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周囲を警戒しながら、俺たちは早足でファーストフード店へ向かう。時刻は既に10時に迫っていた。
奥の席に座り、焦燥感を抑えて待ち続けること20分。三国が早歩きでやってくる。
三国綾乃
俺と会ってすぐ、彼女はシンプルな白の紙袋を差し出す。
右手で受け取ると、ずしりという重みが伝わった。
俺は袋の口を開いて、中を確かめる。
一條恭平
三国綾乃
俺は紙袋の中に手を入れて、中から札束を2つ取り出す。
三国綾乃
一條恭平
俺は三国にお礼を言って、四宮の元まで連れて行く。
彼女にかいつまんで事情を話しながら、メッセージアプリで零也たちの反応を伺った。
本田零也
本田零也
零也からメッセージが入っている。他の友達も来るのに時間がかかりそうだ。
一條恭平
一條恭平
三国に説明を続けつつ、俺はタクシーを呼び出すアプリをダウンロードする。
今から行けば日付が変わるまでには間に合うが……。
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
心配する三国を安心させるように、俺は不敵に笑った──半分、痩せ我慢だが。
タクシーを呼んだ俺は、携帯を仕舞い、今度はさっき拾った妙な紙を取り出した。
破いてしまわないよう慎重に持ちながら、三国に渡す。
三国綾乃
一目見ただけで、三国はきっぱりと言い切った。
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
テーブルのナプキンをひっつかみ、さっきまで触っていた手や入れていたポケットの中を念入りに拭いた。
三国綾乃
四宮沙紀
三国綾乃
三国はポケットからタオルを取り出し、形代を丁寧にくるんだ。
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
三国からの説明を受けても、俺は完全には納得しきれない。
一條恭平
一條恭平
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
三国が口元に手を当てて、深く悩みこんでいるところで、俺の携帯が着信を報せる。
先程呼んでおいたタクシーが来たようだ。深呼吸をしてから、俺はゆっくりと立ち上がった。
タクシーで裏通りの入り口まで近付いたところで、奴等に見られないようこっそりと車を降りる。
警戒を払いながら、俺は真正面から、牛歩の歩みで廃クラブまで向かっていった。
不良
入口の前でたむろしていた3人の不良が、近付いてくる俺の姿を見て次々と立ち上がる。
一條恭平
不良
薄汚い笑顔を浮かべていた不良が、俺の言葉に一転して顔をピキらせる。
どうやら3人のリーダー格らしいソイツは、両脇の2人を伴い、俺の方へズンズン歩いてきた。
不良
一條恭平
不良
男は持っていた金属バットを地面に叩きつける。
沈黙を貫く俺に、威嚇するように唾を飛ばして怒鳴り散らした、その真後ろから──
バキィッ!!
強烈な飛び蹴りが飛び、奴が前方に倒れ込んだ。
不良
ガゴッ!!
男は勢いのまま地面に倒れ込む。両脇の2人は慌てふためきながら後ろを向いて、
ドゴッ!!
不良2
その内の片方は、腹部に深々とヤクザキック打ち込まれ、後ろのめりに倒れ込んだ。
キッ──!
唯一残った1人に対し、痛打を浴びせた本人──四宮が、口を固く結び、まなじりを決する。
普段は柔和な顔立ちの彼女の睨み顔は、どことなく優紀を思わせる威圧感を放っていた。
不良3
残された不良は仲間2人を見捨てて、脱兎のごとく逃げ出した。
不良
不良2
ドガッ!! ガゴッ!!
不良
不良2
地面で悶えていた2人を、四宮は一発ずつ蹴飛ばし、綺麗に黙らせた。
一條恭平
ピッ ピッ
四宮は足を片方ずつ振り、スニーカーについた血を払い落とす。
その時……よく見るとスニーカーのつま先とかかとの部分が、金属製であることに気付く。
ソールと同じ色に塗装されており、パッと見では気付かない。
だがそれでも、金属部分で蹴られたら威力は倍増だろう。どうやら四宮は最初から、荒事になるのは想定の上で準備していたようだった。
三国綾乃
物陰に隠れていた三国が、冷や汗を流しながら俺たちに近付いてくる。
三国綾乃
四宮沙紀
四宮は三国にそう声をかけながら、靴紐でも解けたのか、しゃがみこんで血を落としたスニーカーを手入れしている。
三国綾乃
険しい表情でそう告げてから、三国は人通りの多い繁華街の方へと小走りで向かっていった。
彼女を見送ってから、いまだしゃがみこんだままの四宮の方を向いて……俺は動揺する。
カチャ……カチャ……
小さな金属音。つま先とかかとのプロテクターから、鋭い刃物が縦に飛び出していたのだ。
仕込みナイフ……!? まさかそんなものまで用意していたとは。
一條恭平
四宮沙紀
俺が声をかけた途端、四宮は顔を上げて……睨んでいるかのような、鋭い視線を向けてきた。
一條恭平
先程不良に向けたのと同じ迫力に、俺は何も言えない。
柔和な顔立ちから、一転して刃のような鋭さへと変わった表情は……俺にまた優紀を思い起こさせた。
四宮沙紀
四宮は視線を戻して立ち上がる。両足共に、靴の前後に鋭い刃物が取り付けられている。
四宮沙紀
それだけ言って、四宮はクラブに繋がる扉をガチャリと開ける。
かかとのナイフが突っかかるのか、ひょこひょこと少し奇妙な歩き方で、薄暗い階段を降りていった。
一條恭平
俺は静かに頷いて、彼女の後を追う。
この前の優紀のように止められなかったのは、余裕をこいてられるような状況でなかったのもあるが……
何より、彼女が胸の内に秘めた、煮えたぎる怒りに気圧されたからだ。
あれが、自分を襲った者へ向ける怒りなのか……? 地下へ進む四宮の足取りに、恐怖やためらいは一切見られない。
頼もしいとも言える反面、生霊が生まれるほど心を苛まれていた相手の元に、恐れることもなく向かっていく四宮の姿に、俺はかすかな疑問を抱いた。
一條恭平
相沢
ホールの扉を開けると、すぐに相沢の声が聞こえた。
五代優紀
四宮沙紀
ホールの中央に立つ相沢……その足元に優紀が転がっていた。
酷く痛めつけられ、ボロ雑巾のように転がされている。
衣服は靴跡でまみれ、袖が破けてあらわになった腕から、ナイフで切られたような傷が覗く。
身体はぼろぼろだと言うのに、顔は全く傷ついておらず、それが返って不穏に感じられる。
紐か何かでしばられているのか、ずっと後ろに手を回していた。
一條恭平
五代優紀
泣き腫らした目で、優紀は俺たちを見上げる。
彼の周りを取り囲むように、相沢と両脇の不良2人が、俺たちを待ち構えていた。
相沢
相沢
足元でうずくまる優紀に、相沢はわざとらしい声で告げる。
取り囲む奴等の目は冷たく輝き、虫を嬲る悪童のように、薄汚く嘲笑っている。
四宮沙紀
四宮は怒りに震えていた。丸く柔らかな瞳は今や歪み、瞳から火の粉が放たれるかのように、溢れんばかりの激情をにじませている。
それでも声を荒らげずに、ただ握りしめた両拳を震わせるだけで、怒りを抑えていた。
相沢
相沢
一條恭平
白々しい嘘をのたまう相沢に、俺は声を荒げる。
すると奴は、一瞬だけ、キョトンとしたような表情を浮かべたが、すぐに、
相沢
一條恭平
相沢はしゃがみ込み、優紀の髪の毛を掴んで無理やり引っ張り上げる。
相沢
相沢
相沢
一條恭平
相沢の言葉に、俺は目を見開いた。
奴の言葉を理解するにつれ、身体が重くなり、自然と肩が震える。
相沢
相沢
相沢
不良4
不良4
不良5
汚らしい笑い声が拡散する。
嘲笑の真ん中で、相沢に髪を掴まれた優紀は……
五代優紀
声を殺して泣いていた。わなわなと震える瞳の端から涙がこぼれ、それが頬を伝っていた。
歯を食いしばった口の端から血が垂れ、それが涙と混ざって、廃クラブの床を汚していた。
ダッ──!
駆け出そうとした四宮を、俺はとっさに服を掴んで止めた。そのまま彼女を羽交い締めにする。
一條恭平
四宮沙紀
振りほどこうとする彼女を必死に止める。震える全身から熱っぽい怒気が伝わってくる。
相沢
相沢
ガン!
相沢が優紀から手を離して立ち上がったタイミングで、重い音を立てて、扉が勢い良く開く。
隣に設置された、蓋が外れて剥き出しになった分電盤にぶつかった。
ぞろぞろ……
開け放たれた出入り口から、奴の舎弟たちが出てくる。
物々しい雰囲気の不良が、鉄パイプや角材、バットなどの得物を手に、俺を睨みつけながら1人ずつ歩いてくる。
1……2……3……4人。相沢たちと合わせて7人。
四宮とならイケるか──俺はそう考えていたが、
ガチャン!
後ろから物音がした。振り返ると、俺が入ってきた扉から、同じような不良たちが入ってくる。
しかも、こちらの方が人数が多い。あっという間に、両手でも足りない人数に、背後を塞がれる。
一條恭平
四宮沙紀
冷静になった四宮が、苦々しい声で周りを見渡す。俺は彼女の拘束を解き、警戒をつのらせながら身構えた。
一條恭平
俺は一息ついてから気持ちを切り替える。
大人しく金を渡したところで、奴は俺たちを解放するつもりなどさらさらないだろう。
この場をどう切り抜けるか……今はそれだけを考えなければ。
相沢
一條恭平
相沢は奥の扉を顎で指し示す。
相沢
一條恭平
相沢
一條恭平
相沢
奥の扉の前にいる4人は、にやにやと汚い笑みを浮かべる。
香月はあの扉の向こう……4人なら、不意を突いて突っ込めば……。
駄目だ。向こう側の様子が分からない以上、そんな賭けには出れない。
今は大人しく、奴等に従うしかない。
相沢
相沢
不良4
相沢の指示を受けて、奴のそばにいた不良が1人、俺の前にやってくる。
四宮を後ろに下がらせて、俺は不良の前に立った。紙袋に手を差し込み、三国から渡された100万──
のうち、十数枚のお札を掴む。予め帯を外し、バラバラにしておいた。
わざと手で握り、ある程度くしゃくしゃにしてから渡す。
不良4
一條恭平
俺はわざと弱った態度を見せる。ピン札のまま渡して不審に思われないよう、一芝居を打ったのだ。
お札を奪い取るように受け取った不良は、束にまとめてから一枚ずつ数え始める。
俺はその間に紙袋に手を入れ、また十何枚かのお札をクシャらせてから差し出す。
不良4
不良は俺から貰ったお札を数えつつ、10枚ごとにまとめて後ろの不良に渡す。
不良の注意は、手元の金に向けられている。
俺は四宮の方をチラリと振り返る。彼女はほんの少しだけ、周囲の不良たちに気付かれないように、小さく頷いた。
俺は向き直り、金を渡しながら、ホールの構造と優紀の位置を頭に叩き込む。
一條恭平
意を決した俺は、金を渡した後、素早く紙袋に手を突っ込み──。
ピン
掴むと同時に親指をリングに差し込み、素早く抜いた。
不良4
不審げに顔をあげた不良の顔に、俺は放り投げた。
スモークグレネードを。
シュウウウウウウ……!
不良4
噴出する白煙に、目の前の男は叫ぶ。
ホールが煙に包まれる。
目の前の視界がまたたく間にかすんでいく。
不良5
不良6
相沢
不良たちのどよめきと、相沢の怒号が響く。俺は既に動き出していた。
サッ!
次に取り出したのはサバイバルナイフ。
右手で持ったそれを肩の後ろまで振りかぶってから、俺は奥の扉──そこから約50センチ右を狙って、全力で振り投げた。
ザンッ!!
破壊音と同時に、視界の白が黒に変わる。
一條恭平
喜びよりも驚きが勝る。
外れるのを覚悟でぶん投げたが、見事突き刺さったようだ。
不良4
金を渡していた不良の怒声が聞こえる。
横に跳んでから走り出す。視界が一変する前に焼き付けた場所を思い出し、相沢が居た場所へと駆ける。
相沢
五代優紀
暗がりに見えた相沢は、床に転がる優紀の髪を掴み、無理やり立ち上がらせようとしているところだった。
一條恭平
ビシィッ!
優紀を掴む左手に左フックを放つ。
相沢
相沢のうめき。煙の中、奴の手が優紀から離れた所で、
一條恭平
心中でアイツに謝りながら、俺は優紀に肩から突っ込む。
ドガッ!
五代優紀
相沢
タックルの勢いで、優紀を相沢から引き剥がす。相沢のそばにいた不良たちが襲ってくるが、間を割るようにすり抜ける。
四宮沙紀
音もなく俺の隣に来ていた四宮が、優紀に呼びかけた。
五代優紀
弱りきっていた優紀が、彼女の呼びかけを聞いて、しっかりと立ち上がる。
不良5
闇雲に探し回る不良の声が前方から聞こえる。煙の中でぬっと、2つの大きな影が現れる。
一條恭平
満身創痍の優紀をかばうように足を止めた。闇と煙の中、小柄な身体がシュッと前方を滑り、
サクッ サクッ
不良5
不良6
小気味良い裂傷音と叫びの2セット。四宮が足の刃物で不良たちを刺したのだ。
大柄な影が横に揺れる。俺たちは優紀を連れて走り出し、右に居た影に向かって右腕を振り上げた。
ドガァッ!!
不良7
不良4
手応えは2つ。声を出していないだけでもう1人いたらしい。俺は2人いっぺんになぎ倒す。
地面に倒れる不良たちを乗り越え、俺たちは事務室の扉にたどり着く。
相沢
相沢の猛獣じみた叫びを背後に、錆びついたドアノブを回し、崩れ込むように中に入った。
ドダドダドダッ!
俺、優紀、四宮の順でなだれ込む。スモークグレネードの無い、通った闇が視界にかかる。
すぐさま振り向き、重い鉄扉のノブを掴んで、閉めようとした瞬間、
ガッ!
隙間に鉄パイプが挟まる。その下から這うように太い指が。
不良5
一條恭平
てこの原理で扉をこじ開けようとする不良に、俺はドアの部を必死に引っ張って抵抗する。
だが、既に鉄パイプが引っかかった以上、締め切ることはできない。このままじゃ──!
ザンッ!!
突如、上から下へ一直線に閃光が走る。隙間に挟まっていた鉄パイプ、その先端が、あっさりと切断された。
不良5
一條恭平
俺も向こうも、同時に固まる。
パッ
その時ちょうど、奴等が非常用電源を入れたのか、事務室の照明が点く。
振り返った俺が見たのは、右足を限界まで掲げた四宮の姿。
仕込み靴のカカトの刃が光る。短くなった鉄パイプ、その下の奴の指に向けて、躊躇なくそれを──
不良5
ザンッ!!
情けない声を上げて、奴が指を引っ込めた直後、残っていた鉄パイプも両断された。
俺はすぐさま扉を閉め、鍵をかける。直後に、
ドゴォッ!!
不良5
殴打の音と、たった今相対していた不良の悲鳴が聞こえてくる。
相沢
不良5
相沢
ゴシャッ!!
不良5
相沢
不良7
一條恭平
一條恭平
四宮沙紀
俺は照明の着いた事務室を見渡す。
室内は雑多なゴミが散乱していた。生ごみの臭いと酒の香りが混ざった臭気が、不快感を伴って顔を撫でてくる。
鉄扉の近くの壁に、ゴミやガラクタが詰め込まれた大きなキャビネットとロッカーを見つける。
2人がかりで扉の前に引きずり、それを柱に手近にあったゴミやソファ、パイプ椅子なんかを積み重ね、即席のバリケードを作り上げた。
一條恭平
四宮沙紀
封鎖を終えてすぐ、四宮は部屋の隅で縮こまっていた優紀の方へ走り、彼の拘束を解き始める。
俺も手伝おうかと思ったが、先に香月を探すことにした。相沢が嘘をついてないなら、彼女がどこかにいるはずだ。
向こうの隅のガラステーブル、その隣に打ち捨てられたように置かれたソファの上、両手両足を縄で縛られた香月が転がっていた。
姿を見つけるなり、俺は急いで駆け寄り、彼女の拘束を外す。
一條恭平
香月七瀬
返事はない。ただ呼吸はあるし、外傷も見られない。睡眠薬か何かで眠らされているようだ。
無理に起こして不安がらせても良くないし、今は寝かせておこう。俺は優紀と四宮の元に戻る。
四宮沙紀
五代優紀
ボロボロの丸椅子にへたり込むように座った優紀を、四宮が懸命に解放していた。
手首と足首の拘束は既に解かれているが、手首の方はうっ血したような痛ましい赤みが残っている。
五代優紀
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
一條恭平
三国から渡された紙袋の中には、札束だけでなく、いくつかのウェポンが入っていたのだ。
スモークグレネードとサバイバルナイフもその内の1つ。どちらも本物の軍隊で使われていてもおかしくない本格的な装備だ。
俺が1人でここまで来れたのも、この装備があったからという安心感によるものが大きい。
一條恭平
五代優紀
四宮沙紀
五代優紀
必死に呼びかける四宮を見ていて、俺はある違和感に気付いた。
優紀が四宮の呼びかけに応えようとしないのだ。俺とは喋るのに、彼女とは目を合わせようともしない。
四宮も気付いたのか、しゃがみこんで優紀の顔を心配そうに覗き込む。
優紀はうなだれるように真下を見つめ、意地でも視線を合わさない。
四宮沙紀
五代優紀
四宮沙紀
五代優紀
四宮が声を張り上げると、優紀は全身をビクッと震わせる。
その表紙に頭が持ち上がり、四宮と目が合った瞬間──彼の目尻から、一筋の涙がこぼれた。
一條恭平
五代優紀
優紀はすぐさま、顔を両手で覆う。しかし指の隙間から、湧き水のように涙が少しずつ漏れ出してくる。
またうなだれるように下を向いたきり、優紀は固まってしまった。
ガン!! ガン!! ガン!!
……ひっ……ひっ……
扉をこじ開けようとする轟音にまざり、小さく小さく、抑えようとしても抑えきれない、優紀のえずきが聞こえてくる。
一條恭平
一條恭平
五代優紀
フォローを入れようとした俺の言葉は、優紀の涙声で止められる。
五代優紀
五代優紀
五代優紀
一條恭平
肩を震わせて、嗚咽混じりに優紀は胸の内を打ち明ける。
それは今までのような虚勢や意地張りではない、ありのままにさらけ出したアイツの気持ちだった。
俺は今まで勘違いしていた。相沢の奴が襲ったのは四宮で、優紀は彼女の復讐のために相沢を手に掛けようとしていたのだと。
いや……というよりは、四宮が優紀をかばったのだ。真相を探ろうとしていた俺から、優紀の名誉を守ろうとしたのだ。
優紀が俺を遠ざけようとしたのも、自らの汚点を知られたくないがため。
心の傷を吐き出せられないまま、ずっと苦しんでいたのだ。
四宮沙紀
四宮は優紀をそっと身を寄せる。うなだれる彼の背中に腕を回し、落ち着かせるように柔らかく抱きしめた。
ガッ! ガッ!! ガッ!!!
歪な轟音が背後から鳴り響く。
後ろのバリケードは、轟音と同じタイミングでガタガタと震える。奴らが扉をこじ開けようとしているのだ。
一條恭平
一條恭平
感傷に浸っている2人に割り込むように、俺は強く声をかける。
一條恭平
一條恭平
一條恭平
一條恭平
一條恭平
俺は優紀の底力を信じて、俺なりの言葉で活を入れる。
優紀は俺の言葉をどう受け止めているのか、四宮の肩に顔をうずめたまま、反応は見せてくれなかった。
ドガシャアッ!!!
一際大きい破砕音が轟いた。
俺と四宮が築いたバリケード、積み重ねたパイプ椅子の山の一部が弾け跳ぶ。
その裏から、先端が潰れた鉄パイプが飛び出した。ガシャガシャと乱暴に跳ね回り、周囲の瓦礫を叩き落としていく。
不良4
崩れていくバリケードの向こう、ひしゃげて半開きになった鉄扉。
その隙間から、相沢の舎弟たちが、下卑た笑みを浮かべているのが見える。
ガギギギギギ……!!
太い腕やパイプ、バールなどが隙間から何本も伸び、強引に扉をてこのように広げる。
ガキィッ!!
ついには施錠が粉砕され、無情にも扉は外側へ開いていく。
凶悪な武器を手に持った男たちが、威嚇するように獲物を構える。
奥のソファでは、相沢が悠々とした雰囲気で、酒か何かが入ったグラスを傾けている。
相沢
一條恭平
不良5
我先にと押し入った先頭の不良が、目の前の瓦礫を崩そうと、持っていた釘バットを高く振り上げた。
ドガァッ!!
快音が響いた。──ただし、遠くから。
不良5
目の前の男は釘バットを振り下ろす直前に固まり、そのまま振り返る。
音の場所は、奴等ではなくその後方、地上への通路を繋ぐ出入り口の扉。
鍵が閉まっていたはずのその扉を蹴り破り、乗り込んできたのは──
一條恭平
本田零也
軽快な声。零也、そして中学時代の友達が、開け放たれた扉の近くに集まっていた。
停電でホールが真っ暗なのを利用して、密かに内部に入り込んでいたのだ。
不良7
不良6
友達A
友達B
一條恭平
不良7
不良の1人が金属バットを構えながら、零也に向かって突進する。
ブンッ!
首をかっ飛ばす勢いで振り回すものの、零也は涼しい顔でかわす。
ズガッ!!
不良7
零也はすかさずミドルキックを叩き込む。男は情けない声を上げて崩れ落ちた。
一條恭平
ヒュッ──!
一條恭平
零也たちに続こうと走り出した俺の横を、1つの影が跳んだ。
ドガシャアッ!!
不良5
目の前のバリケードが爆ぜた。吹っ飛んだパイプ椅子の一部が、扉のすぐ近くにいた不良にぶち当たる。
動いたのは──優紀だ。アイツが一直線に駆け出し、バリケードを勢い良く蹴り上げた。
五代優紀
四宮沙紀
五代優紀
たった今見せていた弱り具合が嘘のような威勢で、優紀は俺に発破をかける。
一條恭平
俺はハッと笑ってから、バリケードを乗り越えホールへ乗り込んでいく優紀に続いた。
友達C
ドゴッ!!
不良4
友達D
バキィッ!!
不良6
不良7
友達E
ボゴッ!!
不良7
駆けつけてくれた友人たちが、うろたえる不良共を次々と撃破していく。
取り巻きは彼らに任せ、俺は相沢の元に向かった。
一條恭平
一條恭平
相沢
相沢はソファから立ち上がり、静かに呟く。
奴は突っ込んでいたポケットから、ゆっくりと黒いグリップを取り出した。
ブン!
真下に小さく振ると、グリップの先端が勢い良く飛び出し、数倍の長さに伸びた。
一條恭平
相沢
一條恭平
今までこらえていた怒りを顕にして、俺は相沢をにらみつけた。
五代優紀
一條恭平
俺は優紀を気遣いつつ、制するように彼の前に移る。威勢は戻ったものの、満身創痍のアイツに相沢は任せられない。
ぶっちゃけ俺も公園でぶっ叩かれた右肩がまだ痛いのだが、無理なく動ける程度には回復している。
本田零也
取り巻きたちを相手にしながら、零也が声をかけてくる。
一條恭平
ゆっくりと近付いてくる相沢を前に、俺は両腕を構え、奴の身体を注視した。
うぅ……
あぁ……
かすかに、声が聞こえる。
奴の周囲を、薄いモヤのような物が飛び回っている。
生霊だ……。奴に襲われ、苦しめられてきた者の怨念。
だが、散々悪行を働いておきながら、なぜあの程度……? 優紀にはあれだけ憑いていたって言うのに。
一條恭平
一條恭平
フッ
一條恭平
一瞬見えた。左目に黒い軌道が──。俺は反射的に頭を引いた。
ビシィッ!
一條恭平
鼻筋を灼熱がかする。鋭い痛みに俺は唸る。
全くのノーモーションから、相沢は警棒を高速で振るってきた。狙いは恐らく、俺の目……。
相沢
相沢は舌打ちする。その様子にためらいは一切見られない。
一條恭平
俺はすぐさま体勢を立て直し、奴の左足めがけて、ローキックを放つ。
ガッ!
一條恭平
硬い衝撃が右足に伝わった。鈍痛が骨にまで響く。
明らかに人体の肉質じゃない。こいつ、足に何か仕込んでやがる……!
ビシィッ!!
一條恭平
痛みが左頬を走る。
俺は顔を押さえて、相沢の右に回り込む。
一條恭平
相沢
相沢は鼻で笑って、履いているジャージの裾を引き上げる。
顕になったのは、ふくらはぎを覆う長いブーツ。安全靴を上に引き伸ばしたような、妙な形状をしている。
一條恭平
ブンッ!
相沢が警棒を振るう。俺はステップで奴の攻撃をかわす。
相沢
一條恭平
余裕の態度を見せる相沢に、俺は怒りを顕にする。
友達D
相沢の舎弟から角材を奪い取った友達が、相沢の斜め後ろから襲う。
ビシィッ!!
相沢は即座に振り返り、その勢いのまま真横に薙ぎ払う。
友達D
友達は胸に一閃を喰らい、うめき声をあげて引き下がった。
友達C
友達D
相沢
奴を囲いつつも、手が出せない俺たちを、相沢は嘲るように見回す。
相沢
相沢
一條恭平
相沢
ブンッ!
相沢は俺に向けて警棒を振るう。
かまいたちのような鋭い軌道を、俺はギリギリでかわす。
一條恭平
何度も振るってきたお陰で目が慣れて、相沢の攻撃を避けられるようにはなってきている。
だがどう攻める? 奴は恐らく体中にプロテクターを仕込んでいる。
唯一、頭だけは剥き出しだが、頭部を狙える距離まで踏み込もうとしても、あの警棒の猛攻に晒されるだけだ。
奴の動きを封じる手段を講じなければ……!
ブンッ!
袈裟斬りの軌道で迫った警棒を、俺は後ろに跳んでかわす。
ドンッ!
一條恭平
背中の感触に戦慄する。
──壁だ。いつの間にか、壁際に追い詰められていたのだ。
相沢
一條恭平
次の一撃が飛んでくる。俺は咄嗟に、両腕で顔を覆った。
ビシィッ!
両手首に灼けるような痛みが走る。着ていた袖が一文字に裂け、血が軽くほとばしった。
一條恭平
本田零也
相沢
目の前の相沢が、俺を見下すように笑う。
今までノーモーションで振るっていたというのに、見せつけるようにわざとらしく、奴は高々と警棒を構える。
俺の血で濡れた警棒の先端が、非常灯でキラリと光った。
次の瞬間──
五代優紀
怒号が響く。俺はカウンターの方に顔を向ける。優紀が両手を肩の後ろまで振りかぶっていた。
ブン!
直後に、彼は勢い良く、2つの黒い何かを投げつける。
それらは俺たちの方まで、縦に回転しながら迫り──
ガシャン! ガシャン!
2つの破砕音。ガラスがバラバラに砕け、液体が飛び散る。
優紀が投げたのは酒瓶だ。1つは相沢の足、もう1つは奴の胴体に命中する。
中に詰まっていた酒が飛び散り、相沢が来ているジャージがぐっしょりと濡れる。
俺はすかさず、相沢の脇を走って抜け出した。
ひとまず窮地からは脱した。だが……。
相沢
五代優紀
苛ついた声。優紀の攻撃も意に介さない。
それなりに重そうな大容量の酒瓶がクリーンヒットしたというのに、よろめきすらしなかった。
プロテクターがしっかり守ってくれたのだろう。
相沢
アルコールに塗れたジャージをパタパタと仰ぐ。痛がるどころか、服の心配をする始末だ。
ガシャッ!
足元に散らばったガラスの破片を、躊躇なく足で踏み砕く。靴の底にも鉄板が仕込まれているのか。
相沢
五代優紀
優紀の悔しそうな声が響く。
相沢
相沢は俺を脅しながら、警棒の先端でパシパシと自分の手を叩く。
その時……視界の端で、何かがうごめいた。
フッ──
零也だ。俺たちから少し離れた場所に居たアイツが、小さな銀色の箱を放り投げた。
奴の死角で、音もなく、静かに。
箱は宙を描いて、相沢の足のところへと飛んでいく。
くるくると回るそれは、先端が蛍の光のように灯っていて──
ゴオッ!!
相沢
噴き上がる音と、相沢の叫びが、ほぼ同時に響いた。
火柱が立ち上がった。奴の身体にからみつくように、赤い炎が伝う。
相沢
今まで余裕を見せていた相沢が、初めて狼狽する。熱さに身をよじらせ、両手で身体中を叩き回る。
だが、全身を走る炎はその程度では消えない。叩くその手にも炎が纏い、奴の皮膚をジリジリと焦がしていく。
一條恭平
理解が追いつかないでいたが、相沢の足元に転がるジッポライターを見て、ようやく察した。
ダッ!
上空を黒い影が横切る。
五代優紀
優紀が飛び上がっていた。カウンターの上から大ジャンプしたのだ。
左足を高く掲げる。炎に巻かれていた相沢が気付いて顔を上げるも、既に手遅れだった。
ドガァッ!!
相沢
快音がホール一帯に鳴り渡った。
優紀の渾身の一撃は見事命中し、相沢は後方に吹っ飛ぶ。
ガンッ!!
すぐ後ろ、俺が捕まった壁に背中を打ち付ける。
火だるまになった相沢が崩れ落ち、全身をヒビだらけのホールの床に叩きつけた。
持っていた特殊警棒が、シャーッと地面を滑る。着地した優紀がそれを拾い上げ、すぐさまその場から離れた。
相沢
相沢は雄叫びのような悲鳴を上げながら、地面を転がり回る。
それでもなお、炎は相沢の全身にまとわりつき、奴の肌を着実に焦がしていく。
友達A
こちらに駆け寄ってきた友人たちが、不安そうに声をかけてくる。
友達B
一條恭平
俺はホールの隅へと走り、転がっていた消火器を持ってきた。
五代優紀
一條恭平
五代優紀
消化器のピンを抜きながら、俺は暴れまわる相沢に近付く。
ノズルを外して奴に向けながら、レバーを強く握った。
ブシュウウウウウ……
真っ白い薬剤が噴射され、相沢が白煙に包まれる。
最初に俺がスモークグレネードを使った時のように、ホール一帯が煙で充満した。
消火器の噴射が終わり、煙が落ち着く頃には、相沢の身体を取り巻く炎は消えていた。
相沢
薬剤に塗れた相沢が、床に力なく転がっている。火傷と優紀の一撃が効いたのか、目立った抵抗は見せなかった。
奴の全身が白い粉末でコーティングされ、その下のジャージは焼き焦げてあちこちに穴が空いていた。
その穴からは、熱で溶けかかったプロテクターが顔を覗かせている。
一條恭平
リアクション芸人のように粉塗れになった奴を見下ろしながら、俺は消火器をゴトリと置いた。
優紀が投げた酒は、かなり度数の高い奴だったのだろう。
相沢が酒で服を濡らしたのを見て、零也が咄嗟の判断でジッポライターを投げ、引火させたのだ。
一條恭平
本田零也
零也が俺たちの後ろを指差す。振り返ると、ようやくほっとした表情の四宮が立っていた。
一條恭平
四宮沙紀
本田零也
四宮沙紀
舌を巻く零也に、四宮は困ったような愛想笑いを浮かべる。
その間に割り込むように、優紀が無言で四宮のそばに立った。
一條恭平
五代優紀
優紀は小さく言って、事務室の方へと歩いていった。相変わらずお礼の言えない奴だ。
零也に相沢たちを任せ、俺は四宮と共に彼の後を追う。
四宮沙紀
壊れた扉を通って事務室に戻ると、四宮がそう口を開く。
香月七瀬
部屋の隅で震えていた香月が、若干おぼつかない足取りでこちらに向かってきた。どうやら目を覚ましていたようだ。
一條恭平
香月七瀬
一條恭平
涙目で何度もお礼を言う香月。どうやらアイツ等に手出しはされていないようで、本当に安心した。
その後、彼女に事情を尋ねると、返ってきた答えは、やはり俺が想像していた通りの内容だった。
香月七瀬
香月七瀬
香月七瀬
香月七瀬
一條恭平
四宮沙紀
香月七瀬
一條恭平
俺の怪我を心配そうに見つめる香月に、俺は笑いながら首を振った。
四宮沙紀
四宮は香月の手を引いて、彼女を出入り口に連れていった。俺はその後ろから着いていく。
五代優紀
事務室に入ってから黙りこくっていた優紀が、ようやく口を開いた。
香月七瀬
スッ……
何か言いたげだった香月の前で、優紀は綺麗に頭を下げる。
五代優紀
四宮沙紀
香月七瀬
香月七瀬
五代優紀
香月七瀬
一條恭平
ガスッ!
一條恭平
俺に軽い裏拳を入れてから、優紀は頭を上げた。
五代優紀
(人を殴ったくせに)しおらしい態度の優紀。さっきの俺たちの言葉は、どうやらアイツに響いていたらしい。
香月七瀬
ずっとこわばっていた彼女の顔がほころぶ。その拍子にホロリと、彼女の片目から涙がこぼれた。
優紀は次に、ぎこちない様子で四宮に向き合う。
五代優紀
四宮沙紀
香月の時より歯切れの悪い彼を前に、四宮はふるふると優しく首を振る。
しかし、その後すぐに真面目な表情に変わり、圧迫感をにじませて彼に詰め寄る。
四宮沙紀
五代優紀
四宮沙紀
五代優紀
険しい雰囲気で優紀をこんこんと諭す四宮の姿は、子供を叱る母親のようだった。思わず頬が緩む。
一條恭平
四宮沙紀
五代優紀
四宮にせっつかれて、優紀はようやく、俺と向き合う。
五代優紀
一條恭平
五代優紀
目を伏せてぼそぼそと話すアイツを他所に、俺は急いで携帯を取り出す。
ピッ
五代優紀
静かに頭を下げながら、優紀は俺にお礼を言った。間一髪で間に合う。
一條恭平
ボコッ!
一條恭平
本田零也
出入り口の方から顔をのぞかせていた零也が、刺々しい口調で突っ込んできた。
一段落着いた後、俺たちは香月を連れて事務室の出入り口まで向かう。
が、その途中で彼女が立ち止まった。
香月七瀬
一條恭平
香月七瀬
香月七瀬
一條恭平
俺たちは零也も呼んで、室内を探索する。
1分近く経った後、部屋の隅のソファを調べていた香月が、妙な声を上げた。
香月七瀬
香月七瀬
一條恭平
俺たちは香月の元に向かう。
香月はソファの下に溜まったゴミ袋の隙間に手を伸ばし、携帯と一緒に、何かを拾い上げた。
見覚えのある御札……護符だ。
一條恭平
五代優紀
香月七瀬
一條恭平
俺は香月から護符を受け取る。
間違いなく、三国が用意し、優紀と沙紀に渡したものと同じ護符だ。
四宮沙紀
四宮はさり気なく優紀に近寄り、香月と零也には聞かれないよう、声を潜めて話す。
五代優紀
香月七瀬
本田零也
話し合う俺たちをよそに、香月と零也は、怪訝な視線を向ける。
一條恭平
俺の頭の中に、ある考え──いや、『計画』が浮かび上がった。まさか、全て奴が──。
バキィッ!!
友達A
ホールの方から、殴打の音と、友達の悲鳴が聞こえてきた。
誰に言われるでもなく、俺たちは揃って走り出す。
友達A
友達B
ホールに戻ると、俺が呼んだ友達のうち2人が床にうずくまっていた。
どちらも身体の何処かを痛そうに押さえている。
一條恭平
2人を気遣う別の友達に問いただす。
友達C
タッ!
聞くが否や、四宮がホールの出入り口の方へと瞬時に駆け出す。
五代優紀
四宮沙紀
優紀の制止も聞かず、沙紀はうろたえる俺の友達の脇を通り、通路の方へ出ていく。
一條恭平
本田零也
俺と優紀はその場を零也に任せ、四宮が開けっ放しにした通路の扉へと走った。
一條恭平
非常灯で照らされた通路を走り、俺たちは外に出る。
既に日付は回っているが、裏通りは飲み客でそれなりに賑わっていた。
先んじて辺りを見回していた四宮に合流する。
五代優紀
一條恭平
四宮沙紀
俺たちは裏通りを走りながら、途中の脇道をくまなく見ていく。
やがて、工業地帯の方に続く、細い路地裏の道を見た時に、
一條恭平
よろよろと歩いていく、相沢の後ろ姿を見つける。俺たちはその背中を追った。
一條恭平
相沢
俺の声を聞いた奴は走り出すが、ボロボロの身体ではろくにスピードも出ない。俺たちはなんなく追いつく。
一條恭平
必死に足を動かす奴の背中に、俺は強い口調で呼びかける。
この男を見逃したところで、復讐に来る前に、サツに捕まる方が早い。もう俺たちに危険はないだろう。
だが、奴にはまだ聞きたいことが残っている。なぜ舎弟たちを使ってまで金をかき集めていたのか、あの御札はなんなのか……。
それを聞かずに奴を逃がす訳にはいかない。
一條恭平
相沢
振り向いた相沢は、どこに忍ばせていたのか、サバイバルナイフを俺たちに向ける。
一條恭平
五代優紀
街灯に照らされて光る切っ先に、零也がたじろぐ。
確かに、今近付くのは危険だ。俺たちの世界じゃ、手負いの奴ほど恐ろしい者はいない。
今の相沢だと、脅しじゃなく本気で殺しにかかってくるだろう。どうするべきか……。
タタタッ
一條恭平
俺は目を疑った。ナイフを振り回す相沢の更に向こう、道の奥から駆けつけてきたのは──。
三国綾乃
三国だ。恐る恐るといった様子で、こちらに小走りで歩いてきている。
一條恭平
俺は声を荒げる。彼女はすぐに足を止めた。
一條恭平
三国綾乃
俺が呼びかけても、なぜか三国はその場を離れようとしない。
前方にいる手負いの相沢に対し、野生動物を見るような恐れの視線を向けるものの、逃げる素振りは見せないのだ。
今相沢に襲われたら──! 彼女を守るため、危険を冒して俺が走り出そうとした瞬間、
パァン!
平手打ちのような、強く手を叩く音が、向こうから聞こえてきた。
刹那、三国がつまづくようにさっと身をかがめる。
その後ろには──四宮がいた。先程まで、俺と優紀の後ろをついてきていたはずの、四宮が。
彼女は宙を飛んでいた。相沢をキッと睨みつけながら、上空で左足を構える。
ついさっき、優紀が相沢に向けて繰り出した、あの強烈なジャンプキックと、彼女の姿が重なった。
ドガァァッ!!!
あの時以上の大きさで、快音が辺りに響いた。
相沢
あの時以上の悲鳴を上げて、あの時以上の勢いで、相沢がこちらにぶっ飛んでくる。
一條恭平
五代優紀
俺は右に、優紀は左に避けた。俺たちの間を、相沢は特急で通過し、
ズザザザァァァッ……
落下して滑って、止まった。
相沢
情けないうめき声をあげて、うつ伏せのまま倒れ込む。今度こそ完全に、ノックアウトされたようだ。
一條恭平
びくびくと身体を痙攣させる相沢を見て、俺は冷や汗を流す。
五代優紀
バツの悪そうな表情で、優紀は素直に認めた。
肝を冷やす俺たちの元に、三国と四宮が小走りで駆け寄ってくる。
三国綾乃
一條恭平
四宮沙紀
左足に着いた相沢の血を払いながら、四宮は住宅の塀を手でさすった。
五代優紀
優紀は俺の隣で浅く頷く。
つまり、こういうことか。四宮は相沢を見つけてすぐ、塀を乗り越えて民家の庭に回った。
その後、向こうまで行ってからまた塀を乗り越えて戻ってきた……。
三国綾乃
四宮沙紀
一條恭平
五代優紀
俺の内心を見透かしたのか、優紀が釘を刺すように咎めてくる。
もちろん彼の言う通りなのだが……いざ相沢を見つけて、すぐさまこんな作戦を思いつき、そしてためらいなく実行に移す四宮の度胸に、改めて舌を巻いた。
一條恭平
アイツがまた逃げ出す前に押さえつけねえと……そう思って歩き出した俺を、
三国綾乃
三国が真剣な声で止めた。
なんでだよ──俺がそう尋ねようとした時。
うぅ……あぁぁ……
一條恭平
うめき声が聞こえ、俺の身体がこわばった。踏み出そうした右足を引っ込める。
四宮沙紀
五代優紀
優紀と四宮の顔つきも、緊張したものに変わっている。2人にも聞こえたのなら……間違いない。
俺は意識を集中させながら、三国にそっと手を差し出す。
彼女に掴まれた瞬間……視えた。
一條恭平
地面に転がる相沢の向こうに、生霊がゆっくりと迫ってきていた。
俺たちが持っている護符の影響か、まだ距離は遠いが……一目見ただけで分かるほど、禍々しさが増している。
うぅ……ぐぅぅぅ……!
許さない……ああぁぁぁ……!
肉塊を構成する頭部は、しきりに脈動を繰り返す。
その全て──いや、『全員』が、相沢に対して、憤怒の念を向けている。
今まで優紀を付け狙っていたあの霊が、ようやく見つけたのだ。本当に恨みを果たすべき相手を。
五代優紀
一條恭平
戸惑う優紀にそう説明しながら、生霊を注視したまま、ゆっくりと後ずさる。
俺たちが一歩後退するたび、奴は一歩前進する。
あぁ……あぁぁぁあ……!
俺たちが十分離れると、生霊は相沢のすぐそばまで近寄り、ゆっくりとしゃがみこむ。
相沢
その時にようやく気付いた奴が、寝返りを打って奴の姿を見る。だが……既に手遅れだった。
相沢
う、うぁぁぁ……
相沢
あぁぁぁぁあ……!
さっきの男子生徒のように、生霊は相沢の身体に被さる。
だが、体型が彼とは大違いだ。2m前後の巨大な肉塊は、大柄な相沢の身体も、すっぽりと覆い隠してしまう。
許さない……許さない……
相沢
口を塞がれてしまったのか、相沢はくぐもった悲鳴しかあげられない。
俺は三国からそっと手を離す。生霊の姿は変わらない。
つまり……霊は実体化して、相沢を身体を直接覆っているということ。
中で何が起きているのか、考えたくもなかった。
バン! バン!
唯一、生霊の身体から抜け出ていた左手が、助けを求めるように地面を叩く。
バンバンバンバンバンバン!!
叩く手の勢いは加速的に強まっていく。
泥と砂で手のひらが汚れる。アスファルトの小石が手のひらに突き刺さり、血がにじむ。
それでも相沢は地面を叩きつける。腕から下が、別の生物になったかのように、めちゃくちゃに暴れまわっていた。
うぅ……あぁ……
いくつもの嘆きの声をあげながら、生霊は奴の身体に侵食していく。
一條恭平
俺はその様子を、ただ黙って見つめていた。優紀も四宮も、誰も動かないし、口を開くこともしない。
三国綾乃
三国だけが、小さく呟いた。
やがて……左手は、天に救いを求めるように、上空に高く掲げられる。
手を広げて、びくびくと何回か震えた後……。
パタ……
事切れるように、地面に倒れる。それきり、動くことはなかった。