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一條恭平
二葉桐男
黙祷を終えた俺たちは、ゆっくりと立ち上がった。
体育倉庫の遺体が公になってから数日後。規制線が解かれた日の翌朝、俺たちは密かに現場を訪れていた。
だが……倉庫の姿はどこにもない。規制線解除の当日に、事件を無かったことにしたいかのように、建物は解体されてしまったのだ。
二葉桐男
一條恭平
俺は一足早い五月晴れを見上げる。
天国……というものがあるのかどうかは分からないが、ずっと苦しんできたあの命が、少しでもあの空の向こうで報われていることを願った。
一條恭平
二葉桐男
俺たちは倉庫の跡地から離れ、校舎へと向かった。
他の生徒に見られないようだいぶ早めに登校したため、教室にはまだ誰も居ない。
鞄を置いた俺たちは、時間潰しも兼ねて明学の敷地内を歩き回ることにした。
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
いつも出入りしている昇降口からぐるっと回り、裏側の中庭までやってきた。
明学の生徒棟は、合計15ものクラスの内、各学年3クラスずつを収容した5つの棟に別れ、特別教室が入った中央棟を取り囲むように建っている。
1組・2組・3組がA棟、4組・5組・6組がB棟……といった感じだ。
ちなみに13組・14組・15組は、一流大への進学を目指す特進科になっている。
一條恭平
二葉桐男
俺のしょうもないボケにも二葉はちゃんと突っ込んでくれる。
俺たちは中庭を越え、10組・11組・12組の各教室が入るD棟へと来ていた。
俺たちが通うB棟とは、中庭を挟んで向かいに建つ。渡り廊下を通れば、上履きのままここにも来れる。
ただし、移動教室は基本的に同じ棟の特別教室か中央棟の教室に行くので、違う生徒棟に行くことはほとんどない。
授業の暇な時(≒常時)にたまに眺めているこのD棟も、近くまで来たのは初めてだった。
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
俺が尋ねると、二葉は周りに誰も居ないのに、声を潜めてひそひそと話す。
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
D棟の隅……1年10組の教室がある方を、二葉は警戒心をにじませて眺めている。一体どんな奴だと言うのか……。
……その時、俺は昔の友達をふと思い出し……予感が背中を走った。まさかその生徒は……。
ドゴッ!!
???
一條恭平
突如、重い物音と悲鳴が、D棟の裏側から聞こえてきた。
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
俺は躊躇する二葉を連れて、D棟の裏側まで回る。そこには2人の生徒がいた。
1人は、アスファルトの上にうつ伏せに倒れ伏した男子生徒。
髪を派手に染め、制服もだらしなく着崩している。
右手のすぐ近くには、曲がった鉄パイプが転がっていた。
不良
空いている左手でお腹の辺りを必死に押さえている。恐らく腹部に強烈な一発を食らったのだろう。
???
その傍らに立ち、つばを吐き捨てながら見下ろしているもう1人の生徒。
彼の険しい顔を見た途端、俺は思わず動き出していた。やっぱり……!
一條恭平
優紀
一條恭平
湧き上がる懐かしさに突き動かされ、俺は優紀に近付いていく。
多少背は伸びたものの、小学校の時からそんなに大きくは変わっていない。
二葉桐男
俺の後ろで、二葉が恐る恐るといった様子で話しかける。
俺の予感は正しかった。やはり優紀が恐れられている生徒だったらしい。
一條恭平
二葉桐男
なんとも形容しがたい表情を浮かべて、二葉は一歩後ずさる。
恐らく、優紀と友達だったと言うだけで、俺のことを(悪い方向に)見直しているのだろうが……今は彼に構っている時ではない。
一條恭平
優紀
一條恭平
一條恭平
優紀
一條恭平
旧友の背中をパンパンと叩きながら、自分の携帯を取り出そうとした時……。
不良
倒れていた不良がゆっくりと起き上がる。転がっていた鉄パイプを拾い、優紀の頭めがけて、思いっきり振りかぶった。
一條恭平
俺が叫んだのと、優紀が左足を振るったのが、ほとんど同時だった。
ビシィッ!!
痛烈な打撃音。
優紀は振り返りもせずに、見事な後ろ蹴りを相手の顔面に食らわせた。
不良
汚らしい叫びを上げて、不良は奥へ吹っ飛んだ。アスファルトの地面をのたうち回り、やがて動かなくなる。
一條恭平
優紀
二葉桐男
呑気に話し合う俺たちをよそに、二葉はおろおろと慌てている。流石に彼には刺激が強かったか……。
タッタッタッタ
先生
グラウンドの方から、ガタイの良い先生が駆け寄ってくるのが見える。
優紀
一條恭平
優紀の言葉に甘えて、俺は逆方向に走り出す。こういう時の逃げ足には自信がある。
二葉桐男
一瞬遅れて、二葉が慌てた様子で着いてきた。俺たちはD棟の校舎の端まで逃げ込む。
去り際にちらりと振り返り、俺は優紀の方を見やる。
3年ぶり(←実際には何回か会ってるけど)に会えた友人は、やってきた先生の怒声も意に介さず、平然とした様子で立っている。
……ただ、その表情に少しだけ、寂しさのようなものが浮かんでいるのが、少し印象的だった。
一條恭平
その後、優紀がちゃんと説明してくれたのか、俺たちの元に先生が来ることは無かった。
B棟の自分の教室に戻り、何事もなかったかのように席に着く。既に何人か教室に入ってきていた。
一條恭平
二葉も自分の席に着いてから、俺は彼に語り始めた。
二葉桐男
一條恭平
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
一條恭平
一條恭平
小学校時代のアイツとの思い出が、自然に脳内に浮かんでくる。
確かに乱暴で口が悪いところはあるが、優紀は決して悪人ではない。
自分から手を出すことは決してしないし、困っている人がいれば(ぶっきらぼうにだが)助ける、名前通りの優しい奴だ。
ただまあ、典型的なツンデレ気質だし、向かってくる敵は躊躇なくぶちのめすので、色々と誤解されやすいのも確かである。
一條恭平
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
想像以上の酷さに冷や汗が流れる。
荒れた奴といえば否定はしないが、得物を使って病院送りにするような奴ではなかったというのに……。
一條恭平
二葉桐男
二葉桐男
一條恭平
俺は内心、少しだけホッとする。許されない行為ではあるにしろ、アイツなりの道理があってやったことなのだろう。
二葉桐男
二葉桐男
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
二葉桐男
二葉桐男
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
半ば達観した様子の二葉。まあ、下のレベルも広く受け入れてくれてるお陰で、俺や優紀みたいなのが入れたのだが。
ふと、ポケットの携帯が細かく震えた。先生がまだ来ていないことを確認してから、俺は携帯を取り出す。
……全く同じタイミングで、二葉も自分の携帯を取り出した。それだけで俺は、着信の主を察する。
着信の内容は、ついこの前無理やり作らされた、3人だけのグループチャット。二通のメッセージが来ている。
三国綾乃
三国綾乃
中身を読んでいた所に、ちょうど彼女からのスタンプが飛んできた。どこで見つけたのか、妙にリアルな藁人形のイラストだ。
一條恭平
二葉桐男
何やら数学っぽい返しをしつつも、メッセージの方にはなんの返信も返さず、二葉は面倒臭そうに携帯をしまう。
言葉の意味はよく分からないが、彼女を馬鹿にしていることだけは伝わった。
昼休み。 一応言いつけ通り、俺たちは中庭のベンチにやってきた。
二葉桐男
三国綾乃
開口一番、二葉が投げつけた質問に、三国はよどみなく答える。
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
一條恭平
二葉桐男
三国綾乃
三国綾乃
二葉桐男
三国は真摯な表情で二葉を見つめる。彼女の眼圧に耐えられないのか、二葉はたじろぐようにうつむいてしまう。
なんだかんだ言って、二葉も手を貸すのにやぶさかではない(←誤用らしいよ)のは確かだ。オカルトにも興味があるのは分かっている。
真正面からお願いされると弱いのだろう。しばらく思い悩むような素振りを見せた後……二葉は深いため息を着いた。
二葉桐男
三国綾乃
二葉桐男
二葉は折れたが否や、三国は秒で話題を変える。彼は青筋を立てて憤った。
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
二葉桐男
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
①部室とする空き教室の確保 ②顧問教師の選定 ③3人以上のクラス委員長からの推薦 ④5人以上の部員の確保
三国綾乃
二葉桐男
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
三国綾乃
三国綾乃
二葉桐男
一條恭平
三国綾乃
↑参考:いらすとや
一條恭平
その後も3人で話し合い、一応お互いの旧友に声をかけてみることになった。
話が一区切り付いたところで、中庭に建っている時計を見ると、昼休みの終わりまであと10分というところだった。
そろそろ教室に戻るか……そう思った時に、三国がぱんと手を叩く。
三国綾乃
一條恭平
三国が言っているのは、かまくびさんの事件の時に、上級生たちに二度も絡まれた子だろう。
三国綾乃
二葉桐男
二葉桐男
三国綾乃
一條恭平
三国綾乃
一條恭平
二葉桐男
俺が引き受けようとした三国の申し出は、二葉の冷徹な声で切り捨てられる。
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
一條恭平
二葉桐男
三国綾乃
二葉桐男
二葉は語気を強めて、三国の言葉を遮る。
一條恭平
???
活動内容を話した途端、ピシャリと切り捨てられた。『ほらね……』と二葉が小さく呟く。
俺たちの頼みを一蹴したこの女子生徒が、クラス委員長の『香月七瀬(こうづきななせ)』。
度のキツそうなメガネが印象的な、いかにも真面目そうな雰囲気の生徒だ。
二葉と同じ内部進学組で、かつ現役の新聞部。中等部時代は何度も一緒に取材に行ったらしい。
三国と別れた後に、教室に戻って彼女にお伺いを立てたのだが、判断までに0.3秒くらいしかかからなかったと思う。
香月七瀬
二葉桐男
香月七瀬
香月七瀬
一條恭平
香月七瀬
香月はレンズの向こうで青筋を立てる。そんなに怒らんといて下さいや。
香月七瀬
一條恭平
一條恭平
そこまで言った所で、二葉に口を手で塞がれた。
香月七瀬
二葉桐男
そのまま二葉は俺の腕を強引に引っ張り、俺たちは自分たちの席まで戻ってくる。
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
二葉桐男
二葉桐男
一條恭平
必死な形相の二葉に迫られ、俺は思わず頷いた。
特に進展もないまま、午後の授業を終え、放課後になる。
そろそろ部活が決まった人も多く、部活見学の声も少なくなっている。
部員を集めるなら、手早く動かないとまずい。
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
一條恭平
スタスタと歩いていく二葉を慌てて引き止める。
一條恭平
二葉桐男
二葉は不安と若干の嫌悪を顕にする。どうやら今朝の一件が響いてるらしい。
二葉桐男
一條恭平
今後の彼との付き合いを考えて、俺は正直に答える。
二葉桐男
一條恭平
二葉桐男
二葉桐男
二葉はそう言い残して、俺が引き止める間もなく、1人で教室を出ていってしまう。
俺の同中の生徒に会うのがよっぽど怖いようだ。
一條恭平
『気安く話せる関係』というだけで(悪い方向に)一目置かれてしまうほど、優紀は恐れられているらしい。
まあ、3つも年が離れている先輩を病院送りにしたとなれば、普通の生徒なら怖がってしかるべきか。
もう少し猫被ると言うか、大人しくしているべきだったか……過ぎた後悔を抱えつつ、俺は1人で勧誘に出かけた。
最初の相手は、俺が中学時代一番つるんでいた相手。メッセージで連絡を入れ、中庭に呼び出す。
一條恭平
???
少し浅黒い肌の男子生徒、本田零也(ほんだれいや)が、スマホで時間を見ながら話しかけてくる。
一緒に死ぬ気で勉強して明学に入ったっていうのに、会って早々連れない奴だ。
一條恭平
本田零也
一條恭平
本田零也
俺の内心を見透かしたのか、零也は不満そうに眉をひそめる。
一條恭平
本田零也
一條恭平
本田零也
一條恭平
春休みに遊んだ時の話をすっかり忘れていた。
零也は現在バイクにハマっており、高校生になったらバイク代を稼ぐためにバイトをはじめると言っていたのだった。
本田零也
一條恭平
本田零也
一條恭平
きびすを返して歩いていく零也に、本日二度目の引き留めをかます。
一條恭平
本田零也
一條恭平
本田零也
本田零也
一條恭平
一條恭平
本田零也
零也に図星を突かれてしまう。まだ入学してから1か月も経ってないのに、もう噂になっているとは……。
一條恭平
本田零也
本田零也
一條恭平
本田零也
結局、懸命な勧誘も適わず、零也はバイトがあるだとかで帰ってしまった。
その後も俺は、同中の友達に声をかけてみたが、
友達A
友達B
友達C
友達D
友達E
……と、すげない返事どころか、心無い友人2名によりいたずらに貴重な財産を奪われる結果になってしまった。
一條恭平
寂しくなった財布の中身を眺めながら、俺は第二グラウンド脇の芝生で一人ごちる。
同中の生徒はまだたくさんいるが、こんなフザけた部活にも誘えるような気心の知れた友達は残り僅かだ。
が、この調子では結果は分かりきっている。
一條恭平
一條恭平
取り留めのないことをぼんやりと考えながら、俺は芝生に座って身を休める。
前方のグラウンドでは、女子サッカー部が紅白戦を繰り広げていた。
生徒数が多い明学はスポーツも盛んだ。第一グラウンドの方では、インターハイや選手権の出場経験もある、強豪の男子サッカー部が練習に励んでいるだろう。
ただこちらは……言っちゃ悪いが、素人の俺から見ても、大学の緩いサークルと同レベルと分かる。たぶんガチでやる女子はユースに入るのだろう。
しかし逆に言えば、そのレベルでも紅白戦ができるほど部員が集まるのである。さすがはマンモス校と言ったところか。
一條恭平
一條恭平
そろそろキモがられるかなと思い、俺はこの場を離れようと立ち上がった時、
ガッ!
一條恭平
ハーフライン手前にいる女子生徒が、こちら側のゴールに向けてロングシュートを放ってきた。
弾道ミサイルのように勢い良く射出されたかと思うと、ぐんぐんとこちらに迫ってくる。
一條恭平
シュートを放った女子生徒に感心する。彼女はこのゲーム内で、周りから頭一つ抜けたレベルで活躍していた。
多分身長も170を越えている。日本人女性としてはかなり高い方だ。
視線をボールに戻すと、もうこちらのゴールすぐ近くまで迫ってきている。
獲物を狙う鷹のように急降下し、全く反応できていないキーパーを尻目に、クロスバーギリギリを……
ガンッ!
いや、入らなかった。惜しくもボールはクロスバーにぶつかり、上方へバウンドしてしまう。
勢いそのものは保ったまま、跳ね上がったボールはゴールを飛び越え、まっすぐこちらに──。
こちらに?
ギュウン!!
一條恭平
間一髪のところで、俺はボールをキャッチする。人工皮革が手のひらでギュンッと擦れた。
まさかピンポイントで飛んでくるとは……ヤンキー時代に鍛え上げられた瞬発力がなければ、危うく直撃するところだった。
タッタッタッ……
???
軽やかな足音が聞こえたかと思うと、目の前のボール……ではなくその向こうから、女子生徒の上ずった声が聞こえてくる。
たぶんシュートを放った生徒だ。ついさっきまでハーフラインの近くに居たのに、もうこっちまで駆けつけたらしい。
一條恭平
心の中に湧いた疑問は、ボールを顔から離して、女子生徒の顔を視た瞬間に氷解した。
女子生徒
一條恭平
意外すぎる再会に、俺は面食らう。
目の前に居たのは、かまくびさんの事件の際に、俺が2回助けた、あの女子生徒だった。
女子生徒
一條恭平
ぺこぺこと頭を下げる彼女に、俺はボールを差し出す。
それにしても、上級生たちに絡まれて怯えていた時からは想像もつかない活躍ぶりである。
あの時はサッカーどころか、スポーツ全般に縁がなさそうな雰囲気だったのだが。
一條恭平
一條恭平
女子生徒
一條恭平
俺は女子生徒の後方で、怪訝そうにこちらを見る相手チームのキーパーを指差す。
女子生徒
気付いた彼女は慌てた様子で走っていき、キーパーにボールを引き渡す。
そのままピッチへ……と思いきや、また小走りでこちらに戻ってきて、
女子生徒
一條恭平
俺の生返事を待たずに、彼女は走って戻っていってしまった。
それから十分ちょっとで、ゲームは終わる。短い間に彼女はもう一発シュートを放ち、今度は見事ゴールを決めた。
彼女の活躍により、結構な差を着けて紅白戦が終わり、そのまま部活はお開きになる。
遠くから見ていたが、サッカー部の先輩らしきいくつもの生徒に、かなり取り囲まれていたようだった。
四宮沙紀
こちらに来て早々、ペコペコと頭を下げる彼女。随分と礼儀正しい性格のようだ。
四宮沙紀
一條恭平
女子生徒
一條恭平
四宮沙紀
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮は言いづらそうに口をモゴモゴさせる。
どうやら余り聞かれたくない質問だったようだ。話題を変えるか。
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
落ち着かない様子でまた頭を下げる。サッカーの腕前は見事だが、性格はやはり、最初に会った時の印象通りのようだ。
四宮沙紀
一條恭平
俺は悩んだ。まあ二葉には会わせても良いが、問題は三国だ。アイツと引き合わせたら、絶対しつこく勧誘してくるだろう。
『助けてあげたんだから協力しなさい』とか言われたら、この子じゃとても断りきれなさそうだ。
せっかくサッカー部で大活躍しているのに、こんな訳分かんねえ部活に堕としてしまうのはなんとも忍びない。
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
部活の内容は伏せた上で、彼女に事情を伝える。これで納得してもらえるだろう……と思いきや。
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
意外すぎる返事が返ってくる。
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
彼女が先程無双できていたのも、そもそもレベルがそこまで高くなかったからということか。
それなら入ってもらってもいいか……と考えて、慌てて思い直す。
そもそもこの部活は、かまくびさんレベルのやばい奴を相手にする恐れがあるのだ。
俺の悪友ならともかく、こんな子に付き合わせていいものか。
一條恭平
どう説明したものか、俺は言いよどむ。
すると彼女は……
四宮沙紀
一條恭平
俺の考えを読み取ったのか、四宮はおずおずと尋ねてくる。俺は一瞬固まった。
一條恭平
とっさに誤魔化すことも出来ず、俺は正直に頷いてしまう。
四宮沙紀
俺が答えたきり、四宮は口を閉じてしまった。
どうやら、四宮も『視える』人間だったようだ。俺たちが対峙したかまくびさんは、彼女も認識できていたのだろう。
一條恭平
自分の迂闊さを恥じるが、後悔先に立たず。
今更訂正することも出来ず、どうしようかと悩んでいると、四宮がゆっくりと口を開いた。
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
一條恭平
四宮沙紀
四宮はためらいがちに話す。
彼女の雰囲気から、普通の人には相談できないような内容であることはなんとなく想像がついた。
ただ、詳しい話を聞こうとした矢先に、『や、やっぱりいい……』と自分で話を打ち切ってしまう。
四宮沙紀
一條恭平
一條恭平
四宮沙紀
俺が携帯を取り出すと、四宮は脇に置いていた可愛らしいリュックから、涼やかな水色のカバーが付いた携帯を取り出す。
連絡先を交換して、とりあえずもう少し話を……と思った所に、
タッタッタッタッ
向こうから、やや強い足音。
顔を上げると、ビブス姿の女子生徒が、渡り廊下からダッシュでこちらに来ているのが見えた。外なのに靴は体育館用のスニーカーだ。
女子生徒
四宮沙紀
彼女はひるむ四宮に駆け寄り、俺の存在をガン無視して話しかける。
女子生徒
四宮沙紀
女子生徒
押しの強いフットサルの部員にぐいぐいと引っ張られ、四宮はベンチから立ち上がる。
四宮沙紀
一條恭平
女子生徒
四宮沙紀
俺の言葉に女子生徒が勝手に返事して、そのまま四宮を体育館の方向に引っ張っていく。
あわあわ……と遠目からでも分かる混乱っぷりで、四宮は有無も言わさず連れて行かれてしまった。
一條恭平
気の抜けた応援を心の中でしながら、俺は他の部員候補を探しに行った。
あれから色んな奴に当たってみたが、結局収穫は彼女だけだった。
もう日も暮れ始めてきたため、俺は帰路につくことにする。
校門を出てすぐ近くにある、バス停の行列に並ぶ。
マンモス校だけあり、付近のバスの本数もめちゃくちゃ多いのだが、それでも大量の生徒たちをカバーするには至らず、基本混雑気味である。
行列を待つ間の暇つぶしに、俺は携帯を開く。
一條恭平
メッセージアプリに新しく追加されたアカウントを眺める。
まさかあの気弱そうな彼女が、こんな怪しげな部活に協力してくれるとは思ってもいなかった。
とりあえずグループチャットで報告を……。
一條恭平
一旦文章を削除し、二葉だけに個別チャットで彼女のことを伝える。
今日の様子から見ても、四宮が運動部の連中から引っ張りだこになっているのは想像に難くない。
彼女自身は結構乗り気だが、やはりこんな得体の知れない組織に堕とすのは良心が痛む。
ひとまず、四宮を入れるかどうかは、明日二葉と話し合ってからにしよう。
一條恭平
四宮の言葉を思い出す。四宮は俺に何を話そうとしていたのか……あの様子では、普通の事情ではないだろう。
恐らくはかまくびさんと同じ、なんらかの超自然的存在が関わっている問題ではないだろうか。
ことの成り行きによっては、また奴のような恐ろしい霊と対峙することになるかも知れない……。
ただ、それを見事解決できれば、四宮はもちろんその友達もまとめて入ってくれる可能性もある。そうなれば一気に部員数の問題は解決だ。
一條恭平
俺はそう考えて、メッセージアプリを閉じて、最近ハマったソシャゲを始める。この間に二葉から返信が来ることはなかった。
一條恭平
ようやくバスが来て、乗り込もうとした時に、足が止まる。
俺はバスの列から離れ、そのまま車両の後ろに回り込む。
バスの発車後、車が来ていない事を確認してから、目の前の横断歩道を小走りに渡った。
道路の向こうにあるのは、ローカルチェーンのスーパー。利用客の8割が明学生というほぼほぼウチの購買な店である。
たった今、その店の自動ドアが開き、見覚えのある顔が出てきていた。
一條恭平
五代優紀
近づきながら声をかけると、手に持っていた携帯から顔を上げる。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
駐輪場へ向かった優紀は、下げていたレジ袋と鞄を自転車の前カゴに突っ込む。
鍵を開けてスタンドを上げるものの、サドルには乗らずに歩いてこっちまでやってきた。一応OKなようだ。
五代優紀
一條恭平
五代優紀
下らない話を交わしつつ、駅までの道のりを2人で歩いていく。優紀と帰るなんて小学校の時以来だ。
一條恭平
大通りから外れ、路地裏に入った辺りで、俺は本題を切り出す。
五代優紀
一條恭平
五代優紀
優紀はぶっきらぼうに返す。敵討ちにしてもやりすぎな気がするが……まあ、詳しく聞くのは止めておこう。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
優紀はだるそうにしながらも、ポケットから自分の携帯を取り出す。
色は涼やかな水色……
いや、本体ではなく、水色の手帳型カバーを着けている。
角は多少擦り切れているが、丁寧に扱われているのが見て取れた。
一條恭平
五代優紀
俺のからかいを一蹴する。連絡先を交換し終えて、俺は携帯をポケットにしまった。
……ぃ……
一條恭平
その時、かすかな声が聞こえた。辺りを見渡すが、俺たち以外に通行人はいない。
一條恭平
俺は優紀に視線を向ける。
五代優紀
俺の質問には返さず、少し驚いたような顔で俺を見つめる。
一條恭平
五代優紀
五代は自転車を停め、鍵を停める。俺の方に回り込み、道路の端にガシャンと置いた。
一條恭平
五代優紀
優紀は俺に、すっと右手を差し出してくる。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
俺が右手を差し出すと、優紀は日米のようにしっかり握手をしてきた。意外と温かい彼の手のぬくもりが伝わる。
一條恭平
五代優紀
優紀は左手で、俺達が歩いてきた道の方を指差す。
そちらに目を向けても、特に何も──。
……いや。
『何か』が居る。人智を超えた存在が。
背中を冷気が走る。十数日振りに味わう感覚だ。
俺は意を決して、眼鏡を外した。
レンズで隠されていた異形の存在が明らかになる。
人の塊……矛盾するような表現だが、それが一番当てはまる。
膨らんだ醜い肉体の人間だ。太ったというよりは、別の肉を身体に付け足したように思える。
ボコボコと膨らんだ塊の所々から、悲壮な表情の頭部がが生えている。目を凝らすと、口の部分はその多くがもごもごと動き、
うう……ああ……
しが……うして……
やぁ……でぇ……
今際の際のような、かすれたうめき声が聞こえてくる。
一條恭平
五代優紀
優紀に驚く様子は見られない。既に奴の姿は見慣れているようだ。
五代優紀
そう言うと優紀は、俺の手を掴んだまま、怪異の元へとすたすた歩いて行く。
一條恭平
五代優紀
俺の引き留めも、優紀は全く意に介さない。
そのまま俺たちは、生霊のすぐ近くまで近寄ってしまう。
うぅ……あぁ……
なんで……どうしてぇ……
嘆き悲しんでいるような呪詛の言葉を、生霊……いや、そこから生えている頭部が、延々と吐き続ける。
よく見るとどの人も、何かしらの『異常』を抱えていることが分かる。
げっそりと痩せた人、殴られたような痛々しい痕が残る人、顔の一部が奇妙に歪んでいる人……
症状は個々人によって違う物の、ある一点だけは共通していた。
悲しみの感情だ。 どの頭部も、真冬の湖のようなひどく冷たい悲しみに囚われ、口々にそれを嘆いている。
同時に……それぞれの口から漏れ出る嘆きの言葉からは、物悲しさのようなものも感じられた。
だがそれでも、優紀は目の前の怪異に全く動じていない。ずるずると近付いてくる怪物を前に、右足をフラッと上げて、
五代優紀
ボゴッ……!
優紀は怒声を上げて、一切の容赦なく前蹴りを叩き込んだ。
ひぎぃ!
ちょうどその箇所にあった顔が、甲高い悲鳴を上げる。肉塊の中へと引っ込んでいく。
優紀の右足もそのまま、ズブズブと中に──。
五代優紀
だが、優紀は荒っぽく足を引き抜いた。
先程蹴りを入れた場所は、ポッカリと穴が空いていた。
優紀は足元に転がっていた大きめの石を蹴飛ばし、その穴に叩き込む。
きあぁっ!
化物はまたも甲高い声を上げる。
後ろによろよろとよろめいたかと思うと、ずるずると、ゆっくりと方向転換を始める。
五代優紀
優紀はまた俺の手を引っ張り、自転車の方へと戻っていく。
一條恭平
五代優紀
優紀はこともなげに言い放つ。
後方を振り返ると、化物はこちらを向いたまま──奴に向きの概念があるのか知らないが──ずるずると俺たちから遠ざかっていく。
トドメを刺した訳ではないが、ひとまず撃退は出来たようだ。
五代優紀
優紀にパッと手をほどかれる。その途端、霊の姿は急速に薄らいだ。
優紀が置いた自転車のもとに戻ってきた俺は、彼に問いかける。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
五代優紀
優紀は平然とした態度で、鍵を開けてまた歩き出す。
五代優紀
彼に言われて、俺は慌ててついていく。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
五代優紀
まるで格下の雑魚を相手にするかのような口調で、優紀は淡々と話す。相手は人間ですらないというのに……。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
五代優紀
優紀は自嘲するように話す。
五代優紀
一條恭平
一條恭平
五代優紀
五代優紀
自分自身のことだというのに、まるで突き放すような物言い。
例え対処が容易だとしても、相手は四六時中自分を狙っているというのに……恐怖はないのだろうか?
一條恭平
隣の友人の異常性を、俺は改めて認識する。転校してきたばかりの、荒みきっていた頃のアイツを思い出した。
優紀は恐怖心や躊躇・不安といった、何かを恐れるような感情に乏しい。危険な状況でもためらいなしに向かっていく。
それはひとえに、彼の中で『自分自身』をないがしろにしているからだと思う。言ってしまえば、死んだって別に構わないと思っているのだ。
生霊への対処に失敗して、奴に殺されてしまったとて別に構わない……だからこそあれだけ平然と動けるのだろう。
……でも、俺と仲良くなってからは、それなりに人間らしいところも見せるようになったはずだったのだが。
俺並みに深い付き合いができるような奴は、他に誰も居ないのだろうか……。
……いや、1人いるはずだ。俺は優紀に尋ねる。
一條恭平
五代優紀
一條恭平
一條恭平
五代優紀
俺の指摘に、五代はバツが悪そうに舌打ちする。どうやら図星だったようだ。
恐らく、その子とは日常的に触れ合うほどの仲だったはずだ。
それである時、人ならざる者を偶然視てしまい、自分の霊感を知った……そんなところではないだろうか。
一條恭平
五代優紀
不快感を顕にして、優紀は俺の質問を打ち切る。
そのままひょいっと、自分の自転車にまたがった。
五代優紀
一條恭平
俺が止める暇もなく、優紀は自転車をシャアっと漕いで、走り去ってしまう。どうやら触れられたくない話題だったらしい。
一條恭平
1人で駅前までの道のりを歩きながら、俺はついさっきの出来事を思い返す。
一條恭平
この短い間で、恐ろしげな怪異に2体も遭遇するとは……。
明学に入ってから、不運が次々と重なっている気がする。 三国のせいか? うん、三国のせいだ。
一條恭平
今日一日だけで、四宮と優紀の、2人も霊感のある人物に出会えた。
四宮はともかく優紀は入ってくれる望みは薄いが、まあ収穫と言っていいだろう。
さらに言えば、2人共、霊感があるであろう友達がいるようだ。その2人は明学生かどうかは分からないが、上手く行けば一気に――。
一條恭平
ふと、頭に1つの考えが浮かんだ。
一條恭平
一條恭平
脳内でそんな仮定が出てきた途端……それを裏付けるような記憶が、次々と引っ張り出されてくる。
四宮と連絡先を交換する時、彼女が取り出した携帯のカバーの色は……水色。
ついさっき見た、優紀の携帯カバーの色も水色……色だけでなく、形やデザインもよく似ていた。
さらに言えば、優紀はサッカーが趣味だ。今は部活には入っていないみたいだが、引っ越し前にクラブチームに入っていたと、昔聞いたことがある。
何より……優紀も四宮も、『視える』人だ。ここまで共通点があれば、お互いに接点があってもおかしくない。
四宮沙紀
五代優紀
四宮が俺に話そうとした『困ったこと』は、優紀に取り憑いている生霊のこと……そう考えると、色々と辻褄が合うのだ。
一條恭平
一條恭平
一條恭平
俺は頭を悩ませる。
直接聞いた訳ではないが、優紀が後ろ暗い理由で俺の小学校に転校してきたのはほぼほぼ分かっている。
恐らく、去年の秋のような事件を起こし、周囲の視線を気にした親が転校させたのだろう。
優紀が言う、「転校前の友達」が四宮なのだとしたら……彼女は優紀が転校に至った事情を知っているはずだ。
優紀の話しづらさも、その辺りに関係しているような気がする。四宮とて、今日の調子では俺の方から聞いても答えてくれそうにない。
どちらにせよ、何も知らない俺が安易に踏み込んでいい領域ではないだろう。
一條恭平
色々と考えた末に、俺はそう結論づけた。
無理に聞き出そうとしたら、どっちともこじれてしまうだろう。ここはどっちも知らんぷりしていよう。
一條恭平
俺は携帯を取り出し、メッセージを確認する。
……だが、返事はおろか、既読すら付いていなかった。
一條恭平
どうせ明日会うんだし、その時に話せば良いだろう。催促のメッセージは送らず、俺はアプリを閉じる。
結局その日、二葉から返信が返ってくることはなかった。