ここに来てから優等生を演じ続け
ずっと一人だった優真さんにとって
あすみさんの存在はとても大きなものだった
ここで二人は愛を育み
お互いの傷ついた心に触れ
心の奥の欠けた穴に歪なピースを嵌め込んだ
ガッチリと嵌まったそのピースは
やがて心の鎖となり
二人の心を繋いで離すことはなかった
警察に見つかり引き離されてしまってもなお
彼女を救いたいと願い続けた青年と
彼の助けを待ち続けた少女
二人の願いがやっと叶った直後
青年は離れる道を選ばざるを得なかった
別れを決意した二人の姿を
きちんと見届けることが私の最後の使命だと思っていた
優真さんが山梨に行ってしまったらもう
臨床心理士としての私達の役目はなくなる
私は臨床心理士として優真さんの担当をしていただけで
優真さんが引き起こした拉致誘拐の事件が解決すれば
そこで役目は終わるはずだった
でも今回の事件には
虐待と言う大きな闇が潜んでいて
その闇から彼女を救出したいと言う優真さんの意向に沿う形で
私達は動いていた
無事に彼女を救出し
少しずつ回復しつつある彼女も
今月末には一般病棟に移れる
優真さんは祖父、龍三さんの待つ山梨へ旅立ち
それぞれが未来に向かって進んでいく
でもこれが
二人のための最善の選択とは思えなかった
ただ
他の選択肢を見出だすことができなかっただけ
もっと時間を書けて調べれば
他の方法が見つかったかもしれないのに……
それから二日も経たずに優真さんの荷造りは終わった
マンションにはたくさんの家具や家電が置いてあったが
その殆どを置いていくことになり
優真さんが持っていく荷物は
衣類や日用品を入れたたった一箱の段ボールだけ
沢田マリカ
三村優真
あすみさんとの会話用に買った筆談ボード
あすみさんのために買った歯ブラシや着替え
それら全てが廃棄と書かれた段ボールに入れられていて
筆談ボードにはまだ
彼女の書いた文字が残されたまま
「今日は何が食べたい?」
「買い物に行きたいな」
ホワイトボードとは違い
指で擦っても消えることのない筆談ボードの文字
付属のペンを使えば消せるものだが
その文字を消すことはできなかったのだろう
離れることを決意した優真さんにとって
それらのものは大切な思い出だったはず
それでも捨てる決意をしたのは
そばに置いておくと思い出してしまうから
優真さんは悲しそうな目で
廃棄と書かれた段ボールを見つめていたが
しばらくしてその段ボールを閉じて
自らの手でガムテープを貼り付けた
芹沢大和
三村優真
廃棄と書かれた段ボールは
後日、廃棄業者が引き取りに来ることになった
優真さんの荷物も後日宅配で山梨へと送り
それ以外の荷物は全て
龍一さんに処理してもらうことになった
タイムリミットまであと十日
あすみさんが一般病棟に移るのを見届け
10月1日に優真さんは山梨へと旅立つ
優真さんが旅立った後
あすみさんの母、かすみさんと
あすみさんの兄、静(じん)さんの裁判が始まり
あすみさんの父、悟志さんもきっと
不作為の幇助として何らかの罪に問われることになるはず
これでやっとあすみさんは解放される
優真さんとは離れることになってしまうが
もう彼女を傷つける人はいなくなるのだ
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