一宮
十三形?
一宮
それって、漢字で十三形って書いて【とみがた】って読むか?
三富
名前の漢字までは聞かなかったけど、その男はそう名乗っていたわね。
四ツ谷
一宮、その十三形って名前、聞いたことあるのか?
一宮
あぁ、八橋から聞いたことがある名前だ。
七星
この呪われた絵本の作者だな。
七星
晩年に12冊の絵本を作り、そして狂い死んだとか。
四ツ谷
ってことはなにか、その絵本の作者が三富に勝負をたきつけてきた……ってことか?
三富
その絵本の作者かどうかは分からないけど、男は確かに十三形と名乗ったわ。
三富
そして、アタシ達が持つ呪いの絵本についての話をしてきた。
三富
まぁ、絵本を手に入れてから、なぜか絵本に話しかけられるという経験を、アタシも六冥もしていてね。
三富
この絵本がどんなものなのかは、説明されずとも大方分かっていたの。
三富
そこで、アタシの前に現れた十三形は、あなた達を殺す提案してきたの。
三富
従えば、六冥をアタシの家で匿っていることを、警察はもちろん、六冥の家族にも言わないって。
三富
それって、従わなかったらそれらをするってことでしょ?
三富
成り行きとはいえ、もうアタシは六冥のことを放っておけなかったのよ。
六冥
三富は仕方なく言いなりになったの。
六冥
だから、三富は悪くないよ!
六冥
悪いのは、そのおじさんだから!
三富
今回の計画も、全部十三形が用意したものよ。
三富
この場所も、お姫様をさらうための車も、そしてあなた達とやり合う際の策略も、全て十三形が用意したの。
三富
どうやら、あなた達の存在が邪魔だったみたいよ。
三富
なぜなのかまでは、アタシにも分からないけど。
一宮
どうやら、俺達が追うべきは他の絵本のホルダーじゃないみたいだな。
七星
ああ、その十三形と名乗る男が全ての元凶のようだ。
四ツ谷
でも、さっきの話だと、その作者本人は死んでるんだろ?
四ツ谷
だとしたら、他の誰かが成り代わってるのか?
三富
……その辺は本人に聞いてみればいいわ。
三富
まだ、その辺りにいるはずよ。
七星
十三形が近くに?
三富
えぇ、お姫様は見たでしょ?
三富
あなたを強引に拉致した覆面の男2人。
三富
あの片割れが十三形よ。
七星
なんだって!?
七星が叫ぶとほぼ同時に、覆面の男がステージの裏から飛び出してきた。
覆面の男B
浦島……太郎。
覆面の男B
浦島太郎……。
四ツ谷
なんだ……なんかこいつ、様子がおかしいぞ。
覆面の男B
う、浦島太郎ぉぉぉぉぉ!
覆面の男は叫ぶと、六冥のほうに向かって駆け出した。
手元に隠していたナイフが光るのを、一宮は見逃さなかった。
三富
危ないっ!
六冥に向かって走っていた覆面の男。その線上に三富がとっさに飛び込んだ。
結果、三富が体でナイフを受け止めることになり、覆面の男のナイフは三富の腹部に突き刺ささった。
三富
がはっ!
三富が咳き込んだように見えたが、その飛沫には赤いものが混じっていた。
覆面の男B
絵本は相応しい者に渡るべき。絵本は相応しい者に渡るべき。
ぶつぶつと呟きつつ、回れ右した覆面の男は、いきなり外に向かって駆け出した。
四ツ谷
待てやっ!
一宮も四ツ谷に加勢しようとするが、七星の声で我に返る。
七星
一宮、三富を頼む!
七星
私は救急車を呼ぶから!
一宮
あ、あぁ……。
慌てて三富のところに駆け寄ると、三富の上半身を抱えるように支えてやる。
三富
ふふ……最期をいい男の腕の中で迎えられるなんて最高じゃない。
一宮
今、七星が助けを呼んでいる。
一宮
最期だなんて言うな。
一宮の言葉にただ笑みを浮かべると、深く何度か咳き込む三富。さっきは混じる程度だった赤が、さらにはっきりと三富の口から吐き出された。
六冥
三富っ!
三富
六冥……アタシがいなくても、ちゃんとお勉強するのよ?
三富
あと、ご飯は良く噛んで食べなきゃだし、ご飯を食べた後の歯磨きもサボっちゃだめよ。
六冥
うん……。
六冥
分かってるよ。
三富
六冥、あなたが家に転がり込んできた時、正直面倒だと思ったんだけど、まぁ……あなたと過ごした数週間、なんだかんだで悪くなかったわ。
三富
ほら、アタシってこんなでしょ?
三富
みんな気味悪がって、アタシなんかに近づかないのに、六冥……あなただけは違ったわ。
七星
じきに救急車も到着する。もうしばらくの辛抱だ。
三富
ごめんなさいね……。指示されていたとはいえ、あんな乱暴なことをして。怖かったでしょう?
七星
今は私のことなど、どうでもいいんだ!
七星
自分のことだけ考えろ!
三富
あなた……どこぞの財閥のお嬢様なんでしょ?
三富
六冥のこと……お、お願いしてもいいかしら?
もう三富は長くない。彼の言動でそう悟ったのか、六冥が三富にすがりつく。
六冥
三富、私ちゃんとお勉強する。
六冥
寝る1時間前になったらゲームもしない。
六冥
ご飯もちゃんと噛んで食べるし、歯磨きもサボらない。
六冥
それに、冷蔵庫にあった三富のプリンを勝手に食べたりもしない……。
六冥
だから……だからっ……。
とうとう、溜まりに溜まっていた六冥の涙が、大粒になってこぼれ落ちた。
六冥
三富……死なないでよっ!
ずっと我慢していたのか、それを皮切りに彼女は大きな声で泣き出した。
なにもしてやれない自分が、無力で仕方がない。
一宮は小さくため息を漏らした。
三富
六冥、泣かないで……。
そうだ、いいものが……あるわ。
三富は震える手をポケットに伸ばすと、ポケットの中から銀紙に包まれたチョコレートらしきものを取り出す。
三富
はい……どうぞ。
三富からそれを受け取ると、銀紙を開けてチョコレートを頬張る六冥。
六冥
ちょっと溶けてるけど……。
六冥
甘ったるくてくどいけど……。
六冥
美味しいよ……。
それを聞き届けて満足したのか、それとも最期の力を振り絞ったのか。
六冥
三富……三富っ!
六冥
ねぇ、起きてよ!
六冥
もう私を独りにしないでよ!
六冥
ねぇ……ねぇ!
七星
くそっ!
珍しく激昂した様子の七星が、壁を力強く叩いた。いや、殴ったというべきか。
七星
十三形……それが誰なのかは分からないが、一体なにをしたい?
七星
そっちがその気なら、こっちも全力でやらせてもらうだけだ。
七星
一宮、私は他のホルダーを探し出すことに力を入れる。
七星
これまで以上に、ホルダー同士の対立が生じるだろうが、その時は頼むぞ。
一宮
あ、あぁ……。
七星はそう言うと、天井のほうへと視線をやってから、力強く呟いたのであった。
七星
全面戦争だ……。
七星
十三形とやらの尻尾を絶対に掴んでやる!