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朝、いつも降りてくるはずの...彼女は 降りて来なかった。
部屋を確認してみると、もう彼女は おらず、部屋も人がいなかったかの ように綺麗になっていた。
唯一あった物は、机の上のノート。
手にとって、中を開く。
そこには、殴り書きのようで、文章は 綺麗な形の、彼女らしい日記が 綴られていた。
日記は二年ほど前からのようだった。
二年前...。
紫
彼女は突然、“俺”という一人称に 変わった。
そして、真っ直ぐな目で 俺たちに言った。
赤
と。
たった二言。
その二言が、俺たちには、いや、 俺には重くて、どうしても、 受け止めきれなかった。
普通に生きてほしいと、 願ってしまった。
“赤ちゃん”と気軽に呼べなくなって、 名前を呼ぶことすらできなくなって。
彼女を前のように 可愛がれなくなった。
前のように、気にかけなくなった。
本当は、俺が認めて あげるべきだった。
俺が認めて、兄弟を説得して、自分 らしく生きられるように、環境を 整えていくべきだった。
なのに...俺はそれをしなかった。
全部、しなかった。
次のページ、また次のページと進んで いけばいくほど、その日記はより 過激な内容になっていく。
俺たちへの感情。
学校でのいじめ。
誰にも認められない苦痛。
そんな内容が何ページにもわたって 綴られていた。
ところが、突然その日記は途切れた。
真っ白いページが続くそれを、無心で めくり続ける。
ついに最後のページまで 辿り着いたとき、何か書かれている ことに気づいた。
今までの殴り書きのような字ではない丁寧な字で小さくメモのように 書かれたそれを読む。
“この世界で俺を認めてくれる人なんて、最初からいなかったんだ。 じゃあ、俺が別の世界に行けば 良いんだ。 …来世では、男として 生きられますように。 さよなら。”
“さよなら。”...?
紫
まずい!赤ちゃんを探さないと!
俺は急いで玄関まで走った。
家を出ようとすると、「紫にい」と 聞こえ、振り向く。
桃
紫
桃
紫
桃
紫
桃
紫
桃くんの「了解」という声も聞かず、 俺はドアを思い切り開け、家を出た。
何時間前に家を出たのかすら わからない彼女...いや、彼を見つける ことはほぼ不可能に近い。
それでも、俺は走り続けた。
向かう先は____
昔よく来ていた海岸。
彼はその場所が大好きだった。
夏は家族でここに来て 海水浴をしたり、冬は砂浜で 海を眺めたり。
彼が小さい頃、「ここに来ればどんな ことも忘れられる」と言っていたのを 思い出す。
思えば、小さいながらに大人なことを 言う子だったなあ、なんて今さら 気づく俺は、きっと彼のことを ちゃんと考えていなかったのだろう。
紫
走って走って、やっとついた海岸。
そこには、何もなかった。
それでも諦めきれなかった俺は、 海岸の一番端にある岩まで 行ってみた。
紫
岩の隙間から、赤い何かが 見えてくる。
...まさか、ね。
不安になりながらも俺は その岩に駆け寄った。
紫
ついた先には____彼がいた。
紫
そう呼んで体をゆすっても、彼は 目を覚まさない。
紫
冷たくなった彼の体を抱き上げると、 思わず涙が溢れる。
誰にも認められない。
愛されない。
そんな悲しみを持って、彼は死んだ。
もし、俺が認めてあげられたら。
もし、愛してあげられたなら。
もし、普通を望まなかったら。
彼は、まだここにいたかもしれない。
彼を追い込んだ理由の一つに自分が 含まれていることを、 受け入れたくなかった。
自分が憎くて、醜くて仕方なかった。
紫
気持ちのやり場もなく、ただ叫ぶ ことしかできない。
そんな叫び声は、誰にも届かず 波の音にのまれていく。
泣いても叫んでも、彼は 帰ってこないのに、俺はただ ひたすらに泣き続ける ことしかできなかった。
紫
ふと腕の中を見ると、彼の顔は あまりにも美しく、そして儚かった。
俺は...こんなにも綺麗な一人の命を 奪ったのか...
考えただけで罪悪感が押し寄せ、 ここにいる意味がわからなくなる。
紫
紫
紫
元々...こういう運命だったんだ。
認めてあげられなくて
居場所を作ってあげられなくて
気づいてあげられなくて
愛してあげられなくて
生かしてあげられなくて
生きることから逃げる弱い人間で
ごめんね。