一宮
(俺が絶対に踏めないようなストーリーかつ、曖昧にならないような行動)

一宮
(例えば、さっき失敗した【王子様と結ばれる】という、内面的かつ、第三者から確定できないものではなく、誰から見ても明らかな行動)

一宮
(それらを絞って行くと、ひとつの答えが見えてくる)

一宮
(もちろん、これは考え方のひとつであって、可能性を言い出したらキリがない)

一宮
(ただ、これなら第三者から見ても確実に成立しているだろう)

一宮
(もっとも、物理的には絶対成立することはあり得ないストーリーだが)

九条
どうしました?

九条
ダウトするんじゃなかったんですか?

一宮
まぁ、慌てるなよ。

一宮
(これを外してしまったら、いよいよなにが正解なのか分からなくなる)

一宮
(そもそも、根本的な考え方を変える必要があるだろう)

一宮
(それでも、これに賭ける)

一宮
それじゃあ、ダウトするぞ。

一宮
……【かぼちゃの馬車に乗る】だ。

一宮
(もちろん、乗るという言葉は乗降を含めている。乗る……ということは、いずれ降りるということでもあるからな)

一宮
(とにかく、かぼちゃの馬車関連が答えに近いことは、可能性としては高いはずなんだ)

辺りの空気が冷たく、そして張り詰めたような気がした。
九条の方へと視線をやると、彼は相変わらずの無表情だった。
九条
な、なんで。

九条
どうして、ピンポイントで当てて来るんだよ……。

宙に現れた鎖が、九条の方へと向かい、彼のそばに寄り添うように浮いていた絵本をがんじがらめにした。
一宮
どうやら、上手くいったみたいだな。

九条
あなた、馬鹿じゃないんですか?

九条
このゲームは相手に自分のストーリーを踏ませるゲームなんですよ?

九条
どうして、僕が絶対に踏めないストーリーを組んでいたと思ったんです?

九条
なぜ、そんな発想ができる?

一宮
九条、君は決して間違ったことは言っていなかった。

一宮
確かに、君は俺には負けないし、普通に君とやり合うなら、俺も君には勝てなかっただろう。

一宮
でも、君はあくまでも負けないだけ。

一宮
……最初から、ゲームに勝つ気がなかったんだろ?

九条
なにを言っているんです?

九条
そんなわけがないでしょう!

一宮
言い方が悪かったか。

一宮
君はゲームに勝てなくても、自分が勝てる道を他に残していたんだよ。

言い放ってやると、まるで鎖を巻かれた絵本に連動するかのごとく、体をよじる九条。
九条
まさか、そこまで見越されていたなんて。

九条
馬鹿馬鹿しいにも程がある!

一宮
あぁ、俺も馬鹿馬鹿しいとは思ったよ!

一宮
でも、このゲームのルールなら可能だと思ったんだよ!

一宮
つまり、延々とゲームが終わらない状況を作り出すことがな。

致命的な指摘だったのか、ずっと表情を失っていた九条が、顔を少しだけ歪ませた。
一宮
このゲームは自分の仕掛けたストーリーを相手に踏ませれば勝ち。

一宮
その仕掛けるストーリーについては、特に大きな取り決めはない。

一宮
さて、この状態で、君だけじゃなくて俺も、君が絶対に踏めないストーリーを設定したらどうなっていたと思う?

九条
だったら、ダウトでそれを当てるしか――。

一宮
その肝心のダウトも互いに3回ずつ。

一宮
では、そのダウトを使い切った後はどうなる?

九条
そりゃ、お互いに相手が踏めないストーリーを組んでいるわけだから……。

一宮
決着がつかなくなるんだよ。

一宮
もちろん、俺はちゃんと相手が踏めるようにストーリーをセットしている。

一宮
でも、それは君が行動さえ起こさなければ成立することのないストーリーでもある。

一宮
そして、君のストーリーが、まさか物理的には絶対に踏めないストーリーだとは思わない俺は、間違いなくダウトを3回使い切る。

一宮
君にとってダウトは、当たればラッキー程度のものであって、それで決着をつけるつもりなんてなかった。

一宮
君の本当の狙いは、互いにダウトを3回使い切って、勝負が硬直する環境を作り出すことだったんだよ。

一宮
君は物理的に俺が踏めないストーリーを設定しているわけだから、俺のアクションで勝負が決することはない。

一宮
一方、君は行動を最小限におさえることで、俺のストーリーを踏むことを回避できる。

一宮
こうして、終わりのない状況を作り出し、俺と交渉するつもりだったんだろ?

一宮
このままでは永遠にゲームが終わらない。

一宮
ゲームを終わらせるのであれば、どちらかが降伏する必要がある――なんて適当な言葉を並べて、俺を降伏させるように持っていくことが、君の戦略だったんじゃないか?

九条
さぁ、どうなんでしょうねぇ。

一宮
だから、君は一度目のダウトで【なにかを対価に相手を服従させる】を潰したんだ。

一宮
決着を対価にして俺を服従させても、自分が負けにならないか確認したかったんだろ?

九条
くっ……。

一宮
君は確かに負けないよ。

一宮
負けないような環境を作るわけだからね。

一宮
でも、その代わり絶対に勝つこともない。

九条
でも、どうして僕の仕掛けたストーリーを二度目のダウトで当てることができたの?

九条
そんなに簡単に分かるようなものじゃないはずなのに!

一宮
最初から君に勝つ気がなく、決着がつかない状態に持っていきたいのであれば、俺が絶対に踏めないストーリーを設定すればいい。

一宮
そう考えると、実のところそこまで組めるストーリーがないんだ。

一宮
その中で、絶対に成立しないであろうものはなにかと考えた時――かぼちゃの馬車が思い浮かんだだけさ。

一宮
かぼちゃの馬車への乗り降りは、それそのものが存在しなければ、絶対に成立しない。

一宮
正直、まだいくらでも成立しないものはあっただろうけど、なにかが存在しないと成立しないストーリーを考えると、まずかぼちゃの馬車が思い浮かぶんじゃないか?

一宮
考えようによっては、誰でも王子様にはなり得るけど、かぼちゃの馬車はかぼちゃの馬車だからね。

九条
そ、そんな根拠で――。

一宮
あぁ、一か八かだった。

一宮
ダウトの権利を使い切っていたとしたら、本当に勝負そのものが膠着(こうちゃく)しただろうしね。

一宮
そうなったら、君の思い描いた通りになっていたのかも。

九条
くそっ……。

九条
この方法なら絶対に勝てると思っていたのに!

一宮
悪いな。

一宮
俺も負けるわけにはいかないんだよ。

感情の読めぬ九条の思惑を見破った一宮に軍配が上がった。