校門の前へと向かうと、千早が腕を組んで仁王立ちにて一里之達を待っていた。
一里之
(仁王立ち? なんで?)

ミステリアな雰囲気のクラスメイト――という印象は、無表情の仁王立ちで台無しになる。
一里之達の姿を見つけた千早は、慌てた様子で仁王立ちをやめた。
千早
みなさん、到着するの早くありません?

要
いや、だって近くのファミレスにいたから。

愛
あの、それにしても本当ですか?

愛
【惨殺アイちゃん】の正体が分かったって――。

千早
はい、分かりました。

千早
うっかりと犯人はボロを出してくださいましたし。

アイク
それで、犯人は誰なのですか?

アイク
相川さん?

愛
それとも、私ですか?

藍華
私じゃないよ――。

千早
――そもそもの疑問なのですが、なぜ【惨殺アイちゃん】が女性に限定されると思ったのですか?

一里之
いや、それは名前とSNSだよ。

一里之
まず名前が【惨殺アイちゃん】で、現場にはピンクの蛍光塗料かなにかでサインが残されていたんだ。

千早
だから女性だと――。

千早
しかし、それだけでは【惨殺アイちゃん】が女性だという根拠にはなりませんよね?

要
でも、SNSを見てても、そんな感じするよ。

藍華
制服のままカラオケに行ってオールしたり、体型を気にするような書き込みがあったり。

愛
ザ・女子って感じの書き込みが多いよね。

千早
――そのように振る舞うことで、おそらく【惨殺アイちゃん】は自分に疑いが向かないようにしていたのではないでしょうか?

アイク
――その割に、自らの名前に【アイ】が含まれるとか言っちゃってますがー。

千早
はい、自己顕示欲の強いお方なのでしょう。

千早
自分が犯人だと暴かれたくはないけど、自分が犯人だと主張したい。

千早
今はSNSという、自己顕示欲を満たすために使えるツールがありますからね。

要
とにかく【惨殺アイちゃん】は、男の可能性もあるってこと?

要
だとしたら――。

アイク
まさか、疑われてますかー?

千早
それでは、まずは犯人をはっきりとさせてしまいましょうか。

すると、警備員室からふたつの影が出て来たところだった。
一里之
げ、警備員じゃん。

一里之
こんなところで立ち話をしてるから、出て来ちゃったんだ。

アイク
おー、アイク一応先生という扱いだから、怒られますー。

アイク
場所を変えましょう。

千早
いいえ、わざとここでお話をさせてもらったのです。

千早
こうしていれば、いずれ出てくれるかと思いまして。

河合
おーい、もう下校時刻過ぎてんだから、そんなところでたむろすんなってー。

河合
アイク先生、困りますね。

河合
いくらALTであっても、生徒の手本になってもらわないと――。

アイク
おー、ごめんなさーい。

千早
謝る必要はありませんよ。

千早
むしろ、謝らなければならないのは、そちらのほうですから。

千早
これまで奪った命に対して謝罪すべきです。

千早
【惨殺アイちゃん】――いえ。

千早
【ベテラン】さん!

千早が指差したのは【ベテラン】のほうの警備員だった。
河合
はぁ?

河合
何を言っているんだ?

藍華
あの、警備員さんのお名前って?

要
もし、本当に【惨殺アイちゃん】なら、本名に【アイ】が含まれているはずだから。

河合
河合秋斗だけど。

河合
こいつと苗字は一緒で、下の名前は彰だ。

千早
なぜ、しっかりと本名をおっしゃってくれないのですか?

河合
いや、だってこいつと同じ――。

千早
いいえ、口に出してしまうとバレてしまうからですよね?

千早
あなたの名前にしっかり【アイ】という2文字が入っているということが。

一里之
え、でも【かわいあきと】さんに【かわいあきら】さんだろ?

一里之
どっちにも【アイ】は含まれていないよな。

要
あ、でも逆に読んだら【アイ】が含まれてるよ。

千早
いえ、そんな七面倒なことは、おそらく考える必要ありません。

千早
逆から読まずとも、犯人の名前には【アイ】が含まれているのですから。

千早
おかしいと思ったのは、警備員室のタイムカードを見た時のことでした。

千早
あの時、それぞれのお名前をしっかり覚えさせていただきました。

千早
確か、上から順に――。

千早
【浅田正仁】

千早
【河合彰】

千早
【河合秋斗】

千早
【田辺順次】

千早
とタイムカードが並んでいたはずです。

千早
これ、おそらく上から順に【あいうえお順】に並べられていたと思われます。

愛
まぁ、最初が【浅田】さんで、最後が【田辺】さんだもんね。

千早
はい、その間が【か行】の河合さんということになります。

千早
しかし、その法則に従うのであれば、このタイムカードの並びはおかしいのです。

千早
仮に両者とも【かわい】さんなのであれば、上にくるのは【河合彰】ではなく【河合秋斗】でなければなりません。

千早
なぜなら【かわいあき】までは、どちらも同じで、異なるのは最後の文字だけ。

千早
あき【と】か、あき【ら】の違いだけです。

千早
【と】は【た行】で、【ら】は【ら行】です。

千早
【あいうえお順】に並んでいるのであれば、先に来るのは【河合彰】ではなく【河合秋斗】のはず。

千早
しかし実際は【河合彰】が先で【河合秋斗】が後になっています。

千早
これはなぜなのか?

千早
実はアイク先生が口にしたことがヒントになりました。

アイク
私が口にしたことですかー?

千早
はい、アイク先生は日本語がややこしい理由という例えで出していましたよね?

千早
桑原という苗字は【くわばら】と読んだり【くわはら】と読んだりするから難しい――と。

アイク
あぁ、生徒にいるのですー。同じクラスで、同じ漢字を使っているのにー【くわばら】さんと【くわはら】さんと、別の読み方をする生徒が。

アイクの言葉を聞いた千早は【ベテラン】のほうの河合へと視線をやる。
千早
【あいうえお順】に並べられたはずのタイムカードなのに、なぜ【河合秋斗】より【河合彰】が先に来ていたのか。

千早
その答えは簡単――あなたは【かわい】ではないからです。

千早
そうですよね?

千早
【かわあい あきら】さん!

千早
あなたの苗字の河合は【かわい】ではなく【かわあい】と読むんです。

要
あ、それなら【かわアイ】で、名前に【アイ】が含まれている――。

千早
それに、タイムカードの並びも【あいうえお順】になります。

千早
【かわい】より【かわあい】のほうが【あいうえお順】では先になりますから。

一同の視線が向けられる中【ベテラン】は小さく笑みを漏らす。
河合
いやいや、探偵ごっこもほどほどにしなよ。

河合
俺の名前に【アイ】が含まれている――だから俺が【惨殺アイちゃん】だってのか?

河合
それだけで犯人扱いされちゃ、たまったもんじゃないね!

河合
根拠は?

河合
あまり大人を舐めないほうがいいぞ!

千早
ありますよ。根拠――あなた、きっと誰もが知り得ないはずのことを口にしているんです。

河合
だったら、それを言ってみろよ!

一里之
猫屋敷さん、こいつ何をやるか分からない。

一里之
とりあえず僕の後ろにいたほうがいい。

格好をつけて千早の前に出てみるが、両膝はガクガクと震えていた。
千早
動物を殺すなんて許せません。

千早
必ず認めさせます!
