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 所長室にもどってデスクの安全装置を外し引き出しをあけた。  中に入れておいた十万円が七万円になっている。  嫌な小人もいたものだ。どうせなら靴屋の小人のように、いま抱えている山のような資料をまとめてくれればいいものを。  以前、それとなく金を盗んだことを問いただしたら、陽斗は「開けられる鍵だったからてっきりもらっていいと思った」などとのたまった。  それから星夜はより難しい仕掛けを施し、陽斗がそれを突破する関係ができた。  これはある種のゲームだと星夜は思っていた。  わざと金を盗んだり盗ませたりしているのは、お互い大人になってしまった兄弟の不器用なコミュニケーションなのだ。  目減りした金を眺めるこの時間は、星夜にとって兄との繋がりを実感できる貴重な時間だ。  それは酷く歪で、人に胸を張れるような代物ではないけれど。 「昔は頼りがいのある兄貴だったんだけどなぁ」  星夜は遠い昔の記憶を振り返る。  星夜は、いまでこそ研究所の所長という立場にいる。大学ではかなり優秀な成績を納めており、大学側から教員になるようにスカウトされたこともあるほどだ。  けれど昔は違った。  高校生までの星夜は勉強が苦手だった。数学に関しては繁分数の計算さえできないほどだった。  そんな彼に勉強のコツを教えて大学に入学させたのは、他でもない陽斗その人なのだ。  陽斗は昔から頭が良かった。運動もできたし、人望もあった。  星夜にとって憧れの兄だったが、彼にとって陽斗がヒーローのような存在だったのはあくまでも高校までの話だ。  星夜が大学に入学すると同時に入れ替わるように退学した陽斗は、キャバクラのキャッチや交通誘導の仕事などで生活をしていた。  そういった仕事が悪いわけではないし、非難するつもりもない。  けれど星夜は、毎日汗まみれになって働く陽斗の姿がどうしても似合っていないと思っていた。  四度目の仕事をクビになった陽斗を研究所で働かせているのも、他でこきつかわれるよりマシだと思ったからだ。  自分の近くにいれば、また昔のように頼りになる兄貴に戻るかもしれない。  そんな思いからだった。  しかし現実は金をたかり飯をせびり仕事はサボってばかり。  一度本気で真面目に働けと訴えかけたことがあったが、陽斗曰く「俺は生き方にはこだわらない、生きることだけに専念しているだけさ」といってまともに取り合ってはくれなかった。  星夜はここ数年で陽斗に対して幻滅しきっていた。  むしろ陽斗は、わざと星夜が幻滅するように振る舞っている気さえする。  星夜には陽斗がわからなかった。  兄としてのプライドはないのか、人としての尊厳はないのか。  トイレに詰まった糞と格闘する日々で本当に満足しているのだろうか。  陽斗ならもっと高い場所に行けるのに。自分より高い場所にいて欲しいのに。  結局のところそれが、日々のプレッシャーに押しつぶされそうな自分への言い訳だと星夜は気づいていた。  自分は頼れる誰かが欲しいだけなのだと、気づいていたのだ。  星夜が行っている実験は自然界の法則を大きく乱しかねない禁忌。  完全生物の開発という野望は倫理的に間違っているどころか、それが軍事産業に利用されれば究極の生物兵器として利用される可能性を秘めている。  銃弾も刃物も効かない生物兵器。敵に擬態して潜入し、内部から殺戮を実行する恐るべき兵器。    すでに裏の取引では破格の値段がつけられている。スポンサーも各国の軍部やテロリストばかり。  いまこの時点ですでに明日の命も危うい身だ。この研究所《しろ》の中だけが唯一安心して過ごせる場所で、家にさえ、もう何年も帰っていない。  そういったリスクを承知の上で星夜はこの実験に取り組んでいる。  この実験が完成したところで称賛されることはないことくらいわかっていた。  むしろ生命を弄ぶ行為は神への冒涜として批難されることだろう。  それでも彼は実験をやめられない。一度目覚めてしまった知的好奇心は止められなかった。  自身をこれほどまでの狂科学者にしたきっかけは間違いなく陽斗だ。  陽斗が自分に勉強のコツを教えなければ、学問の面白さを、探求することの奥深さを教えなければここまでくることはなかった。  だからこそ星夜は陽斗に固執する。  責任をとって自分の研究を支えて欲しいと願う。  どれほど嫌っても心のどこかでは頼ってしまっている。  いくら幻滅しても彼を傍に置こうとするのは、兄に対する歪んだ執着からだった。

葛城 星夜

「しっかりしなくては」

 両手で頬を叩き気合を入れる。  あの人を頼ろうとするな。頼るなら自分だ。そう言い聞かせる。  気を取り直して資料をまとめようと思った矢先、所長室の扉がノックされた。

金田 正美?

「先生……私です……」

葛城 星夜

「金田さん? どうしたんだい?」

 もしや物体になにか異変があったのだろうか。星夜は急激な不安に襲われた。

金田 正美?

「先生……入れてください……扉が開きません……」

 所長室の扉は設備管理員がもっているマスターキーかパスワード出なければ開かない。  金田がそのことを知らないはずはないのだが、と星夜は気になったが、声の調子が可笑しいことも気になった。  もしかしたら体調を崩しているのかもしれない。

葛城 星夜

「扉の横のコンソールにパスワードを入力して」

金田 正美?

「いくつですか……」

 パスワードまで忘れてしまうとは、いくら何でもおかしい。  星夜の脳裏にあるひとつの恐ろしい仮説が浮かんだ。

葛城 星夜

「……金田さん」

金田 正美?

「なんですか、先生……」

葛城 星夜

「君は……本当に、金田さんなのかい?」

金田 正美?

「…………」

 室内が静まり返る。

葛城 星夜

「金田さん……?」

 いつまでたっても返事がない。  星夜は椅子から立ち上がり、扉に近づいた。  そして扉に耳を押し当てようとしたその時、扉が激しく叩かれた。

金田 正美?

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 先生! 先生! アハ! アハ!
 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

葛城 星夜

「う、うわあああああああ!?」

 星夜は驚いて尻もちをついた。  痛みが走る腰を気にするより、少しでも扉から離れようともがいた。  扉は激しく叩かれている。いまにも壊れてしまいそうなほどに。  甲高い笑い声も続いている。鼓膜に刺さる様な、不快な音で。

葛城 星夜

「や、やめてくれええええええええ!」

 星夜が叫んで頭を抱えると、ぴたり、と音が止んだ。

葛城 星夜

「はぁ……はぁ……」

 全身から脂汗がにじみ出ている。  なのに脊椎に氷水を流し込まれたかの様な寒気がする。  星夜はなぜ音が止んだのか気になった。  恐る恐る、床に頬をつけて、扉の下の隙間から向こう側を覗き込んだ。  すると、隙間の向こうから、大きなガラス玉のような瞳がこちらを覗き込んでいた。

葛城 星夜

「ひぃ!」

 星夜が短い悲鳴を上げた直後、扉の隙間から物体が入り込んだ。  物体は星夜の足に絡みつき、脛を、腿を、信じられないほどの力でへし折った。

葛城 星夜

「ひぎゃあああああああああ、うううううううぅぅ……」

 あまりの痛みに呼吸ができなくなり悲鳴は萎んでいく。  物体は星夜の体の上で、徐々にその姿を変貌させていく。

金田 正美?

「先生……」

 その姿は金田だった。  上半身だけが裸の金田の姿となり、臍から下はどろどろの半液状の物体が星夜の下半身を包み込んでいる。  消化液によって肌が焼かれ熱を帯びてくる。  下半身の激痛と洗浄的な眼差しを向けてくる金田の妖艶な姿が同時に星夜に襲い掛かり、彼は半ばパニックに陥っていた。

葛城 星夜

「あ、か、金田さ……助け……」

 朦朧とした意識の中でそれが本物の金田ではなく物体であるにもかかわらず星夜は金田ならざるものに救いを懇願した。

物体

「ああ、先生……先生……先生……」

 物体は星夜を呼び続ける。  結合した股間部分に物体の体組織が集まっていく。  溶解した服の下で、星夜は自身の大事な部分に異変が起きていることがわかった。  固いなにかがあてがわれている。まるで口のようなものに包まれているかのようだ。  歯のようなものまで感じられる。歯のようなそれは、星夜の大事な部分を上下から挟んでいる。

物体

「ああ、先生! 先生! 先生! 私は先生が欲しい!」

 物体が嬌声を上げると同時に、星夜の大事な部分から、ぶつん、という繊維を嚙みちぎる音が鳴った。

葛城 星夜

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!」

 星夜の絶叫が室内に響く。

物体

「あああああああ! 先生! 先生はもうなにもかも私のものよ! 細胞の一片までもが私のものなの!」

 金田の姿をした物体は頬を染め、悶えるように両手を頬に当てながら体をくねらせた。  愛くるしい仕草とは裏腹に、物体は滑らかな体を星夜の肛門へと滑り込ませた。

葛城 星夜

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 星夜の腹部が歪に変形し始めた。直腸を通過し、S字結腸へと侵入する。小腸にまで入り込んでくる。  物体から消化器官を内側から消化しようとする酵素が分泌され、星夜は体を内側から焼かれる地獄の苦しみを味わうこととなった。

物体

「ああ、先生……素敵……」

 恍惚とした表情で、物体は舌なめずりをしたのだった。

ハイパー・オカルト・サイエンスー三流ゴシップ誌の女記者と無精ひげのプー男が挑む超常科学事件簿ー

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