紫にいが慌ててどこかに 出かけようとしてたから
桃
って聞いたら
「赤が死んでるかも」なんて 言い出すから
もっと詳しく聞こうと思ったけど
紫
って出ていこうとするから
咄嗟に「俺も行く」って 言っちゃった。
紫
とか言って家を飛び出す兄ちゃんを 見て、「了解」なんて返したけど、
正直「了解」なわけないし、 何が何だか訳がわからない。
桃
とりあえず準備するか...と 自分の部屋に向かう。
桃
俺の部屋の手前で俺は立ち止まった。
そこは、
赤の部屋。
もう何年も入っていない。
そんな彼女の部屋に、なぜか 今日は入りたくなった。
桃
ドアを開けると、部屋は あまりに綺麗に片付いていた。
ベッドも、勉強机も、まるで誰も 使っていなかったようだった。
唯一あった物は、机の上に不自然に 一冊だけ置かれたノート。
不思議に思った俺は、ノートを 開いてみることにした。
20○○年5月24日
誕生日。
ケーキに 「赤“ちゃん”お誕生日おめでとう」 と書いてあった。
それが嫌だと感じた。
昔から女の子らしい物が 好きではなくて、男の子と遊ぶ方が 楽だったし、気が合った。
それに違和感は感じていたけど、 今日でやっと気づいた。
“自分は男になりたいんだ”って。
“なりたい”とも少し違うかも。
“男なんだ”って。
気づきたくなかった。
何も知らず、普通の人生を 歩みたかった。
でも、気づいてしまった。
これからどうしていこうか。
20○○年ってことは...
三年前か。
赤が「男だ」って言ってきたのは 二年前だから...
一年以上悩んでいたってこと...。
次のページ、また次のページと めくっていく。
他愛のない話もあったし、そこまで 深く悩んでいるようには感じない 日記が続いた。
桃
俺はあるページで手を止めた。
20○△年6月4日
もう限界。
兄ちゃんたちが可愛がってくれるのは 嬉しいし、ありがたい。
だけど、どうしても“女の子だから” としか思えない。
末っ子だから、
ずっと待っていた女の子だから、
待望の妹だから、
可愛がるんだって思ってしまう。
兄ちゃんたちはそんなことしないって わかってる。
それでも、そんなふうに考えてしまう 自分が嫌いで、体が女なのも嫌で、 もう何もかも捨ててしまいたい。
いつ伝えるのが正解なのかな。
20○△年6月23日
やってしまった。
勢いで、言ってしまった。
「俺は女じゃない。男だ」って。
もっと考えて発言するべきだった。
みんな混乱してたし、 認めたくなさそうだったな。
俺の人生は一体どうなるんだろう。
...確かに混乱した。
急に“俺”って一人称に変わって、
それでいて「男だ」って 言い出すから。
正直、どう接していけばいいのか わからなかったし、赤にかける言葉も 見つからなかった。
赤が女の子だったから可愛がっていた つもりはなかったけど、本当はそんな 気持ちもあったのかもしれない。
そんなことを考えつつ、また ページをめくる。
20○△年7月28日
今日は女物の服を捨てた。
髪もバッサリ切ってショートにした。
正直お金なんてないけど、昔貯めてた お年玉から引っ張り出してきて、 美容室に行った。
兄ちゃんたちは気づいていた はずだけど、紫にい以外には特に 話しかけられることはなかった。
紫にいは帰って早々、俺の前に来て しゃがみ込んで。
「普通に生きてよ...赤...ちゃん...」
って俺に言った。
普通に生きるって何...?
紫にいの求める普通って...?
女は女でいろと...?
しかも“ちゃん”付け。
全然認めてはくれないみたい。
間違えて伝えてしまった日から、 兄ちゃんたちは俺を明らかに 避けていて、ご飯だけを作ってくれる ロボットみたいになってる。
まあ、ご飯作ってくれたり、 部屋を用意してくれるだけ ありがたいと思ってるけど...
やっぱり女だったから 可愛がってたのかな、なんて 思ったりして。
もう...消えたいな。
兄ちゃん...そんなこと言ってたんだ。
衝動的だったのかな。
普段は全然そんなこと言う人 じゃないから。
日記は毎日ってわけじゃなくて、 不定期に書かれていた。
だんだん日付が今に近づいてくる。
20○☆年2月24日
今日もいじめを受けた。
普段は暴言で済むんだけど、今日は 殴られちゃった。
女なのに口調が男なのが キモいんだって。
男のフリすんなって。
周りから見たらそう見えてるんだって 自覚した。
先生も気付いてないフリしてるし。
助けようという気持ちさえ感じない。
...居場所がない。
誰も信用できない。
生きてる意味、あんのかな。
次のページは空白で、それ以降 何も書かれていないようだった。
とりあえず最後まで確認してみる。
桃
最後のページに、小さく何か 書かれていた。
誰も認めてくれない世界で、 生きる理由を失いました。
最初から間違えた体で生まれ、 間違えた環境で育ったんです。
普通に生きたかった。
兄ちゃんたちみたいに、クラスの 男子みたいに、堂々と男として 生きてみたかった。
だけど、それは俺の 夢で終わるみたいです。
普通に生きられなくてごめんなさい。
この世界で俺を認めてくれる人 なんて、最初からいなかったんだ。
じゃあ、俺が別の世界に 行けば良いんだ。
…来世では、男として 生きられますように。
さよなら。
桃
そういうことか...!
早く俺も探しに行かないと!
慌てて部屋を出ると、偶然 部屋から出てきた青と出くわした。
青
桃
青
桃
桃
青
俺は青の横を通り抜け、勢いよく 外に出た。
...きっと紫にいが向かったところは あの海岸...!
さっき出て行ったときに左に曲がって 行ったから間違いはないはず。
桃
早く行かないと...!
その思いだけで走り続けた。
ここを曲がれば...!
桃
やっとついた海岸。
そこには、倒れている赤と、 岩の上に登っている紫にいがいた。
桃
どちらからも返事はない。
まずは倒れている赤に駆け寄った。
桃
赤の息は、すでになかった。
桃
岩の方を見ると、虚な目でどこかを 見つめ、どんどん岩の先端に向かう 紫にいがいた。
まさか...!
桃
紫
ダメだ...聞こえてない...!
桃
桃
紫
岩の先端まで行くと、足を止めた。
桃
そんな俺の声も届かず、
紫
彼は海に落ちた。
岩は結構な高さがあり、落ちたときに 当たりどころが悪ければすぐに 死んでしまう。
桃
ぷかぷかと海に浮く紫にいを 泳いで抱き抱え、砂浜まで運ぶ。
桃
いくら浮力が働くとはいえ、大人を 抱き抱えながら泳ぐのは相当な 体力が必要だった。
砂浜までやっとの思いで辿り着き、 急いで意識の確認をする。
桃
体をゆすっても反応がない。
桃
手首と首の両方を確認する。
桃
脈は、なかった。
つまり...
桃
死を意味していた。
目の前で、兄弟が死ぬところを 見てしまった。
助けられなかった。
赤のことも、紫にいのことも。
桃
桃
桃
桃
だんだんと涙が溢れてくる。
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
俺の心の叫びは誰にも届くことなく 海に溶けて行く。
桃
どうして、赤の気持ちを わかってやれなかったのか。
どうして、赤にもっと寄り添って あげなかったのか。
どうして、俺が兄弟を説得 できなかったのか。
どうして、もっと早く気付いて やれなかったのか。
どうして、赤の人生をめちゃくちゃに してしまったのか。
どうして、あの時紫にいと一緒に 出なかったのか。
どうして、もっと早く 駆けつけられなかったのか。
どうして、助けられなかったのか。
どうして、どうして、どうして...!
桃
俺は...どうしたら良いんだよ...
どうしていけば良いんだよ...
赤...紫にい...
教えてくれよ。
どうして。
コメント
1件
続き楽しみです!頑張ってくださいm(_ _)m後、ブクマ失礼します!