ウェンデッタ
――というわけで
ウェンデッタ
アルスの
“最愛の人”は
ウェンデッタ
現在進行形で
私――ウェンデッタ
らしいわよ
ダニエル
えェッ⁉
ダニエル
さすがに
意味わかんないっす
イザック
以前伺った情報と…
随分、異なるようですが?
令嬢の話に困惑する
従者ダニエルと、所長イザック。
ウェンデッタ
私だって…
ウェンデッタ
何が、何やら…!
ウェンデッタ
…あいつは
……アルスはッ!
ウェンデッタ
シラヌイ一族を
処刑した元凶よッ!
ウェンデッタ
私と婚約破棄して
からの3年間、
アルスとクロエはッ
ウェンデッタ
事あるごとに私を
いびり倒してッ
ウェンデッタ
終いには私を
皇帝殺害の犯人に
仕立てたくせにッ――
イザック
確認ですが、それは
“前世”…とやらの話
ですよね?
ウェンデッタ
そうだけど…
イザック
ならばその事象の
根拠として、現状は
イザック
“ウェンデッタ嬢らの
主観による証言”のみに
頼らざるを得ない以上
イザック
その記憶が
どこまで正確かは
イザック
いささか、
検証の余地があると
考えますが
ウェンデッタ
私を疑ってるの⁉
イザック
即答が難しい
ところですが…
イザック
…どちらかといえば
“Yes”ですね
ウェンデッタ
何ですって!?
ウェンデッタ
あいつら2人に
散々苦しめられた
地獄の日々がッ
ウェンデッタ
罪を着せられ
殺されるしかなかった
無念がッ
ウェンデッタ
全て私の妄想
だとでもッ――
ダニエル
お嬢ッ!
ダニエル
落ち着いて
くださいッ!!
ウェンデッタ
――ッ
ダニエル
ほらっ、
お嬢の好きな
蜂蜜のフィナンシェ
です!
ダニエル
隣国から取り寄せた
オレンジブロッサム
ティーもありますよ!
ダニエル
こっちも
お嬢好みに
淹れましたから
ダニエル
冷めないうちに
一口飲んで!
ウェンデッタ
え、ええ…
押し切られつつ
カップの紅茶を口にする
ウェンデッタ。
ウェンデッタ
(…あたたかい……)
温かな紅茶の優しさが、
じんわりと体中に染みわたる。
ダニエル
今日のは
どうっすか?
ウェンデッタ
…………
ウェンデッタ
…美味しいわ、
すごく…
ダニエル
ならよかったっす!
ウェンデッタ
……ありがと、ダン
ダニエル
へへへ~♪
落ち着いたところで、
ウェンデッタは
改めてイザックへと向き直った。
ウェンデッタ
……イザック様、
大変失礼したわ
イザック
いえ…
イザック
感情が先走るとは、
あなたらしくないとは
思いましたがね
ウェンデッタ
うッ⁉
ウェンデッタ
そう言われちゃ
返す言葉も
ないわよ…
イザック
とはいえ
ウェンデッタ嬢も
人間ですし…
イザック
…たまには
そういう時も
あるでしょう
ウェンデッタ
あら、
優しいのね?
イザック
この半年、
共に歩んでまいり
ましたから…
イザック
あなたは
ビジネスパートナー
として
イザック
一定以上の水準に
達していますし
イザック
実際に私は
あなたを信じた
からこそ
イザック
異例の成功を
収めることが
できました
イザック
この程度の失態で
揺らぐほど
イザック
あなたへの信頼は
薄っぺらくはない
ということです
ダニエル
ん??
ダニエル
その割には、さっき
お嬢を疑ってました
けどォ?
イザック
こればかりは
性分ですから…
イザック
目の前の事象を
無条件に信じるだけでは
イザック
見えるものも
見えなくなります
イザック
まして我々が
相手にしているのは
“あの皇室”です
イザック
常に全てを
疑い続けるぐらいで
なければ、
対抗は難しいかと
ウェンデッタ
……一理
あるわね
ウェンデッタ
そんな“疑り深い”
イザック様は現状を
どうお考えか…
ウェンデッタ
見解を伺っても
よろしいかしら?
イザック
かまいませんよ
イザック
頂いた情報に
“嘘”が無い、と
仮定しますと
イザック
考えられる中で、
最も有力な可能性は…
イザック
ウェンデッタ嬢と
クロエ嬢がそれぞれ
自らの望む形で
人生をやり直した結果
イザック
お2人と前世で
繋がりが深かった
アルス皇太子が
イザック
今世で
“重大な影響”を
受けることと
なってしまった
イザック
――というものです
ウェンデッタ
はァ…
ウェンデッタ
うすうす私も
そんな気が
したのよ…
ウェンデッタ
…信じたく
なかったけど
イザック
素直に考えれば、
最も妥当な可能性
ですからね
ダニエル
ちょ――
ダニエル
自分たちだけで
納得しないで
くださいよっ!
ダニエル
俺にも説明
ほしいっす!
ウェンデッタ
…あのね、
ダン
ウェンデッタ
そもそも
前世のアルスが、私に
冷たく当たるように
なった“きっかけ”は?
ダニエル
もともと
お嬢と婚約してた
殿下が
ダニエル
聖女クロエに
ひとめぼれして
心変わりした
んですよね
ウェンデッタ
その通りよ
ウェンデッタ
だけど今世のクロエは
アルスとの接触自体を
避けている…
ウェンデッタ
…もし
これが事実なら、
その“ひとめぼれ”自体が
消滅するわ
ダニエル
あっ!
ダニエル
だから殿下が
お嬢を好きなまま
半年過ぎちゃった
ってこと⁉
ウェンデッタ
ええ、
おそらくね
ダニエル
確かに殿下、昔から
お嬢のこと大好き
だったもんな…
ダニエル
愛のささやきが
いつもストレートすぎる
もんだから
ダニエル
見てるこっちが
照れちゃうって~
イザック
おや…あの皇太子が――
ウェンデッタ
な、何でも
ないわっ!
興味深げなイザックを、
慌てたウェンデッタが
遮る。
ウェンデッタ
――ダン!
余計なこと
言わないの!
ダニエル
は~い
ウェンデッタ
(ったく…)
ウェンデッタ
…でも
仮にそうなら、
分からないことが
あるのよ
イザック
と、言いますと?
ウェンデッタ
どうして
今世のアルスは
他の女性に心変わり
しないのかしら?
ウェンデッタ
前世じゃ
コロッと浮気
したのに!
ダニエル
なんで
でしょうねぇ?
イザック
我々は
皇太子の四六時中を
見張れる立場では
ありませんから…
ウェンデッタ
私、今世では、
とっくのとうに
捨てられる覚悟が
できていたのよ
ウェンデッタ
かつて自分を殺した
元凶と結婚なんて
まっぴらごめんだしね!
ダニエル
まァ
そうっすよねぇ…
ウェンデッタ
だからアルスと
1日でも早く
婚約破棄したくて
ウェンデッタ
他の浮気相手に
心変わりしてもらう
チャンスを
増やせるよう
ウェンデッタ
この半年は
意識的に冷たく
あしらうよう頑張って
いたのに――
ダニエル
それだッ!!!
イザック
それですッ!!!
ウェンデッタ
“それ”って?
ダニエル
お嬢、人って
のはね――
ダニエル
――逃げられると
追っかけたく
なっちゃうもん
なんですよ
ウェンデッタ
…へ?
イザック
彼の主張に
間違いはありません
イザック
私は
この恋愛相談所の所長を
務めるにあたり
イザック
古今東西ありとあらゆる
恋愛指南書を
研究し尽くした結果
イザック
『押して引く』は
高い効果が見込める
定番技術との結論を
出しています
ウェンデッタ
話が見えないわ…?
イザック
…つまりですね、
ウェンデッタ嬢は
イザック
結果として、
皇太子相手に真正面から
“恋の駆け引き”を
決めてしまわれました
ダニエル
小さい頃から
結婚を約束してて、
ラブラブ両想いだった
はずの婚約者が
ダニエル
“きっかけ”もなく
急に冷たくなっちゃう
んですもん
ダニエル
そりゃ殿下も
どっぷり
ハマりますよォ~
ウェンデッタ
え、でも私は
アルスを突き放す
つもりでッ――
イザック
実際の気持ちは
関係ありません
イザック
相手からすれば、
取られた行動が
全てであり
イザック
皇太子が
虜になってしまっても
何ら不思議ではないかと
ウェンデッタ
そんなッ…!
ダニエル
うっわ~、
その気ゼロで
振り回すとか
ダニエル
酷いッ!
ダニエル
残酷ッ!
ダニエル
容赦ないッ!
イザック
まさに天才的な
“悪女”ですね
ウェンデッタ
…………
令嬢の手から
紅茶のカップとソーサーが
滑り落ちる。
その顔からは、血の気が
すっかり消え去って
いたのだった。