八橋
(さぁ、こうして服を脱がせようとすれば、この男は抵抗しようとするはず)

八橋
(そうなってくれれば、こちらの勝ち)

八橋
(北風と太陽で旅人が取った行動は、上着を脱いだだけじゃない。北風が風を吹かせた際は、上着が脱げないように抵抗している)

八橋
(このサウナという暑い環境、それに加えて、私自身が、上着を脱ぐようにリードしているように見えてることでしょう)

八橋
(だから、特に【上着を脱ぐ】ことを警戒しているはず)

八橋
(よって、私が上着を脱がそうとすれば、それに抵抗しようとするはず)

八橋
(私がセットした【上着が脱げないように抗う】というストーリーを踏んでくれるって算段)

一宮
八橋、ひとつだけ確認したいことがある。

八橋
なに?

八橋
(どちらにせよ、もう勝負は決まる)

八橋
(抗うつもりでいるみたいだし、もう少し付き合ってあげてもいいか)

一宮
――服従したい場合はどうすればいい?

八橋
(服従したい場合は、こちらのストーリーをわざと踏むか、降伏を宣言すればいい。もしかすると、そうやって私のストーリーを引き出すつもりかもしれないから、最低限のことしか教えてやらないんだから)

八橋
(馬鹿なの?)

八橋
(素直に教えてやるわけなんてないじゃん)

八橋
私に向かって降伏を宣言してくれればいいわ。その時点で降伏扱いになるから。

一宮
――そうか。
確認だが、本当に命は助けてくれるんだよな?

八橋
(今さらになって怖気付いた?)

八橋
(まさか、私の言葉を真に受けたわけじゃないわよね?)

八橋
えぇ、もちろん。
あんた、男前で良かったわね。

八橋
(そんなもん、嘘に決まってるだろ。絵本が、どれだけの値段で取り引きされてるか知ってるのか?)

八橋
(さっさと殺して、絵本を売り捌く。そうすれば、簡単に大金が手に入る)

八橋
(ごめんね。世の中はやっぱり金なの)

八橋
(言ったでしょう?)

八橋
(絵本目当てで勝負を仕掛けてくる人間がいるって)

八橋
(まぁ、私もその1人だけどね)

一宮
分かった。
それじゃあ、そちらの方向で考えさせてもらおう。

掛かった……。八橋は心の中で不敵な笑みを浮かべた。
つまり、ギブアップをしたところで、命が助かるというわけではないのだ。
ただし、なにも知らない相手ならば騙すことも可能だ。
一宮
ただ、その前にその……。

八橋
なぁに?

八橋
(まさか、発情しちゃった?)

八橋
(まぁ、男なんてそんなもん)

一宮
降伏することを条件に、抱かせて欲しい。

八橋
(本当に男って馬鹿よね。私の言ってること、全部鵜呑みにしちゃうわけ?)

八橋
(下半身でしか物事を考えていないんだろうなぁ)

八橋
……仕方ないわね。

八橋
いいわよ。

八橋
(まぁ、顔は悪くないし、一度くらい構わないか)

八橋
(勝負の最中ってのが、ちょっと嫌だけど)

一宮
俺は君を抱かせてもらう代わりに服従するってことでいいか?

八橋
えぇ、構わないわ。

八橋
(本当に服従する気あるんだ……)

一宮
やった……。

八橋
(馬鹿な男。その先に待ってるのは死なのに。せいぜい、いい思いをしてから死ねばいい)

一宮
これで……俺の勝ちだ!

八橋
えっ?

どこかしらから現れた鎖が、北風と太陽をがんじがらめにした。
八橋
あんた……なにをした?

一宮
俺のストーリーを踏ませただけだよ。
