翌日の日曜。昼に起きた俺は、春休みの頃にハマっていたTPSを久しぶりに起動してみた。
……しかし、どうにもあの頃のようにのめり込めない。十数分ほどプレイして、すぐに止めてしまう。
その後も、サブスクで適当な映画を見たり、昔買った漫画を読み返してみたりするものの、どれもいまいち熱中できない。
何をしていても、心の隅にたまっている淀んだ記憶──昨日の出来事が主張してくるのだ。
一條恭平
暇つぶしに取り掛かろうとした学校の課題(←一応問1は解いた)を放り出し、俺はベッドに寝転がる。
優紀は小学校の頃から、どこか冷めた一面があった。怒りこそすれ、アイツが悲しんだりふさぎ込んだりしていた覚えは全くない。
誰かに拒絶されて泣くなんて初めてだ。優紀は頑なに否定しているものの、やはり四宮とは友人以上の関係だったのだろう。
それがなんらかの理由で仲違いし、四宮が優紀に強い恨みを抱くようになった。
一方、優紀は口ではああ言っておきながら、まだ未練が残っており、生霊として彼女の恨みを目の当たりにして、耐えきれなかった……。
こう考えれば、一応の辻褄は合う──
……いや、大きな矛盾があるじゃないか。
一條恭平
一條恭平
俺は携帯を手に取る。もう16時になっていた。
メッセージアプリを開き、四宮とのトークルームを開く。
彼女との会話は、3日前の木曜、彼女と連絡先を交換した時のもので終わっている。
その時の会話では、翌日また会えるかどうか連絡する、という俺のメッセージで終わっている。
二葉が襲われた事件にかかりきりで、彼女への連絡をすっかり忘れていたのだが、それに対して四宮からなんの催促もなかった。
一條恭平
転校の事情を知られたくなかった優紀が、俺と四宮を会わせないようにした──大方、そんなところだろう。
四宮沙紀
四宮の心配そうな表情を思い出す。
あの時の彼女は、友達──優紀の身の上を案じているようにしか見えなかった。
とても生霊が生まれるほど憎んでいるようには見えなかったし、仮に憎んでいるとしたら俺に相談なんて持ちかけないはずだ。
かと言って、いまさらあれが別人についての相談だったとも考えづらい。
一條恭平
一條恭平
俺がぼんやりと画面を眺めながら、思い悩んでいたところだった。
四宮の方から、新規のメッセージが送信された。
四宮沙紀
一條恭平
一分ほど悩んだ後に、俺は直接電話をかけることにする。四宮とはすぐに繋がった。
一條恭平
四宮沙紀
弱々しい。声だけでも、彼女が酷く疲れているような雰囲気が伝わってきた。
一條恭平
四宮沙紀
俺が問いかけると、彼女はしばらく戸惑いの言葉を発する。10秒くらい経ったのちに、
四宮沙紀
恐る恐るといった調子で、俺に尋ねてくる。嫌な予感がした。
一條恭平
一條恭平
四宮沙紀
俺が打ち明けると、四宮は驚いたような声を上げた。
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮は誤魔化すこともなく、素直に認める。
一條恭平
四宮沙紀
四宮は口ごもりながらも話し始める。『優』という呼び名だけで、優紀に対する彼女への感情が伺い知れた。
四宮沙紀
四宮沙紀
一條恭平
どうやら優紀は、あの時から家にも帰らず放浪しているようだ。
四宮沙紀
四宮沙紀
携帯の向こうから聞こえる彼女の声は、既に半分涙声になっている。
一條恭平
彼女を落ち着けるように、努めて優しく語りかけた。
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮の声が少しだけ明るくなったような気がした。
家を出た俺は電車に乗り、いつも使っている明学の最寄り駅に降りる。
四宮が待つ明学の近くにあるカフェに向かった。
四宮沙紀
1番奥の席に、四宮が沈んだ表情で座っていた。
服装と髪が少し乱れており、俺と会う前にほうぼうを探し回っていたことが伺える。
俺はエスプレッソを注文した後、昨日の優紀との出来事を四宮に詳しく説明する。
優紀と一緒に廃クラブに乗り込んだこと。優紀が相沢を本気で殺そうと狙っていること。
四宮の顔をした生霊を見て、優紀が涙を流す程のショックを受けていたこと……。
四宮沙紀
一條恭平
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
うつむいた四宮は、そこから先の言葉を話してくれない。
一條恭平
テーブルの向こうで縮こまっている彼女に、俺は頼み込む。
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
一條恭平
一條恭平
四宮沙紀
四宮はうつむいたまま、一切の反応を返さない。しかしその沈黙が、既に答えを言っているようなものだった。
一條恭平
四宮沙紀
四宮沙紀
長い沈黙の後に、四宮はようやく頷いた。
一條恭平
一條恭平
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
テーブルに額が迫る近さで、俺は頭を下げる。
プライベートな問題だから、踏み込むのは避けてきたが……あんな状態の優紀を、いつまでも放っておくことは、俺には出来なかった。
四宮沙紀
1分近く経った頃だろうか。
頭を垂れた俺の頭上から、弱々しい声でだが、四宮の返事が聞こえてきた。
一條恭平
俺は顔を上げる。
ちょうどその頃、店員が頼んでいたエスプレッソを持ってきた。頭を下げている所を見られなくてよかった。
店員が離れた後、エスプレッソを一口飲んでから、四宮から話を聞く。
一條恭平
一條恭平
四宮沙紀
四宮は俺に目線を合わせず、カップだけをただじっと見つめる。
四宮沙紀
一條恭平
感情のこもっていない声で、四宮はそう明かした。
俺もできる限り、何の感情も込めずに返す。どういう気持ちで声をかけていいか、馬鹿な俺には分からなかったからだ。
四宮沙紀
四宮沙紀
四宮は相沢を代名詞で言及する。名前を呼ぶことすら、彼女には耐えられないのだろう。
四宮沙紀
一條恭平
言葉が詰まってきた四宮に、俺は謝る。
一條恭平
四宮沙紀
四宮沙紀
一條恭平
一條恭平
一連の事情を理解する。優紀があれほど強い憎しみを抱いていたのは、四宮を守るためだったのだ。
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
エスプレッソを脇に置き、俺はテーブルに軽く身を乗り出す。
一條恭平
四宮沙紀
四宮沙紀
四宮沙紀
か細くもはっきりとした調子で四宮は否定する。
だが実際、四宮の生霊が優紀に取り憑いていたのは確かだ。
あの時は暗かったし、本当に四宮の顔かと問われれば自信はないが……
彼女と親しい優紀が疑いもしなかった程とあれば、やはり本人に違いないだろう。
一條恭平
一條恭平
一條恭平
優紀と関係のない生霊が、アイツに憑いているということか……?
だがどうして。生霊が取り憑く先を間違えるなんて話、聞いたことがない。
一條恭平
今は優紀を探すのが先だ。俺はエスプレッソを飲み干してから、四宮に行き先の心当たりを聞いてみるが……。
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮沙紀
そう話す四宮の顔は、どこか寂しそうに見えた。
一條恭平
優紀と四宮の仲を聞いた時、香月が見せたあの切ない表情を思い出す。
一條恭平
一條恭平
一條恭平
四宮沙紀
テーブルの下から携帯を取り出した四宮は、地図アプリか何かを操作しながら、今日訪れた場所や施設を俺に説明する。
四宮沙紀
一條恭平
四宮が行った場所を元に俺は推理する。
恐らく優紀がいるのは、四宮の土地勘がない場所だろう。そうなると……むしろ俺の方が馴染み深い場所かも知れない。
一條恭平
一條恭平
行き先の候補をいくつか考えた俺は立ち上がる。
一條恭平
四宮沙紀
俺に遅れて四宮も立ち上がる。そのまま俺たちは早歩きでカフェを後にした。
カフェを出ると、既に辺りは暗くなり始めていた。
候補地の一つまでの道順を確認しつつ、俺は四宮にメッセージで香月に連絡を取るよう頼む。
一條恭平
四宮沙紀
四宮が送信するのを待ってから、俺たちは夕暮れの街中を歩き、優紀を探し始める。
……だが、そう簡単に見つかるはずもなく、俺が考えていた行き先を何箇所回っても、優紀の姿はどこにも見えない。
他の友人の家に身を寄せている可能性を考え、途中俺は小学校時代の友人たちに連絡を取る。
優紀を見ていないか尋ねるものの、ことごとく空振りに終わった。
一條恭平
すでに辺りはすっかり暗くなっている。
昨日優紀と訪れた、建設事務所前の駐車場にも来てみるが、人っ子一人居なかった。
一條恭平
一條恭平
一條恭平
落胆と疲労感で全身が重くなり、俺は膝に手をついてあえぐ。
その時……悲観にくれた表情で携帯を操作していた四宮が、突如跳ねた声を上げた。
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮は嬉しそうに携帯の画面を見せつける。
最後の候補地だった公園に、居場所を示す点が表示されている。
ここに優紀が……? 尋ねる暇もなく、
四宮沙紀
四宮はきょろきょろ周りを見渡してから、公園の方へと走り出した。
一條恭平
慌てて俺も走るが到底追いつけず、みるみる距離は離れていく。
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮は歩調を緩める。俺は息を切らせて、彼女に追いつく。
冗談抜きで、四宮の足は俺より早い。普通にインターハイとか目指せるレベルではないのか?
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
俺たちは早歩きで、優紀がいるという公園に向かう。既に時刻は夜の7時を回っていた。
一條恭平
四宮沙紀
四宮沙紀
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮沙紀
一條恭平
一條恭平
四宮沙紀
四宮は小さく首を降る。俺は一抹の不安を覚えた。
一條恭平
一條恭平
途中で何回か走りつつ、数十分ほどで公園の近くまでやってくる。
大通りから道を何回か曲がった先に、植え込みで挟まれた入口が見えてきた。
あの先に優紀がいる……そこで俺は思い出した。アイツには生霊が憑いていることを。
左手の汗を拭って、俺は四宮に手を差し出す。
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮は太ももに着けていたレッグポーチからポケットティッシュを取り出し、右手をやり過ぎなくらいゴシゴシと拭いた。
四宮沙紀
少し緊張した様子で、四宮がおずおずと手を伸ばす。
説明なしに手を差し出してくれるということは……やはり優紀は、四宮と触れ合った時に視えることを知ったのだろう。
一條恭平
軽い罪悪感を抱えつつ、俺は四宮と手を繋ぐ。
右手で眼鏡を外し、意識を集中させながら、ゆっくりと近付いていく。
一條恭平
四宮沙紀
俺たちは細心の注意を払い、少しずつ歩みを進める。
やがて……。
あ……ああ……。
公園の出入り口にまで近付いた頃、優紀より先に生霊を見つける。
反対側の出入り口の近くにあるベンチの前に、こちらに背を向けて、生霊がじいっと立ち尽くしていた。
だが……肝心の優紀の姿がどこにもない。
一條恭平
四宮沙紀
生霊への警戒を払ったまま、公園に入って優紀を探す。
だが……やはりアイツはどこにもいない。
あ……ああぁぁ……!
俺が持っている護符の気配を感じたのか、生霊はおののくような雰囲気でずるずると歩き出し、俺たちから逃げるように離れていく。
奴に代わってベンチの前までやってきた。
そこにはぽつんと、立てかけるように、優紀の携帯が置いてあった。
四宮は繋いでいない左手を伸ばして、携帯を拾い上げる。
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
優紀の携帯を握りしめて、四宮は悲痛な表情を浮かべる。
一條恭平
俺は公園を見回す。
うぅ……いで……やぁ……
生霊は公園の片隅で、怯えるように縮こまっていた。
もう1つの疑問は……どうして生霊は優紀の後を追わず、ここにいたのかということだ。
今までずっと、生霊が優紀の後を追っていたのは間違いない。
だが、優紀がなんらかの理由で携帯をこのベンチに置いてからは、追うのを止めてここに立ち尽くしていた。
一條恭平
俺の脳内に、ある考えが思い浮かぶ。
一條恭平
一條恭平
しかし、現に生霊は俺たちが近寄るまで、優紀が捨てた携帯をじっと眺めていた。一体どうして……?
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
俺は右手で財布を取り出し、中に入れていた護符を四宮に見せて説明する。
一條恭平
四宮沙紀
四宮はためらいがちに頷く。あんな霊に二度も近付きたくはないが、アイツの謎を解き明かすためには文句を言ってられないだろう。
俺は護符をベンチの上に置いて、生霊に少しずつ近付いていく。
奴の動きに対応できるよう、慎重に。
うう……あぁぁあ……
目の前まで近付いた俺は、昨日と同じように、浮き出ている顔を観察する。
ただ……やはり見覚えはない。かろうじていくつかの顔に、学校にいる時にすれ違ったかも知れない……とおぼろげな印象を抱くだけだ。
一條恭平
四宮沙紀
俺が横に顔を向けると……四宮は声を出さずに驚いていた。
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮はうなだれてしまう。口を真一文字に閉じ、眉間に皺を寄せて、酷く思い悩んでいる。
……だが、やがて踏ん切りがついたのか、ゆっくりと口を開いた。
四宮沙紀
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮沙紀
一條恭平
全員、相沢になんらかの形で苦しめられた被害者……そういうことなのか?
だがそれなら、なおさら謎が深まる。どうして相沢を恨む生徒たちの霊が、アイツではなく優紀、それも携帯につきまとっていたのか……。
う……うぅ……
生霊は護符の効力が効いているのか、時折苦しそうに身体を震わせる。
奴の後ろには、昨日と同じように四宮の生霊が埋まっているのだろうか。
流石に彼女を連れて、昨日のように危ない橋を渡る真似はできないが……。
スッ……
俺の斜め後ろで生霊を見ていた四宮は、生霊の目の前まで近寄る。
一條恭平
四宮沙紀
四宮は中腰になって、生霊を──いや、生霊の顔の一つ一つを見つめる。
その時……
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮は驚いたような顔を上げるが、俺が尋ねるとよそよそしく首を振る。白を切っているのは明らかだった。
一條恭平
四宮沙紀
俺が真摯に頼み込むと、四宮は観念したように、すっと右手を伸ばした。
指し示したのは生霊の下部、地面ギリギリの場所。そこにはなんの顔も埋まっておらず、ただ肉塊があるだけ……
うぅ……
……ではなかった。目を凝らすと、とめどない涙を流す、誰かの目のようなものが見える。
ほとんど肉塊に埋まっていたため、今の今まで気付かなかった。これは……
四宮沙紀
一條恭平
四宮の言葉に、俺は浅く頷く。アイツと付き合いがある俺でも、目だけでは流石に判断が難しい。
目の色は同じだが、形は大きく違う。
いつも仏頂面で、鋭く睨んでいるアイツとは違い、生霊の目はくしゃくしゃに歪み、見ているだけでこちらの胸が痛んでくる。
とても弱々しそうなその目つきは、優紀と言うより、四宮の目と言われた方が信じられた。
ただ……昨日のアイツが見せた泣き顔と、確かに雰囲気はよく似ている。俺はそれで、優紀の目なのかも知れないと推測できる。
あ……うぁ……
耳をそばだてれれば、他の生霊たちの恨み声に混ざって、かすかに、本当にかすかにだが、優紀らしき泣き声も聞こえてくる。
一條恭平
自分の不甲斐なさを深く恥じる。
同時に、やはりコイツ等は優紀を恨む生霊ではないのだと確信を持つ。自分で自分を恨む訳がない。
しかし、それならなぜ、相沢ではなく優紀、それもアイツの携帯に……。俺が思案を重ねていた時。
???
公園の外から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
嫌な予感がした。
不良A
不良B
2人の不良……昨日、廃クラブで優紀が倒した男たちのが、公園の入口を通り、こちらに迫ってきていた。
2人ともに錆びついた鉄パイプを引きずっている。
一條恭平
四宮沙紀
俺たちは手を離して走り出す。
反対側の出口を通って、市街地の方へと逃げようと──。
不良C
植え込みの陰から、もう1人──!
昨日俺が倒した不良が、四宮の前に飛び出す。
奴は鉄パイプを振りかぶる。 俺はとっさに四宮を押しのけ、右足を振り上げた。
バキィッ!
一條恭平
俺の右肩に鉄パイプがぶち当たる。鈍い痛みが鎖骨全体に走る。
同時に、俺の右足が不良の腹部に深々と突き刺さる。
不良C
俺が右足を戻すと、奴は腹を押さえてうずくまる。
一條恭平
肩の痛みをこらえて、俺はもう一度右足を振るう。
ドカッ!!
詫びるように頭を垂れた不良の頭部を蹴飛ばした。
不良C
男は汚い叫び声を上げて、真後ろへと倒れ込んだ。
一條恭平
右の鎖骨に再び痛みが走り、俺は呻く。
折れてはいないだろうが、打撲か、最悪ヒビが入ったかも知れない──。
ガッ──!!
一條恭平
後ろから太い腕が伸びる。左腕が俺のみぞおち、右腕が俺の右肩に回る。
プツッ……
振りほどこうとした瞬間、首──左の鎖骨の上辺りに感じる針のような痛みに、身がすくんだ。本能でその先を知る。
顔のすぐ横に構えられた骨ばった右手には、サバイバルナイフがしっかりと握られていた。
グリップから伸びるやや錆びついた刃が、視界の右下へと消えていく。四角になっている先端部がどこに突きつけられているか、容易に想像できる。
不良A
プツッ……
一條恭平
真後ろから届く声。再び首に感じる小さな痛みに、俺は抵抗を諦める。
もう1人の不良がニヤついた笑顔を浮かべて、こちらに近寄ってきた所で、羽交い締めされたまま無理やり後ろへ向かされた。
四宮沙紀
一條恭平
不良A
不良B
一條恭平
ゼーハーと荒い呼吸を繰り返しながら、不良たちは前方でうろたえる四宮を威嚇する。
よく見れば隣の不良は、服装が乱れ、顔には着けた覚えのない痛々しい傷が残っている。
先程倒し、地面に転がっている不良も同じ。姿は見えないが後ろのやつも同じだろう。
隣の不良が、持っていた鉄パイプをガシャンと地面に落とす。その手で携帯を取り出して、誰かに連絡を入れた。
不良B
一條恭平
不良B
不良は若干震えた声で、話を続ける。
一條恭平
一條恭平
電話を切った不良は携帯を仕舞い、落とした鉄パイプを拾い上げる。
若干震えた足で、四宮を挟むように大きく回り込んだ。
不良B
不良A
四宮沙紀
街灯に照らされて光る鉄パイプを前に、四宮はひどく怯える。
不良A
一條恭平
うぅ……あぁ……
焦燥感に駆られていた俺の耳に、うめき声──生霊の声が届く。
俺は思い出した。奴を跳ね除ける護符を、公園のベンチに置きっぱなしにしていたことを。
一條恭平
俺は頭を振ってメガネをずらし、レンズの外から動かして周囲を見渡す。
だが、四宮と手を離してしまった今は、声はすれどもどこにいるかまでは分からない。
ずる、ずろろろぉぉぉぉ……
一條恭平
妙な音が聞こえた。ぬめりけのある物体を引きずるような奇妙な音。
四宮沙紀
四宮も気付いたのか、小さな声で戸惑う。だが、霊感のない不良たちには聞こえていないようだ。
不良A
不良B
不良のが四宮も拘束しようと、彼女に一歩近付いた時。
べちゃっ……
嫌な音がした。ずぶ濡れの何かが絡みつくような音だ。
一條恭平
これまで生霊と相対した時には聞こえなかった音に俺は困惑する。
不良B
四宮に迫る不良の片方が、持っていた鉄パイプを高く掲げる。
ずる……
一條恭平
その男の首に絡みつく2本の腕に、俺は息を呑んだ。
不良B
奴は違和感を覚えたのか、不意に視線を下ろし──
不良B
恐怖の声を上げた。四宮はとっさに男から離れる。
不良の背中に、顔の崩れた男がもたれかかっていた。おののく不良の肩に、青白い頭部を乗せている。
さっきまで沼で溺れていたかのように、どろどろとした液体にまみれた姿は、見るだけで生理的な嫌悪感を呼び起こさせる。
身につけている学生服のあちこちがいびつに膨れ上がり、服の隙間から大きなニキビのような腫れだらけの肌が覗かせていた。
うぅ……あぁ……
ぇせ……返せ……
生霊はもたれかかる。悔しさと悲しみが混ざった唸り声を口から垂れ流して、男にしがみつく。
不良B
不良B
不良は持っていた鉄パイプで、生霊の頭を殴打する。
ガンッ!
あぁぁ……!
苦痛に満ちた声。殴られた上半身を揺らせて生霊が悶える。
しかし、攻勢はそれでは止まない。苦痛の声を上げながらも、霊はなおも不良にしがみつき、男によりかかる。
一條恭平
四宮沙紀
不良A
前方の異形に俺たちは動揺するが……ここで慌てふためいている場合ではないと、俺はすぐに悟る。
両腕の拘束の力は、動揺からか大分弱まっている。俺は右肩の痛みをこらえて、右足を駆け出すように振り上げた。
一條恭平
ガッ!!
後ろの不良の右足に、俺は思いっきりかかとを踏みつける。
不良A
痛みで悶える奴の隙を突き、俺は両腕を振り払い、前に逃げ出した。素早く振り向く。
不良A
一條恭平
体勢を崩した不良の頭に、俺はもう一度右足を掲げ──。
ドガッ!!
不良A
一條恭平
蹴り飛ばそうとする直前に吹き飛んだ血に、息を呑んだ。
俺より先に、四宮が男を蹴飛ばしたのだ。男は背中を地面に叩きつけ、そのまま動かなくなる。
一條恭平
四宮沙紀
意外な反撃に舌を巻いたところで、俺は彼女を連れて、不良たちから距離を取る。
ドタドタッ!
騒々しい物音。生霊に襲われた不良が、よりかかりに耐えきれず前のめりに転んだ。
許さない……よくも……
四宮と手を繋ぐと、生霊の声がはっきり聞こえるようになる。
酷い皮膚病に襲われたような姿の男が、うつ伏せに倒れた不良に覆いかぶさる。
不良B
不良B
不良B
男はもがきながら謝罪の言葉を吐き出す。
しかし霊は奴を許さない。暴れる男の身体に、びっちりと張り付き、えんえんと耳元で呪詛の言葉を呟く。
死ね……死ね……死ね……!
不良B
ひときわ大きい悲鳴を上げた後、奴はぴたりと動かなくなった。
生霊は不良の体の上でもぞもぞと動いた後……奴の身体に溶け込むように、ふっと消える。
一條恭平
四宮沙紀
四宮の震えた声。俺は恐る恐る、倒れ込む不良の近くにしゃがみ込み、手を伸ばして呼吸を確かめる。
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
立ち上がった俺は四宮に尋ねる。
四宮沙紀
四宮沙紀
一條恭平
おおよそ事情が見えてきた。
恐らくこの不良は、過去にカツアゲした佐藤という生徒に対し、昨日また暴行を働いたのだ。
二度も襲われて、恨みが募ったその生徒は生霊を生み出し、奴に復讐したのだろう。
最初は霊感のある俺たちにしか知覚できなかったが、彼は不良の背中にしがみついたところで実体化し、そのまま奴を襲った。
覆いかぶさった霊が男に何をしたのかは分からないが……心に残る傷を与え、恨みを果たして消えていったのだ。
一條恭平
一條恭平
四宮沙紀
四宮は後ろを向いて、公園の入口の方に小走りで戻っていく。
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
俺の元に戻ってきた四宮と手を繋ぎ直し、意識を集中させる。
あ……あぁ……
再び生霊の声が聞こえてきた。前方の出入り口の近くで、ぼーっと突っ立っている。俺たちは用心して近付く。
……その時気付いた。いくつもの頭が浮き出る生霊の肉体の中……右肩の後ろ辺りにひとつだけ、えぐれたような穴があるのだ。
先程耳にした。何かを引きずるような音を思い出し、謎が解ける。
一條恭平
一條恭平
少しずつ謎が解けてきた。あの生霊を構成しているのは相沢の被害者の霊だけじゃない。
奴の手下の舎弟に虐げられてきた人たちの怨念による生霊も寄り集まって、あの奇妙な肉体が形成されているのだろう。
四宮沙紀
生霊に注意しながら公園の出入り口まで来た時、四宮が妙な声を上げた。
四宮沙紀
四宮が指した先にあるのは……公園の地面に転がるむき出しの携帯。
落下の衝撃で外れてしまったのか、そばには手帳型の携帯カバーが──。
一條恭平
俺も疑問の声をあげる。カバーだけでなく、妙な紙が一枚、落ちていたのだ。
着物の女性をデフォルメしたような形の薄い紙だ。
全体的に黄ばんでおり、ところどころにカビのような染みができている。
中央部には達筆で何か書かれている。『大』と『神社』という字は読めるが、あとは分からない。
四宮が優紀の携帯とカバーを拾うかたわら、俺はその紙を拾う。
こんなもの、最初は落ちていなかった。恐らくは、携帯とカバーの間に挟まっていたのだろう。
一條恭平
四宮沙紀
四宮は小さく首を振る。となると優紀が入れた……? いや、こんな妙なものを、わざわざカバーの下に仕込まないだろう。
一條恭平
俺が紙を観察していた時。
携帯の着信音が、公園の出口の方から聞こえてきた。
相沢だ……。現在地の確認でもしてきたのだろう。
一條恭平
四宮沙紀
電話に一切出ない3人をよそに、俺たちは歩き出す。
ベンチに置きっぱなしだった護符を拾い、反対側の出口から公園を出たところで、携帯の着信が止んだ。
だが、次の瞬間──。
四宮沙紀
四宮が持つ優紀の携帯が、着信を知らせてきた。画面に表示されている相手は香月……。
嫌な予感がした。どうして奴等の着信の直後に?
一條恭平
四宮沙紀
俺は四宮から携帯を受け取る。
予感が外れて欲しいという願いを込めて、電話に出た。
一條恭平
相沢
電話口から聞こえてきた、腹立たしげな声。
携帯を持つ手が震えた。外れていて欲しかった。
相沢
五代優紀
不良
ドカッ!
五代優紀
香月七瀬
2人の切羽詰まった声が聞こえてくる。最悪の状況になっていることを、俺は既に理解していた。
四宮沙紀
漏れ聞こえる声で自体を察したのか、四宮は顔を引きつらせる。
一條恭平
相沢
一條恭平
相沢
相沢
下卑た笑いが携帯の向こうから響く。怒りで携帯を握り潰しそうになるのをこらえて、俺は条件を飲んだ。
一條恭平
相沢
相沢
一方的に言い残して、電話は切れた。
俺は携帯を四宮に手渡す。
一條恭平
一條恭平
優紀の携帯を調べた時、四宮から通知が来ていることを見て、奴は俺たちが優紀を探していることを察したのだろう。
相沢は俺たちがここに来ることを見越して、わざと位置情報をオンにし、優紀の携帯を置いていったのだ。
四宮沙紀
既に四宮の両目に涙が溜まっていた。俺は思案の末……自分の携帯で、三国に電話をかける。
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
詳しい事情は聞かず、二つ返事で了承してくれる。
俺は現在地を伝え、近くにあるファーストフード店に来て貰うよう三国に頼む。
同時に音声をスピーカーに切り替え、顔から離してメッセージアプリを開く。
トークリストから選んだのは、中学時代の友達のグループ。
しばらく発言が止まっているトーク画面に、俺は手早くメッセージを打ち込んだ。
一條恭平
本田零也
秒で零也から返事が来る。 ためらわずに手を上げてくれる彼に内心で感謝しながら、廃クラブの場所を伝える。
三国綾乃
一條恭平
電話を切った俺は、四宮の手を引いて走り出した。