一宮
(絵本の持ち主同士は、こうして会うことになるわけか)
一宮
(八橋だって、俺のことを探していたわけじゃない。きっと、たまたま絵本を手に取る俺を見かけたんだ)
一宮
(だが、俺がそうだったように、誰もが相手に対して敵意を向けているわけじゃない)
一宮
(やり方によっては話し合いで終わらせることだって充分に可能なはずだ)
一宮
あの……絵本の件で少しお話しをさせてもらいたんですが。
七星
なんだろうか?
七星
これだけは言わせていただくが、絵本は物理的に譲渡したり、力づくで奪ったりすることはできないんだ。
七星
君達もそうだろうが、みんな絵本に選ばれている。
七星
奪ったり、譲渡させるにはBB【ブックバトル】で勝負をして勝つしかない。
一宮
あの、それをせずに穏便に済ませるというか――。互いに絵本を奪い合うために、殺し合いに発展するような状態を避けたいんだ。
七星
――笑止。
七星
残念ながら、それは絵空事だな。
七星
例えば、ここで君達と私達が手を組んだとしよう。
七星
だが、残りの所有者達はどうだ?
七星
みんなが君の提案に乗って、馬鹿な争いは止めましょう――となると思うか?
七星
かつて私も、君と同じようなことを考えたことがあった。
七星
そこで悟ったんだ。
七星
この争いを止めるには、全ての絵本を奪うしかない――とな。
七星はそういうと、手を前に差し出した。
なにもなかった空間から、おどろおどろしい表紙の絵本が現れた。
それに反応するかのごとく、一宮の絵本と八橋の絵本も姿を現す。
七星
奪わせてもらうぞ。
七星
君達のその絵本をな。
その言葉と共に辺りがまばゆい光に包まれた。
一宮
(……ここはどこだ?)
七星
場所など、どこでも構わないのだが、人の目があるところでやるわけにもいかないからな。
七星
ただ、勘違いしないで欲しい。
七星
私も根本的な思いは君と同じだ。
七星
だから――私に全てを託して欲しい。
七星
なに、命までは奪わん。
七星
絵本を奪わせてもらうだけだ。
四ツ谷
……正確には、絵本の所有者を従わせるってだけの話。
四ツ谷
願いを叶えることで魂を捕縛されたところで、絵本の所有者は変わらない。
四ツ谷
絵本の所有権を変更するには、所有者が死ぬしかないんだけど、こいつ……妙なところで義理堅いというか、甘いんだよ。
四ツ谷
俺だったら、ぶっ殺して絵本を奪うけど――こいつには逆らえないもんでね。
どこぞのオフィスの抜け殻みたいな空間に現れたのは、一宮と八橋、それに七星。くわえて、見たことも会ったこともない男。
四ツ谷
てか七星。
四ツ谷
やるならやるって事前に言ってくれよ。
四ツ谷
不意に呼び出される身にもなれって。
一宮
(この男はさっきの場にはいなかった)
一宮
(それなのに、なぜ……)
七星
ふふっ……。こいつがここにいるのが不思議か?
七星
こいつの名前は四ツ谷(よつや)という。
七星
一応、私が魂を捕縛している形になっているんだ。
七星
まぁ、この辺りは説明せずとも分かっているだろう。
八橋
魂が捕縛されている人間は、その主人がBBを挑むと、無条件で同じところに飛ばされるってことかしら?
八橋
へぇ、私達もそういう理由で、ここに飛ばされたみたいね。
一宮
(八橋の奴、なにを言ってる?)
一宮
(俺は八橋に対して捕縛権を破棄しているから、少し事情が違うと思うんだが)
一宮の視線に気づいたのか、八橋は一宮にだけ分かるようにウインクをしてきた。
なにか考えがあるらしい。
四ツ谷
どうも、こいつのしもべの四ツ谷でーす。
四ツ谷
四ツ谷怪談と同じ四ツ谷ね。
七星
しもべ――というなら、もう少し私の言うことを聞いたらどうだ?
四ツ谷
いやいや、姐さんには従うようにしてるでしょうよ。
四ツ谷の言葉を無視するかのごとく、七星は話を進める。
七星
まぁ、前置きはこれでいいか。
七星
基本のやり方は分かっているだろうが、しかし今回は2対2の構図が成立している。
七星
ならば、やや特殊なルールでやらせてもらおうか。
一宮
ルールを変えることができるのか?
七星
あぁ、互いが納得さえすればな。
七星
ただ、基本のルールから遥かに逸脱したやり方……例えば、絵本をそっちのけにして、じゃんけんで決めるとかは無効みたいだがな。
八橋
その判定は……絵本がするの?
七星
あぁ、もし誤ったやり方をしようとすると、絵本が拗ねるから分かる。
八橋
でも、それってそっちが提案するルールでしょう?
八橋
そっちが有利になるようにすることもできるんじゃない?
四ツ谷
……さっき七星が言ってたけど、互いが納得しなければルールとして成立しないの。
四ツ谷
とりあえず提案を聞いてみて、嫌だったら拒否すればいい。
一宮
八橋、とりあえず話を聞いてみよう。
七星
……そう言えば、そちらの名を聞いていなかったな。
一宮
一宮だ。
八橋
八橋よ。
七星
そうか、それでは一宮と八橋。
七星
私が提案するルールはチーム戦になる。
七星
本来ならば、相手に自分がセットしたストーリーを踏ませれば勝ち――というルールだが、ここに少しアレンジを加える。
七星
チームごとに【相手に踏ませるストーリー】と【相手に踏まれてはいけないストーリー】をセットするんだ。
七星
それらは、どちらの作品に設定されていても構わない。
八橋
チーム単位で、その双方が設定されていれば、それで問題ないってことよね?
七星
そうだ。
七星
チームにつき【踏ませるストーリー】と【踏まれてはいけないストーリー】を設定さえしてくれればいい。
一宮
(これまでは【踏ませるストーリー】を相手に踏ませるだけだったけど、今回からは【踏まれてはいけないストーリー】も設定しなければいけないってことか)
一宮
(それを踏まれたら負けになる)
一宮
(チーム戦だから、俺と八橋、どちらの作品にストーリーを仕掛けてもいいわけか)
一宮
(ちょっと、八橋と相談したいところだな)
まるで一宮の思考を読んだかのごとく、七星は口を開く。
七星
どう戦うか、そもそもこのルールを受けるのか否か。チームごとに相談したいだろうから、今からしばらく、互いの声が聞こえないようにする。
八橋
……あー、ここの環境は勝負を仕掛けた側が決めることができるから、そういう使い方もできるわけね。
八橋
勉強になるわ。
七星と四ツ谷が何かを話し合っているようだが、なにを話しているのかは聞こえない。
同様に、今の八橋の言葉も、一宮にしか聞こえていないのだろう。
一宮
八橋、それでどうする?
一宮
なにを【踏ませるストーリー】にして、なにを【踏まれたらいけないストーリー】にすべきか。
一宮
しっかり組み立てておかないと、後で大変なことになるぞ。
八橋
そうねぇ、でも――私にちょっと考えがあるのよねぇ。
一宮
考え?
八橋の策略。
それは実にリスキーなものだった。
一宮
た、確かに考え方としては、そう考えられなくもないけど、もし間違っていたらどうする?
八橋
んー、問題ないでしょう。
八橋
これはもう、完全にあっちの落ち度になると思うんだけど。
八橋
つまり、絵本も万能じゃないってことね。
一宮
……分かった。それで行こう。
一宮
確認するまでもないけど、このルールで受けるってことだよな?
八橋
もちろん。むしろ、これ……チャンスよ。
一夜のうちに新たに立ちはだかった七星と四ツ谷。
裏をかくは――果たして誰なのか。