テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
完成次第公開していきます
8,351
#読み切り
夕方の校庭は、オレンジ色に 染まっていた。
帰り支度を終えた 子どもたちの声が
遠くで弾んでいる。
凪は、下駄箱の前で靴を 持ったまま動けずにいた。
雨宮 凪
そう思ったのは
今日が初めてだった。
心の奥で、小さな痛みが まだ残っている。
昨夜のピアノの音
莉乃の歌
直人の笑い声が 頭のどこかでまだ響いていた。
学校では、 みんなが普通に話しかけてくれる。
笑ってくれる。
凪が笑えば、嬉しそうに 笑い返してくれる。
ここにいるときだけ、 自分が“普通の子”に戻れる気がした。
だから今は
靴を履くのが怖かった。
ドアの向こうには、 いつも通りの家がある。
何が起きるか分からない家が。
男子クラスメイト
クラスの男子が声をかけてきた。
凪は、はっとして笑顔を作る。
雨宮 凪
声は明るい。
表情も明るい。
でも胸の奥は、ぎゅっと縮んだまま。
男子たちが走り去るのを見送り、 凪はゆっくり靴を履いた。
下駄箱の影が長く伸びる。
夕日が沈みかけて、 校舎が少し冷たく見えた。
雨宮 凪
分かってる。
行くしかない。
誰も、代わりに行ってくれない。
背中が重い。
足が自然とゆっくりになる。
歩くたびに、胸の鼓動が早くなる。
昇降口を出ると、風が肌に触れた。
その冷たさだけが、凪を少しだけ 落ち着かせた。
雨宮 凪
小さくつぶやいた声は、 風にすぐ消された。
凪は家のある方向へ歩き出した。
一歩進むたびに
夕方の影が長く伸びてついてくる。
まるで、家へと 引きずっていくみたいに。