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廃クラブでの決戦から丸2日が経ったある日。

放課後に三国から連絡が入った。

三国綾乃

部室に使う教室の目処が着いたわ

三国綾乃

中央棟4階の多目的会議室4ー4って所

三国綾乃

待ってるから来て

一條恭平

(4階か……微妙に遠いな)

俺は荷物をまとめて教室を出る。その時に、

香月七瀬

……一條君

後ろから話しかけられ、俺は振り返る。妙に渋い表情の香月が立っていた。

一條恭平

ど、どうした香月、そんな変な顔して……

香月七瀬

……中央棟の多目的会議室に行くんでしょ?

一條恭平

そうだけど……って、まさか三国の奴、香月も呼んでんのか?

香月七瀬

ええ……メッセージで。一度は断ったんだけど、事件のことについて話したいことがあるからって

一條恭平

はあ……アイツ……

思わずため息が出てしまう。

香月の人となりについてはきちんと話していたというのに、どうして誘ってしまうのか。

一條恭平

来なくていいよ。アイツには俺が言っとくからさ

香月七瀬

良いわよ。この前のことで本当に伝えておきたいことがあるのかも知れないし

一條恭平

十中八九、勧誘するための嘘だと思うぜ

香月七瀬

それならきっぱり断るから、大丈夫よ

一條恭平

さいですか……

俺は香月を連れて、中央棟の4階まで向かう。

階段を上ったところで、しかめっ面をした優紀と出会った。すぐそばには四宮も立っている。

四宮沙紀

あ……七ちゃん。今日は時間あるんだ

香月七瀬

そうね……部活はまだ忙しいんだけど、三国さんがどうしてもって言うから

四宮は香月を見るやいなや、嬉しそうに彼女に駆け寄る。

五代優紀

…………

一方優紀は、不満感を隠そうともしない。ポケットに手を突っ込み、ただただ黙って突っ立っている。

この前のしおらしい態度から、すっかりいつものアイツに戻ってしまったみたいだ。

一條恭平

まあ、全員揃ったみたいだし、行こうぜ

香月七瀬

ええ……4ー4はこっちよ。着いてきて

香月に先導されて、俺たちは廊下を歩き始める。辺りには人っ子一人見当たらない。

中央棟には移動教室で何回も来てるが、4階まで上がったのは初めてだ。どんな教室があるのかと思っていたが……。

【多目的会議室4ー8】

【多目的会議室4ー7】

……どの教室も、だいたいこんな感じだ。俺は香月に尋ねる。

一條恭平

中央棟ってよ、多目的会議室なんちゃら〜っての多くね?

香月七瀬

昔はどこも特別教室だったんだけど、少子化で生徒が少なくなるに連れて使われなくなったのよ

香月七瀬

新しい部活を立ち上げる時は、大体この多目的会議室のどれかを部室にするの

一條恭平

(はあ……やっぱりな)

思わずため息が漏れ出てしまう。三国が俺たちを呼び出した理由は、もはや聞かずとも分かる。

その内に俺たちは、会議室の4ー4の前に着く。香月が扉をガラガラと開けた。

中はがらんどうの空き教室だ。会議室とは名ばかりで、机も椅子もほとんど置かれていない。

唯一、中央に円形で6つの椅子が置かれている。

内2つは既に埋まっている。1つはもちろん三国。足元に妙な紙袋を置き、手ぐすねを引いて俺たちを待ち構えている。

そしてもう1つは……。

一條恭平

二葉!

二葉桐男

久しぶり

松葉杖を下に置いて、二葉が深く腰掛けていた。右足はまだ包帯が巻かれているが、一応元気そうだ。

三国綾乃

全員来たわね。ささ、みんな座って

立ち上がった三国に招かれ、俺たちはぞろぞろと入室する。

……と思いきや、俺に着いてきたのは四宮だけ。優紀と香月はどちらも、扉の前に固まっている。

三国綾乃

どうしたのよ、ほら入って

五代優紀

誰が入るかよ

香月七瀬

助けて貰ったのは感謝してるけど、それとこれとは話が別よ

三国綾乃

ああもう! そういうのは良いから早く入って! 話が進まないじゃない!

三国に急かされ、2人はようやく教室に入ってくる。

それぞれ空いている席に座ったところで、三国が2、3咳払いをしてから話し始めた。

三国綾乃

えーみんな、この前は大変だったわね。まずはお互いお疲れ様でしたと言っておきましょう

三国綾乃

一條君と二葉君以外には初めて言うけれど、実は私、明学の理事長の娘なの。驚いたかしら?

五代優紀

全く

香月七瀬

薄々予想してたわ。噂も流れてたし

三国綾乃

ちょっとは驚きなさいよ!

至って平常運転の2人に、三国は憤る。

四宮だけは『そ、そうなんだ〜……』と、バレバレの演技で驚いてあげていた。

三国綾乃

私のパパは警察の方にもいくつかツテがあってね

三国綾乃

この前の事件はまだ公にはなってないけど、警察の方で色々動きがあったみたい。パパから聞いた情報を教えるわ

そこで咳払いを1つしてから、三国は真剣な雰囲気で話し始めた。俺は自然に背筋が伸びる。

三国綾乃

まず相沢……。あの後救急搬送されたけど、いまだ意識が戻っていないそうよ

三国綾乃

けれど、多くの物証を元に、アイツが主犯だという方向で捜査を進めてるみたい

三国綾乃

つるんでた仲間や後輩は、全員芋づる式に捕まったそうよ。余罪はたっぷりあるし、成人してる人は実刑は免れないでしょう

三国綾乃

もうみんな安心して頂戴。これから私たちが事情聴取を受けることもあるかも知れないけれど、ちゃんと協力してね

三国の言葉を聞いて、俺はほっと胸をなでおろした。あの生霊たちもこれで報われることだろう。

香月七瀬

……話はそれだけかしら? なら私は……

三国綾乃

待って。まだ大切な話が残ってるの

すっと立ち上がった香月を、三国はすかさず引き止める。香月は少し困ったようにため息を付いた。

香月七瀬

……分かったわ三国さん。助けて貰った恩もあるし、クラス委員長としての推薦は出してあげる

香月七瀬

だからお願いだから、入部だけは勘弁して。私はこの手の分野は、本当に苦手なのよ

言葉を選んでいるのか、少したどたどしい口調の香月。

本当はハッキリと拒絶したいところだが、窮地を救ってもらった手前、そうもいかないのだろう。

三国綾乃

大丈夫よ、香月さん

三国綾乃

四宮さんと五代君には呪ってでも部活に入ってもらう予定だけど

五代優紀

呪うなや

三国綾乃

あなたは誘わないわ

三国は香月に対して、柔らかい笑みを浮かべた。

……俺は妙な胸騒ぎを感じた。前から三国の笑顔は苦手なのだが、今日は特に不安が募る。

香月七瀬

……分かってくれたみたいで、助かるわ

香月は安堵の表情を浮かべた。その途端──。

三国綾乃

……というより、入れたくないわ。あなたみたいな人は

三国の顔から笑みが消え、険しい表情になる。突き放すような態度で、硬い視線を彼女に向けた。

香月七瀬

……まあ、部活の内容を考えたら、それも当たり前よね

三国綾乃

しらばっくれないで頂戴

三国綾乃

……真犯人さん

三国が静かに呟いた瞬間、場の空気は凍りついた。

一條恭平

は……?

五代優紀

お前、今なんて……

四宮沙紀

う……嘘……

彼女の発言が信じられず、俺たちは口々に戸惑いの言葉を吐き出す。

唯一、二葉だけは何も言わず、若干緊張した面持ちで、中央に立つ三国と香月を黙って眺めていた。

香月七瀬

……ふざけないで

怒りが滲んだ声色。香月は眉間にシワを寄せて、三国をにらみつける。

香月七瀬

私は五代君と一緒に、相沢たちに拉致されたのよ?

香月七瀬

私は危うく乱暴されるところだったし、五代君に至っては酷い怪我を負わされた

香月七瀬

それも全部、私が仕組んだ計画だったっていうの? ふざけないで!

香月の怒りはヒートアップし、最後には目を見開いて怒鳴り散らす。

三国綾乃

落ち着いて香月さん。ちゃんと分かりやすく説明してあげるから。とりあえず座って

そんな彼女を、三国はまるで他人事のように白々しくなだめすかす。

普段の礼儀正しい態度からかけ離れた、怒りに満ちた雰囲気で、香月はドカッと椅子に座った。

三国は自分の椅子に戻り、ゆっくりと腰掛けてから、話し始める。

三国綾乃

……事件は解決したけれど、まだ大きな謎が1つ、残されているわ

三国綾乃

形代と護符を使って、生霊を五代君に差し向けたのは、一体誰なのか……ということよ

一條恭平

ああ、それか……

香月七瀬

……なんなのよそれは。意味が分からないわ

不満を隠そうともせず、香月が刺々しい口調で尋ねる。

生霊についての話は、香月以外は全員分かっていた。

優紀と四宮はもちろん知ってるし、ずっと休んでいた二葉も、決戦の日の翌日に、俺が詳しい事情を説明したのだ。

三国は足元に置いてあった紙袋から、四宮と優紀から返してもらった護符、それと御札の貼られた小さな小箱を取り出した。

三国綾乃

こっちが護符、そしてこの箱に入っているのが形代よ

三国は小箱を開けて、中の形代を香月に見せる。すぐに蓋をして形代を封じた。

三国綾乃

この2つについては、香月さんも知ってるはずよね?

香月七瀬

知らないわよ。そんなオカルトには興味ないわ

いくらか怒りが冷めた香月は、吐き捨てるように否定する。

二葉桐男

白を切らないでくれ

二葉はやや冷たい態度で言い放った。香月の身体がかすかに揺れる。

二葉桐男

中二の夏、僕と大東神社の取材に行った際、形代についても教わったじゃないか

二葉桐男

一條君から聞いたよ。廃クラブの事務室で護符を発見した時、香月さんは何も言及しなかったと

二葉桐男

どうして知らんぷりをしてたんだい?

香月七瀬

……忘れてただけよ。そんな物に興味ないもの

険しい表情の二葉を見て、香月がそっぽを向いた。

三国は護符と形代を仕舞い、話を続ける。

三国綾乃

……相沢や手下たちが悪事を重ねるに連れて、被害者たちの恨みが積もり、やがてあの男を襲う生霊が形成された

三国綾乃

けれど、相沢が持っていた護符の効力に弾かれて、生霊はあの男に取り憑くことが出来なった

三国綾乃

そうして憑依先を失った生霊たちは、形代を持っている五代君……正確には五代君の携帯に取り憑いたという訳よ

香月七瀬

……1から10まで馬鹿げた話だけど、一応言い分は理解したわ

香月七瀬

それで? その生霊を五代君に襲わせた犯人が私だって言うの? 冗談じゃないわ

香月の反論が始まる。彼女は高圧的な口調で三国を問い詰める。

香月七瀬

どう考えても、その計画を企てたのは相沢でしょう? その形代は、五代君の隙を突いて、携帯に仕込んだ

香月七瀬

そうすれば、自分が買った恨みを、因縁の相手だった五代君に押し付けられて、一石二鳥じゃない

香月七瀬

こう考えた方がよほど合理的だわ

一條恭平

(確かにその通りだ)

香月の推理に内心同意する。妙な考えを働かせるより、相沢が生霊を誘導した犯人だと考えた方が、よほどすっきりする。

香月七瀬

第一……どうして私が、そんなことをして五代君を陥れないといけないの! ふざけないで!

香月が再びヒートアップする。彼女の怒りは実に最もだった。

……ただ、その一方、俺は2つほど心に引っかかることがある。

1つは、生霊を目にした相沢の反応だ。

あの霊たちが相沢を襲ったのは、奴が廃クラブの事務室で持っていた護符を落としてしまい、効力が失われたからだろう。

だがあの時の相沢はどう見ても、目の前の事態が飲み込めていない様子だった。

落としたことを悔やむような素振りは一切なかったし、あの状況で俺たちを欺いたとも考えられない。

それにもう1つ……形代が仕込まれた携帯のことだ。そもそもあの携帯は……。

三国綾乃

ええ……私も最初は、形代を仕込んだのは相沢の一味だろうと考えていた

三国綾乃

けど、この数日間で調べ上げた情報から、1つの考えが浮かんできたの

三国綾乃

そもそも……犯人が生霊に襲わせたかった人物は、五代君ではなかったということ

一條恭平

……!

三国は憤る香月をまっすぐ見つめて、説き伏せるように、彼女に話す。

三国綾乃

犯人……いえ、あなたは知らなかったのよ。形代を仕込んだあの携帯が、四宮さんから五代君の手に渡っていたことを

三国綾乃

だからあなたは今まで、四宮さんと直接会うのを避けてきた。自分が生霊の襲撃に巻き込まれないようにね

一條恭平

……まさか……

三国綾乃

ええ、そのまさかよ

三国綾乃

香月さん、あなたの本来の狙いは、五代君じゃなく、四宮さん

三国綾乃

あなたが形代を仕込んだのは、四宮さんがあの携帯を使っていた頃

三国綾乃

相沢を狙う生霊を形代と護符で誘導し、四宮さんを襲わせようとしたのよ

ガシャアン!!

三国綾乃

痛っ……!

荒い物音と、三国の短い悲鳴が、ほとんど同時に響く。

にわかに立ち上がった香月が、座っていた椅子を三国に思いっきりぶん投げたのだ。

香月七瀬

ふざけるなぁッ!! どこまで人をコケにするつもりだッ!!

顔を真っ赤にたぎらせ、香月は喚き散らす。直後に勢い良く走り出し、三国に掴みかかろうとする。

俺と優紀が慌てて立ち上がり、彼女を制止する。

一條恭平

お、落ち着け香月!

香月七瀬

理事長の娘だからって何やっても許されると思ってんの!?

香月七瀬

こんなの完全に侮辱よ!! 絶対に訴えてやる!!

五代優紀

分かったから落ち着け!

2人がかりでなんとか宥めすかす。俺は中央に転がった椅子を元の場所に戻し、香月に座ってもらう。

三国は椅子がぶつかったのか、額から血を流していた。

三国綾乃

ふう……持ってきておいて良かったわ

こうなることは想定していたのか、紙袋から小さな救急箱を取り出し、慣れた手付きで治療を始める。

二葉桐男

…………

四宮沙紀

…………

俺たちの様子を、二葉はただ黙って眺めている。四宮は三国の推理が衝撃だったのか、血色をなくした顔で座り込んでいた。

香月七瀬

はあ、はあ……!! 私が沙紀を、生霊に襲わせたですって……!?

香月七瀬

ふざけるのもいい加減にしろッ!! 私がどうして、沙紀にそんなことをしなきゃならないのよッ!!?

再び掴みかからんばかりの勢いで、香月は怒号を浴びせる。俺たちはまた立ち上がり、彼女を宥めた。

五代優紀

おい……三国

香月の怒りを鎮めた後、自分の席に戻った優紀が口を開く。

五代優紀

そこまで言うんだったら、証拠を見せろよ。香月が四宮をハメたっていう証拠を

前かがみになった優紀は、三国に向けてドスの利いた声を放つ。

止めたとはいえ、アイツも友人を犯人扱いされて、かなり頭に来ているのだろう。

三国綾乃

……分かったわ。できればこの時点で、大人しく認めて欲しかったんだけど

三国は小さなため息を突く。

ふと二葉の方を見ると、彼女の態度に怒りもせず、どこか物悲しい雰囲気で佇んでいた。

三国綾乃

まず……相沢が今回の事件を起こした動機から、説明しましょうか

額の治療を続けながら、三国が話を切り出す。

三国綾乃

一條君、五代君。あなたは最初にクラブに乗り込んだ際、相沢の手下からこう伺ったそうね

三国綾乃

『相沢も自分のためじゃなく、誰かから命じられて金を集めている』……と

一條恭平

ああ……単なる金儲けじゃなさそうだとは言っていた

三国綾乃

警察からの情報によると……相沢の家を家宅捜索した結果、一枚の『告発文』が見付かったそうなの

一條恭平

告発文だって……?

三国綾乃

これがその写しよ

手当てを終え、救急箱を紙袋に仕舞った三国は、代わりにファイルを取り出す。

中から何枚かのA4用紙を引っ張り出して、俺たちに一枚ずつ配った。

善良な生徒たちを食い物にする卑劣な悪漢に告ぐ

自分は貴様に傷つけられた被害者たちの代弁者である

自分は貴様がこれまでに犯してきた悪行を決して許さない

下記に記す数々の被害者から、貴様の悪行の詳細を伺っている

彼ら彼女らの証言に加え、一部の被害者からは信頼のできる証拠も預かっている

全てを白日の元に晒し、貴様に法の裁きを下す腹づもりである

しかし、貴様が被害者たちに誠意を示すのであれば、その限りではない

誠意の証として二百万を指定の日時までに下記の場所に用意するのであれば、この件は不問にすると全員から承諾を受けている

貴様が取る道は2つに一つである 熟慮されたし

正義の代弁者より

……中央には指定の日時と場所が、そして告発文の下部には、奴が起こしたのであろういくつもの事件の詳細が並んでいる。

被害者のイニシャルや、発生現場・時刻、そして事件の詳細……

ただし、優紀の事件と思わしき箇所は、イニシャルが四宮のものだった。

一條恭平

(……なんなんだこれは……?)

俺は言いようのない負の感情を覚える。

文面こそ正義の味方を気取っているが……やっていることはただの脅迫だ。

要は、今までのことをバラされたくなければ金を持ってこいと脅しているのだ。

正式なやり方なんて知らないが……本当に被害者たちの代弁者なら、きちんと弁護士を雇って、まっとうな方法で慰謝料を請求するはずだろう。

よく言えばダークヒーローのような……あわよくば、奴の悪行にかこつけて私欲を満たしたいかのような、ドロついた意思を感じた。

三国綾乃

私はここ数日感の間で、ここに載っている被害者と思わしき生徒たちの内の何人かと接触して、裏を取っているわ

三国綾乃

相沢が手下を使って金を集めていたのは、この賠償金を用意するためだったのよ

香月七瀬

……こんなもの、ただの言い訳よ

香月は怒りを隠そうともせず、右手の手の甲でパンパンと紙を叩いた。

香月七瀬

まさかこんな怪文書で、真犯人は別に居たなんてのたまうつもり? 冗談じゃないわ

三国綾乃

実際、相沢の家からは、仲間や後輩達に集めさせた金が、ほぼ手付かずの状態で残っているのを警察が発見したそうよ

三国綾乃

文書の真偽はともかく、相沢が集めた金を全く使わずに溜め込んでいたのは確かだわ

三国綾乃

その額はおよそ100万……一條くんに持ってこさせた100万と合わせれば、告発文……いえ、脅迫状の額とぴったり合うの

香月七瀬

だからなんだって言うの? 相沢を脅した黒幕が居たと考えるより、アイツの自作自演だって考えたほうがよほどすっきりするわ

香月七瀬

200万は高飛びか何かのために貯めてたんでしょう? 途中で捕まった時のために、自分の罪が少しでも軽くなるような証拠を作っておいただけよ

香月七瀬

普段から自分も被害者だって素振りを見せておけば、手下の不良たちも簡単に騙せるでしょう

香月七瀬

ここに書いてある被害者の一覧だって、襲った相沢本人なら当然書けるじゃない。それとも本当にアイツが脅されてたっていうの?

香月は語気を荒げつつも、理路整然とした調子で反論する。

確かに彼女の言う通り、こんな怪文書じみた告発文が本当だとは信じられない。

だが……あの高慢な男が、そんな情けない演技をしてまで、予防線を張っておくだろうか? 俺は疑問に思った。

三国綾乃

被害者の生徒たちから話を聞いた際……何人かは香月さん、あなたに自分が受けた被害について話したと聞いたわ

香月七瀬

ええ、聞いたわよ。私の友達だって、あの男の被害にあっていたんですもの

香月七瀬

沙紀も他の友達も、少しでも心の傷を和らげてあげたくて、事情を伺ったのよ

香月七瀬

それで私を犯人扱いするつもり? ふざけるのもいい加減にして!

香月はまた語気を強める。俺はいつでも飛び出せるように身構えた。

香月七瀬

第一、この文書が真実だとして、私になんのメリットがあるのよ?

香月七瀬

私はお金に困ってないし、こんな脅迫で金を手に入れたら、相沢と一緒に警察に捕まるだけじゃない

三国綾乃

だから最初に言ったでしょう。あなたの狙いは金じゃなく、相沢たちを悪事に駆り立てて、被害者たちの恨みを買わせること

三国綾乃

そうして生まれた生霊を、護符と形代を使って、四宮さんに襲わせようとしたのよ

三国綾乃

恐らく、四宮さんの携帯に形代を仕込んだのは去年度。脅迫文を送ったのは春休みの辺り

三国綾乃

けれど春休みの間に、四宮さんは携帯を買い替え、古いのを五代君に渡してしまった

三国綾乃

そのせいで、生霊は四宮さんではなく、五代君に付きまとうようになったのよ

香月七瀬

だから、なんで私が沙紀を──!!

一條恭平

お、落ち着けって香月!

また怒りを顕にする香月を、俺はなんとか制した。

一條恭平

三国……1つ聞きたいことがある

香月の怒りをそらそうと、俺は話を変える。

一條恭平

生霊を襲わせた犯人が……まあ、相沢ではないとしてだ

一條恭平

俺たちが廃クラブに行った時に見つけたあの護符。アレは一体なんだって言うんだよ?

三国綾乃

これのことね

三国は紙袋から3枚の護符を取り出し、うち2枚を膝の上に置く。

置いた2枚は先程も取り出した、元々彼女が用意した護符。残り1枚が俺たちが事務室で見つけたものだろう。

俺が持っていた護符は、あの後三国に渡していたのだ。

一條恭平

相沢が生霊の件に関わっていないんだったら、どうしてあの事務室からその護符が出てきたんだ?

三国綾乃

単純な話よ。これは香月さんが元々持っていた護符

三国は俺が渡した護符を、ひらひらと振って見せつける。

三国綾乃

さもその場で見つけたような素振りで見せることで、相沢が持っていたように見せかけたの

三国綾乃

元々、生霊が寄り付かないように自分で持っていた護符を、捕まっていた時に利用しようと思いついたんじゃないかしら?

香月七瀬

馬鹿言わないでよ! 私がその時に相沢に護符を仕込んだのなら、それまであの男はどうやって生霊から身を守っていたって言うのよ!

香月は額に青筋を立てて、まっとうな反論をぶつける。

だが、三国は平然とした態度で、スカートのポケットに手を突っ込む。

三国綾乃

それも単純よ。それよりずっと前から、相沢は……

三国綾乃

いえ、他の不良たちも……

三国は持っていた護符を膝の上に置き、再び紙袋に手を差し入れる。

三国綾乃

あなたが仕込んだ護符のお陰で、ずっと守られてきたのよ

スッ……

一條恭平

はっ……!?

俺は目を見開く。三国はなんと、膝に置いているのと同じ護符を、十数枚近くも取り出したのだ。

ビニール袋に入れられたそれらは、どれも俺たちが持っていたものに比べて、何かで押し潰されたように平べったく、不自然なシワが付いている。

四宮沙紀

そ、そんなにたくさん……?

五代優紀

まさか、相沢の舎弟ども、全員それを持ってたってのか?

三国綾乃

正確には仕込まれてた、ね。本人たちも気付かない内に

三国綾乃

それも明学に在籍してた人だけ。公園で生霊に襲われた不良は、明学の生徒じゃなくフリーターだったんでしょう?

三国綾乃

この護符をこっそり仕込むことも出来なかったから、生霊に襲われたのよ

四宮沙紀

ま、待って、三国さん……

彼女の隣の四宮が、焦った顔で口を挟んだ。

四宮沙紀

1人や2人ならまだしも、そんなたくさんの護符、どうやって誰にも気付かれずに……

三国綾乃

ヒント……仕込まれた護符の総数は、この倍よ

一條恭平

ば、倍……!?

三国綾乃

もう半分は流石に持ってこれなかったわ。今も不良たちは、自分でも気が付かないまま持ってるんでしょう

一條恭平

どういう意味だ……?

三国綾乃

まだ分からないかしら? それじゃ大ヒントよ

三国綾乃

私がこれを持ってきたのは……明学の校舎の、昇降口からよ

三国はふふっと笑い、いたずらっぽく呟く。その一言でようやく答えが分かった。

一條恭平

靴の中か!

三国綾乃

そうよ。これは全て、不良たちが履いていた上履きの中敷きの下から見つけたの

三国綾乃

恐らく外靴にも、同じように仕込まれているはずよ

五代優紀

そんな所に……

香月七瀬

…………

大量の護符を前に、香月はなんの反論もせずに押し黙っていた。

三国綾乃

相沢も他の不良も、校則無視して革靴じゃなく普段の靴で来てるのがほとんど。護符を仕込むにはうってつけの場所だったのよ

三国綾乃

話を聞いていく中で、相沢とその関係者と思わしき生徒たちの靴に、他の生徒たちの目を盗んで、これを少しずつ仕込んでいった

三国綾乃

そうでしょう、香月さん

三国は言葉尻で、香月を力強く名指しした。

生霊が相沢たちを襲わなかったのは……奴等の靴に、護符が仕込まれていたから。

そう考えると、生霊の行動原理がはっきりしてくる。

一條恭平

(俺が相沢と戦った時……奴は鉄板入りのブーツに履き替えていた。その時点で護符の効力は失われていたはずだ)

一條恭平

(だがあの場には、他に護符を仕込まれていた舎弟たちが何人も居たから、生霊は寄ってこれなかったんだ)

一條恭平

(アイツがクラブから逃げ出し、その効力の範囲から飛び出してしまったがために、待ち構えていた生霊に襲われた……そういうことだったのか)

香月七瀬

……それは、私が仕込んだ証拠にはならないじゃない

三国と視線を合わせずに、床の方を見たまま、香月は言い返す。だが言葉の調子は、どこか弱々しくなっていた。

三国綾乃

あなたは相沢と繋がっている生徒の情報を持っているわ

香月七瀬

他の子だって、友達がアイツ等に襲われたら、多少は話を聞いてるはずよ

香月七瀬

第一、相沢たちの悪名なんて学校中に広まってるし、適当な当たりをつけて仕込んでいけば良い話よ

三国綾乃

私が護符を買い求めに行った際、社務所の方から、継続的に護符を買い求めている人がいるという話を伺ったわ

三国綾乃

フードやマスクで顔を隠しているから人相は分からないけれど……雰囲気的に、私と同年代の女性だそうよ

香月七瀬

だからなんなのよ。それなら明学の女子生徒のほとんどが当てはまるじゃない

だが、三国の言葉には逐一反論する。疑いは濃くはなっているが……確証と呼べる段階ではないのは確かだ。

三国綾乃

……まだ、認めないのね

三国は膝の上に置いておいた護符を掴み、大量の護符が入ったビニール袋と一緒に椅子の下に置き、また紙袋に手を差し入れた。

一條恭平

(あの中に、どれだけの物証が入ってるんだ……?)

ガサッ

次に三国が取り出したのは、一足のスニーカーだった。

ピクッ

香月の身体が跳ねた。一瞬だけだが、確かに……。

五代優紀

それ、俺の……

優紀がすぐに反応する。確かにアレは、彼がいつも履いている靴だ。

三国綾乃

ここに来る前に、D棟の昇降口から拝借させて貰ったわ

三国はくるりとひっくり返す。念入りに汚れを落としたのか、裏側はとても綺麗だ。

五代優紀

まさか俺の靴にも、護符が……?

三国綾乃

いいえ、今から見せるのは、事件とは直接関係ないわ

三国綾乃

ただ香月さん……あなたの異常性を示すだけの証拠

三国は土踏まずの部分に指をかける。彼女の細い指が、ソールに食い込んだと思った瞬間──。

ポンッ

小気味良い音を立てて、ソールの一部が抜け落ちた。

五代優紀

え……?

優紀の不審な声。三国は優紀の靴の裏から、正方形の形に、ソールをくり抜いたのだ。

三国綾乃

五代君のスニーカーの裏には、こんな物が仕込まれていたわ

三国は優紀の靴を持ち上げ、裏を俺たちに見せつける。

ソールがくり抜かれ、ポッカリと空いた四角い穴には……。

黒くて四角いプラスチックの板が、ぴったりと当てはまる大きさではめ込まれていた。

一條恭平

な、なんだそれ……?

俺たちは揃って訝しむ。

……唯一香月だけが、目を伏せて小さく縮こまり、明らかに動揺している。

顔は真っ青になり、最早はっきりと見て分かるほどに、身体を震わせていた。

三国綾乃

スマートタグよ。位置情報を発信する道具ね

三国綾乃

こんな所に入れるなんて、ホント、手が込んでるわ

三国はソールの穴に指をかけ、器用に板……スマートタグとやらを取り出す。

三国綾乃

一応聞くけど……五代君、これを仕込んだ覚えは?

五代優紀

ね、ねぇよ! ある訳ねぇだろ……!

三国綾乃

そうよね……

一條恭平

けど三国……護符を仕込むだけならともかく、そんな手間のかかる細工、誰にも見つからずにやれるものなのか?

三国綾乃

簡単よ。同じ商品を買って、同じように汚した後、こっそり取り替えたのよ

まるで現場を目にしたかのように、三国はそう断言する。

三国綾乃

そして位置情報をたどって、五代君の生活を監視していたのよ……あの女は

刺々しい声。淡々としていた三国の雰囲気が、一気に物々しくなる。

対照的に、今まで激しい怒りを見せていた香月は、酷く憔悴しきっていた。

香月七瀬

わ……私じゃないわ……

三国と目を合わせず、震えた声で否定する。

三国綾乃

ならこれ、警察に持っていってもいいかしら?

香月七瀬

止めてっ!!

耳を突くような金切り声。三国以外の全員が、一斉におののく。

三国綾乃

どうして? あなたが仕込んだものじゃないのなら、堂々としていればいいじゃない

三国綾乃

護符を持っていっても一蹴されるだけでしょうけど、こっちはちゃんと、ストーカー被害として捜査してくれるわよ?

三国綾乃

あなたじゃないとしたら、相沢たちの仕業である可能性が高いわ。きちんと調べてもらった方がいいんじゃなくて?

指で挟んだスマートタグをかざしながら、三国はわざとらしい口調で香月を追い詰める。

一條恭平

(あの真面目な彼女が、優紀を、ストーキング……?)

信じられないと思いつつも、その事実を証明するかのように、今までの記憶の中で、香月と交わしたやり取りが浮かんでくる。

以前香月に、四宮との出会いを聞いた時、彼女はこう答えた。

香月七瀬

……中二の冬頃。偶然、駅前の本屋で……

廃クラブで香月を助けた時、どうやって優紀を見つけたのか尋ねて、彼女はこう答えた。

香月七瀬

中等部の頃、たまたま公園でたそがれてる五代君を見かけたことがあって……

なんとも思わなかったあの時の返事が、今は意味深に感じる。

偶然、たまたま……そんなものではなく、『意図的に』優紀の後を追っていたのではないか……そう思えてしまう。

香月七瀬

……知りたかった……だけよ……

俺の疑念は、震える香月の声で、当たっていたことが証明された。

太ももに肘を突き、頭を抱え、誰とも目を合わせずに、彼女は吐き出す。

香月七瀬

どこに住んでるのか……普段どういうところに行ってるのか……

香月七瀬

そういう生活パターンを、知りたかった……

香月七瀬

ただそれだけよ! 四六時中監視とか、そういうことはしてないわ!

顔をガバッと上げて、何の言い訳にもならない言葉を吐き出す。

憔悴している彼女に対し、三国は言い聞かせるように、丁寧に話し始めた。

三国綾乃

香月さん……これが最後のチャンスよ。罪を認めて

香月七瀬

だから、認めたじゃない! そのスマートタグは私が……!

三国綾乃

生霊をけしかけたこともよ。私はあなたを、これ以上追い詰めたくはないの

三国綾乃

罪を認めて……五代君、そして四宮さんに、謝って。そうしたらこれ以上の追及は止めるわ

四宮沙紀

……七、ちゃん……

四宮は既に、三国の言い分を疑っていないようだ。

肩を細かく震わせ、怯えた眼差しを香月に向けている。

四宮沙紀

どうして……? どうして、七ちゃんが……

香月七瀬

違う……違うわ沙紀! 私は──!!

ガサッ

香月が否定の言葉を吐いた瞬間だった。

紙がこすれる音。全員の視線が、三国に向けられる。

彼女の顔は、無表情になっていた。先程まで香月に向けていた情けは、一切見られない。

彼女が取り出したのは──モニターのリモコン。

ピッ

彼女はそれを会議室の奥に向けて、左上の電源ボタンを押した。

部屋の隅に置いてあったモニターが、瞬時に点灯する。

写っていた映像は……明学の、どこかの校舎の、昇降口。

それを理解した時、俺はすぐに立ち上がり──優紀の元に向かった。

香月七瀬

止めてぇぇぇぇぇぇ!!!

直後、香月の悲鳴が響き渡った。

彼女は三国に飛びかかる。

三国はなすがまま、香月にリモコンを奪い取られた。

香月はその足で、モニターの前まで走っていく。

ガチガチとここまで聞こえる音で、リモコンの停止ボタンや電源ボタンを押しているが──全く反応しない。

俺はその間に、優紀の前まで来ていた。三国が何を見せようとしたのか、すぐに分かったからだ。

香月七瀬

な、なんで、なんで……!!

半ばパニックになりながら、香月は闇雲にリモコンを操作する。

その間にも、モニターには動かぬ証拠がありありと映し出されていた。

……無人の昇降口で、どこかの下駄箱を漁っている、彼女の姿が。

左上に記載されている日付は、去年の1月。香月はまだ中等部の制服を着ている。

場所は……昇降口。構造が同じ為、どこの棟なのかは分からないが、高等部の生徒棟の昇降口なのは間違いない。

モニターの中の香月は、周囲を警戒しながら、どこかのクラスの下駄箱を調べている。

やがて……1人の生徒のスニーカーを手に取ったあと、スカートのポケットから紙のようなものを取り出し──。

香月七瀬

いやあぁぁぁぁぁぁ!!!

ガシャアン!!

現実の香月が、モニターをあらん限りの勢いで突き飛ばした。

幸い、すぐ後ろが壁だったため、モニターは倒れることはなかった。

衝撃でコードがコンセントから外れ、映像は消える、

香月七瀬

はあ……はあ……

黒一色になったモニターの前で、香月は荒い呼吸を繰り返す。

それが収まった頃、

ドタッ……

彼女は膝からゆっくりと崩れ落ちた。

三国綾乃

……その映像を発見するまで、あなたが犯人だったとは、夢にも思わなかったわ

三国が静かに、彼女の元へと──いや、彼女が落としたリモコンへと、歩いていく。

三国綾乃

ただ、第三者が相沢たちに護符を仕込むとしたら、恐らくは靴にだろうと思って、昇降口の監視カメラを調べたのよ

拾い上げたリモコンをひっくり返し、ぽっかりと空いていた穴へ、持っていた単4電池と蓋を、かちゃりとはめた。

三国綾乃

そしてそれを見つけた……。正直、信じられなかったし、信じたくなかったわ

三国は香月の脇を通り、倒れかかっているモニターを起こす。

三国綾乃

けれど……これは疑いようのない事実よ

三国綾乃

相沢たちを悪事に駆り立て、被害者たちの怨念から生み出された生霊を誘導し、四宮さんを襲わせたのは……

三国綾乃

あなたよ、香月七瀬さん

リモコンをモニターの脇の小机に置いてから、三国は静かに告げた。

一條恭平

…………

俺は声も出せなかった。ただただ黙って、優紀の前に立ちはだかっていた。

四宮沙紀

う、うぅ……

三国綾乃

四宮さん……

顔を覆って泣いている四宮に、三国が寄り添う。

二葉桐男

大丈夫かい……?

二葉も満足に動けない身体で、無理して四宮の元まで歩いてきている。その顔にどこか悔しさをにじませながら。

たぶん……二葉は俺たちが来る前に、既に三国から真相を聞かされていたのだろう。

共に3年間部活を務め上げた友人が、正直に罪を認めてくれることを信じて──裏切られた。二葉も辛いのだ。

五代優紀

……退けよ。なんもしねぇから……

大人しく座っていた優紀が、俺に切ない声色で話しかける。

その言葉を信じて、俺は黙って引いた。優紀は静かに立ち上がり、香月のもとに向かう。

五代優紀

……どうしてだよ、香月

香月七瀬

…………憎かったのよ

優紀の問いに、彼女は正直に答えた。向こうの方を見たまま。

香月七瀬

課題が出るたびに、丁寧に教えてあげたじゃない。テストの前は、つきっきりで面倒を見てあげた

香月七瀬

揉め事を起こした時は、先生に必死に取り合ってあげたわ

香月七瀬

中等部の頃に、あなたに1番尽くしてあげたのは、間違いなく私……

香月七瀬

……なのに……

香月は肩を震わせ、手を床についてうなだれる。

香月七瀬

どうしてあなたは、私には笑ってくれなかったの?

香月七瀬

本屋で沙紀と一緒に居たあなたは、今まで見たことのない、眩しい笑顔を彼女に向けてた

香月七瀬

私には、ただの一度も、あんな顔で笑ってくれたことなんて、なかったのに……

香月七瀬

私の気持ちも知らないで、他の女に笑っているあなたが、憎かった

香月七瀬

そしてそれ以上に……私の知らないところで、あなたから笑顔を向けられている沙紀が……憎かったのよ

二葉桐男

……そんな理由で、君は……

二葉が小さく呟く。

香月七瀬

そうよ……そんな理由よ

彼の言葉に言い返すこともなく、香月は淡々と受け入れる。

香月七瀬

そんな馬鹿げた理由で、私は狂って……

香月七瀬

罪を、犯してしまった……

身勝手な言い訳を吐き出す香月。彼女のすすり泣きが、会議室に静かに響く。

いや……泣き声は、もう1つ。四宮も泣いている。

四宮沙紀

うっ……う、うぅぅ……

声を押し殺しても……彼女の悲痛な嘆きが漏れ出てしまっていた。

五代優紀

…………

無言で香月に視線を送っていた優紀だが、やがて、香月の元に、また一歩歩み寄る。

彼女に手を上げられる距離まで近付き、不安になった俺が駆け寄ろうとした、その時だった。

五代優紀

……姉弟だよ

優紀はぽつりと吐いた。

その言葉に足が止まった。三国も二葉も、一斉に顔を向ける。

香月のすすり泣く声と、身体の震えが一瞬にして止まる。物言わぬ人形と化した彼女に、優紀は淡々と語りかける。

五代優紀

俺と沙紀は……双子の姉弟だ

五代優紀

小学生の頃、俺が騒ぎ起こして、親戚の家に引き取られて……名字が変わったんだ

五代優紀

恋人なんかじゃ……ねぇよ……

優紀の声が詰まった。左腕を振るって、制服の袖で荒っぽく顔を拭い……振り返って、こちらに戻ってくる。

五代優紀

沙紀……立てるか?

四宮沙紀

う……うん……

優紀は彼女を気遣いながら、共に会議室の出入り口まで向かっていく。

香月にはもう、なんの声もかけることなく、2人は部屋を出ていく。

三国綾乃

……後は私が引き受けるわ。あなた達は四宮さんのそばにいてあげて

二葉桐男

あ、ああ……

二葉はぎこちない足取りで2人を追う。俺は彼の荷物を持ってついていく。

会議室を出る直前、俺はちらりと振り返る。

それでも香月は、向こうを向いて固まったままで……彼女がどんな顔をしているのか、見ることは出来なかった。

レゾナンス ―明生学園 霊徒会日誌―

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