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大脳と眼球で出来ている人と話し始めてからずげぇゾワゾワきました( ´ ཫ ` ) 俺の中では自覚の無いサイコパス...認識障害?ですかね、主人公はそんな感じなのかなぁと!
岩波さん、ありがとうございます! 認識障害や自己愛はこそっと盛り込んだつもりだったので、その点に着眼いただけて嬉しいです! 考察も素晴らしいです。 こういった話は書こうと思って書けるものでないのか、なかなか出すことができませんが、今後も読んでいただければ嬉しいです。
私にとって世界は一枚の絵だった。
とある瞬間、ピタリと時間が留まる。
私も止まる。
その瞬間
あぁ私たちは今、描かれているんだと感じる。
他の人は気付いていない。
私もいつ気付いたのか、もう忘れてしまった。
子どもの頃からだったか
それとも つい最近だったのか。
前に両親に話した時、笑って
と頭を撫でられた。
友人に話した時は、
と心配された。
だから他の人は気付いていない。
どんなにおいしそうに作られた料理でも
私にとっては気持ちの悪い感触と
胃がひっくり返るような味なんだ。
肉汁したたるハンバーグも
一口食べるとぐちゅりと潰れて粘る半固体になり
吐き気を催す臭気とともに喉をせり上がってくる。
パフェも
サラダも
焼き肉も
ラーメンも
みんな同じ。
だけど私しか感じていない。
だから口を閉ざす。
味を聞かれても
私
と笑って答えるだけ。
そのうち私は、こう考える。
これは絵具やクレヨンの味なのかもしれない。
だって世界は一枚の絵なのだから。
一繋ぎの絵の中に生きる私たちに用意されるすべてのモノは
画材で描かれているに違いない。
だけど私ではその判別がつかないのだ。
だって私には なにを食べても 同じ味にしか感じないんだから。
時折私は、ぐしゃりと白く潰されるものを見た。
それは誰かが飼っているペットだったり
近所に停められている自転車だったり
にこにこと話すおばさんだったりもした。
その後それらはまったく違うものになっていたり、
最初からいなかったようにされた。
描き直されているんだろう。
だけどその間の過程を、私は知らない。
きっと神様は、メイキングを見られたくない人なんだろう。
突然消えて、突然当たり前のように現れ、溶け込んでいく。
それが自分の母親でも、
親友でも、
可愛がっていたペットでも。
それで この世界はいいらしい。
私
慣れていたはずの日常に、私は見慣れないものを見た。
風景が 続いていない。
空も山も道も人も、ビリビリと破られたように
途切れた状態でそこにあった。
途切れた先はただただ白い。
だけど山や道や空はいい。
上半身だけ途切れた人 足だけが残っている人。
そういう人たちが、なかったことにはならないまま
これまで通り生活を続けていた。
私には会話が聞こえない。
だけどその人たちは確実に、きちんと話を交わしていた。
気持ちが 悪い。
それ以降、おかしなことがどんどん起こり始めた。
ある人は、足をべちゃりと塗り潰されたままになり。
ある人は、全身が大きな掌になっていた。
夜でもないのに空は大雨の日の 茶色く濁った水面の色になり。
街は当たり前のように 元の姿を亡くしていった。
母の顔すら酷く歪つなものになり
家もグチャグチャと崩れそうな
なにかおかしなモノになっていた。
気 持 ち が 悪 い。
絵の中の世界だから
なにが起こっても不思議じゃないのかもしれない。
だけどだからこそ ただ一人私だけが。
私
私を映す鏡は歪んでいない。
おかしな家の中で、唯一そこだけが
私が知っている以前の世界のままだった。
そして世界中の誰もが歪まされ 描き直され
潰され 折れ砕かれたにも拘らず
私一人だけが。
私だけが、人の形をとっていた。
歪まない。
口のない人たちと 言葉を交わせない。
だって声など 聞こえないのだから。
やがて歪んだ人たちは みんなヒソヒソと なにか言い始めたようだった。
もうなにを話しているかも 分からない。
言葉すら 私の知っている言語ではなかった。
だけど私が近くに行くと ぴたりと止めるその仕草で
きっと陰口なのだろうと分かった。
言葉を理解できない私を 疎外しているのだ。
今やこの世界で 異質な存在は私のほうなのだ。
気持ちが、悪かった。
その人は歪みきっていたけれど、私の言葉を理解してくれた。
歪みきってはいたけれど、私に分かる言葉を話してくれた。
その人は大脳と眼球でできていた。
だけど私の言葉を解するこの人を、私は同じ人間だと思うことができた。
私は嬉しかった。
だから私は、久し振りににこにこと機嫌のいい顔を作ることができた。
私
大脳にくっついているいくつもの眼球が、揃ってこちらを向いた。
私
私
私
私
私
私
私
私
私
私
私
私
私
私
そりゃあ、きっと痛かったと思う。
私だって締め上げられたり曲げられたりしたら痛い。
だけどみんなちゃんと、私と同じ普通の形に戻ったんだから。
ぐったりと動かなくなったのは、痛さで気を失ったからだ。
ちゃんと私は謝った。 そうしたら お母さんは私と同じ言葉で、
と言ってくれた。
私と同じ姿に戻った人は みんな言葉も元に戻る。
今は気を失って眠っているかもしれないけれど
目が覚めたらみんな また笑顔で話してくれる。
私
にっこりと笑うと、目の前の大脳がぐねりと動いた。
頷いたのかもしれない。
だとしたら、この人はやっぱり私を理解してくれている。
滑るように歪んだ扉へ近付くと ぎょろりとした眼球が じっとりと見つめてきた。
大脳の隣に、真っ黒い穴が開く。
彼がその穴に飲み込まれていくと、不快な金属音が大きく響いた。
それきり、私の世界は静かになる。
部屋の中を見回しても あるのは鏡が一つだけ。
歪んだ部屋だけれど やっぱり私を映す鏡だけは綺麗で 見知った形のまま。
今はこの部屋の中で 思考を巡らせるだけだ。
だけどこの部屋を出してもらえたら
もっともっといろんな人を 直してあげなきゃいけない。
そうしたら空も世界も綺麗になる。
絵の中の世界だろうと 私一人が異質なのは耐えられない。
今度は最初に あの人を直してあげよう
大脳と眼球を
どうやって整形すれば
人の姿になるのか。
私は
時間を有意義に使うことに決めた。