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次の日。 土曜日の今日、昼に起きた俺は、二葉が自転車の男に襲われた場所へとやってきた。
一條恭平
辺りを軽く見回す。住宅に囲まれた細い一本道で、しばらく歩かなければ大通りには出られない。
人目もなく、防犯カメラも見当たらない。夜中にここを通るのは少し抵抗があるだろう。
一條恭平
犯人はここに二葉が入り込んだのを狙い、犯行に及んだということだ。
一條恭平
一條恭平
その時、俺はふと思いつく。ここで霊視をやったらどうなる?
一條恭平
一條恭平
俺はそばに建っていた電柱に背中を預け、リラックスしてから霊視を始める。
目を閉じ、かまくびさんの事件の時のように、素因数分解で意識を集中させると……。
……えせ……
……たい……
……ぁあ……
恨み節のような声が聞こえてきた。だが蚊の羽音のような小ささで、何を起こっているのかはほとんど聞こえない。
眼鏡を外して見渡しても、それらしき存在は見つからなかった。
一條恭平
この場にいる霊は、かまくびさんのようなおぞましい怨霊ではない。
かと言って、優紀に取り憑いている奴のように寄り集まって一体化している訳でもない。
極々普通の霊ならこの程度しか視えないのだろう。
……ぁあ……
…………あ、ぁ……
ふと、小さな異変に気付く。
わずかに聞こえる声なき声が、道の右の方へと寄っていき……そして消えていった。
一條恭平
俺は道の左の方を見て……どきりとする。
シャアアアアア
銀色の自転車がこちらに近付いてきていた。
距離はまだ100mほど……だが、相当距離を出しているのか、みるみるうちに近づいてくる。
乗っているのは……黒のジャージ姿の男。ニット帽を被り、サングラスとマスクで顔を隠している。
俺は反射的に、電柱の裏に隠れた。
直後、さっきまで俺が立っていた場所を、自転車に乗った男が勢い良く通過する。
アスファルトが苦痛に悶えているような、荒っぽい走行音が鳴った。
男は一瞥もせずに、速度を保ったまま、そのまま右の方へと去っていく。
俺はとっさに携帯を取り出し、奴の姿を画像に収める。
既にだいぶ遠くなっていたものの、なんとか大通りに逃げられる前に撮影できた。
シャアアアアァァ……
一條恭平
こめかみを一筋、冷や汗が伝った。
アイツは恐らく、二葉を襲った犯人……。今度は俺を狙ったのだ。
今のように、避けられたらそのまま何事もなかったかのように走り去っていくのだろう。
追いかけようとも考えたが、徒歩で自転車に適うわけもなく、すぐに諦めた。
一條恭平
同じ学校の仲間を襲い、あまつさえ金を奪うなんて……俺はふつふつと怒りが湧いてくる。
どうにかしてアイツを取り押さえたいが……一度避けられた相手をまた狙うとは考えにくい。
俺がまたここを通っていても、もうアイツは手出ししてこないだろう。
誰かに囮を頼むしかないが、こんな危ない役目を引き受けてくれるやつは……。
一條恭平
秒で思いついた相手に、俺は携帯で連絡を取った。
一時間半後。
俺は先程の場所から数十メートル奥に立つ自動販売機の影に立っていた。
さっきの男が同じ方向から突っ込んでくるなら、ここは死角になるはずだ。
俺も向こうも、既に奴を取り押さえる準備は出来ている。後はかかってくれるのを待つだけだが……。
一條恭平
居ても立っても居られなくなった俺は、携帯を取り出しメッセージアプリを開く。
トークルームを開いて、すぐ通話アイコンをタップする。奴に声を聞かれないよう、最小限の声で会話を始める。
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
二葉桐男
電話の向こうで、二葉は懸命に引き留めようとしてくる。 だが──
『ぎやぁぁぁああああっ!!』
後方から轟く絶叫。上手くいったようだ。
一條恭平
二葉桐男
見放したような声のあと、電話は切れた。何が起きたのか、おおよそ想像がついたらしい。
たぶん俺への信頼もだいぶ下がっただろうな……。そんな事を考えながら、俺は携帯を仕舞い、現場へと急いだ。
痛々しい光景がそこに広がっていた。
ガシャンと放り出され、後輪がくるくる回る自転車。
???
そのそばで、アスファルトの上をのたうち回る、黒ずくめの男。
マスクとサングラスを放り出し、必死になって顔をジャージの袖で拭いている。
一條恭平
三国綾乃
悶絶する犯人を気遣うこともなく、三国は小さな催涙スプレーを自分の鞄にしまった。
俺が協力を依頼した相手、それは当然三国である。
二つ返事で引き受けた彼女と一緒に、犯人を追い詰めるための作戦を立てた。
といっても内容は単純で、三国が1人で路地裏を歩き、犯人がやってきたら、避けざまに催涙スプレーを噴射すると言うだけである。
俺はもみ合いになった時に助けに行けるよう、自販機の裏で待機していたのだが……そんな必要は全くなかった。
???
多少は痛みが落ち着いてきたのか、男はよろよろと立ち上がる。指の隙間から覗く顔に見覚えはない。
俺は一応、三国をかばうように男の前に立った。
一條恭平
???
一條恭平
???
???
苦しそうに咳き込みながらも、男は頑なに否定する。
ここまで罪を認めないとなると、まさか本当に人違いだったのでは? と不安になってくるが……。
三国綾乃
三国が俺の後ろから、犯人の男に話しかけてくる。
???
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
???
三国が説明していくに連れて、強気だった男の表情がどんどん重苦しくなってくる。
三国綾乃
三国綾乃
???
???
ついに男は白状し、俺達に土下座を始めた。
???
認めたがいなや、自己弁護を始める男。変わり身の速さに内心呆れつつも、俺たちは詳しい事情を聞き出した。
男は俺たちと同じ明学一年の生徒。2個上の先輩に命じられて、毎週一定額の金を渡していたらしい。
そして、その2個上の先輩は、相沢の舎弟。俺の予想通り、こいつも相沢と繋がっていたのだ。
一條恭平
不良
一條恭平
あらかた事情を聞き終えた辺りで、
ウゥゥゥゥゥウウウ……
不良
遠くの方から聞こえてきたサイレンに、不良は慌て始める。
不良
三国綾乃
不良
男はにわかに立ち上がり、奥の方へと走り去っていく。
考えるより身体が動いた。 地面を蹴りつけ、奴を瞬時に追いかける。
催涙スプレーの痛みがまだ残っているのか、男の足取りはおぼつかない。軽々と追いついた俺は、ガバッと飛び上がり、
一條恭平
威勢と共に、両足を揃えて全力で突き出した。
ドゴッ!!
不良
ドタァッ!!
男は前のめりに倒れ伏す。
バタッ!
一方俺も支えを失い地面にぶつかる。痛い。
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
不良
顔と背中、二箇所からの痛みで、不良はノックダウンしてしまったようだ。
ウゥーウゥー
サイレンの音が大きくなり、やがて、向こうの大通りの方にパトカーが停まるのが見える。
三国綾乃
不良
三国綾乃
三国はうずくまる不良に近づき、中腰になって柔らかく微笑む。
三国綾乃
不良
三国綾乃
三国綾乃
三国が柔らかい笑顔で、不良に微笑む。アレはただのハッタリだったのか……。
不良
騙されたことに気付いた不良は、悔しそうに、ぎりりと歯を噛み締めた。
その後、男は駆けつけたサツに連行されていった。
俺たちについては、勝手に捕まえようとしたことを咎められたものの、事情を汲んで口頭注意だけで済んだ。
短い事情聴取の後、サツは男を連れてパトカーで帰っていった。
一條恭平
俺は携帯を取り出し、優紀に電話をかける。
五代優紀
一條恭平
五代優紀
電話はそこで切れた。俺は携帯を仕舞い、大きく伸びをする。
一條恭平
三国綾乃
話を聞いていた三国が、少し不安そうな表情で尋ねてくる。
一條恭平
エセ関西弁であっさりと頷く。優紀がどうするかは聞いていなかったが、アイツの行動は簡単に予想できる。
三国綾乃
戸惑い3:呆れ3:ドン引き4といった感じのしかめっ面を浮かべる三国。彼女に一般人ぶられる日が来るとは。
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
一條恭平
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
訝しむような目線を向けてくるものの、一応三国は許してくれる。
三国綾乃
彼女は懐に手を差し入れ、すっと何かを差し出してきた。
なにやら呪文のようなものが書かれたお札だ。質の良い厚紙でできていて、触るだけで心が安らぐような気がする。
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
俺は三国から護符を受け取った。カチコミの最中に、あの生霊に襲われたらどうしようかと考えいたので、これは助かる。
一條恭平
三国綾乃
千東通りは、東原を東西に貫く大通りだ。
表通りにはきらびやかな店が密集し、深夜や早朝以外は大勢の人で行き交う、この街で一番栄えた場所である。
一方、小道を挟んで裏通りに入ると店構えが変わり、水商売の店が目立つようになってくる。
夜中の人通りはこちらの方が多いだろう。最もその顔ぶれは、酔い潰れたサラリーマンやそれを狙うしつこい客引きなど、あまり近寄りたくないタイプばかりなのだが。
夕方から開く店がほとんどのため、昼間の今は表通りの騒がしさが嘘のように静まり返っている。
その内の一軒、割れたネオンの看板が放置された、怪しげな地下クラブへの入り口の前で、俺は優紀を待った。
やがて、見覚えのある人影がこちらに迫ってくる。
一條恭平
五代優紀
物陰に隠れていた俺が颯爽と現れると、会って早々優紀は憤った。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
怒声を上げる優紀を、俺はこともなげに受け流す。
一條恭平
五代優紀
優紀が地面の方を向いて吐き捨てる。別に邪魔しに来た訳じゃないんだし、そこまで頑なにならなくてもいいじゃないかとは思う。
一條恭平
五代優紀
優紀はそう言いながら、俺を横を通り過ぎる。
一條恭平
五代優紀
ついてくる俺に対して、優紀は忌々しげな態度を隠そうともしない。
ただ、言葉の意味からして、一応同行を認めてはくれたようだ。
錆びついた扉を開けて、階段をカツカツと降りていく優紀の後を追う。
五代優紀
一條恭平
五代優紀
優紀は階段を降りながら、自分のポケットに右手を無造作に突っ込む。
中から取り出し、くるくると振り回したのは……。
一條恭平
切っ先の刃の輝きに少しおののいた。完全に銃刀法違反の長さのバタフライナイフだ。
一條恭平
五代優紀
俺が強い口調でたしなめると、優紀は仕方なくまた振り回し、刃を仕舞ってポケットに収めた。
一條恭平
五代優紀
階段を降りきった優紀は、俺の文句を切り捨てて、すたすたと歩いていく。
一條恭平
一抹の不安を抱えつつ、俺は優紀の後を追う。
薄暗い通路の中を慎重に進む。途中で小石を踏んで軽く焦る。
少しずつ空気がよどんでいき、ホコリっぽさも感じるようになる。
天井には魅力的なデザインのネオンランプがいくつも取り付けられているが、その大半が切れていた。
やがて、メインフロアに繋がるであろう扉の前にたどり着く。
五代優紀
俺の返事を聞かずに、優紀が躊躇なく扉を開けた。
一條恭平
俺は仕方なく、ずかずか進む優紀の後についていく。
フロアに入ってすぐに、辺りを見渡した。
ゴミや廃材が散乱する小さなホールだ。すえた臭いと、甘ったるいアルコールの香りが漂う。
機材や備品はほとんど壊れ、ホコリやゴミにまみれて打ち捨てられている。
床と壁はほとんど剥がれ落ちてコンクリートがむき出しになり、天井からケーブルが垂れ下がっている。
中の人数は3人。だらしない身なりをしたごろつきたちだ。
いずれもラウンジの備え付けのソファに寝っ転がっている。
うち2人は惰眠を貪っているのか、俺達が入ってきても全く起き上がらない。
不良A
起きていた1人が状態を起こし、不審げな声を上げた。しかしその直後、
不良A
血相を変えて叫ぶ。直後に寝ていた2人も飛び起きた。
不良B
不良C
五代優紀
一條恭平
五代優紀
パキパキと手の骨を鳴らした後、優紀は躊躇なく近付いていく。
五代優紀
不良A
不良の1人が、足元に落ちていた木刀を拾い上げ、優紀に襲いかかる。
ダッシュで彼の元に詰め寄り、頭上へ高々と振りかぶった。
ブンッ!
勢い良く空を切る音。優紀の頭をかち割らんと振り下ろしたものの、見え見えの軌道に当たる訳もなく、軽々と左にかわされる。
不良A
ふと見えた不良の顔は、もう苦悶の色に染まっている。
その時に気付いた。優紀は避けると同時に、相手の腹に右フックを放っていたのだ。
男はそのまま床にどたりと転がった。
不良B
不良C
残り2人の輩が激高する。
五代優紀
優紀が面倒臭そうに手で招く。俺は床でのたうつ男を一瞥しながら、金髪の方に声をかけた。
一條恭平
不良C
男は鼻息を荒くさせて、ずかずかとこちらに近付いてくる。顔面を殴られる前に、手早くメガネを外して懐に仕舞った。
不良C
不良はテレフォンパンチ気味の左フックを繰り出す。
俺は上体をそらしてフックをかわし、すかさず右足のローキックを放った。
ビシィッ!
奴の左スネに俺の足が食い込む。
不良C
一瞬痛みにうめいたものの、男はすぐに体勢を立て直し、ポケットに右手を突っ込む。
取り出したのはジッポライター。左腕を振るい、俺の顔面に向かって投げつけた。
足を戻した俺はとっさに両腕を構える。
ガンッ!
手首の辺りに鈍い痛みが走る。こんなモン投げてきやがって──。
不良C
組んだ腕の向こうから、不良が右腕を大きく振りかぶるのが見える。
手の先にはナイフが──! 俺はとっさに後ろに飛び退いた。
鼻先を鋭い切っ先が横切る。
一條恭平
腕を下ろした俺は、左足を垂直に振り上げる。
バシッ!
不良の手に革靴の先をぶち当て、ナイフを真上にはたき落とし……というよりはたき上げた。
不良C
素肌を蹴られたのが効いたのか、先程より強く悶える不良。
体勢が崩れた隙を逃さない。俺は振り上げた右足をそのまま下ろし、奴の胸にかかと下ろしを叩き込んだ。
ドガッ!!
不良C
汚い悲鳴を上げて、不良は後ろに崩れ落ちた。
ガンッ!
タイルが剥がれたむき出しのコンクリートに後頭部を打ち付ける。
不良C
胸と後頭部のWヒットが堪えたのか、男は立ち上がらずに床をのたうち回る。
これで一段落と言った所か。そういえば優紀の方は……。
五代優紀
アイツは既に地面に伏せ、ぴくりとも動かない不良の上に座り、悠々とくつろいでいた。
一條恭平
余裕綽々の態度を見せる優紀に、俺は言い返した。
優紀が倒した2人の輩は既に気絶していたため、俺が倒した奴から事情を聞き出す。
3人は俺たちと同い年。ただし素行不良のため高校に進めず、フリーターをやっていた。
先輩の先輩である相沢からの指示で、潰れた店や廃屋を荒らし、金目のものを集めていたという。
そんな中、この廃クラブは立地的に色々都合が良いため、数週間前からたまり場にしていたとのこと。
不良C
五代優紀
不良C
スチャッ
優紀は不意にポケットからバタフライナイフを取り出し、刃を一瞬で露出させた。
不良C
五代優紀
怯える不良を見て、優紀はナイフを仕舞った。
今のは単なる脅しということか。まあ予想していたから止めはしなかったが。
一條恭平
前から思っていた疑問を口にする。
昨日の上級生は生活費のためだろうと言っていたが、こんな危ない橋を渡るほどの必要はないだろう。
一條恭平
不良C
五代優紀
優紀が苛立たしそうに詰め寄ると、男は数秒間考え込む素振りを見せてから、
不良C
五代優紀
不良C
不良C
不良C
一條恭平
不良C
不良C
男は不思議そうに話す。
相沢すら誰かから命じられて集金を行っているということなのか……? だとしたら誰が……。
ドゴッ!!
思案していた俺の目の前で、優紀が勢い良く不良を殴り飛ばした。
悲鳴すらあげる暇もなく、奴はクラブの床を転がり、動かなくなる。
五代優紀
一條恭平
一條恭平
ホールを出て、地上の扉への階段を登る最中、俺は優紀に問いかける。
一條恭平
五代優紀
五代優紀
一條恭平
五代優紀
一條恭平
階段を登りきった俺は、来た時に自分で閉めた外の扉のドアノブを回した。
扉を開けた瞬間、眩しい外の光が差し込む。
ただ、俺たちがやりあっていた間に、日が落ち始めたらしい。入る前より若干薄暗くなっていた。
俺は扉を開け放して外に出る。
五代優紀
後ろの優紀の言葉が、途中で止まった。
その時俺は、裏通りの方からこちらを見ていた、1人の男に気付く。
???
不審げな声を上げるそいつに、俺は一瞬だけ躊躇し──すぐに察した。
色黒の大柄な男だ。派手なガラのジャケットにタンクトップ。その下からは盛り上がった筋肉が覗かせている。
見るだけで相手に威圧感を与えるような風貌だった。
一條恭平
俺は一目で確信した。理屈じゃなく、ヤンキー時代の勘がそう気付かせた。
相沢
相沢は俺を舎弟だと勘違いしていたものの、俺に続いて出てきた優紀の姿を見て、顔色を変える。
相沢
五代優紀
相沢
相沢はフンと鼻を鳴らす。
相沢
相沢
五代優紀
相沢
五代優紀
お互いに敵意をむき出しにする中、俺は努めて冷静に、相沢の様子を伺う。
一條恭平
一條恭平
相沢
相沢
五代優紀
優紀はぎりっと歯を食いしばる。拳が僅かに震えていた。
怒りを必死に押さえている優紀に対し、相沢はわざとらしく首を傾げてから、にやりと笑った。
相沢
そこまで言った、次の瞬間、優紀が動き出していた。
ビシィッ!!
優紀は一瞬で間合いを詰め、右のミドルキックを相沢に繰り出す。
だが、奴の丸太のような右腕であっさりガードされる。
相沢
ブンッ!
返す刀で、相沢はキレの良い右フックを優紀の右頬に放ってきた。
優紀は瞬時に右腕を上げて防御するものの、相沢は力任せに振り抜き、優紀を身体ごとクラブの壁に突き飛ばす。
ドゴッ!!
五代優紀
背中を叩きつけられ、優紀は短く呻く。
一條恭平
俺が優紀に駆け寄ろうとした時、
ひそひそ……
道路の方から聞こえてくる小声に気付いた。
俺は辺りを見回す。夕方の帰宅ラッシュの影響か、クラブの外の道路は、入ってきた時に比べて、人通りが増えている。
通行人のほとんどは見なかったことにして立ち去るが、何人かは怪訝な視線を俺たちに投げ掛けていた。
相沢
人目を嫌がったのか、相沢は構えを解いて、両手をポケットに突っ込んだ。
五代優紀
一條恭平
相沢
ドスの利いた声を放ちながら、半分開いていたクラブのドアを、右足で乱暴に蹴破る。
相沢
一條恭平
相沢
相沢
忌々しげにタンを吐いてから、奴はゆっくりと階段を降りていく。
五代優紀
怒りをたぎらせながら、優紀は右ポケットに勢い良く手を突っ込む。
一條恭平
俺はとっさにポケットの上から優紀の手を押さえた。
彼の手と一緒に、ゴリッと硬い突起物──バタフライナイフの感触も伝わる。
一條恭平
五代優紀
優紀は忌々しく吐き捨ててから、ポケットから手を抜く。
一條恭平
悔しがる優紀を引きずる勢いで連れていき、俺は早歩きでその場から立ち去った。
千東通りを離れた俺たちは、明学の近くにある駐車場へとやってきた。
細い道路の向かいには建設事務所がある。
昼間は作業員が詰めかけているが、歩いている間に日も落ち、既に誰も居ないようだ。少しくらいお邪魔させてもらってもいいだろう。
一條恭平
車止めに座る優紀に、近くの自販機で買ったエナジードリンクを投げ渡す。
五代優紀
プルタブをカシュっと開けてから、優紀は蚊の羽音の如き小音で呟いた。
アイツの悪い癖は相変わらずだ。お礼の言葉が小さすぎて、語尾しか聞こえない。
今のは本人的には『ありがとよ』と言ったつもりなのだろうが。
一條恭平
五代優紀
さっきよりは大きい声。俺は隣の車止めに座る。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
合ってるか分からない理屈を言って、俺は自分のエナジードリンクを開けて飲む。
新発売のカシスフレーバーが口内に流れ込んできた。大して美味くない。
一條恭平
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
俺が水を向けても、優紀は何一つ返事を返さない。ただ黙って缶を傾けている。
アイツなりに考えているのだろうか……そう思ってしばらく待ってみた。
だが、返ってきた返事は……。
五代優紀
一條恭平
五代優紀
五代優紀
一條恭平
五代優紀
一條恭平
優紀の言葉に、俺はうろたえた。持っていたエナジードリンクを落としかける。
一條恭平
五代優紀
五代優紀
五代優紀
悪びれることもなく、淡々と。その口調が、返って恐ろしさを漂わせている。
一條恭平
一條恭平
五代優紀
もう飲み干したのか、優紀はエナジードリンクの缶をぐしゃっと潰した。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
俺は缶をそばに置いて立ち上がる。五代の前に、行く手を阻むように立った。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
一條恭平
一條恭平
一條恭平
優紀を刺激しないよう、慎重に言葉を選んで、俺は説得を続ける。
一條恭平
一條恭平
五代優紀
俺がどれだけ情に訴えても、優紀の態度はまるで変わらない。耳を貸そうともせず、平然とした態度で受け流すだけだ。
一條恭平
五代優紀
優紀はすっと立ち上がり、俺に背を向けてどこかに行こうとする。
ガシッ
そんな彼の肩を、俺は無言で掴んだ。
五代優紀
こちらを向いた優紀は、ギロリとした目つきでこちらをにらみつける。
五代優紀
一條恭平
ヒュッ
一條恭平
突如、視界の下から飛んできた拳を、俺は後ずさって避ける。
俺の顔の前を、優紀の右拳が駆ける。アイツは俺に向けてアッパーを放ったのだ。
俺が避けた隙に、優紀は再び歩き出す。
一條恭平
一條恭平
五代優紀
挑発するように言い放つと、優紀はピタリと足を止めた。忌々しげにこちらを振り返る。
五代優紀
俺の態度がしゃくに障ったのか、優紀は突如こちらに詰め寄る。
五代優紀
俺を殴れる距離で、優紀は気勢を上げる。
俺の顔の下で、目をかっと見開き、下から刺すような視線をぶつける。
もう少し煽るだけで、今度は本気で俺に手を出してくるかもしれない。
一條恭平
それでも俺はひるまない。先程のフェイントに苛立っていたこともあり、優紀の敵意に正面から向き合う。
一條恭平
一條恭平
五代優紀
啖呵の切り合いは俺が競り勝ち、優紀は悔しそうにたじろぐ。
一條恭平
そこで若干頭が冷える。お互いヒートアップしたところで、なんの解決にもならないじゃないか。
俺は目を閉じて深呼吸を繰り返す。火照った身体と頭の熱を、少しずつ冷ましていくと……。
……うぅ……
聞き覚えのあるうめきが聞こえてきた。
一條恭平
一條恭平
五代優紀
優紀は忌々しげにつばを吐く。アイツにも聞こえたらしい。
俺が左手を差し出すと、優紀はこれみよがしに大きな舌打ちをしたあと、右手で繋いだ。
左手でメガネを外して、辺りを見回す。この空き地のどこかにいるのか……?
いや、違った。生霊の位置は、道路の向こう側だ。空き地の向かい、工事現場の事務所の敷地内に、ぽつんと佇んでいる。
五代優紀
優紀が怪訝そうな視線を向ける。
確かにこの前視た時は、緩慢な動きでも、少しずつこちらに近付いてきていたはずだが……。
一條恭平
思い出した俺は、ポケットの中を探り、護符を取り出す。
五代優紀
一條恭平
護符を見せながら優紀に説明する。コイツに込められた神力が、奴の接近を防いでいるのだろう。
一條恭平
あの生霊が近寄れないのなら、護符の効果範囲ギリギリに行けば、奴の姿を間近で観察できるかも知れない。
俺は取り出した護符をその場に置き、優紀を連れて生霊の元に向かう。
うぅ……
あぁ……
すぐ近くまでやってきたが、生霊は特に襲う素振りは見せない。
この前は、恐怖心からじっくり解説している余裕は無かったが……今なら落ち着いて奴の外見をうかがうことができる。
俺と優紀は、中腰になったりしゃがみこんだりして、生霊の前面をじっくり観察した。
表面から盛り上がる顔は……見た目から判断する限りでは、7:3で女性の方が多い。年代は俺たちとそう変わらないだろう。
おどろおどろしい見た目だが、顔のパーツ一つ一つは人間とそれほど変わらない。
……ただ、俺にはいずれの顔も見覚えがない。
恐らく明学の生徒だとは思うのだが、同中を除けば、まだ自分のクラスの生徒くらいしか顔を覚えていない。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
俺が問い詰めても、優紀は逆ギレして話が進まない。1人くらいは覚えていてもいいだろうに……。
ここでふと俺は思いついた。コイツ、後ろはどうなってんだ?
一條恭平
五代優紀
五代優紀
一條恭平
後ろには俺の見覚えのある生徒が憑いているかも知れない。
護符の効力の範囲から抜け出すことになるが、早歩きでぐるっと周り、戻ってくれば大丈夫だろう。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
俺たちはタイミングを合わせて、生霊の左側に飛び出した。そのまま奴を中心に、時計回りに歩く。
生霊は身体をひねって追いすがろうとするが、ノロノロとした動きで到底追いつけていない。
俺たちはなんなく奴の背後に回り込む。
優紀の言葉通り、後ろ側も前と大して変わりない。肉団子のような脂肪の塊から、人の頭が浮き出ているだけだ。
だがやはり、俺が見覚えのある顔は──。
一條恭平
思わず足が止まった。人間でいえば、左足の太ももの裏辺りに……。
一條恭平
間違いなかった。 生霊たちの顔に混ざり、四宮もそこにいたのだ。
可愛げのある本人の顔と比べて、こちらは生気が失われてしまったような恐ろしさを感じるものの……髪型や髪色、2つの青いリボンは、四宮と同じだった。
五代優紀
優紀の無機質な声が聞こえる。
横を見ると、優紀は目を見開き、愕然とした表情を浮かべていた。かすかにだが、肩が細かく震えている。
ゆ……ない……
四宮──を象った生霊──が、他の霊と同じような、かすかな声を絞り出す。そして少しずつ、ずるずるとこちらへと──。
一條恭平
一條恭平
五代優紀
一條恭平
全身が凍りついてしまったかのように、優紀は固まったまま動かなくなってしまう。
仕方なく俺は彼の腕を掴み、引きずるようにして生霊から離れ、護符の方へと戻った。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
一條恭平
俺が声を荒げて呼びかけても、優紀は全く反応を返してくれない。
ただただ下を向いて立ち尽くしている。
一條恭平
俺は中腰になって、優紀の顔を覗き込もうとした時……。
しずくが一滴、彼の顔から落ちた。
五代優紀
泣いていた。初めて彼の涙を目にした。
棒立ちになった足が、固く握り締めた拳が、力なく落とした肩が、ぷるぷると震えている。
優紀は俺にはばからず、小さな嗚咽を繰り返している。
一條恭平
五代優紀
ようやく優紀は返事を返すが、その声からは生気が抜けきってしまっている。相当ショックを受けてしまっているようだ。
一條恭平
昨日の香月との一件が、走馬灯のように蘇ってくる。やはり優紀と四宮は、相当に深い関係らしい。
その時、優紀は俺からすっと手を離した。そのままふらふらと歩いていってしまう。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
引き留めようと掴んだ俺の腕を強引に振り払い、優紀は怒鳴り散らす。
一條恭平
まともな話し合いには応じてくれそうにない。
一條恭平
俺は拾い上げた護符から、一枚を優紀に手渡す。
これであの生霊には襲われないはずだ。
相沢たちが襲ってきたら……まあ、優紀なら心配はいらないだろう。むしろこいつが誰かに迷惑をかけないか心配だ。
五代優紀
おぼつかない足取りで、優紀は俺の元から離れていく。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
優しい言葉をかけても、予想通り返事はない。優紀はそのまま道路を歩いていく。
あ……あぁ……
かすかなうめき声。優紀と手を離してしまったため、生霊はほとんど視えなくなってしまったが、一応襲っては来ないようだ。
一條恭平
去っていく優紀の後ろ姿に、最後に大きく声をかける。
……それでも、アイツが戻ってきてくれることはなかった。