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その後、三国からことの真相を聞く……暇もなく救急車を呼び、意識を失っていた警備員を病院へと搬送した。
幸いなことに、警備員、そして二葉達が運んだ上級生2人も、命に別状はないらしく、後遺症が残ることもなさそうだった。
一番の問題は、彼らの目の前で発生した超常現象について、どう説明をつけるか、ということなのだが……。
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
俺と二葉が彼女を問い詰めても、こんな調子でかわされてしまい、結局何も聞けずじまいだった。
翌日。 疲れが取れきっていない身体に鞭を打ち、俺は早朝から学校へとやってきた。
まだ朝練の時間で、一般の生徒はほとんど登校していない。
俺は人目を忍んで、体育倉庫へと向かう。昨夜三国と別れる直前、ここに来るよう約束を交わしていたのだ。
俺が到着すると、既に三国と二葉が集まっていた。
三国綾乃
三国が俺に気付くなり、ずいっとバールを差し出してくる。
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国に連れられ、俺と二葉は体育倉庫の中に入る。心なしか、昨晩感じていた寒気が無くなっているような気がした。
埃っぽい匂い。既に朝日は登っているが、建物に挟まれたここは日が届かず薄暗い。
そこかしこに広がる雑多な用具をかき分け、俺たちは倉庫の一番奥まで進む。
長らく手が着けられていないのか、大量の土埃を被った、半分ガラクタと化した用具が高く積み上がっている。
三国綾乃
二葉桐男
三国と二葉は、積み上がった用具を1つずつ手前の方へと運び出していく。
がしゃがしゃと持ち上げるたびに、黄土色の煙がむわっと立ち上り、俺たちは何度も咳払いをする。
三国綾乃
二葉桐男
三国綾乃
砂埃に負けず、2人は用具を運び出していく。
異常気象が少しは収まった辺りで、三国は事件の真相を話し始めた。
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
二葉桐男
古いタイプの机をどかしながら、二葉がそう口を挟む。
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
二葉桐男
ズズズズ……
天井近くまでそびえる、大きな木製のロッカーを、2人がかりでなんとか空いたスペースまでずらした。
あらわになったのは、無機質なコンクリートの壁……。
だが、よく見ると……俺たちの頭の高さに、不自然な『シミ』のようなものがあった。
縦横1メートルほどか。他は綺麗な白で塗られているのに、そこだけ若干ながら灰色がかった、材質の違うコンクリートで、上から塗り被されている。
注意しなければ分からないが、明らかに、この倉庫ができてから塗り直したものだ。
三国綾乃
三国が小さくつぶやく。その一言で、俺もようやく察した。俺がバールで何をすればいいのかも。
三国綾乃
一條恭平
2人と位置を交代した俺は、バールを振りかぶり、先端をシミの部分にぶち当てる。
小さな衝撃が身体に伝わった。ビシンと音を立てて、欠片がいくつかこぼれ落ちる。
それなりに硬いが、崩せないほどではなさそうだ。
俺は無心でバールを振るい、少しずつコンクリートを砕いていく。
二葉桐男
後ろで二葉の質問。三国のうなずく声がそれに続いた。
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
二葉桐男
2人の話を黙って聞きながら、俺は掘削を慎重に続ける。
時間は取られるが、中に遺体が埋まっていると考えたら、雑には進められない。
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
二葉桐男
二葉の頷く声。俺は三国の解説の間も、無心で壁を掘り続ける。
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国がそこまで説明した時だった。これまでとは違う、やや重い手応えと共に、
バラバラバラ
いくつものコンクリートの破片が崩れ落ちる。その下から――
一條恭平
俺が呟くと、二葉と三国は無言で近寄ってきた。
色の違う2種類のコンクリートで挟まれた、小人の隠し部屋のような小さな空間。
その中に詰め込むように……人間の骨盤が収められていた。
濁った黄土色で染まったそれは、腐敗を経て、完全に白骨化してしまったことが伺える。
ほんの少しだけ、死臭のような不快な臭いが漂った。
二葉桐男
三国綾乃
一條恭平
骨盤を傷つけないよう注意しながら、穴の周りの破片を少しずつ砕き、中が取り出せる大きさまで広げていく。
広げ終えたあとにバールを置き、ぽっかりと空いた空洞を、携帯のライトで照らしてみる。
骨盤の下の方から、キラキラといくつも光が反射した。
まっさきに目に付いたのは、どろどろに溶けた、おもちゃの携帯のような何か。完全に焼失しリングだけになったキーホルダーがくっついている。
一條恭平
三国綾乃
その他、鍵、ロケット、ピアス、化粧品、手鏡……
金属、もしくは熱で溶けかけたプラスチック製のものが、雑多に詰め込まれている。
三国綾乃
二葉桐男
一條恭平
三国の推理は正しかった。女子生徒を殺したのは、男子生徒ではなく、鎌田裕太……。
奴は体育倉庫の壁に穴を開けて、遺体の下腹部と燃やしきれなかった女子生徒の所持品を隠し、新たなコンクリートで塗り固めたのだ。
その後、鎌田は男子生徒に殺され……自らも霊と化した。
そして数十年近くもの間、この体育倉庫に棲み着く霊として、身勝手な裁きを続けていたのだ。他者の目から、自らの罪の証拠を守るように……。
二葉桐男
骨盤をじっくりと眺めながら、二葉は俺達にそう話す。
二葉桐男
二葉桐男
三国綾乃
三国綾乃
三国がいたずらっぽく笑い、俺達に両手を差し出す。
一條恭平
二葉桐男
三国綾乃
三国綾乃
真っ直ぐな表情で迫られ、俺と二葉は同時に折れる。黙って彼女の手を繋いだ。
三国綾乃
ふと、三国は俺たちから手を離し、穴の目の前まで近寄った。
左手をそっと穴に差し入れ、女子生徒の骨盤に、腰に手を回すように優しく触れる。
三国綾乃
三国は右手を二葉の左手と繋ぐ。俺は左手を伸ばし、彼の右手と繋いだ。
残った右手は……とりあえず三国の真似をして、穴の中に手を差し入れる。ひんやりとした冷気を感じた。
ただ、とうに亡くなっているとはいえ、女性の腰に許可もなく触るのは気が引ける。
迷った俺は骨盤には直接触らず、すぐそばに転がっていたロケットを手に取った。
一條恭平
三国綾乃
三国の言葉を受けて、俺はゆっくりと目を閉じる。
昨日と同じように、脳内で素因数分解を続けていくと、昨日と同じように左手から冷気が伝わってきた。
集中を続けると、少しずつ意識が薄れていくような感覚を覚える。
同時に、閉じたまぶたを通して流れ込む光が、少しずつ薄らぎ、暗くなっていき――
ザッ ザッ ザッ
砂利を踏みしめる音が聞こえてきた。
目を開けると、辺りは既に真っ暗になっていた。俺は学校の敷地内を歩いている。
……いや、どう考えてもおかしい。俺はすぐに、異常事態を察する。
身体の感覚は全くないのに、勝手に足が動いている。視界の端に見え隠れする両手は、明らかに普段より細く小さい。
どうやら今の俺は、何者かの記憶を、ドラマや映画のような感覚で覗いている状態らしい。
誰の記憶なのかは……深く考える必要などないだろう。
一條恭平
一條恭平
視界に映る明学……ではなく明生高校の校舎は、今とは若干作りが違う気がする。
薄暗い上に、そもそもまだ今の校舎に見慣れていないので、はっきりとは言えないが。
そうこうしている内に、女子生徒は体育倉庫の近くまでやってきていた。
倉庫の壁の近くで、こちらに背を向けて立っている人影を見つける。あの用務員の服装は……
女子生徒
妙にトゲのある言葉。用務員が振り返ったのを見て、俺は確信した。
一條恭平
鎌田裕太
手に持っていたヘラとパテを、倉庫の扉の近くに置く。
これがあの化物なのか……? 生前の鎌田裕太を見た俺は、面食らう。
こちらにやってきたのは、少し気弱そうな外見の青年男性だった。声も姿も、かまくびさんとしての恐ろしげな雰囲気からは程遠い。
鎌田裕太
女子生徒
鎌田裕太
女子生徒
鎌田裕太
一條恭平
女子生徒が言い放った事実に、俺は驚愕する。妊娠だと……?
女子生徒
鎌田裕太
女子生徒
女子生徒は八つ当たりのように怒鳴り散らす。鎌田裕太は血の気が引いた顔で、全身をわなわなと震わせる。
鎌田裕太
女子生徒
鎌田裕太
鎌田裕太
鎌田裕太
女子生徒
鎌田裕太
女子生徒
女子生徒
女子生徒
事情を話すにつれて、女子生徒の声はだんだんと弱々しくなってくる。
だが、声色のどこかには、あくまでも自分のことしか考えていないような、身勝手な感情が見え隠れしているように感じられた。
少なくとも、今一番に考えるべきなのは、自分のお腹に宿った命だと言うのに……
鎌田裕太
誤魔化しようがないと悟ったのか、鎌田はよろよろと膝を付き、呆けたように天を仰ぐ。
女子生徒
鎌田裕太
女子生徒
鎌田裕太
女子生徒がいくら呼びかけても、鎌田はもう何の反応も返さなくなっていた。ただただうつろな顔で空を見上げている。
しばらく無言の時間が続いたが、不意に視界がくるりと回った。
女子生徒
女子生徒
それだけ言い残して、彼女は逃げるようにその場を立ち去ろうとする。その数秒後……
ジャ ジャ ジャ
砂利を力強く踏みしめる音が聞こえたかと思うと、
ドンッ!!
女子生徒
鈍い激突音が鳴り、視界がぐらりと崩れ落ちる。
足元の砂利にぶつかり、争う音と共に、視界が激しく揺さぶられたかと思うと……。
鎌田裕太
不意に、鎌田の顔がアップで映る。脂汗が滲んだ顔で、怒りとも憎しみともつかぬ表情で唇を歪ませている。
奴の2本の腕が、視界の下にぬうっと伸びている。相当力を込めているのか、腕はぷるぷると震えている。
恐らく鎌田は、女子生徒を後ろから突き飛ばし……馬乗りになって、首を絞め始めたのだ。
女子生徒
ぎちぎちという嫌な音と、女子生徒の苦しそうな声が聞こえる。
女子生徒の手が伸びて、鎌田の腕を必死に掴む。叩いたり爪を立てたりと、懸命にもがき続ける。
鎌田裕太
ただ……奴の力には敵わない。視界の揺れが、両腕の抵抗が、少しずつ弱まり……反比例して、薄暗さが増していく。
鎌田裕太
鎌田は狂気にとりつかれた顔で、呪詛のような言い逃れの言葉を吐き続ける。その異様な雰囲気は、昨夜視たあの恐ろしい姿と同じだった。
やがて、画面がブラックアウトしたかのように、視界はぷっつりと途切れた。
長い沈黙ののちに、かすかに音が聞こえ始める。
ペタペタ……
粘着性のある何かを、軽い力で叩いているような音だ。音は少しずつ大きく、そしてクリアになっていく。
だが、視界は全く変わらず、黒一色のまま。やがて音の大きさも一定になるが、暗闇は続くばかり。
一條恭平
状況を飲み込めずにいたところで、不意に叩く音は止む。
しばらく無音が続いた後、
ズズズズ……
重いものを引きずる音。聞き覚えがあるような……。
一條恭平
俺は静かに状況を理解する。この音は、体育倉庫の壁を壊す前に、二葉と三国がロッカーをずらした音と同じだ。
ここは多分、体育倉庫……。いや、その壁の『中』だ。
さっきのペタペタという音は、恐らく壁の穴をパテで埋める音。
補修を終えた鎌田が、穴の跡をロッカーで塞いだのだ。
一條恭平
すでに彼女は鎌田によって殺され、全身をバラバラにされてしまったのだろう。
そして奴は遺体を各地に埋め、最後に下腹部をここに埋めた。
新しい命が宿っていた場所を……。
一條恭平
ジャッ……ジャッ……
かすかに砂利の音が聞こえてくる。
鎌田も気付いて慌てたのか、ガンッと奴が何かにぶつかった音と、小さなうめきが聞こえた。
ジャッ ジャッ ジャッ
音はどんどん大きくなってくる。そして……。
???
ひりつくような敵意を帯びた声。その一言だけで、声の主の正体が分かる。
カナ……週刊誌でもずっと伏せられていた、女子生徒の名前。
そして彼は……。
鎌田裕太
男子生徒
鎌田裕太
男子生徒
鎌田裕太
怒鳴り声が響く。男子生徒が倉庫内に入ってきたのか、ガシャガシャと何かを蹴飛ばす音が鳴る。
男子生徒
鎌田裕太
鎌田の悲痛な声。その後、ドタバタと何かを取り合うような騒々しい物音が続く。
ガラガラガラ……!
不意に、一斗缶が激しく転がる音がした。そして……
男子生徒
より一層激しい怒声が、倉庫中にこだまする。
男子生徒
鎌田裕太
男子生徒
鎌田裕太
ガシャガシャという物音。男子生徒の怒声は途中から涙声に変わっていく。
合わせて鎌田の声色が、先程妊娠の事実を告げられた時のような、絶望感を含むようになる。
一條恭平
一條恭平
男子生徒
鎌田裕太
男子生徒の詰問の声に、鎌田は本性を表す。
鎌田裕太
鎌田裕太
男子生徒
男子生徒の絶叫が響いた。
バゴッ!
鎌田裕太
強い殴打の音と、鎌田のうめき声。それを皮切りに、先程よりずっと激しい諍いの音が鳴り響く。
男子生徒
鎌田裕太
この後に及んで、鎌田はなおも責任転嫁を続ける。
そうこうしている内に、今までとは種類の違う、金属をこすり合わせたような物音が聞こえる。そして……
バキィッ!!
鎌田裕太
骨がへし折れる音と共に、鎌田の絶叫が轟いた。
男子生徒
ゴキャッ!! ベキィッ!! バキャッ!!
男子生徒の狂ったような怒声と、破壊の音が何度も伝わってくる。
何度も、何度も何度も……。
だが……鎌田の声はもう、一切聞こえてこない。
一條恭平
ゴトリ……
どれくらい時間が経っただろうか。金属バットが、人体ではなくコンクリートとぶつかる音が聞こえる。
男子生徒
男子生徒の荒い息づかい。しかし、それはすぐに、嗚咽の声へと変わる。
男子生徒
届くことのない呼びかけの言葉が、とめどなく流れてくる。
やがてその声も、ジャッジャッという砂利を踏む音と共に、少しずつ遠ざかっていく。
まって
ふと、新たな声が聞こえた。壁の向こうからではない……体の内側から、弱々しく伝わる声。
おいていかないで
ここからだして
消え入りそうなその声は、必死に壁の向こうの男子生徒へと呼びかけている。
たすけて
たすけて
たすけて
だが……声が彼に伝わることはない。男子生徒の泣き声はどんどん遠ざかり……やがて、完全に聞こえなくなる。
たすけて
たすけて
たすけて……
狭く深い暗闇の中、救いを求める声は、いつまでも、いつまでも、小さく響いていた……。
視界に光が灯る。ゆっくりと目を開けると、現代に戻ってきていた。
一條恭平
二葉から手を離した俺は、事実を受け止めるために、静かに息を吐いた。
ようやく知ることの出来た、最後の真相。
昨日の夜、俺たちが霊視したあの霊は……女子生徒ではなく、彼女のお腹に宿っていた、新しい命。
息づき始めたばかりのその命は、陽の光を浴びることもなく、父親となるはずだった男の手で、無残にも潰えた。
そして、この場所で……ずっと助けを、求め続けていたのだ。
二葉桐男
自分の携帯を操作しながら、二葉は淡々と告げた。
二葉桐男
二葉桐男
一條恭平
俺はふと、右手の中で何かを握り込んでいるのに気付く。
壁の穴の中に入っていたロケットだった。無意識の内に取り出してしまったらしい。
中を開けると……女子生徒と男子生徒、2人が写った小さな写真の切り抜きが入っていた。
場所は湖のほとりだ。恐らく、東原の外れにある大東湖。澄んだ美しい水面をバックに、2人が柔らかい笑顔で並んでいる。
彼氏とここまで仲睦まじくしていながら……彼女は裏で、売春に手を染めていた……にわかには信じられない話だった。
二葉桐男
二葉の上ずった声に、俺は顔を上げる。
三国は穴の中に手を突っ込み、女子生徒の骨盤を取り出そうとしていたところだった。
二葉桐男
三国綾乃
二葉が駆け寄って三国の腕を掴むものの、必死な表情の彼女に乱暴に振り払われる。
一條恭平
二葉桐男
俺がそう声をかけると、二葉は黙って退いた。
ゴトッ
骨盤を取り出した三国は、一瞥もせずにそれを自分の足元に置き、また両手を穴に差し入れる。
がさがさと漁るような動きを取った後に、
三国綾乃
ゆっくりと、両手を引き抜く。
コンクリートの粉末で灰色に汚れた彼女の両手は、大切なものを守るように、優しく何かを包んでいる。
そっと、手が開かれる。コンクリートの破片に混ざって……小さな、小さな人骨があった。
まだ、はっきりと骨格ができていない。人の形を象る前の、未成熟な骨。
いずれはこの世界に生まれ落ちるはずだった、新たな命。
死後、誰にも顧みられることなく、ずっとこの狭い場所で助けを求め続けていた命が、やっと光を浴び、人肌の暖かさで包まれる。
三国は手を閉じて、そっと自分の胸に当てる。
三国綾乃
涙声になりながらも、彼女は優しく語りかける。固く閉じた彼女の目から、涙が一筋流れ落ちた。
三国綾乃
三国は涙を流しつつも、しっかりと抱きしめる。
小さな骨を……生まれてこれなかった命を。母親のように愛おしく。
一條恭平
俺は二葉と共に、命が報われるのを、静かに祈った。
一週間後……。
友達
一條恭平
教室に入った俺と二葉が席に着くやいなや、最近仲良くなった友達が慌ただしそうに話しかけてくる。
友達
一條恭平
友達
友達
二葉桐男
友達
さっき駆け寄ってきたばかりなのに、彼はすぐ駆け足で離れていく。
俺と二葉は揃って息を吐いた。
一條恭平
二葉桐男
ざわついているクラスの奴等には聞こえないように、極力声を潜めて話す。こうしている今も心臓がバクついていた。
あれから俺たちは、事件の後処理を全て三国に任せ、何食わぬ顔でクラスに溶け込んでいた。
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
彼女からの言いつけを守り、俺たちはこうやって沈黙を決め込んでいるのである。
一條恭平
二葉桐男
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
二葉は若干呆れた顔で、もうほとんどの人は捨てたであろう、入学時に渡されたパンフレットを広げる。
耳当たりの良い言葉がつらつらと並べられた理事長挨拶を、冷めた眼差しで見つめていた。
一條恭平
挨拶文の横には、いかにも仕事が出来そうな風貌と言った感じのナイスミドルが、柔和な微笑みをたたえている。
柔らかい笑顔ではあるが、若干心の底を見透かされていそうな薄ら寒さを感じる。
先程似てないとは言ったが、この笑みは彼女に通じるものがあるかも知れない。
三国綾乃の正体。
それは、この明生学園に今年度就任した理事長の娘だった。別れ際、彼女から知らされた事実だ。
曰く、自身の校内での行動には口を挟まないよう、学園の全職員に理事長からお達しが来ているらしい。
連日のサボりが咎められなかったのも、先日の警備員の慌てようも、彼女が自身の特権を振るった結果だったという訳である。
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
二葉の言葉に深く頷く。
三国が好き勝手に動けるのも、ひとえにその特権的地位のお陰なのだろうが、あの調子では正体がバレるのも時間の問題だろう。
ガラガラガラ
先生
朝礼の時間きっかりに先生が入ってきた。事件のせいで今だにざわついている生徒たちを軽く叱りつける。
全員が着席した頃、ホームルームが始まる。開口一番に切り出したのは、やはり事件のこと。
先生
先生
先生
先生
先生は俺たちに一切触れることなく、事件の説明を終える。
偽装工作が上手くいったのか、単純に箝口令が敷かれているだけか……どちらにせよ、他の生徒にバレることはなさそうで安心した。
一條恭平
友達
先生
俺が冗談めかして出した提案は一蹴される。余計な気遣いしたくなかったし、内心割と本気で休みたかったんだけどな……。
ホームルームが終わり、再び教室に喧騒が戻る。
二葉桐男
一限の数学(←こんなん滅ぼしていいよな)の教科書とノートを取り出しながら、三国はせいせいしたように言い放つ。
一條恭平
二葉桐男
二葉桐男
一條恭平
一瞬の沈黙のあと、俺は頷く。 それから移動教室のために、俺と二葉が席を立った時。
先生
ついさっきまでよく通る声でクラス中に話していた先生が、ひそひそ声で俺たちを呼び出す。
……嫌な予感を抱えつつ、先生の前まで向かう。
二葉桐男
先生
一條恭平
先生
警戒の色を隠さずに、ぼそりと。
嫌な予感は早速当たった。俺は(たぶん二葉も)一気に肝が冷えた。
先生
一條恭平
二葉桐男
先生
同情半分、疑い半分といった雰囲気で、先生は俺たちに念を押してくる。アイツ……余計なことを……。
先生
そう言い残すと、先生は足早に教室を出ていく。
『厄介事を抱え込んでしまった』と、背中からにじみ出る気苦労でありありと語りながら。
一條恭平
二葉桐男
二葉が吐いた深いため息で、俺が抱えていたノートの端がゆらゆら揺れた。
昼休み。 しょうがないので俺たちはベンチに向かう。
すでに三国は準備万端といった趣きで待ち構えていた。バグかなんかでアイツ絡みのイベントスキップできねえかな。できねえけど。
三国綾乃
二葉桐男
三国綾乃
三国はベンチの端に寄り、空いたスペースをポンポンと手で叩く。俺と二葉は(座りたくないけど)座った。
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
2人の幸せそうな顔が思い浮かぶ。
男子生徒にとって大東湖は思い出の場所であり……最期の場所としてふさわしい所だったのだろう。
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
やや沈んだ雰囲気に浸っている三国に、俺は慰めるように言葉をかけた。
三国綾乃
三国は目を閉じて、フーっと息を吐いた。そしてゆっくりと目を開けて、
三国綾乃
二葉桐男
三国綾乃
切り替えた様子で口を開いた瞬間、二葉はピシャリと切り捨てた。三国は憤る。
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
二葉桐男
高らかに宣言された三国の言葉に、俺は耳を疑う。二葉はある程度察していたのか、小さくため息を着いた。
三国綾乃
三国綾乃
三国はやや早口で、自分のいきさつを俺たちに語る。
にわかには信じられない話ではあるが、昨日の彼女の行動力を見るに本当だろう。
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
胡散臭いセミナーの講師のような文言を、三国は恥ずかしげもなく並べ立てる。
二葉桐男
だが、高揚している彼女とは対照的に、二葉の態度は実に冷ややかだ。
三国綾乃
二葉桐男
二葉桐男
二葉桐男
三国の言葉も意に介さずと言った調子で、二葉は頑なに誘いを断る。
三国綾乃
だが、そんな彼を前にして、三国は怪しい笑みを浮かべる。
笑っていない瞳(本人は笑ってるつもりだろうが)の紅さに、傷口に毒が滲みるような、じっとりとした怖さを感じる。
二葉桐男
三国綾乃
二葉桐男
ガタッ!
二葉は目を大きく見開き、突如としてベンチから立ち上がった。彼の急変にたじろぐ。
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
二葉桐男
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
この前、三国が二葉のプロフィールを熟知していた理由が分かった。
理事長特権で調べ上げたとかそんな理由でなく、元から本人に話して貰っていたのだ。
二葉桐男
二葉桐男
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
二葉桐男
憤る二葉を三国はさらりと受け流す。完全に彼女の手で弄ばれてしまっている。
三国綾乃
三国綾乃
ピクッ……
彼女が妖しくささやくと、二葉の肩が一瞬だけ跳ねるのを、俺は見逃さなかった。
きっかり5秒後、
二葉桐男
二葉は悔しそうに頷いた。なぜか仕方なく折れた雰囲気を装いながら。
一條恭平
二葉桐男
俺の冷ややかな指摘に、二葉は湯気を立ち上らせて叫ぶ。
真面目一辺倒だった彼の意外な一面が見れて、思わず頬が緩んだ。
三国綾乃
ついでとばかりに(実際ついでだが、)三国は俺に水を向ける。昨日とは真逆の状況だ。
一條恭平
二葉が入ると決めたとは言え、俺はまだ少し悩んでいた状況だったが、
三国綾乃
一條恭平
彼女の甘言に、二葉よりあっさりと落ちた。
二葉桐男
一條恭平
三国綾乃
(物で吊っただけだが)勧誘に成功した三国は、意気揚々とした様子で立ち上がる。
春風に振れる彼女の長い黒髪の一本一本すら、喜びで跳ねているように見えた。おもちゃを買ってもらえると決まった子供のようだ。
つくづく、最初に会った時の印象とは、随分かけ離れた女だった。
三国綾乃
座ったままの俺たちに向き直り、三国は柔らかく微笑む。
高級な人形のように整ったその顔が、ガーネットのように赤く光るその目が、俺たちの方へ真正面に向けられる。
屈託のない彼女の笑顔は、とても……
一條恭平
二葉桐男
三国綾乃
ありのままの思いを告げると、三国は青筋を立てて憤った。