狐の婿入り

阿部くんは、前の時より 大きめに手を叩く

すると目の前に煙が立ち込め…

晴れたところには、 尻尾が9本の 狐が鎮座していた

図鑑とかでは見たことあったけど 生で見るのは初めてだ

ペットを飼っている事もあって 狐の姿には思わず愛着が湧いた

狐の姿で コクッと頷いてくれたので 俺はおそるおそる体に触れる

両手でたくさん触ってあげると

阿部くんも嬉しそうに 尻尾が揺れていた

しばらくすると 阿部くんは高く鳴き

また元の姿に戻った

うなだれて謝罪してくる 阿部くん

シュンと下がった耳と尻尾さえ 見える気がしてくる

最近 友達、という言葉を 言うたびに緊張してしまう

…

阿部くんが近づいてきた

あれ… そういう流れ！？

まさかのラブコメ展開に 多少びっくりしながらも

阿部くんはほっとしたような 笑顔を浮かべて

俺と阿部くんは 部屋を後にする

取り残された2つのコップが カランと涼しげに鳴った

数週間後

俺達は 『佐久間』『阿部ちゃん』と 呼び合うようになり

前よりも 明るく話せるようになった

ためらいもなく 片耳のイヤホンを貸して

一緒の音楽を聞けるくらいに 仲良くなった

そんなある日のことだった

ここしばらく 友達として阿部ちゃんといるのが 楽しくて

告白のこと 彼が意識してもらえるように 頑張ると言っていたのを

すっかり忘れていた

そして知れば知るほど 彼が優しくて、面白くて、素敵な人ということが分かった

俺の自室は 家族以外に見せられるものではない

だって俺の部屋には… アニメのアクスタやら フィギュアやら

大量のグッズが置いてあるから

俺は阿部くんと 好きな曲の話はしてるけど アニメの話はしてない

オタ活がバレるのは 流石に恥ずかしいよ…

多少気まずい空気感のまま 昼休みは終わってしまった

終学活の後 借りたい本を借りに 図書室へ行って

戻ってきた時には 阿部ちゃんは居なかった

本当はこんなものが好きなんだ って

向かい合って言えればよかった

でも…俺にはそれだけの 勇気がなかった

阿部ちゃん… ごめんね

せっかく、心を開こうと してくれてたのに

俺が拒んでしまった

今日は妙に鞄が重たい

気が沈んでるせいかな…

家に帰り 自分のグッズを見回してから

俺は机に鞄を置く

俺は化学のプリントを 取り出そうと

鞄のチャックを開けた

そこにいたのは ずいぶんサイズの小さくなった 9本の尻尾の狐…

阿部ちゃんに 間違いなかった