テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ruruha
1,666
#中学校
#創作
ゆずき
57
#不気味
もな
118
第一話 ボロ探偵事務所にて
ハル
ハル
一度でいいから、そんな格好いい台詞を吐いてみたかった。
けれど現実の俺、田中波瑠(ハル)は、自分で淹れた 安もののブラックコーヒーをすすりながら
机の上に広げたスーパーの食費のレシートと にらめっこをしているだけだった。
現在、朝の八時。雲に押し潰されそうなほど薄暗く 湿気でベタつく六畳足らずの部屋の中でのことだ。
Scene 1:バカたちの日常
東京の外れにある、築年数すら怪しい雑居ビルの三階。
階段を上がる途中で、湿気を含んだタバコと埃 そして錆びついた手すりの匂いが鼻を刺す。
カン、カン、カンと遠くで鳴り響く踏切の音。
ミーン、ミンミンと、雨の合間に主張する蝉の声。
商店街からかすかに聞こえる呼び込みの声。
さっきまで薄晴れだった空は急変し、窓の外は土砂降りの雨になっていた。
霜降り状の結露がガラスを濡らし、下の路地を行く子供たちの笑い声が
蒸し暑い夏気の中に溶けて失われていく。
古びた扉の金属プレートには、くすんだ文字でこう刻まれていた。
【田中探偵事務所】
室内は相変わらず、足の踏み場もないほど雑然としていた。
積み上がった古新聞の山、底が焦げついたマグカップ。
そして、ソファに深く沈み込んだ俺。
ベランダでは、小汚いおっさん
うちの所長である田中が、ベタつく雨に打たれながらイライラした顔でタバコを吹かしていた。
真紀
ソファーに足を投げ出した真紀さんが、腹の底から怒鳴り散らす。
田中はベランダから顔も出さず、指先でシケモクの灰をトントンと叩いた。
田中
真紀
ゴゴゴ、と地鳴りのような雷鳴が一閃し、部屋を真っ白に照らし出す。
真紀さんの腕の筋肉がピクリと跳ね上がった。
“壁をぶん殴る”五秒前のサインだ。
田中はベランダ越しに視線だけでそれを制した。
田中
田中は頬を膨らませ、女子高生のようなポーズで必死に対抗してみせる。
真紀さんは無言で拳を構え
次の瞬間、ベランダのサッシをバンッ! と豪快に閉めきった。
田中
真紀
外で土砂降りに打たれながら暴れる所長を横目に、俺は新聞から目を上げて呆れたように呟く。
ハル
田中
真紀
田中
雨脚はさらに強まり、三人の叫び声が狭い事務所の中にゆるやかに渦巻いていく。
不条理な笑いと静寂が同居する、いつもの日常。
その後、濡れねずみになった田中は
田中
と震えながらシャワーを浴び、棚の奥に隠していた高級コーヒー豆をコソコソ淹れていたのだが
結局真紀さんに見つかり、事務所内でドッタンバッタンの大決闘に発展した。
これが、世界が“異常”に侵食される前に残されていた 最後の穏やかな時間だった。
Scene 2:教授、来訪
午後。 部屋の中には、未だに不快な湿気がまとわりついていた。
カン、カン、カンと階段を上ってくる硬い靴音。 埃まみれのドアが、コン、コン、と控えめに鳴った。
スーツ姿の男
入ってきたのは、上質なスーツを着た男だった。
白髪混じりの髪、傘から滴る水滴が床のカーペットに黒い染みを作っていく。
その声には、どこかピンと張り詰めた悲壮感が宿っていた。
スーツ姿の男
田中が濡れた髪を拭いながら、面倒くさそうに頭をかく。
田中
男は小さく頷いた。
石神
石神教授と名乗る男は一度深く息を整え、まっすぐに田中の目を見つめた。
静かで丁寧な言葉遣い。 けれどその瞳の奥には、何か巨大な恐怖を 必死に押し殺しているような影があった。
石神
静寂が落ちる。 窓の外の雨音だけが、急激に激しさを増していった。
真紀さんが生唾を呑み込む音が聞こえ 俺は何が起きたのか瞬時に理解できず固まった。
田中
田中の声が低くなる。
俺と真紀さんは視線を交わした。
“神隠し”。それはただの失踪事件ではない。
この世界には、超常の力を宿した『能力者』が存在する。
生まれつき持つ者もいれば、突発的に覚醒する者もいる。
能力の有無によって人々は格付けされ 社会は歪み、その歪みから『異形』と呼ばれる 理不尽な化け物が生まれた。
そして、それら異形や強力な能力者が引き起こす不可解な消滅現象
世間を賑わせている『上位現象』こそが、神隠しの正体だった。
Scene 3:依頼と違和感
石神
石神
教授の震える手から差し出された一枚の写真。
そこには、雨に濡れて滲んだような乱れた筆跡で、こう書かれていた。
『君は、悪い子?』
石神
石神教授は淡々と語り、写真をもう一枚差し出した。
発掘現場で撮られた、娘との仲睦まじい記念写真だった。
石神
深く沈んだ井戸の底から響くような、遠い声。
溢れ出しそうな悲しみを必死に押し殺しているように見えた。
けれど…どこか“張り詰めすぎている”。
ほんの少し息を吹きかけただけで、ガラスのようにパリンと割れてしまいそうな歪な違和感。
真紀は胸の奥がザラつくのを感じていた。冷や汗が首筋をつたう。
かわいそう、という同情よりも…… 何か『見てはいけない禁忌』を覗き込んでしまったような不気味さ。
その異様な空気に勘づいたのは、直感に優れた真紀だけだった。
田中も俺も、ただ真剣に教授の訴えを受け止めていた。
真紀
真紀の頭の片隅に、消えない疑問が音もなく沈んでいく。
真紀
俺の問いに、教授の指先がピクリと跳ねた。
石神
石神
カチリ、と万年筆が小さく軋む。教授の指がわずかに震えた。 その微細な“揺れ”を、俺だけは見逃さなかった。
――パチンッ!
突然、事務所の照明が弾けるように消えた。
真紀
真紀さんが小さく悲鳴を上げる。
窓の外で巨大な雷鳴が轟き、電信柱のトランスが火花を散らした。停電だ。
薄暗い闇の中、雷光が一瞬だけ教授の顔を白く浮かび上がらせる。
その唇から、かすかな呟きが漏れた。
石神
その言葉の意味を、その時の俺たちは誰も理解できなかった。
田中
田中の声は、いつになく静かだった。
Scene 4:黒い残響
バタン、とドアが閉まる重い音。
カツン、カツンと階段を降りていく足音が、雨音の中に消えていく。
クソみたいな土砂降りは、一向に止む気配を見せない。
遠くで街を横切る電車のガタゴトという音が、重く響いていた。
教授が去ったあと、事務所には重苦しい沈黙が降り積もっていた。
真紀さんが椅子の背もたれに身体を預け、俺はぽつりと漏らした。
ハル
田中
そう言って笑った田中の瞳に、一瞬だけ鋭いプロの光が宿る。
外では雨がさらに勢いを増していた。
街のネオンが水滴に滲み、東京全体が深い水底で窒息しているかのようだった。
その暗闇の中で、田中がつけた煙草の火だけが、やけに赤く燃えていた。
真紀
田中
田中のツッコミに、俺と真紀さんの笑い声が重なる。
それが。 俺たちが足を踏み入れた、すべての始まりとなる“最初の神隠し”だった。
コメント
1件
あ〜、やっと読んだわこれ! めっちゃ雰囲気あるやん。冒頭のハルが「死ぬまではどうでもよくならねぇように生きてる」ってイキった台詞を妄想してるとこから、いきなり食費のレシートとにらめっこに切り替わるギャップがもう好きすぎる。 田中・真紀・ハルの掛け合いがテンポ良くて、コメディタッチの日常 → 石神教授登場で一気に空気変わる構成がうまいな。神隠しってワードと「君は、悪い子?」の不気味さがガチでゾッとする。真紀だけが感じた違和感、あれ絶対伏線でしょ。続き気になるわ〜!