九条
どうしました?
九条
もしかして、ギリギリのところをかすったとか?
九条
でも、これで安心しました。
九条
どうやら、命を対価として一宮さんを服従させても、僕は負けにならないらしい。
九条
ある意味、一宮さんは自身が生き残る道を残したわけですね。
一宮
(正直、そんならつもりはさらさらないが、このままだと九条のペースだ)
一宮
(どこかで九条を突き崩して、主導権を握りたい)
一宮
悪いが、服従するつもりはない。
一宮
(考えろ――どうすれば、この男に勝てる?)
一宮
(まずは、九条がどこにストーリーを仕掛けたかだ)
一宮
(俺が踏んでしまいそうなストーリーか……いや、ちょっと待てよ)
一宮
(三富と戦った時みたいに、自動的にストーリーを踏んでしまうように仕組まれていたとしたらどうだ?)
一宮
(あの時は三富が誕生日を迎えることで、六冥の浦島太郎のストーリーを踏もうとしたんだよな)
一宮
(それと同様に、単純に0時を過ぎるとかはどうだ?)
一宮は自身の腕時計に視線を落とす。
時計の針は行き場を失ったかのように、進んでは戻りを繰り返している。
一宮
(いや、あの時は現実世界で勝負したからこそ、時間の概念があったけど、この世界にその概念はない)
九条
あのぉ、残念ですけど、ここの世界に時間の概念はほとんどありませんよ。
九条
だから【0時を過ぎる】とかのストーリーは仕掛けていないので、心配なさらずに。
一宮
(また俺の心を読んだ?)
一宮
(いや、俺が腕時計に視線を落としたことで、考えていることを推察しただけだ)
一宮
(くそっ、頭では分かっているけど、どうしても九条に見透かされているような気がしてしまう)
一宮
(この雰囲気にのまれてしまうとまずい)
一宮
(とにかく流れを変えよう。そのためには――)
一宮
ダウトだ。
一宮
【王子様と結ばれる】でどうだ?
一宮
(この勝負は基本的に相手に自分のストーリーを踏ませなければならない。ゆえに、こちらが思い浮かぶようなストーリーをセットするのが定石になる)
一宮
(ただし、相手に踏ませやすいということは、逆を返せばダウトされやすいということ)
一宮
(だから、あえてこちらが踏めないストーリーを設定してダウトを回避する手段もあり得る)
九条
そんなの設定するわけないじゃないですか。
九条
大体、どうやって一宮さんに、そのストーリーを踏ませるんです?
九条
王子様もいませんし、ましてや結ばれるなんて。
九条
もちろん、ダウトは失敗です。
一宮
(駄目だったか。まぁ、いくらダウトが怖くても、相手が絶対に踏めないようなストーリーはセットしないか)
一宮
(ん……ちょっと待った)
一宮
悪いが、ひとつだけ確認したい。
九条
なんでしょう?
一宮
この勝負って、ダウトを使い切っても負けにならないんだよな?
九条
えぇ、ダウトが使えなくなるだけです。
一宮
そして、セットするストーリーについて、特に大きな取り決めはない。
九条
基本的なことまでは説明しませんが、取り決めは特にありません。
一宮
そうか。
九条
ん?
九条
なにが知りたいんです?
一宮
いや、一応確認したかっただけなんだ。
一宮
(もしかして……九条の目的は別のところにあるのかもしれない)
一宮
(だとしたら、やっぱり狙うべきは、本来なら仕掛けられないようなストーリー……つまり、俺が踏めないようなストーリーだ)
一宮
(だからこそ、九条はさっきのダウトで確認をしたんだ)
一宮
(シンデレラ――俺が絶対に踏めないであろうストーリーはなんだ?)
一宮
(踏みやすそうなストーリーはいくつもあるけど、逆に踏めないストーリーから考えてみると、そこまで数があるとは思えない)
一宮
(ただ、俺の考えが本当に正しいのか――)
九条
なんか、ダウトの要素を付け加えたら、ゲーム的に盛り上がるかなって思ったんですけど、思った以上に地味ですね。
九条
もう少し駆け引きの要素が出てくると思ったのですが。
一宮
(駆け引き?)
一宮
(いや、こいつの求めているものは、そんなものじゃない)
一宮
(だからこそ、俺が踏まない……もしくは踏めないストーリーを仕掛けているはず)
一宮
(さっきのダウトだって、方向としては間違っていないはず)
一宮の気づきと、九条の思惑。
それが交錯した今、静かに勝負の場が動き出した。
一方、その頃。
四ツ谷
ま……マジかよ。
二ツ木
やっぱり、この程度だったか。
二ツ木
金太郎っていうマイナーな絵本に選ばれた自分を恨むんだね。
四ツ谷
ま……待てよ!
四ツ谷
勝負には負けたけど、まだ俺は死ぬわけにはいかないんだよ!
四ツ谷
話だけでも聞いてくれよ!
二ツ木
駄目、この子……お腹空いてる。
二ツ木の隣に漂う絵本が、口を開くかのごとくページをめくる。
四ツ谷
少しだけでいい!
四ツ谷
俺の話を聞け!
四ツ谷
あんたにとって悪い話じゃないはずだ。
二ツ木
10秒……それ以上は、この子我慢できない。
二ツ木は絵本の方へと視線を向けると、同意を求めるかのごとく口を開いた。
二ツ木
いい子だから、もうちょっとだけ待ってね。
二ツ木
今日は……ご馳走だよ。