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星夜が取材を受けている間、金田は彼に任された物体の観察を続けていた。 物体の主な成分はタンパク質。それとナトリウム、マグネシウム、リン、鉄、その他のミネラル。実は水分の含有量は見た目ほど多くなく、全体の六十パーセント程度。人間と同程度だ。 その生態はアメーバなどの単細胞生物よりもタコのような軟体動物に近い。 実際にこの物体は単細胞生物ではなく多細胞生物だ。生命体として不完全であるがゆえに、細胞同士の結合が弱いので肉体が半液状になっているのである。 人間に例えるならそれは、全身の細胞膜が破れた状態で活動しているのと同じだ。 この物体には人間と同じく、消化器官も備わっているし、脳も存在する。金田達研究員は核と呼んでいるが。 この物体は様々な擬態能力を持つ生物の遺伝子を解析し融合させた新生物。 ゲノム編集技術によって生み出された、いわば科学の結晶だ。 生命としては不完全であるためほとんどの固体は死滅したが、このサンプル609《シックス・オー・ナイン》だけは半年以上も生命活動を持続している。 それどころか日々擬態能力を成長させ、知能までもを獲得し始めている。 この物体は獲物を包み込んで消化する。そのさいに対象の形状を覚えて擬態を可能にする。 単に擬態するだけではなく、一度覚えた形状は他の形状と組み合わせて発現した例もある。 たとえば、蛇の尻尾をもつ猫とか。 知能も現在はチンパンジー程度まで発達している。物体そのものの成長もあると思われるが、どうも消化、吸収した対象の脳細胞の連結を学習し模倣することで自身の知能を向上させているようだ。 学習高原も段階的に進んでおり、すでに三歳児程度の知能を持っていると推測されている。 生後半年で人間の三歳児と同程度となると、恐ろしいほど成長速度が早い。
金田 正美
金田は水槽の向こうにいる物体に語り掛けた。 すると物体は再び金田の顔を作りだし、それがまるで笑っているように見えて金田はぞっとした。 金田はハンディカメラとバインダーを置いて深呼吸をした。 いつまでもこんな気色の悪い物体を眺めていたら夢に出てきそうだと思った。 少しでも気持ちを穏やかにしたいと考え、彼女は星夜が普段から使っているデスクに腰掛けた。 ぎっぎっ、と背もたれに体重をかけ、今度はデスクにつっぷして鼻から息を吸った。 香ってくるのは消毒液の香りだけだったが、不思議と心が落ち着いた。 落ち着きすぎて瞼が重くなってきた。 このまま少しだけ眠ってしまおうか。いいや、仕事しなくちゃ。彼のためだもの。 金田にとって星夜は人生の質を向上させるために必要なパーツだ。 かつて金田は虐められていた。 けれどいつも見返してきた。 頭が悪いと言われれば猛勉強して、運動音痴だと言われれば鍛錬に励んだ。 不細工だと嘲笑されれば整形さえも躊躇わなかった。 あらゆる欠点を潰してきた自分には、星夜のような若くして成功したパートナーがふさわしいと思っていた。 悶々と過去を振り返っていると、彼女の背後の水槽の蓋が開いた。 ゆっくりと、横にスライドしていく。やがて水槽の蓋は落下。けれど地面に落ちる寸前でなにか《・・・》がぶつかるのを阻止した。 そのなにかは丁寧に水槽の蓋を床に置いた。 「はぁ……先生……星夜先生……」 甘い声で想い人の名を囁く金田の足元に、水色の物体は音もなく這いよって行く。 金田は足首に冷たい感触がした途端に飛び上がった。
金田 正美
物体の動きは凄まじかった。 それまでの緩慢な動きからは考えられないほど俊敏にその物体は金田の体を這い上がり口を塞いだ。
金田 正美
呼吸をしようにも口から出てくるのは気泡ばかり。それどころか、物体は徐々に金田の口から体内に入り込もうとしてくる。
金田 正美
呼吸を止められ、金田が白目を向いた。 全身から力が抜けて、椅子にもたれかかる。 放たれた尿までもを啜り、物体は、金田を包み込んだ。 物体と金田は大きな一つの塊になり、やがてその姿を変貌させていく。 すらりと伸びた足が生え、白枝のように華奢な腕が生え、豊満な乳房とさくらんぼのような乳首がぴんとたちあがる。 隙のない腹部のラインから脂肪が乗った臀部へと形成されていく。 人体の中でもっとも複雑な顔面は時間がかかっていた。 それでも物体は金田の切れ長の瞳を再現し、高い鼻と形の良い唇を作り出した。 背中の中央まで伸びた長い黒髪に関しては、もはや本物以上の艶があった。 肉体の模倣が完了してから、物体は彼女がつけていたルージュやアイラインを再現し、次に肉体から服を作り出していく。 そうして、物体は金田へと姿を変えた。