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”どこで道を間違えてしまったのだろう?”

ナナの名前を

掲示板に書き込んだところだろうか。

いや、

ナナと出会わなければ、

好きにならなければ、

付き合わなければ、

こんなことには

ならなかったのかもしれない。

自分と出会わなければ、

ナナは今頃、

多くの男性と関係を持ちながら、

推し活を楽しんでいたのかもしれない。

本命の彼に捨てられたと、

八つ当たりするように

秘密を暴露すると脅したのは

自分では無く

別の誰かだったかもしれない。

そんなことを

今更ながら考えてしまう。

霧島さんのこともそうだ。

姪っ子の藤崎花さんが殺されなければ、

あの人はここまで

血眼になって犯人を探さなかったはずだ。

ナナと俺の関係に気付かなければ、

俺の弱みを見つけなければ、

霧島さんは……。

いや、

あの人の場合、

元夫を使って掲示板に

自分の名前を書かせていたから

結果は同じだったかもしれない。

それでも自分が

見殺しにさえしなければ、

これからも記者として

生きていたかもしれない。

そして、

俺も

『何でも相談所』を見つけなければ、

そこに二人の女性の名前を

書き込まなければ、

今も佐々木刑事の隣で、

殺人犯を探す

一人の刑事として

生きていたかもしれない。

だが、

ああ、

そうだ。

何をいまさら、だ。

俺は俺の都合で、

二人の女性を

死なせた。

その現実は変わらない。

何を言っても

もう言い訳にしかならない。

自分のしたことは、

けっして許されることではない。

一瞬、

警察学校に合格した日のことが

脳裏をよぎった。

嬉しそうに笑う母。

厳格な父の頬が緩んだのを、

その日初めて見たような気がした。

でも、

もう、

刑事を続ける資格なんて

俺には

無い。

目を閉じれば

ナナの変わり果てた姿が

瞼の裏に浮かび上がり、

耳を塞げば

霧島さんの断末魔が、

聞こえる。

二人はきっと、

俺のことを許さないだろう。

溝口 圭一

だけど…

溝口 圭一

二人とも……

溝口 圭一

もう少しだけ

溝口 圭一

待って欲しい…

溝口 圭一

やるべきことをやったら

溝口 圭一

俺は

溝口 圭一

地獄に落ちるから…

片付けをしていた青年は、

不意に顔を上げる。

 

おや?

 

戻って来られませんね

 

カメラを向けられたと思ったのですが

 

……

 

もしや

 

私を見ずに写真を撮られたのでしょうか…

 

……

 

ふむ…

 

この状況から推測するに

 

その可能性が高そうですね

 

ならば

 

迎えに行かなければなりません

 

……さぁ

 

どうやって殺して差し上げましょうか

青年は楽しそうに呟き、

その場を後にした。

溝口は霧島が殺害された場所から

一心不乱に逃げ出し、

最寄りの駅前までやってきた。

溝口 圭一

ここ…なら…

肩で息をしながら、

周囲を見渡す。

溝口 圭一

(四方に監視カメラがある…はず…)

溝口 圭一

(それに…)

溝口 圭一

(まばらだけど人もいる…)

溝口は震える指先で

スマホを操作し、

文字を入力していく。

溝口 圭一

(犯人は監視カメラを避けていた)

溝口 圭一

(逆を言えば)

溝口 圭一

(監視カメラがある場所にいれば)

溝口 圭一

(犯人に襲われることはないはずだ)

溝口 圭一

(そして)

溝口 圭一

(霧島さんが職場を出たところで)

溝口 圭一

(あの男と会っていたのも目撃している)

溝口 圭一

(その後、霧島さんは上の空で)

溝口 圭一

(殺害現場まで自分の足で歩いて行っていた)

溝口 圭一

(つまり)

溝口 圭一

(あの男に遭遇すると)

溝口 圭一

(何らかの暗示がかけられ)

溝口 圭一

(本人の意思とは関係無い行動を取る)

溝口 圭一

(そこまではわかっている)

溝口 圭一

(犯人を見ずに写真を撮ることは)

溝口 圭一

(一種の賭けみたいなものだったけど)

溝口 圭一

(今、自分に異変が無いと言うことは)

溝口 圭一

(犯人と目を合わせなければ暗示にはかからない)

溝口 圭一

(ということなんだろうか…)

溝口 圭一

(これもまだ憶測の域を出ない……)

溝口 圭一

……

溝口 圭一

(霧島さんには申し訳ないことをしたけど)

溝口 圭一

(こうでもしなければ)

溝口 圭一

(犯人を”捕まえる”ことは出来ない)

溝口 圭一

(霧島さんとしては俺と犯人を)

溝口 圭一

(相討ちにしたかったのかもしれないけど…)

入力している間、

佐々木から何度も、

居場所を尋ねる

メッセージが届いていた。

溝口 圭一

(すみません)

溝口 圭一

(佐々木刑事…)

溝口 圭一

(俺のこと)

溝口 圭一

(信じてくれていたのに……)

犯人に関する文章を簡潔に纏め、

息を吐くと同時に

メールを送信し、

顔を上げる。

溝口 圭一

(犯人はいない…か…)

辺りを隈なく見渡す。

溝口 圭一

(いや…)

溝口 圭一

(見えないだけ…)

溝口 圭一

(気付いていないだけ……)

溝口 圭一

(犯人は必ず俺を追ってきている)

溝口 圭一

(俺は目撃者だ)

溝口 圭一

(これまでの流れを考えれば)

溝口 圭一

(必ず殺しに来る)

だが、

霧島を殺した青年の姿を

見つけることは出来なかった。

スマホに

視線を落とすと、

佐々木から着信があった。

いや、

さっきからずっと鳴っていたのだが、

溝口は電話に出ることなく、

溝口 圭一

…すみません

と呟き、

スマホをポケットに捻じ込むと、

出刃包丁を取り出した。

女子高生A

え…

女子高生A

ねぇ!ちょっと

女子高生A

あの人、包丁持ってない?

女子高生B

え?

女子高生B

あ、ホントだ

女子高生A

ヤバッ!何するつもりだろう

女子高生はそんなことを言いながら、

スマホのカメラを溝口に向ける。

 

なるほど…

 

考えましたね

 

これでは

 

さすがの私も安易に近づけません

自分に向けられるカメラが、

二つ三つと増えたところで、

溝口は小さく息を吐く。

溝口 圭一

……

溝口 圭一

都合よく犯人に

溝口 圭一

殺されてたまるか

そう言って、

震える手で

己の喉に

包丁を

突き刺し

思いきり

切り裂いた。

頸動脈から

一気に噴き出す鮮血。

周りにいた人たちが悲鳴を上げる。

女子高生A

き…きゃぁぁぁああ!

 

これはこれは…

 

随分と思い切ったことをされましたね

女子高生B

ヤバッ!!

女子高生B

誰か!救急車!!

 

さて…

 

これからどうしましょうかねぇ……

そう言う声音はどこか楽しげで、

踵を返して歩く足取りは

軽やかだった。

不思議なことに、

彼の存在に気付く人は

その場に

誰ひとりとしていなかった。

ゆっくりと倒れる

溝口の目に映ったのは、

血相を変えて駆け寄って来る

佐々木尚太の姿だった。

佐々木 尚太

ぐっちー!!

人ごみを押し退け

溝口の元に駆け寄った佐々木が

止血を試みる。

佐々木 尚太

ぐっちー!

佐々木 尚太

なんでこんな…

溝口 圭一

佐々木…刑事…

佐々木 尚太

喋るな!

溝口 圭一

なんで…ここ、に?

佐々木 尚太

刑事の勘だよ!

溝口 圭一

……

佐々木 尚太

なんてな!

佐々木 尚太

通報が入ったから走って来ただけ!

溝口 圭一

佐々木…刑事…

溝口 圭一

俺…

佐々木 尚太

喋るなって言ってるだろ!

佐々木 尚太

話しならあとでいくらでも聞いてやるから!

溝口 圭一

……

溝口 圭一

すみま…せん…

佐々木 尚太

なんで謝るんだよ

溝口は震える手を伸ばし、

佐々木の手首を掴む。

溝口 圭一

あと…

溝口 圭一

お願いし…ます…

そして、

予想以上に強い力で

止血のため押さえていた

佐々木の手を

押し離した。

佐々木 尚太

ぐっちー!?

噴き出した鮮血が、

佐々木の顔にかかる。

佐々木 尚太

あ、ああ…

佐々木 尚太

ふざけるな…

佐々木 尚太

ふざけるな!

再び強く押さえても

出血の勢いを止めることは出来なかった。

佐々木 尚太

くそっ!

佐々木 尚太

血が…

佐々木 尚太

血が止まらない…

佐々木 尚太

ダメだ

佐々木 尚太

死ぬな

佐々木 尚太

死ぬな!ぐっちー!!

佐々木 尚太

来週には謹慎を解くって

佐々木 尚太

上からやっと許可貰ったんだぞ!?

佐々木 尚太

やらなきゃいけないことは山程あるし

佐々木 尚太

それに

佐々木 尚太

こんな俺の面倒

佐々木 尚太

ぐっちー以外に

佐々木 尚太

誰が見てくれるって言うんだよ

佐々木 尚太

だから…

佐々木 尚太

だから!

佐々木 尚太

死ぬな!

佐々木 尚太

溝口!!

松葉

佐々木…

病院の椅子に

項垂れるように座っていた佐々木は

ゆっくりと顔を上げた。

手に、顔に付いていた血は

綺麗に拭き取られていたが、

シャツには赤茶色の血痕が

まだ生々しく残っていた。

松葉

大丈夫か?

佐々木 尚太

……ま、なんとか…

病院に搬送された当時、

溝口圭一は、

意識不明の重体だったが

その一時間後、

死亡が確認された。

佐々木 尚太

ぐっちーはさ

佐々木 尚太

そんなに頭の良いヤツじゃなかったんだ

佐々木は血塗れになった

己の袖口を撫でる。

佐々木 尚太

だから

佐々木 尚太

こんな風にしっかり結果を残したってことはさ

佐々木 尚太

ずっと

佐々木 尚太

考えてたんだと思う

佐々木 尚太

……一人で…

佐々木 尚太

監視カメラのある場所まで来て

佐々木 尚太

そこで本部に犯人に関する情報を送って

佐々木 尚太

人を集めて……

佐々木 尚太

それで…

佐々木 尚太

……

佐々木 尚太

ああ!!くそっ!!

佐々木 尚太

なんで一言も相談してくれなかったんだよっ

佐々木は苛立ったように頭を掻きむしる。

佐々木 尚太

俺ってそんな

佐々木 尚太

頼りない奴に見えたのかな……

松葉

佐々木……

松葉

溝口が何を考えて

松葉

そういう行動に出たのか

松葉

お前が一番よくわかってるんじゃないのか?

佐々木 尚太

……

佐々木 尚太

…わかってるよ

佐々木 尚太

ぐっちーは相談するのも

佐々木 尚太

人を頼るのも苦手だった

佐々木 尚太

そんなんだから

佐々木 尚太

何でも自分で解決しようとして

佐々木 尚太

ミスして

佐々木 尚太

よく怒られてた

松葉

……

佐々木 尚太

なんで俺に相談しなかったんだって聞いたら

佐々木 尚太

佐々木刑事には迷惑かけられないからって

佐々木 尚太

……

佐々木 尚太

だから今回もきっと

佐々木 尚太

俺に迷惑かけたくないって

佐々木 尚太

俺を巻き込みたくないって

佐々木 尚太

思ったんだろうな……

松葉

…ああ

松葉

俺も、そう思う

佐々木 尚太

……

佐々木 尚太

でも、最後ぐらい

佐々木 尚太

信用して

佐々木 尚太

相談してくれてもよかったじゃないか…

松葉

……溝口は

松葉

最後、なんて言ったんだ?

佐々木 尚太

……

佐々木 尚太

”あと、お願いします”

佐々木 尚太

って…

松葉

なんだ

松葉

信用されてるじゃないか

佐々木 尚太

……

佐々木 尚太

……あっ…

松葉

溝口が命をかけて

松葉

残した証拠だ

松葉はそう言って

スマホの画面を見せる。

そこには、

霧島希に火を点ける

青年の姿がはっきりと映っていた。

松葉

これがメールに添付されていたんだろ?

松葉

溝口は霧島の後を追い

松葉

この写真を撮ったことで

松葉

目撃者となった

松葉

だから

佐々木 尚太

死ななくても

佐々木 尚太

殺されてた

松葉は無言で頷く。

佐々木 尚太

でも

佐々木 尚太

他にいくらでも

佐々木 尚太

生き残る方法はあっただろ?

佐々木 尚太

なぁ…

佐々木 尚太

ぐっちー……

項垂れる佐々木の肩を

松葉は軽く二回叩いた。

松葉

落ち込んでる暇は無いぞ

佐々木 尚太

……そう、だな

佐々木は立ち上がり、

ゆっくりと溝口に近づく。

佐々木 尚太

あとは

佐々木 尚太

俺たちに任せろ

佐々木 尚太

ぐっちー…

そう言って、

冷たくなった溝口の手を

強く握り締めた。

 

ああ、やはり…

 

指名手配されてしまいましたか…

 

実に厄介なことになりました

下山 月依

あれ?ここは?

 

おはようございます

下山 月依

……

下山 月依

ちょ、ちょっと!

下山 月依

それ、私のスマホ!?

 

少しお借りしております

下山 月依

はぁ!?

下山 月依

今すぐ返して!

下山 月依

っていうか

下山 月依

誰なの、あんた

 

誰でもいいではないですか

 

と、言いたいところですが

 

せっかくの機会なので

 

名乗りましょう

下山 月依

 

私、香る坂に仁義の仁と書いて

 

香坂仁(こうさか じん)

 

と言います

香坂はにこやかに自己紹介する。

下山 月依

香坂…仁…

 

あ、覚える必要はありませんよ

 

貴女はこれから

 

死んでしまいますので

下山 月依

え?

 

そう…

 

指名手配犯になったとしても

 

この状況を楽しめばいいのです

下山 月依

なんの…話し?

 

さぁ?

 

なんの話しでしょうね?

 

では、私からも1つ質問を…

 

右と左

 

どちらの包丁で殺されたいですか?

 

お好きな方をお選びください

香坂はそう言って

切れ味の悪そうな二本の包丁を持ち

実に楽しそうに

微笑んで見せた───。

END

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