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静かな音楽室では、わたしの奏でるピアノの音だけが聴こえる。
自分の音をグランドピアノで出せるこの時間が、わたしは好き。
澱みのない澄んだ音が、昼下がりの暖かい時間に余すところなく広がる。
弾いているのは「エリーゼのために」。 言わずもがな、ベートーヴェンの名曲だ。
と、突然音楽室のドアが開いた。
わたし
顔を見せたのは、長い黒髪の男子の制服を着た人だった。
大我
大我
と言われても、一度止めてしまった手は動かせない。
わたし
蓋を閉めて立ち上がろうとしたとき、また彼の声がした。
大我
わたし
大我
大我
わたし
大我
そう言った彼の笑みは、すごく清純で品があった。
クラスのうるさい男子とは違う、落ち着いた大人な雰囲気。
わたしはもう一度蓋を開け、手を鍵盤に下ろす。
最初のセクションを弾き終えると、彼は拍手を送ってくれた。
大我
彼はまた「綺麗」と言ってくれた。
大我
彼のシューズはわたしのと同じ学年色だ。
わたし
大我
大我
わたし
大我
わたしは軽く会釈をして、音楽室を出た。
いきなり距離を詰められて、人見知りのわたしは少し驚いた。
でも彼の雰囲気と笑顔が、この心に染みついていた。
わたし
しかし、よく考えてみれば、あの彼の容姿に惹かれない人はいないだろう。
きっともう誰かしらいるだろうな、と自嘲気味に笑った。
移動教室のために教科書を持ち、廊下を歩く。
すると、視界の先にすらりとしたシルエットが見えた。
あっと声が漏れ、知らず知らずのうちに駆け出す。
しかし、別の人にぶつかってしまった。
わたし
慌てて前方を見るが、彼の姿はなかった。
たった一度会ったきりなのに、どうして探してしまうんだろう。
わたし
わたし
まさか、これを一目惚れというのだろうか。
今日は、先週彼と会ったのと同じ金曜日。
ずっとこの日を待っていた。
はやる気持ちを抑えながら、音楽室のドアをゆっくりと開ける。
わたし
奥のグランドピアノには、あのときの彼が座っていた。
手を止め、こちらを見やる。
大我
彼は春風のようにふわりと笑った。
わたし
大我
その優しい視線がわたしだけに向けられていることにほんの僅かな後ろめたさを感じながらも、笑みが漏れる。
わたし
大我
わたし
大我
彼は両手をこすり合わせてから、鍵盤の上にひらりと載せた。
流れはじめたメロディーは、わたしが弾いたのと同じ「エリーゼのために」だった。
繊細で美しく、かつ時にはダイナミックで。
弾き慣れているんだな、と思う流暢な演奏だった。
始めの部分だけ弾き終わると、照れたようにこちらを見る。
わたし
彼は少し驚いた顔をして、すぐに笑顔に戻ってうなずく。
今度は最後まで弾いてくれた。
わたし
心からの拍手を贈る。 雰囲気にふさわしい、端麗な音の余韻が残った。
大我
わたし
そう率直な感想を言った。
大我
そのとき、授業開始の5分前を告げる予鈴が鳴った。
わたし
大我
大我
心臓が、ドクンと音を立てた。
わたし
明日にだって会いたいくらい。
彼は柔らかく笑って、右手を振ってくれた。
わたし
金曜日の午後1時。
先週と同じように、彼はピアノ椅子に座って待ってくれていた。
……と思うのは、勝手なことだろうか。
彼はピアノ、わたしはその目の前の机の椅子に座る。
大我
大我
大我
わたし
違うよ、と彼は首を振る。
大我
大我
彼の瞳に映る光が多くなる。
大我
わたし
大我
と指さしたのは、頭上の壁に並ぶ有名音楽家たちの肖像画だった。
その中の、鋭い視線を向けるあの絵を。
大我
彼の独特なユーモラスに、笑いが溢れる。 まるで宮殿の王子みたいな顔をしていて、こんなに面白い人なんだと知った。
大我
わたし
言っていることの意味がわからず、反応が少し遅れる。
大我
大我
言いながら、彼の頬が桃色に染まっていく。
大我
嬉しさで涙がこぼれてしまいそうだった。
わたし
わたし
大我
顔を上げると、彼の口角がきゅっと上がる。
大我
また、お決まりの予鈴の音が鳴り響いた。
わたしは立ち上がる。
大我
わたしはうなずく。 彼と会えるのは、また来週のこの時間だ。
と思っていたけれど。
大我
わたし
彼はふんわり微笑む。
壁の上で冷淡な目つきをしていたあの人も、少しだけ頬を緩めた気がした。
終わり