テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
実のところ、あのときの記憶は確かではない。
確かでないからこそ、できる限り、事実に近い形で思い出したいと思う。
───二ヶ月ほど前。十一月の中旬 平日の昼間。
その電車の、その車両には二人の人間が存在していた。
平日の昼間、というのもあるが、一車両に人間が二人しかいないというのは、なかなかに珍しい状況だった。
一人はフードを被った短髪の少年。ダボッとした灰色のパーカーに、厚地のタイトなジーンズ。
いかにも月並みな男子中学生だった。
もう一人は二十代くらいの男。 締まった紺色のスーツから几帳面な印象を受け取れるが、カールのかかったパンチパーマがそれをよく裏切っていた。
こちらは月並みとは言い難い、ピン芸人のような格好だ。
前者の短髪がぼくで、がらんどうな座席の中、一番端に座るぼくの、真隣の座席に腰を掛けているのがパンチだ。
………なぜ隣に?
パンチ
パンチ
ぼく
すでに男に警戒を示していたぼくだったが、突然そんなことを言われて、シカトをかませるほど気が強いわけでもない
パンチ
パンチは抑揚を一切付けずに続ける。
パンチ
ぼく
パンチ
ぼく
パンチ
このまま一方的に話されるものだと思っていたので、ぼくは一瞬ひるんだ
ぼく
パンチ
………なんかこの人、不気味だ。
"異質"───だ。
ぼく
パンチ
ぼく
それじゃあまるで──復讐だ。
パンチ
しかし、とパンチは続ける。
パンチ
ぼく
パンチ
ぼく
パンチ
ぼくの言葉など気にも止めないように、パンチは言う。
独り言のように、一方的に。
パンチ
パンチ
パンチ
パンチ
パンチ
理由の対象が膨大過ぎるから、個々への憎悪が小さく見える───
故に、突発的。
理由のない悪意。
パンチ
パンチ
パンチは言葉を改める。
パンチ
パンチ
ぼく
ごもっともだった。
言葉もないが………しかしこの男、わざわざそれを言うがために、ここまで遠回りをしたのか………
ぼくの考えも………思いも、シナリオ通りと言うわけか………
停車のアナウンスが鳴る。
ぼくはなにも言わずに、座席を立った。
パンチ
ぼく
パンチ
ぼくは振り返らず、パンチに背を向けたままで、こう答えた。
ぼく
もちろん、本名なわけがない。
それから男はなにも言わず、ぼくもなにも言わなかった。
ただ、電車を降りて、そのまま反対側のホームに向かう。
結局ぼくらは、互いを語らなかった。
思想を語っただけで、互いがなにかを全く知らない。
───だからぼくは、パンチのことを考えるのは辞めた。
紺色のスーツでパンチパーマで、哲学思考の男のことを、考えるのを辞めた。
学校に向かう、それ以外は、ただなにも考えず。
第零話 無銘
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!