝られず、わたしはベッドから起きた。
わたし
隣の入院患者さんは高齢者だし、起きる気配はない。
わたし
体調も大丈夫だろうと味をしめて、病室を抜け出した。
薄暗く静かな廊下を歩く。
ここは、お医者さんや看護師さんもあまり通らない。
それだけに怖さも付きまとう。
わたし
踵を返しかけたとき、遠くから聞こえる誰かの声に気づいた。
途切れ途切れにするその声は、歌を歌っているようだ。
自然と足が向く。
やがて、ベンチに座る一人のシルエットを捉えた。
わたしの足音に気づいたのか、その人が振り返る。
よく見ると、松葉杖を持っていた。 その手には何やら紙の冊子が。
ジェシー
肩を震わせた男性だが、わたしを患者だと認識したのか表情を緩める。 たぶん同世代くらいだ。
わたし
ジェシー
ジェシー
ジェシー
そう言って彼は明るく笑った。
ジェシー
わたし
フレンドリーに話しかけてくる彼に、わたしの緊張も解ける。
ジェシー
ジェシー
わたし
ジェシー
彼はベンチの隣を手で示した。 わたしはそこに座る。
わたし
ジェシー
彼は少しだけ寂しそうな顔になる。
ジェシー
わたし
ジェシー
ジェシー
わたし
わたしの手放しの賞賛を、彼は微笑みで受け止める。
ジェシー
ジェシー
ジェシー
わたし
ジェシー
でも、わたしはもし次があるなら観に行きたかった。
彼の歌声に、魅かれていた。
ジェシー
わたし
思ってないのに、口が勝手に動いて言葉を発していた。
ジェシー
そう答えて、彼は背を向けた。
松葉杖をつくカチャカチャという音が、やけに跳ねて聞こえた。
意図せずテンポを上げるこの心臓を、今心電図でとったら先生に薬でも出されるだろうな、とわたしは思った。
翌日の、昨夜と同じ時間。
約束してくれたのに、わたしはベッドから動けずにいた。
というのも、今朝高熱が出て夜になってもほとんど下がらなかったからだ。
わたし
彼は待ちぼうけをくらっているだろうけど、そんなことを誰かに伝えてもらうわけにもいかない。
次に会えたら謝ろう。
わたし
結局、病室を出られたのはそれから2日後だった。
もういないかも、と考えながらも足はあの場所へ歩いていく。
わたし
耳にしたのは、やはり同じ曲だった。 ミュージカル然とした、希望と華やかさに溢れた伸びのある声。
ジェシー
薄明りの中、彼は嬉しそうに笑った。
ジェシー
わたし
ジェシー
ジェシー
ジェシー
彼は少年のようにいたずらっぽく笑う。 この人の笑みはバリエーションが多くて面白い。
わたし
ジェシー
わたし
わたし
わたし
ジェシー
ジェシー
彼は、その端正な目でわたしを見つめる。
ジェシー
わたし
ジェシー
ジェシー
わたし
ジェシー
彼は優しく笑いかけてくる。
わたし
わたし
そう、きっと彼のためなら頑張れる。
わたし
突然、ふわりと彼の身体に包まれてびっくりする。
片足で立ち上がると、だいぶ背が高い。
ジェシー
優しい声が、耳元で響いた。
病室に戻ってからも、彼の歌声が耳から離れなかった。
わたし
と思わず感嘆の息を漏らした。
その声は柔らかくて太陽みたいだけど、芯は太いし豊かな響きがある。
ミュージカルだったらまさに主役級だろうな、と思った。
いつか必ず、劇場で彼の歌を聴きたい。
わたし
客席は満員だ。
わたし
受付でもらったパンフレットに目を通す。
役の格好で大々的に写る彼。 クレジットには、「ジェシー」の文字が一番上に書いてある。
そう、彼は見事復帰して主演を務めることになったのだ。
わたし
先に退院した彼は、その日一枚のチケットを手渡してくれた。
そして名前も告げずに、「来てくれたら嬉しいな」と言い残した。
来れたらでいい、と言ってくれたけどどうしても観たくて外泊許可を取った。
すると、客席が暗転して幕が上がる。
わたし
拍手に包まれる会場と始まったミュージカルの世界観に圧倒される。
そして登場した主人公は、今まで見ていた彼とは全く違って、さらに明るく輝いていた。
見惚れていたせいか、あっという間に終わっていた。
わたし
鳴りやまない拍手の中、再び緞帳が上がってカーテンコールが行われる。
手を繋いだ出演者の真ん中に堂々と立つ彼は、誰よりもかっこよかった。
そのとき。
わたし
わたしに気づいてなのかいないのか、こちらに向かって彼がニコリと笑った。
笑いかけてくれた。
気がした。
わたし
わたし
惜しまれながらも幕が下り、客席に明かりが戻った。
それはある夏の夜の、ちょっとした恋。
終わり